第11話【ゴシップ・シスターズ】

「こちらの勝手な申し出なのだから、無理にやらなくてもいいんだよ。ダリエラ嬢」


 マディソンさんは、どうにもままならないと言った困り顔で言ってくる。


「フフッ、そんな、心配なさらなくても大丈夫ですよ。先ほど、助けて頂いた、ご恩がありますし、それに、城塞騎士団こちらには【魔女の小箱】の品々を卸させて、頂いてもおります。このくらいのこと、やらないと、バチが当たってしまいます。だから、私のことなど、気にせず使ってやって下さい」


 マディソンさんへ安心感を与えようと、私は朗らかに愁眉を開き言ってやる。


「いや、しかし……」


『おい、マディソンよ。ネコちゃんが、良いと言ってんだ。ここは、心置き無く、頼むのが一番だぜ』


『そう、そう、それが一番』


『そうだぜ、それによ、騎士団の連中には、もう、知れ渡っちまったから、今更、ナシになんて言えばよ……わかるだろ、マディソン』


 先ほど私を助けてくれた騎士団の面々が、マディソンさんを諭して行く。


「ああ、わかった。仕方ないか……ダリエラ嬢、面倒を掛けるけど、よろしく頼む」


 それぞれの意見に耳を傾けたマディソンさんは、如何ともし難い表情ながらも、それらを飲み込んで、納得し言った。

 

「はい、頼まれました!」


 私は、嫌な顔ひとつせず、満面な笑みで、それを了承する。


 消毒液の臭いが充満し、真っ白で清潔感溢れる壁に囲われた場所。

 現状を伝ますと、エルムス城塞騎士団、寄宿舎の医務室に私は居た。

 これから、何をするのかと言うと、別に大それたことをするのではなく、団員の体調、及び訓練や仕事で負った傷の具合を診たりと簡単な診療をするだけ。

 私が魔女として持っている知識では、これが限界。

 要するに、医者の真似事ですね。本当なら常駐医師が、それらを行うのだけど、現在、その医師がエルムスを離れているため不在だとのこと。

 それで、先ほどの恩返しにと、その役を私がやる羽目になってしまい、今に至ります。


 次々と医務室へ訪れる騎士団員達、体調不良者には薬を処方し、負傷者には、それぞれに出来る限りの処置を施す。それ以外の方々は、やんわりと言葉を掛けて、ご退場願った。


 私は、テキパキと傷口を洗浄、消毒し、新たに包帯を巻き直せば、


「よし、これで、後、数日もしたら、完全に傷が塞がりますので、通常任務に就かれても、差し支えないと思いますよ」


『ほんとかい!』


 私の言葉で、暗く翳した顔を明るくする一人の騎士団員。


「はい、でも、あまり無理はなさらずに、まだ、本調子ではありませんから」


『いやいや、それでも、助かったよ。自分で処置しようにもさ、勝手がわからんくてな。ありがとな、ネコちゃん』


「いえいえ、どう致しまして、こんな私でも、皆さまのお役に立てたかと思えば、嬉しい限りです」


 この方のケガなら、魔法薬を使えば、一瞬にして完治するのだけど、それをやるには、色々と難しいのです。

 理由は簡単、魔法薬って、本来、めっちゃ高級品で、一般市民じゃ、なかなか手が出せない、そんな代物。魔法薬の生成には、結構な時間を有するので、大量生産しようにも、出来ない為、その希少性から値段が高騰してしまうのだ。

 私の場合、魔法薬を自作生成、出来ちゃいますし、その辺は問題ない。

 ならば、その自作した魔法薬を売って商売すれば、ひと儲け出来るかもと考えたことありますが、そうは問屋が卸さないんだな、これが……。

 早い話、元締めがいるんですよね。その元締めとは、大陸各国にある魔導士団体が集まり作った組織、魔導士連盟。

 もちろん、魔女の館も連盟に所属してます。

 魔法、魔術関連の道具アイテムを販売するには、色んな誓約があって、時にアクシデントも起こります。それらを一手に引き受け精査を行うのが連盟の仕事。

 連盟を通さずに商売することも、可能ですけど、お客がどうにも寄り付かない。

 何はともあれ商売するには、それなりの信用と信頼がいりますし、魔導士連盟と言う一種のブランドが安心を生む。

 まっ、言うなれば、魔導士団体のトップ方の利権が絡み、色々とめんどいのだよ。

 それと一人二人なら、私の所持する魔法薬を使っても良いのですが、こうもひっきりなしに、騎士団員の方達が訪れるので、おいそれと魔法薬を使ってられない。後です、もし騎士団の一人に魔法薬を使ってしまおうものなら、絶対にひと騒動が起きるの火を見るよりも明らかです。

 ココでの私の扱いを理解すればこその対応かな……。

 ふぅ、結構な重労働でしたね。

 多分ですけど、寄宿舎に居る騎士団員、ほぼ全員が、この医務室へとやって来たと思います。

 ちょっと、安請け合いし過ぎたかも……。



 騎士団の頼まれごとを終わらすと、私は帰宅の途に就くため、夜道を歩いてた。

 月影に照らされる二つの影。ひとつは私、もうひとつの影は、マディソンさんだ。

 流石に夜道を女ひとりで歩かせるのも、最近、何かと物騒だと言われ、マディソンさんが、街を出るまでの間、私の護衛を買ってくれました。

 だけど、ぶっちゃけ、この街で、私を襲おうなんて人、まぁ、いないのだけど。

 何せ、私の背後バックには、魔女の館と言う魔術結社が控えてますし、あと、私の後援会みたくなってるエルムス城塞騎士団の騎士様方もいらっしゃるので、それを知る大抵の方は萎縮してしまいますから、街中で身の危険に陥ることは、ほぼ無いです……あ、いや、結構、襲われてたりしますね。つい、さっきも、この場所で襲われてたっけ……でも、アレは、人間じゃないし、ノーカンでお願いします。


「どうしたんだい? ダリエラ嬢。何か、気になることでもあるのかな?」


 心ここにあらずの私を見兼たらしく、マディソンさんが、心配気な面持ちで尋ねてくる。


「あ、いえ、大したことないですから、気にしないで下さいね……」


 と私は、作り笑いを浮かべた。


「ほんとかい? ダリエラ嬢」


 ふと立ち止まるマディソンさん。それに、つられ私も立ち止まった。すると、マディソンさんは、私の真意を確かめるように、ジーッと瞳の奥を見つめてくる。

 う、顔、近いから……それもありますけど、若干、後ろめたさがある所為か、及び腰になってしまう自分がいた。

 うん、やっぱり、怨霊ゴーストの件、マディソンさんの耳に入れた方がいいですね。貴族街、強いてはエルムス城塞都市の治安の為です。私のやらかしなど、この際、些末なこと。

 そう、今後も同じような事が起こらないとも限りませんし、中継基地ベースキャンプの時みたいな思いは、もう、したく無いですから……。

 

「あの、マディソンさん……」


「何かな? ダリエラ嬢」


「少し、お耳に入れたい事が御座います」


「……どうやら、大事なことみたいだね」


 私の様子を察し、真剣な表情となるマディソンさん。

 私も、襟を正せば、先程、貴族街で起きた怨霊ゴースト急襲の件を話し始めた……。



「なるほど、そういうことか、さっきからダリエラ嬢が、浮かない顔してた理由、やっと、わかったよ」


「すみません、もっと早くにお話していれば、良かったのですが、私がグズグズしてたばかりに……ホントにすみません」


「頭を下げる必要などないさ。ダリエラ嬢が、貴族街に現れた魔物を退治してくれたんだ、寧ろ此方が礼を言いたい。もし、ダリエラ嬢が居なければ、どうなっていたか、考えるだけでも恐ろしいよ」


「そう言って頂けると、幾分か心休まります」


「相変わらず、謙虚だね。ダリエラ嬢は、もっと、自分を誇ってもいいんだよ」


 優しく微笑んでマディソンさんが言う。


「えっと……はい、善処致します」


 額面通り受け取ればいいものの、近頃のやらかし具合が、私を素直にさせず、可愛げない言葉を吐かせるのだ。


「フッ、これ以上は、ヤメておくよ……それにしても、ジニアスと言う男、一体どれほどの怨みを抱えていたのか、人間が魔に堕ちるなど、滅多にないこと、何かの前触れじゃ無ければ、いいのだけどね……」


 私の応対に嫌な顔一つせず、マディソンさんは、紳士的な振る舞いを見せて、話題を変えてくれる。


「マディソンさんも、そう思いますか。私は、ジニアスの怨霊ゴースト化に関して言えば、少し意図的なモノを感じます。人間が魔物化すると言うのは、それくらい危惧されるべき事柄ですし……」


「確かに、そう言われると、そうかも知れないな。それに、あの男を取り調べてたおり、色々と曰くがありそうな雰囲気だったからね、叩けば埃がボロボロと落ちたと思うのだけど、死んだ今となっては、後の祭りかな……何せよ、この件は、団の皆で、話し合って、今後の動向を決めるようにするよ。だから、ダリエラ嬢は、何も心配せず、大船に乗ったつもりでいてくれたらいいさ」


 マディソンさんらしくない物言いですね……察するに、わたしを気遣ってのことでしょうね。ここは、素直にマディソンさんの言葉を受け取るのが吉だと判断しました。

 

「はい、騎士団の皆様が乗る船ですから、これ以上なく安心ですね!」


 私は愁眉を開き、茶目っ気たっぷりに言い放つ。


「おうともさっ!」


 ニカッと白い歯見せるイケメンスマイルで、マディソンさんも応えるのだったーー



 エルムス城塞都市を離れ、私は魔女の館へと帰ってきた。

 館の正門をくぐり、月夜に写し出された色鮮やかな庭園を抜けて玄関前までやってくる。

 そして、館玄関のドアノブに手を掛けた、その時、私は思い出す。


「あ、そういえば、オルグのこと、忘れてました……どうしよう……はぁ、今日は疲れてますし、明日迎えに行きましょ」


 一人、そう呟き、納得すると、自室に向かう。

 私は館二階にある自室へ行く為、階段を上っていたら、目の前の踊り場に現れた三つの人影。

 その内、真ん中に立ってる人物から凛とした声が発せられた。


「お帰りなさい。ダリエラ」

 

 黒の道服ローブに身を包む、ダークブラウンのおさげ髪が愛らしい少女より挨拶を貰う。


「あ、スージィ、ただいま帰りました……」


 不意のことに戸惑いつつも、私は、その少女へと挨拶を返した。


「やっと、帰ってきたわね。ダリエラ」


 スージィの右隣に立つ、青の道服ローブを着用したダークブラウンの髪をポニーテールに結わえた少女が、ニヤリと意味深な笑み浮かべ言ってくる。

 この娘の名は、ロージィ。


「ほんと、待ちくたびたわよ」


 さらにスージィの左隣、真紅の道服ローブに、ダークブラウンのゆるふわな巻き髪が特徴的な少女が、その毛先を指でクルクルと遊ばせながら、気怠げな表情でそう言った。

 こちらの娘は、デイジィと言う。

 この三人、髪型と道服ローブの色が違うだけで、円らな青い瞳に整った顔立ちと背丈は、寸分違わず同じ、三つ子なのだ。

 でもって、魔女の館の三人娘が、何故に? 私を待ってた……どう考えても、やな予感しかしないです。


「えっと……お三人は、私を待っていたのですか?」


 私は、疑心暗鬼になり、ますます、ぎこちなくなる。


「ふふっ、そんな警戒しないでよ」


 とニコニコ顔のロージィが言い


「別にとって食おうってことじゃ、ないし……」


 と片眉を上げてデイジィがフォローを入れ、


「そ、ただ、私たちは、ダリエラとお話したいだけなの」


 と普段の調子でスージィが言った。

 この子達、平静を装ってはいるのだけど、どことなく端々に好奇の色が見え隠れしてます。

 だいたい、魔女の館のゴシップ三姉妹と呼ばれる娘達が、私に興味を持つなんて、これまで無かったのに……どう言う風の吹き回し? 私の何がお気に召したの?


「あの……どう言った、ご用件でしょうか?」


 私は、穿つようにスージィ達を見つめて尋ねた。


「うふ、そんな焦らないの、夜は長いんだからさ……」


「うんうん、やっぱ、こう言うのは、本人の口から聞かないとね」


「あのダリエラが、真逆だよね……」


 三者三様の応えが返って来るのだけど、話の要領を得ないから、さっぱり分からない?

 けども、この胸のざわめきが、私の不安感を煽ってくる。

 嫌な予感ほど、よく当たりますし、ここは、逃げた方が賢明かな……。

 私は、三人に気づかれないよう、ゆっくりと後退りするも、


「ま、こんな場所じゃ、何だし、ダリエラの部屋に行きましょうか!」


 ニカッと微笑んだスージィが踵を返し階段を上ると、他の二人は、サッと私の両隣に並び立ち、腕を組んできた。

 うっ、そんなに甘くはなかったです。

 私の行動は、お見通しという訳ですか……。

 私は、両隣に立つ二人の顔見た。


「さ、行くわよ。」


「ふふっ、行きましょ」


 ロージィとデイジィ、二人の満面の笑みを見ると、私は観念し、深い溜息吐いて、うな垂れる。

 一体全体、何の話をするのやら、ただただ、私は首をひねり思考した。

 結果、答えは見つからない。


 そうして、私は部屋へと連行される——

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