第10話【軟派と硬派と猫娘】

 革手帳をパタンと閉じたら、


「よし、これで、本日の御用聞きは終了っと」


 そう口零せば、仕事の緊張より解放されて、やがて安堵感が訪れる。

 いつにも増して、嫌な汗を掻かされましたよ。

 御用聞きの御宅へと訪問する度に、多くの家中の人達から大丈夫だったかと、私を気遣う声が掛けられた。

 勿論、言うまでもなく、先の怨霊ゴーストとの戦闘で、トドメに放った一撃が原因ですけど……。

 内地のほぼ全域に、轟いたであろう雷鳴。当事者であるはずの私は、声掛けられた方々へ「凄かったですね」などと知らぬ存ぜぬな、素知らぬふりして、ことをやり過ごした。

 ぶっちゃけ、ハイ、私がやりましたなんて言おうものなら、実被害が無いとしても、やはり、貴族街でやらかしたことなので、それなりの処罰は下されてしまいます。

 と言う訳で、ここはひとつ、お口チャックするに限る。後は、あの場に目撃者がいない事を祈るだけです。

 一応の感じは、誰も居なかったと、把握してますけど、万が一、いた場合は、どうしよう……どちらにせよ、考えたところで、なるようにしかならないし、その時の心次第と言うことで、この件は、うん、考えないでおこう! そう、私は、あっけらかんと開き直るのだ。


 ここ、エルムス城塞都市には、二つの騎士団が存在する。

 一つは、守りの要でもあるエルムス城塞を守護する為に、王都より派兵された王国最強の盾と誉れ高い銀嶺騎士団。もう一つは、ヴォルケン侯爵に付き従う下級貴族、及び一代限りで取立てられた勲爵士から成るエルムス城塞騎士団。

 それぞれの担う役割が似通うこともあり、常日頃から互いに牽制し合い、諍いを起こせば、二つの騎士団は事あるごとに対立していた。

 そして、決定的なのが、互いの騎士団が持つ理念の違いが、それらへ拍車を掛けている。

 何故なら、名門の出が数多く所属する血統主義の銀嶺騎士団と、才ある者ならば血統など不要と謳うエルムス城塞騎士団、前者は何よりも誇りを重んじ、後者は、ともかく力ある者と実を取る。

 まさに、水と油、不倶戴天、と言っても過言では無いくらい相容れない仲。


 暗夜の中、突然、昼間と勘違いしてしまうそうになるくらい眩い光が視界に広がる。

 それは、悠然とそびえ立つソウェイル城の城壁灯の輝きと、そこへと続く広小路の両脇に立ち並ぶ街路灯が放つ光。

 その正体は、銀光石と呼ばれる特殊な鉱石で、昼間の陽光を吸収し、夜になると、吸収した光を解き放ち自ら発光する、何とも変わった鉱石なのです。

 因みに、陽光が届かない屋内では使えない。後、採掘場が限られており、希少価値も高いため、一般的な街では、なかなかお目にかかれない。

 そう言ったことから、貴族街、それも顔とも言うべき、目抜き通りだからこそ、見られる光景かな。

 内地の中でも、やはり階級差があり、ソウェイル城に近付くほど、位の高い貴族の邸宅が密集し建てられている。

 私も、貴族街の中央付近に来ることは、御用聞きのおりでも、滅多に無い。まぁ、口悪く言えば、そこまでの位の高いお客様が居ないと言うこと。例外は、ボフミール様くらいかな、元は伯爵の地位に就いてた方らしく、隠居すると同時に家督を御子息にお譲りして、エルムスで悠々自適な生活をなさっておられます。ホント、羨ましい……。

 夜だと言うのに、貴族街大通りには、そこそこの往来がある。

 これだけ明るければ、危険も少ないのだろうけど、先の事件もあるのに、ずいぶんと無用心ですね。

 もしくは、この大通りに両騎士団の寄宿舎がありますから、安全面だけで言うと他の場所より高いですけど。

 そんな事を考えつつ、目的地の寄宿舎に到着しようとした矢先、


「まさか、こんな所で、キミに出逢えるとはね。ダリエラ」


 何処からともなく、聞こえてきた男性の声。


「へ?!」


 私は、ハッと、その人物を見る。


「運命を感じずにはいられないな……」


 目鼻立ちのはっきりとした横顔、金糸のような艶めかしい金髪を肩まで伸ばし、真紅の貴族服に身を包んだ男性が、ごくごく自然と私の腰に手を添えてきたなら、耳元でキザったらしく囁いた。

 此方の男性は、ロズベルグ大公家、次期当主にして、名高き銀嶺騎士団の副団長を務める方。

 付け加えると、リヴァリス王国一、綺麗すぎる男と評されています。


「あ、あの、ミーズリード様……」


 やんわりと手を退けようとするも、しっかりと抱き寄せられ、ホールドしてるから、逃げるに逃げれない。

 なら、強引に突っぱねるか、魔法を使って逃げればいいのだけど、それをやるには、些か、この方の身分が高すぎて、やりたくても、手を出せない。やった瞬間、不敬罪で、私はあの世行きですよ。

 後ですね、この方、外見とは裏腹に、無類の女好きでして、いつも傍に女性を侍らすような人物。

 はぁ、また、厄介な人に捕まりましたよ。


「なんだい、ダリエラ?」


 女性なら、誰しもが、即堕ちするだろう微笑を浮かべれば、私へと耳を傾ける。


「御手を離して頂ければ、幸いなのですが……」


 私は困ったように眉を寄せた。


「そうか、それは良くないな」


「はっ、んんっ……」


 やはり、言葉通りの行動は起こしてくれませんか……ミーズリードの手が、さわさわと動き出し、私の臀部を撫で回す。

 そこから何とか逃がれようと身を捩ってはみたものの、そう簡単に逃がしてくれない。


「ん、ミーズリード様、御戯れが過ぎますよ」


 なので、私が、今出来るのは、たしなめる事くらい。

 嫌がる女が一人いるも、往き交う人々は、素知らぬふりして、只、通り過ぎるだけで、手を差し伸べる者など皆無。

 斯くも、厳しい現実を目の当たりにしてます。

 当然と言えば当然か、誰も好き好んで、王家に連なる方を敵に回すなどしたくは無いですよね。況してや、ここは貴族街、理不尽がまかり通る場所。

 と言っても、なすがまま、されるがままでいる訳にも参りませんし、何か打開策を考えないと……。

 何もしない私に対して、益々手つきをいやらしくさせるミーズリード。

 しかし、私も我慢の限界を迎えると考える間も無く、手が出そうになる!

 もう、ムリだ! その時!


「その手をお離しになられたら如何です。ミーズリード卿」


 静かだけど、よく通る声がミーズリードを戒める。

 そこには、見るからに険のある表情で、ミーズリードへ冷たい視線を送るマディソンさんの姿があった。


「ん? ほう、誰かと思えば、お前か、マディソン」


 明らかに不機嫌な顔したミーズリードだったけど、声の主がマディソンさんだとわかったなら、その表情が、途端に不敵な笑みへと変わる。


「マディソンよ、この私に、命令するのか」


 言動の端々に見え隠れする怒り。


「いいえ、命令などと、私は唯、進言をさせて頂いたまでです。些か、騎士にあるまじき、行動かと、思いましてね……」


 それを見ても、尚、挑発めいた物言いをするマディソンさん。どことなく、マディソンさんも怒りを含ませている。


「ふむ、確かに、お前の言う通りかもしれんな……」


 先の様子と打って変わり、マディソンさんの言葉を素直に受け入れたのか、ミーズリードは、私の身体から手を離すと、瞑目し考え込む。

 その間、何処からか颯爽と現れたエルムス騎士団の面々に私の身柄が保護された。


『ネコちゃん、大丈夫か?』


「はい、皆様のお陰で、この通り無事です」


 私は、おどけるような仕草を見せて、団の方々に無事だとアピールする。

 色々と弄られはしましたが、この際、よしとします。


『それならば、安心だな』


 私の様子に、皆一様に安堵し、優しげな眼差しを向けてくる。

 視線をミーズリードとマディソンさんに戻すと、


「だがな、マディソン……」


 何かを思い立つように、目を見開くミーズリード。

 そして、その紅い瞳には、鈍い光が灯るのだった。


「私に向けての、その物言いは、万死に値するぞ」


 静かなる怒声がミーズリードより発せらると、帯刀していたサーベルを抜き放ち、その勢いままマディソンさんへ向けて突きが飛んだ——!!


 マディソンさんは応戦することなく、直立不動を維持し、それを迎える。


 ——鋭く放たれた突きが、ピタッとマディソンさんの鼻先で止まった。

 普通なら腰が引けるところなのに、微動だにせず剣先を、そしてミーズリードを見つめるマディソンさん。

 動揺など微塵も感じさせない、その姿にちょと感動を覚えてます。


「眉一つ、動かさんとは、その胆力、大したものだ。このまま、貴様の目玉をくり抜いてやりたい所だが、生憎とこの状況下では、私が一方的な悪者になってしまう」


 ミーズリードの言葉で、気付かされると、周りには野次馬が集まっていた。

 流石のミーズリードも、部が悪いと見るや、速やかにサーベルを納刀し、再び口を開く。


「一つ聞くぞ、マディソン。貴様にとって、ダリエラは、それ程の女か……」


 ミーズリードが、意味ありげに私を一瞥し、そして、マディソンさんへと問い掛けた。


「…………」


 その問いに沈黙をもって応えるマディソンさん。


「黙るな、応えてみせろ!」


 ミーズリードは、強い口調で問いただす。


「そうですね……これは、自分自身の信ずる騎士道に殉じたまでのことです。唯、それだこのこと、そこに色恋などの感情は一切御座いません」


 冷たくそう言い切ったマディソンさん。

 その言葉を聞き、物凄くがっかりしている自分に気が付く?!

 な、何を期待してたんだか私は、阿保ですか……でも、少しは、気に掛けて欲しかったかも。

 なんとも、複雑な心境の中で、二人を見やれば、


「ふん、堅物が! どうにも興が削がれた。マディソンよ、次は無いぞ。そのこと肝に銘じておけ!」


 マディソンさんの態度に業を煮やしたのか、ミーズリードは吐き捨てるように、そう言い残して、この場より立ち去った。

 

「ご随意に……」


 ミーズリードの後ろ姿に、マディソンさんは、軽く頭を下げ、小さな呟きを漏らす。


「大丈夫だったかい? ダリエラ嬢?」


 その場でくるりと反転し、こちらへ振り返ると、いつものように和かな笑みを浮かべたマディソンさん。


「ええ、大丈夫ですよ。お手数おかけして申し訳御座いません」


 さっきの言葉が、尾を引いてるのか、どうしても冷たい返事を返してしまう自分がいた。


「そ、そうか。なら、良かったよ……」


 私の機微を感じ取ったらしく、微妙な空気が私達の間で流れる。


『おい! マディソンよ! なんだ、さっきの糞みたいな応えはよ!』


『そうだぜ! アレは無いぜ!』


『ああ、ネコちゃんが、可哀想だろ!』


 私の気持ちを汲み取ったかのように、騎士団の方々が、次々とマディソンさんを口撃した!


「いや、アレはだな……」


 マディソンさんが反論しようとするも、


『黙れ、言い訳なんて見苦しいぞ!』


『俺たちの騎士道にゃ、そんなもんねぇな』


『先ずは、俺たちより先に、ネコちゃんに言うべきこと、あるんじゃねぇのか?』


「わ、わかった。わかったから、皆、落ち着け」


 その口撃にタジタジなマディソンさん。どうやら、観念したらしく、一つ咳払いし、襟を正せば、私へと向き直る。


「ダリエラ嬢……」


「はい……」


「その、さっきのことだが、アレは、つまり、自分の見栄えを気にしてしまって、出た言葉なんだ。ダリエラ嬢のことを傷つけようなんて、微塵も思ってない。誤解させてしまったなら、この通りだ、謝らせてくれ」


 深々と頭を下げて、謝るマディソンさん。反省してるのは、重々伝わってきましたけど、肝心なことがわかりませんよね。

 そんなマディソンさんの姿に、加虐心及び悪戯心が芽生えた私は……。


「皆様が、私の気持ちを代弁してくれたので、もう、大丈夫です。だから面を上げて下さいね。マディソンさん」


「ああ、許してくれるのかい」


「許すも何も、そもそも怒ってませんから、少し悲しかっただけです」


 私は、ニッコリと微笑みつつ、チクリと毒づく。


「う、それは、ごめん。ダリエラ嬢」


 苦虫を噛み潰したような顔を見せるマディソンさん。


「それよりも、マディソンさん? 一つお伺いしたいのですが?」


「ん、なんだい、ダリエラ嬢?」


「マディソンさんにとって、私は、いったい何なのでしょうか……」


 聞かなくてもいいのに、どうにも聞かずにはいられない、マディソンさんの本音の部分。

 自分でも、嫌な質問してるとわかってますけど、どの程度の存在なのか、ちょっと知りたくなりました。


「え、あ、それは、だね……」


 私の質問が、マディソンさんに、今まで見たこともない動揺を生んだ。

 視線が泳ぎに泳いでますね。私も、それなりに、大人ですから、大体は、わかるつもりです。

 けども、それはそれ、これはこれですし、本人の口から聞かなければ意味がないのだよ。


「どうしたのですか? マディソンさん?」


 私は、その場より一歩踏み出して、マディソンに詰め寄る。


「いや、そ、アレだよ」


「はい? アレとは?」


 絶やすことない笑みを向け、もう一歩前進した。

 私が、にじり寄った分だけ、マディソンさんは後退る。


『お、どうした? マディソンよ!』


『そうだな、俺も、そこんとこ気になるな』


『マディソンよ、早くゲロして、楽にならんか』


 遠巻きで私達の様子を見ていた団の方々も、私に追従してくると、ここぞとばかりにマディソンさんを責め立てた。


「さぁ」『さぁ』『さぁ』『さぁ』


 誰も彼もが、悪い笑顔でマディソンさんへとさし迫る!


「た、大切な友人だと思ってる……」


 遂には諦めて、絞り出した、その言葉に、


『おい、ここまで来て、それかよ!』


『期待値上げ過ぎだろう! マディソンよ』


『マジで、言ってんのか?』


 肩透かしを食らう騎士団の面々は、口々に落胆の声を上げる。

 どうにも、締まらない幕引きとなりましたが、私的には、結構、嬉しかったりするのですよ。

 今まで、一度たりとて、そんなことを言われたことがないから……。

 私は、三角帽子を目深に被り、一人ほくそ笑み、その言葉を噛みしめた。

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