第13話【憑依召喚】

 ローゼンメイヤーの白く輝く美貌が、怒りに染まった。次の瞬間、眩ゆい閃光が視界を過ぎる――考えるより先に、体が動いてた! 私は二階にある副学長室の窓を蹴破り、外へ飛び出す。

 目端で爆炎が上がるのを見てとると、瞬く間に衝撃波と爆風が全身を襲う! 空中で態勢を整えて、かろうじて着地に成功すれば、私は、すぐさま臨戦態勢を取った。

 壁面が吹き飛ばされ大穴の空いた、その場所より、もくもくと立ち昇る黒煙。

 あの一瞬で、この破壊力、凄まじいの一言です。

 黒煙を掻き分けて、悠然と姿を現したローゼンメイヤーは、ふわりと地上へ降り立つと、何事もなかったかのような振る舞いで、服に付着するホコリを払う。

 そんなローゼンメイヤーと打って変わり、私は取りに取り乱し、声を荒げて言い放つ!


「ちょっ、マジに殺す気だったでしょっ!」


「ふん、曲がりなりにも、シェーンダリア様の直弟子なのだ。アレくらいなら、どうとでも凌げると判断した。現に五体満足で、私の目の前に立っているだろ」


 ナニ? 褒めてるの? 微妙な言いまわしで、わかりにくいよ。でもって、気が削がれるわ!


「それは、お褒めに預かり光栄です。ローゼンメイヤー女史」


 少しばかり顔に火照りがあるものの、私は、気を取り直しつつ、慇懃の礼を執って見せた。


「前々から、思っていたが、その小癪な態度、気にくわんな。貫け、火焔よ!」


「汝、氷界より出でしは、雪乙女フラウ、清冷なる氷結を以って、我、脅かさん魔を退けよ!」


 ローゼンメイヤーが右手を振り上げて、言霊を紡ぐと、すかさず、私も魔法詠唱を口にしながら、背後へと飛び退いた。

 ほんの数秒前に立っていた地面より、間欠泉を彷彿とさせる火焔が噴き出し、私に押し寄せる!


「『凍れる刃ラーミナス・ゲロー!』」


 迫り来る火焔を防ぐため、魔法を発動する。

 すると数多の氷柱が、私の周囲で発生すれば、一斉に火焔へ向かって飛翔した! 赤銅色の焔と青く透き通る氷の刃がぶつかり合い、激しい衝撃音と共に水蒸気を発生させて、やがては霧散する。


「あち、あついっ! もう、甲斐甲斐しく先輩を敬って、素直に応対しただけでしょっ!」


 覚えず握りしめた拳がわなわなと震え出し、私はローゼンメイヤーに怒りをぶつけた!


「だったら、大人しく私の炎に焼かれていろ」


 顎を高らかなに反り上げて意地悪い笑みで、そう口走

るローゼンメイヤー。

 くぅぅ、嗚呼、もう、ため息しか出ないよ。相変わらずですね。このお人は……。私が何か言おうものなら、難癖つける。だいたいが、私の存在事態が気にくわないのだからさ。

 けど、今回は、いつにも増して、アタリ厳しくない?


「ヤですよ。それより、スージィたち使って、私を監視してましたよね。幾らなんでも、やり過ぎじゃないです」


「はっ、やり過ぎだと、お前のこれまでの行いを省みれば、当然の処置だろう」


「当然って、横暴です。職権濫用です。断固として抗議します!」


「ほう、副学長たる私に、抗議か……クック、やはり、お前には、キツイ罰が必要か」


 互いの視線が、かち合う。ローゼンメイヤーの、その緋色の瞳が、獲物を狙う獣のような鈍い光を宿していた。

 そして、張り詰める空気と強烈な重圧プレッシャー、なにより、得も言われぬ不安感が、私を襲う。


「さぁ、来い! 我が、親愛なるともがらよ!『憑依召喚レリジョン』」


「空空漠漠たる大空に宿りし風霊王よ、汝の御名に於いて、我、命ずるは、幕下たらん風霊の意を現世うつしよへと留め、我、遣わさん『精霊掌握ドミネーション』」


 直感が、そうさせるのか、ほぼ同時に、私も呪文を唱え始めていた。

 風霊達が騒つき、私の周囲で微風を発生させて、道服ローブをはためかせる。

 どうにも、私の危機感を煽られます。

 ローゼンメイヤーへ視線を戻すと、足下に赤熱の魔法円が展開されており、その魔法円が、唐突にボワッと発火し、炎を立ち昇らせたかと思えば、己が身を焼いたのだ! 炎に包まれるローゼンメイヤー。しかし、瞬時にして、炎が搔き消え、現れたる人影。

 そこには、燃え盛るようたなびく朱色の髪に、魔を孕んだ金色の瞳、何より目を惹く黒曜石思わせるほど滑らかな褐色の肌と、その美しい肢体を惜しげも無く晒させた衣装。

 まさに、女王さまと呼んでしまいたくなるような出で立ち。レオタード風、黒革ボンテージに身を包み、編み上げのロングブーツを履いた女性。

 大胆に露出した肩や太ももには、呪術的な紋様が施されていた。

 うーむ、あの鋭いピンヒールに踏まれたい男達が、どっと押し寄せて来そうですね。それにしたって、ハイレグの角度がエゲツないでしょ。


「さて、久方ぶりに、この姿になる。なるべく加減はしてやるが、死んだら恨むな。ダリエラ」


「それ、矛盾してるし、どうしたって加減する気ないだろ!」


 あ、やってしまった。いくら頭に血が登り過ぎてたといえ、こんな淑女に有るまじき応対は、不細工過ぎでしょ。本気でへむわ……。


「フッハハ、こまっしゃくれたガキが、ようやく化けの皮を剥がしたか。これほど、愉快なことはない」


 その高圧的な物言いと態度は、やはり、ローゼンメイヤー本人で間違いようですね。

 にしても、こまっしゃくれたガキって言われてもさ、外見と中身が違うんだから、しょうがないじゃん!

 私は、一人心内で独白する……召喚魔法【憑依召喚レリジョン】ですか、噂は、耳にしてましたけど、生で見るのは、初めてです。

 確か、本質的なところで言えば、降霊魔術に性質が似ていると説明を受けましたか。己の肉体を依り代とし、魔性の力を得る外法の業。


 何の前触れもなくローゼンメイヤーは、ソフトボールほどの火球を一つ創り出し、それをこちらへ放り投げた。放物線を描き、高々と頂点に達した、その時、火球が爆散! 雨あられの如く炎の礫が飛来する。


「はっ、ウソでしょ。その魔法エゲツなくない。ってか、エゲツないのは、ハイレグだけにして下さい!」


 非難の声上げて、私は右に左に降り注ぐ炎を回避しつつ


「轟け、暴風!」


 防ぎ切れない炎の礫は、風霊達を使って攻撃を往なしたり、相殺して、どうにかこうにか難を逃れましたが?!


「隙だらけだな――――」


 突如、視界に入るローゼンメイヤー、その手には、灼熱に燃える炎剣が握られていた。

 そして、躊躇なく振り下ろされる炎剣!


「ちょ、正気ですか?」


 咄嗟に身を捩り剣閃を避けるも、途中、私目掛けて炎剣が跳ね上がった。


「え、と、くっ、風よ!」


 やっとこさ風霊を操って、超音速空気流スーパーソニックを発生させたなら、目眩し程度に土煙り起こし、そのまま気流に乗っかり、空中へと逃れる。


「ふぅぅ、ヤバかったですね……う、焦げ臭い」


 空中で姿勢を保ち、とりあえず最悪の状況から抜け出したことに安堵し、次いで、ジリジリと焼かれた前髪を触れば、この上なく不快な感情に襲われた。

 このまま、ヤラレっぱなしってのも、癪に触りますから……


「集えし風霊達、矢羽根を拵え、弓を創れ、出でよ『風絶弓』」


 そう風霊達に命ずると、私の腕の中で狂風を産み、段々と、その風が集約し、出来上がる風の長弓。

 手元からの吹き荒れる風に、バサバサと髪の毛が乱れ、道服ローブを翻す。

 そうして、私はローゼンメイヤーへ向けて、風の長弓を構えた。


「ほう、面白いことをする。なら、私も、それに倣うとしよう」


 私の様子をジッと眺めていたローゼンメイヤーは、余裕の笑みで、そんな事を言うと両手に炎を出現させたら、私を真似るようにして、火炎の弓矢を創造したのだ。


「では、力比べと行こうか。ダリエラ」


 炎々とする弓を構え、鉉を引けば、どこか満足気な表情のローゼンメイヤーが言う。


「…………」


 緊張感からか黙り込む私は、固唾を呑み身構えた。

 二人の緊迫した空間、互いに片目の閉じた視界――そして捉えた互いの影!


「射貫けよ! 炎よ!」


「狙い撃て、風よ!」


 ローゼンメイヤーの放った火矢は、神々しく照り輝き一条の光となり、私と言う目標に狙いすまし飛んでくる!

 また、私の射た螺旋を描く風の矢も、禍風の如く周囲を巻き込み進む!

 同じ軌道上なら当然にして必然、ぶつかり合う二つの力。

 耳を劈く轟音が響き渡り、加えて爆炎が私達を、いや、ここら辺一帯に広がろうとしていた。

 なんとなく、魔法が打ち消されるか、搔き消えるか、するかなと思い描いてましたけど、皮肉にも風と炎、相性が良いのでした。ある意味で複合魔法バインド・マジックのような効果を発揮し、威力が倍増してしまってます。


「コレ、不味いよね」


 私は、背中に冷たい汗をかきながら、ただ呆然と、その様子を見て佇んでいた。

 間近に迫る爆炎風、避けようにも、魔力をほぼ使い切ってしまい、動くに動けない。力比べ、そんな言葉に乗って、この有様です……。


「凍てつきし大地に眠る精霊よ、その冷たき息吹の祝福を与えん、堅氷を呼び出せ……『大氷結アル・ヴリズン』」


 静かだが、魅惑のある声調が聴こえててくると、気がつけば、白ばむ氷霧が全てを覆い尽くしていた。

 その刹那、目の前に忽然と現れ出た強大氷塊!

 炎と風を呑み込み出来た氷。それは、まるでジュエリーアイスと呼ばれる宝石のような輝きを放ち、一つの氷彫刻と呼んでも差し支えない程の芸術品。

 忽ちにして心癒されたかと思えば、氷塊が粉々に砕け散った。

 キラキラと舞う細氷となり、より一層、幻想的な風景を齎してくれたのだ。


「お前たち、どう言うつもりですか? 斯様な有様、一体全体、どう釈明するのです」


 その声は、怒りに震えていた。振り向くと、そこには、柳眉を逆立てたアマンダが仁王立ちし、こちらを伺っていた。

 一瞬、般若が居たと錯覚するくらい、その凄まじい変貌ぶりに、私、いや、私達は肝をつぶし後退さったのだ。


「ア、アマンダ姉様、違うのです。こ、これには、これには、訳が、深い訳があるのです……」


「で、何が違うのですか?マクシーネ……」


「いや、あの、その、えっと、え、え、はわはわ」


 先の姿が幻だっかのように、しどろもどろに狼狽えるローゼンメイヤーは、恐怖におののき、震えていた。

 まさかの展開に、私は目をひん剥いてしまう。

 あの、ローゼンメイヤーが、これほどですか……。

 どうしようか。息を止めて、私は周囲を見渡す。

 遠目には、ザワザワと騒がしく野次馬となる魔女達がいる。それと館の前庭の植木が薙ぎ倒され、地面は穴ぼこだらけ、前庭に施設していたはずの噴水は瓦礫と化していた。

 うーん……どう足掻いても、これ、ダメなヤツだ。

 私は空かさず、そう、ジャンピング土下座をするのだ。


「申し開きもございません。私が、至らぬばかりに、この様な惨事を生み出してしまいました。誠に、申し訳ございませんでした」


 どう弁解しても、この惨状を作り上げた一端を担ってしまってますからね。どの道、謝罪する以外、道はないのだ。


「はぁぁ、ここでは、他の者の目もありますから、話は、私の部屋で訊きます。とりあえず、ダリエラは面を上げなさい。マクシーネ、貴女もしっかりなさい」


 深い深い溜息をつくアマンダ。顔を上げれば、どうにも複雑そうな笑みで、私たち二人を見比べては、もう一度、深い溜息を吐いた。

 心中お察しします。誰だって、こんな状況に置かれたら、そうなりますよ。

 私は誓います……今後一切、マクシーネ・ローゼンメイヤーに喧嘩をふっかけないと。

 もう、こんなのは、二度とゴメンですから!

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