第7話【ワンアンドオンリー】

 ピエールとの約束を取り交わし、この場を離れた私は、ジャミールの一団が露営する区画に向かった。


「へぇ、キョウダイって、ああ言うのが、良いんだ?」


 私の少し先を歩いてたオルグより、驚いてるのか、感心してるのか、どちらとも取れるニュアンスの声が掛けられる。


「は? オルグ、藪から棒になんですか。アレは、マニのこともあるし、無碍に断るのは、憚れたから了承したまでですよ。下衆の勘繰りは、やめて欲しいですね」


「聞き捨てならないね!」


 語尾を強めて、こちらへと振り返ったオルグ。


「下衆の勘繰りだって、おいらは、率直な感想を述べただけだし、それにさ、今までだって、おんなじような誘いが、あったはずだけど、全部門前払いしてたのに、なぜ今回に限って、それに応じるのかなと、思うのは自然なことだよ。魔女の館、全員に聞いても、みんな、おいらとおんなじ反応するよ。いや、もっと驚くかも、なにせ、オスの誘いに乗るなんて、初めてのことだしね!」


 しかし、最初こそ、真面目な素振りでしたけど、段々と顔が綻んでません……。


「オルグ、色々とかこつけてますけど、ソレをダシに楽しもうって魂胆が見え見えですよ」


「そ、そんなことないさ。これでも、おいら、キョウダイのこと心配してるんだよ」


 口から出まかせ言って、声が上擦ってるし、この使い魔に、そんな殊勝な心がけが、ある訳ない……はぁ、ある意味、おいしいネタを提供したみたいなもんですね。

 ちょっと、うかつだったかな……。


「そうだ、キョウダイ。そんなことよりさ、あのマニって言う、白いの、多分、人間じゃないよ」


 部が悪いと見て強引に話をすり替えましたね。でも、ソレ、凄く興味深いです。


「また、出し抜けですね。なぜ、そう思うんです?」


「あの白いのは、人間なら大なり小なり必ず備えているはずの魔力、その一切を備えてなかったんだよ」


 魔力がないか……オルグ達、魔物は元来、魔素を餌とする生き物。だから、人間には視認出来ない、魔力などを知覚することは造作もない。


「でも、たまたま、視認出来なかったんじゃ……」


「オイラも、そう思ったんだけどさ。何度も眼を凝らし、魔力を視認しようとしたのに、魔力の欠片も見えはしなかったんだよ。付け加えると、人間それぞれ、魔力の色や波動、言うなれば、魔力紋イーサって言うモノを持っているんだけど、それすら、無かったんだ」


「ふむ、魔力紋イーサですか。初耳です」


「これを機に覚えておくと良いよ」


 私の反応に、鼻高々なオルグ。


「それで、そのマニが人間でなければ、一体、何なのですか?」


「それは、オイラにも、わからん」


「は? わからんって、アレだけ、ズバリ言い切ったくせして、しまりが悪すぎますよ」


 オルグの答えに、私は肩透かし食らってしまう。


「そう言われてもさ、オイラだって、あんなの初めて見るし、何が何だか、さっぱりなんだよ」


 お手上げだと、肩を竦めるような仕草を見せるオルグ。


「分からないなら、しょうがないですよね……マニの正体、少し気になるところですが、でも、人間、人間じゃない、云々は、私的にどちらでも構わないかな」


 だって、私の目の前には、人間さながらの仕草を見せて、話をする黒猫がいるんだから、大抵は取るに足らない些細なことになっちゃいますよ。

 これ以上の驚きは、なかなか無いでしょ。


「あら、意外と食い付き悪いね。まっ、オイラも、別にどっちでもいいけどさ」


 然程、気にしてないようにしてますけど、残念オーラが漂ってますよ。

 オルグのこう言うとこ、ホント人間のそのものですね。



 目的の天幕が徐々に見えてきたなら、その巨大さに圧倒され、目を剥いてしまう。


「いつ来ても、ココは、凄いですね。オルグ」


「うーん、オイラには、でっか過ぎてよく分からん」


 興奮気味な私に対して、オルグは首を傾げるだけ。

 この大天幕では、日夜、演劇の他、舞踊や器楽演奏など、様々な演目が行われています。

 大天幕の出入口付近に目をやると、大勢の人々でごった返していた。

 どうやら、最後の演目を見終えたであろう観客達とかち合ったようです。


「はぁ、人混みは面倒ですね……オルグも、踏まれないように気をつけてください」


「大丈夫、そんなヘマしないから」


 私は、オルグに一言、声を掛けると、こちらの方へ押し寄せてくる人波に向かい歩き出した。人と人との間を縫って、なんとか天幕の前まで辿り着いたのだけど……う、誰ですか! どさくさ紛れにお尻触ったの! 

 その行為が悔しく、私は目を皿のようにして、周りを歩く大勢の退場客を見据えてやるも、犯人が見つかる事はない。

 誰だか知りませんが、覚えておいて下さい。

 私は収まらない怒りに、心の中で捨て台詞を吐くのだった。

 そんな中、私はとある人物を探す。大天幕の出入口では、観客を見送る団員達の姿がある。

 その団員達の中に、探している人物を見つけた私は、声を掛けるべく近付いた。

 薄くまばらな、どじょう髭を蓄える物腰柔らかそうな茶髪の男性。燕尾服に身を包むピシッとした佇まいは、さすが旅劇団の副団長です。


「こんばんは、バートラン。ご無沙汰しております」


「おや、これは、また、珍しいお客さんだ。元気にしてたかい、ダリエラ」


 私の顔を見て、一瞬、目を丸くしたバートラン。すぐに、私だと気付けば、和かな笑みが返された。


「まぁ、それなり元気です。ところで、ジャミールは、いらっしゃいますか?」


「ジャミールなら裏の移動式住居ユルトに居るだろうから、ココから行くと良い」


 バートランが、そう言うと区画整理の為に張られた進入禁止のロープをグイッと持ち上げて、私に進入を促す。


「ありがとうございます。バートラン、それでは、失礼致します」


 私はバートランに頭を下げれば、そこへ足を踏み入れた。


「ハハッ、相変わらず律儀だな。暗いから気をつけて行っておいで」


「お気遣いありがとうございます」


 バートランと別れ、私は闇夜の中、大天幕の裏側へと歩き出す。

 やがて暗がりが終わると、そこは円柱で蛇腹状の移動式住居ユルトと呼ばれる建物が密集し、その周りでは、公演を終えた旅劇団の団員達が暖を取り休んでいる。

 多彩な移動式住居ユルトがある中を歩んでいたら、一際、豪華に誂えられた真っ赤な移動式住居ユルトが見えた。その門戸の両脇には、金剛力士像を彷彿とさせる上半身裸のゴリゴリマッチョな護衛兵が立つ。


「あの、ご無沙汰しております。えっと、ギドさん? バドさん?」


 私は、辿々しく、ぎこちない態度で尋ねた。


「俺がギドだ」「俺がバドだ」


 声がハモって、どっちがどっちだか、わからん。

 そう、私が辿々しく、ぎこちなくなるのも、仕方ないことなのです。

 この二人、どこをどう切り取っても、瓜二つな双子。相変わらず、見分けがつきません。


「ジャミールは、いらっしゃいます?」


「ちょっと、待ってろ……」


 ぶっきら棒に口を開いたギドもしくはバドが、移動式住居ユルトの中に入って行く。

 ほどなくして、戻って来たギド? いや、バド? かな。


「団長が、お待ちだ。中へ入れ」


「あ、どうもです」


 この双子のことに気を取られ過ぎて、どうにも微妙な返事を返してしまう。

 もう、どっちなんですか? 結局、答えが出ないまま、しょうもない事に後ろ髪引かれつつ、私はジャミールの待つ移動式住居ユルトの中へ赴いた。

 薔薇の甘い芳香が鼻を薙ぐと、先ず、目に入るは、部屋の中心で建物を支える朱色が美しい二本の柱。上を向けば、細やかな紋様が施された屋根棒が放射状に広がり、床に敷かれるパルメット唐草文様の絨毯。

 それらが織り成す空間は、毎度のことながら、凄いの一言です。


「そんなとこに突っ立てないで、こっちにいらっしゃい」


 明らかな男性声なのだけど、その言葉尻には違和感しかない。


「あ、はい。失礼致します」


 私は履いていた黒のショートブーツを脱いだら、足裏に柔らかい絨毯の感触を感じて、声の主の元へ急ぐと、どこぞのアラブ貴族かと言うような格好をする男性が、ローソファの上で優雅に横たわり煙管を吹かす。

 豊かな癖のある黒髪に浅黒い肌、その姿は、まるで一枚の絵画と思うほど、完成されていた。

 私は三角帽子を取ると、男性に向かい挨拶をする。


「お久しぶりです。ジャミール」


「ほんと、ご無沙汰よね」


 ジャミールの精悍な顔からは予想出来ない、乙女な口調。

 黙っていれば超絶イケメンなのに、宝の持ち腐れですよ。

 身を起こしたジャミールは、煙管をひと吹かしし、まったりと余韻に浸る。そして、火消し壺の中にコンッと火種を叩き落とせば、私とオルグを見やり、


「ダリエラもオルグも元気にしてたの?」


 私達を気遣う言葉が掛けられた。


「お陰様で、ほどほどには……」


「オイラは、いつもどおり、変わりないよ」


「なに、お前達、中途半端な応えね。ここは嘘でも、元気にしてましたと応えなさいよ。付け加えるなら、麗しいジャミール様にお逢い出来て、光栄ですくらいは言って欲しいわ」


 そう言って、私達に耳を傾けるようにして、目を閉じるジャミール。


「…………」


「…………」


「ん? どうしたの……」


 ジャミールの眉間に皺が寄る。

 もしかしてだけど、さっきの言葉、言わないとダメなのですか。

 うわっ、めんどくさ!


「ほら、早く……」


 更に語気が強まる。

 もう、コレ、催促してますよね。

 ココで、機嫌を損ねたら、後々に響いてくるだろうし、そうなると困ります。

 はぁ、しょうがないですね……。

 私は苦笑い浮かべて、足下のオルグを見ると、どうやら、私の機微を感じ取ったらしく、やれやれ感満載にゆっくりと首を縦に振る。

 そうして、私とオルグは口を合わせて、


『麗しいジャミール様にお逢い出来て光栄です』


「うん、それ、それでいいのよ!」


 それを聞いたジャミールは頬を緩ませ頷いていた。

 満足そうでなによりです。


「ダリエラ、立ちっぱなしもしんどいでしょ、楽になさい」


 ジャミールは私へ目配せすれば、座るように促してくる。


「あ、はい、ありがとうございます」


 私はジャミールの対面に腰を下ろした。


「それで、ダリエラ、今日は何用なの?」


「本日は、ジャミールに仕事の依頼をしたく、此方へ参りました」


「仕事依頼、また、急な話ね。シェーンダリアからは、何の連絡も来てないわよ」


 大抵の場合、此方へ訪れるのは、シェーンダリア絡みの依頼が多いので、その反応は仕方ありません。ですが、今回は違うのです。


「それはですね。今回は、私の個人的な依頼でして……」


「へぇ、珍しいわね。お前からの依頼なんて、何時ぶりかしら」


 何故に、そんな企むような笑いを見せるのです。すごく嫌な予感がする……。


「で、私に、どんな依頼をしようと言うの?」


「端的に申せば、薬の原材料の特定をして頂きたいのです」


「ふーん、原材料の特定か……さして珍しい依頼ではないけど、わざわざ魔女であるお前が、それを依頼しに来るってことが、普通じゃないわね」


 顎先を指で摩りつつ、思わせ振りな態度でジャミールが言ってくる。


「はい、色々ありまして、本来なら私が、それをするのですが、どうにも難しくて……」


 私はポリポリと頭を掻きながら、はにかみ応える。


「なるほど、だから私に依頼しに来たのね」


「おっしゃる通りです。この案件、私の知る限りでは、ジャミールにしか出来ないと思っています」


「あら、随分と持ち上げてくれるわね」


 私の言葉に、満更でもないご様子のジャミール。

 それは、もちろん報酬の為ですけども、流石に言えませんからね。それらしい事を言っておかないと……。


「いいえ、持ち上げるだなんて、とんでも無いです。私は唯、素直に、ありのままを言っただけですから……」


 これは、本当のこと。


「嬉しいこと言ってくれるけど、おまえの本心は、何処にあるのかしら?」


 どこか含みのある投げ掛けに対して、私はジャミールの顔をジッと見つめた。ジャミールも、私の真意を確かめるべく、顔色を伺ってくる。


「フッ、まぁ、いいでしょ」


 小さな笑みを零すと、硬い表情が和らいだ。


「それでは、依頼の方を引き受けて下さるのですか?」


「そうね……今のところ、そっち系の仕事は

受けてないし、おまえの依頼、引き受けてもいいけど……ダリエラ、分かってるわよね。私の依頼報酬のことも」


「はい、もちろん。承知の上です!」


 自信ありげに頷いては見たものの、不安感しかないのだ。


「なら、いいわ。お前からの依頼、引き受けてあげる」


 ジャミールより、とりあえずの確約を得られたのに、嬉しくないよ。

 何故ならば、ジャミールの依頼報酬のことが頭から離れないため。

 大多数の人が、報酬のやり取りと言えば、金銭のことを指すと思いますが、ジャミールの場合、求める報酬が、それとは違う。

 元々、一旅団の団長を務めるくらいだから、お金には然程、困っていない。

 なので、ジャミール個人に仕事の依頼をする時は、金銭以外の報酬が求められるのだ。

 その報酬内容は多様で、分かりやすく例えるなら、竹取物語のかぐや姫ばりとは、言わないまでも、それに近い無理難題を報酬として求めてくる。

 一応、常識の範囲内で収まりはしてますが、とてもしんどいんです。

 はてさて、今回の依頼報酬は、どんなモノになるのか……不安で胸がいっぱいだよ。

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