第6話【巡り合わせ】

 目の前で繰り広げられる状況に、私は、只々、呆気に取られていた?!

 骨つき肉にかぶり付き、汁物を、まるで、ドリンクでも飲むかのように喉へと流し込む、マニの姿。

 次々とテーブルにやって来る料理達が、あっという間に無くなれば、お皿がどんどんと、積み重ねられて行く。

 この子の胃袋は、ブラックホールか、何かですか?

 後、さすがに、身銭が増えたとは言え、そろそろ……こちらから、誘っといて、何ですが、マジで、止めとけよ!

 と、口に出す勇気がない私は、眉間に皺が寄るのを堪えつつ、笑顔つくり、どうにか、私の思いを気付かせるべく、マニへと念を送り続けた。

 そうすると、私の思いを、知ってか知らずか、マニが、テーブルに置かれた料理を、一瞬にして平らげたなら……。


「ふぅぅ、お腹いっぱい……」


 マニは、お腹をポンポンと摩り、満足げな表情を見せた。

 どうやら……終わったのかな?


「いっぱい食べましたね。まだ、お代わり入りますか?」


 心にも無いことを言って、要らぬ見栄を張ってしまう。


「もう、ムリ、入らない……」


 首を左右に振り、拒むマニ。


「それは何よりです」


 マニの応えに、私は内心、胸を撫で下ろし、心からの喜びが溢れ、表情を緩ませた。


「ところで、マニは、どうして、彼処に居たのですか?」


「えっと……主人マスターの側に、ずっと居たけど、気付いたら、彼処に居た……」


 一応、考えを巡らせては、いるのだろうけど、どうにも、要領を得ないですね。

 見た感じ、迷子になる程の年齢ではないでしょうに……けど、コレ、一般的には迷子と呼ぶよね。

 さて、これから、どうしたもんか? うーむ……迷った時は、やはり、原点回帰かな。マニの主人マスターも、彼処に戻って来てるかもしれませんし。


「それでは、お腹もいっぱいになった所で、マニの主人マスターを捜すとしますか」


「おまえ、いい奴、でも何故? マニの為、そこまでする?」


 マニは、私の行動を疑問視すれば、尋ねてくる。

 言われてみれば……あ、それに名前も名乗ってなかったです。そうですよね、見ず知らずの人間が、突然、現れて世話を焼いてこようものなら、色々と勘繰りたくなるのが、必然ですね。

 理由を上げるとすれば、彼処で佇むマニの姿が、あの時の自分と重なり、手を差し伸べずには居られなかった。

 あの時とは、私が、こちらの世界へと転生し、何処だかわからない森の奥に放り出され、一人彷徨っていた頃。

 そう、あの虚無感は、嫌なもです。


「それはですね。マニの事が、とても気に入ったからですよ! あと、自己紹介が遅れて、ごめんなさい。私の名は、ダリエラと言います。よろしくマニ!」


 私の思いを、そのまま伝えるのは難しいので、当たり障りない答えを返す。


「ダリエラは、私の事が、気に入ったのか……そうか……」


 私の言葉に、思い煩うような素振りを見せるマニ。表情は、然程、変わらないけども、どことなく、嬉しさがある気がした。

 ふむ、今のマニには、哀愁を感じてしまいます。なんか、抱きしめたくなりますね。

 

「では、行きましょうか。マニ」


「うん、了承した」


 快い返事が貰えれば、私は、マニを連れ立ち店を出た。


 とりあえず、最初にマニと出会った場所へとやっては来たものの……。


「どうです? マニ、居ましたか?」


「うーん……ここ、主人マスター、居ない」


 そこには、マニの主人マスターなる人物の影も形も見られなかった。

 このまま、ここで、じっとして、相手方に見つけて貰うのもいいですけど、それが、何時になるか、わかりませんし、あと、先の話を聞いて、思うところ、マニが主人マスターとはぐれた場所が、こことは限らない。

 なので、マニの記憶を頼りに、他の場所にも行って見ようと考えてます。

 篝火の灯火に揺れる人影、鮮やかに彩られる天幕や露店、ここでしか味わえない情景に心奪われてしまう。

 マニの方はと言えば、何もかもが、目新しいのだろう、アレはなんだ、コレはなんだとひっきりなしに質問してくる。その度に、私が答えて上げれば、目を爛々と輝かし、頷くのだった。

 マニの素のらしさと言うのが、垣間見えて、私も、何故か、嬉しくさせられる。

 しばらく【北斗七星アルクトィス】内をマニの記憶を頼りに、一通り歩いたけど、マニの主人マスターなる人物と出会う事はなかった。

 黒々とした夜空がより一層、色濃くなり、露店に寄る人も疎らになってきた頃……。


「はぁ、見当たりませんね……」


 少し歩き疲れた私は、ふと、足を止めて、背後に立つマニへと振り返った。


「うん、居ない」


「ふぅ、少しばかり、疲れちゃいましね。休憩しましょう」


「マニは、全然、平気」


 悠々たるその姿。元気で何よりですけども、私は、なかなかしんどいです。

 

「マニは、凄いですね。ですが、私は、ちょっとムリかな……」


 苦笑い浮かべた私は、今の自身の心情を吐露した。

 

「うん、なら、休憩する」


 すると、私の心情を理解したマニから賛同を得られる。


「ありがとうございます。マニ」


「いい、気にするな」


 マニとのやり取りを終えれば、私は天幕の片隅に置かれた木箱の上へと腰掛けた。

 三角帽子を脱いだ私は、鞄より取り出したハンカチで、汗ばむ額や首元を拭う。それから、ベタつき乱れる髪に手櫛を入れて整えると、終わりに前髪のピン留めを付け直す。

 そうやって、一息吐いてた矢先、覚束ない千鳥足で、私達の側へやって来た男。


「ひっく、お、こんなところに、えらいべっぴんの、オネェちゃんが、いるじゃねぇか」


 舐めいるような目つきで、私を値踏みしてくると、男から嬉しくもない安い口述が聞かされた。

 見るからに、酔っ払いですね。着衣も乱れて、ダラシない姿。

 酒臭いな……まさか、この男が、マニの主人マスターなの?

 マニへ目をやれば、興味無さげに、あらぬ方向を見ていた。ふむ、確実に、この男ではないですね。

 と、すれば、この男は何です?


「ウヒィ、どうだ、ネェちゃん? 今から俺とイイことしねぇか?」


 下卑た笑いを見せた男より、そんな言葉が吐かれた。

 不快感しかない発言ですが、酔っ払いをまともに相手するのも、面倒なので……。


「ごめんなさい。そう言うのは、結構ですから……」


 一応、やんわりと断りを入れてやった。


「そんな、つれねぇこと、言わずによ。俺と楽しもうや?!」


 私の気持ちなど、お構いしな男が、一歩一歩、こちらに近づいてくる。

 はぁ、引っ込む道理もないですか……仕方ない、こんな時は、あの魔法で、大人しく眠って貰うのが一番ですね。

 私が、その魔法を詠唱するよりも早く、視界の端から飛び出す影。

 突如、マニが男の首根っこを片手でひっ掴むと、地面へと組み伏した。


「あ、なん? ぐぇぇ!」


 カエルが潰れたかのように這い蹲る男。身体を起そうと、ジタバタともがくも、一向に起き上がる気配がない。


「おまえ、マニの敵か?」


 冷たく無感情な声が零された。

 いくら酔っ払いとは言え、大の男を年端もいかない少女が、こうもあっさり押さえ込むなんて、この子、一体何者?

 ハッ、いけない。あまりの出来事に、呆気に取られてました。

 ココ【北斗七星アルクトィス】で諍いを起こすのは、少々マズイです。


「マニ! やめて下さい。その手を離して!」


「…………」


「マニ! 早く、手を離して!」


 私の必死の呼び掛けは、マニに届かない。

 どうしたらいい? このままじゃ、本当にマズイ事になりかねない。


「マニ、その手を離すんだ。男を解放しろ……」


 何処からともなく、明瞭で低い男性の声が、辺りに響いた。

 ピクッと肩を震わせたマニは、男性の声を聞き入れたらしく、手が離される。


「ひっ!」


 その瞬間、酔っ払いの男は、短い悲鳴を漏らし、勢いよく立ち上がったら、一目散に逃げだした!


「あ、主人マスター、居た……」


 マニが、私の背後に視線を送り、一言、呟くと、私もマニにつられて、そちらへ目をやる。

 薄闇の中、篝火によって照らされる男性の姿があった。頭には、ターバンが斜めに巻かれており、ラフな感じで旅装束を着こなす、全体的にエスニックな風合いを漂わせていた。


「おまえは、どこ、ほっつき歩いてんだ。散々、じっとしてろと、言っただろうが」


 こちらに歩みを進める男性から、煩わしそうな物言いで、マニへ叱責が飛ぶ。


「うん、肯定する。しかし、ダリエラが、お腹いっぱい、メシを食わせてくれた」


「は? 何のことだ?」


 素直な返事を返すマニだけど、言葉足らず過ぎて、男性も何の事だか、わからないと言った様子。

 私も、ことの一端を担ってますし、マニの擁護くらいはしないと。


「あの、そのことでしたら、私から説明させて頂きます」


 そう男性に声を掛けると、


「そいつは、ありがたい。こいつの言うことが、さっぱり、わからんので助かる……」


 暗がりで、多分、どちらも互いの顔が、はっきりと視認、出来なかったのだけども、男性が近づくにつれ、それが無くなれば、


『あっ』


 顔を見合わせ、互いに気付く。


「これは、先ほどの……」


「いやはや、こいつは、どうも」


 どうにもバツが悪く、二人して、ぎこちないやり取りをしてしまう。

 男性の出で立ちが、全然違うくて、わかりませんでした。目の前の人物は、少し前、賭博場カジノで、散々な落ち込みを見せていた男性なのだ。


「こんな、偶然ってあるんだな……」


「ホント、ですね」


 何気に口開く男性の言葉に、私も自然と応えてた。

 そして、もう一度、顔を見合わせれば、お互いに、笑みを浮かべていた。



「…………と、言う訳なのです」


「なるほど、そう言うことか……」


 これまでの経緯を話せば、男性は納得の表情を見せる。


「はぁ、こいつの食い意地が悪い所為で、あんたに、世話かけたみたいだな」


 隣で、寝落ちしかけているマニを呆れるように見つめる男性。


「気にしないで下さい。好きでやったことですから」


「それでもさ、一飯の恩義ってのもある。この礼はさせて貰うよ」


 一飯と言うには、度が過ぎましたけど……。


「お気遣い、ありがとうございます。でも、ホントに、お気になさらず」


 格好良く吹いてますけど、あの時の姿が脳裏に浮かんでしまい、どうにも、心許ないです。


「その顔、信用してないだろ」


 あ、バレてます。


「いや、信用してないことはないですよ」


「ソレ、微妙な言い回しだぞ。フッ、そうだよな。あんな醜態晒した男の言葉を信じろと言う方が無理か……」


 自嘲気味に、そんなことを口にする男性。

 なんだか、不憫な人ですね。


「あ、それはそうと、お互い、名前も名乗っていませんでしたね」


「そういや、そうだったな。なら、俺から自己紹介しようか。行商人をやってる、ピエールってもんだ。よろしく、で、知ってると思うが、こいつは、マニ。俺の従者だ」


 ピエールは行商人でしたか。それと、マニが従者って、不安しかありませんよ。


「何か、言いたそうな顔してるが、聞かないことにするよ」


 ピエールは、目を細めて含み笑いを浮かべた。

 私って、そんなに顔に出てるの? 自分では、ポーカーフェイス出来てると思ってたのに、何か凹む。


「それで、自己紹介はしてくれないのかな?」


 ピエールの問い掛けにハッとなり、


「は、ごめんなさい。私は、ダリエラと申します。ご覧の通り、魔女を名乗らせて、もらっています」


「魔女、ダリエラ、何処かで聞いた名だな……お?! そうだ。エルムスに獣人の魔女が居ると、風の噂で聞いてたが、もしかして、あんたがそうなのか?」


 ピエールの声色が、若干高くなるのを感じた。

 うーむ、ここで隠し立てするのも違うし、正直に言うかな。


「ピエールが、仰る通りで、まぁ、合っていると思います」


「ほぉ、あんたが【エルムスの猫魔女】か。お目にかかれて光栄だ」


「私は、そんな大した者では、ありませんから」


「いやいや、実際、大したもんだぜ。噂を流す奴の気持ち、よーく、わかった」


 その顔、何か嫌です。ピエールの顔が、いかにもなスケベ面晒してる。ロクでもない噂が流れてそうですね。全くもって、不快です。

 

「ククッ、あんた、見てると飽きないね」


「私、見世物じゃ、ありませんけど……」


「怒ったのかい? そりゃ、悪かった。許してくれ」


 自分の非を認めれば、謝意を示すピエール。

 この人、ある意味、実直なのかな。


「べ、別に、怒ってませんし」


 そんなピエールに対し、なんだか、歯切れの悪い、ぶっきら棒な物言いになってしまう。


「そうかい、なら、良かった!」


 ピエールより快活な笑顔が向けられた。

 それよりも、いい時間帯になってきましたね。

 一座の興行も、終わってるでしょうし、早くジャミールの所に行きませんと。


「お話の途中ですが、ピエール、そろそろ、この辺りで、お暇させて貰いますね」


「お、随分と話し込んでしまったな。あんたも、用事があるだろうに悪いな。こいつの世話までさせちまったしな」


 ピエールに寄っ掛かり、完全に寝落ちし、鼻ちょうちん作るマニ。

 こう言うの、微笑ましいな……。


「ダリエラ、もし、良ければなんだが、俺の為、近い内に時間を作ってくれないか?」


 突然なに? 真剣な感じですね。どうしたもんかな……あまり、無碍にも出来ないし、一応、理由だけでも聞いて、決めるのは、それからでいいでしょ。


「時間、作れなくはありませんけど、理由を伺っても宜しいですか?」


「ああ、勿論だ。簡単な話、マニの礼をさせて欲しい……」


 ピエールが緋色の双眸で見つめてくると、


「それと、少しだけ、下心がある」


 真面目な顔して、何とも間抜けな発言を聞かされた。


「プ、フフッ、フフッ!」


 お腹よじれるよ。なに、この人。オモシロ過ぎるでしょ!

 それ、言わなくてもいいのに。うん、気に入った。

 普通なら断るとこだけど、今回は特別、その誘い乗りましょ!


「良いですよ。ピエールの為に時間作ります」


「マジでか! 本当だな、よし、よし、よし!」


 ものすごい喜びようです。それ程のことなのか? 今更断れないよね……。


主人マスターうるさい……ムニャ、ムニャ……」


 私達のやり取りの外で、マニは幸せそうな寝息を立てるのであった。

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