第5話【眠らぬ街】

 雲間から洩れる月影に照らされて、私は【魔法の箒スティンガー号】に跨り、夜空を飛揚する。

 ここは、リヴァリス領内でも、最も平らで静穏な一帯、リドリア大平原と呼ばれ、アーガレスト大陸、最大の草原が広がっていた。

 その中を分け隔てるように川が流れ、平地が果てしなく続く。

 マルグレットより齎された情報で【北斗七星アルクトィス】の所在が明らかとなった。

 リドリア大平原を流れる川の上流には、広大な湖があり、その湖畔に【北斗七星アルクトィス】の商隊キャラバンが露営していると伝えられた。

 そろそろ、目的地に着こうかと言う時、目の前の暗がりが一変する!

 それはまるで、地上に散りばめられた宝石のように輝いていた。

 湖畔に写り込む篝火も合わさり、心震わせるほど夢幻的な世界が、私の瞳に飛び込む。


「はぁ、相変わらず、溜め息しかでませんよね」


「確かにね。人間が地上の楽園と呼ぶのも、何となく分かるよ」


 その情景に酔う私に、オルグもウンウンと頷いている。

 私は、湖の上を滑空するかのように低空飛行で横切りながら、水面に写る篝火を浚って行く……。


「これ全部、ホンモノの宝石だったらいいのに……」


「キョウダイ、それって、夢があるようで、ないよね」


 オルグより辛辣な言葉が吐かれる。


「情感なんて、人それぞれだと思いますけど」


 その物言いに、私の顔が少しだけ熱くなるのを感じつつ、反論した。


「だとしてもさ、キョウダイの拝金主義には、ロマンが欠けるよ」


「拝金主義、大いに結構、ロマンで腹が膨れますか!」


 私は、オルグに向かって力強く言い放つ。


「はぁ、ヤダヤダ、これだから女って奴は……」


「オルグ、ソレ、差別発言ですよ」


「へっ、オイラ、人間じゃないし」


 得意げな顔して言ってるけど、もう、それが人間臭いよ。


「生意気な使い魔ですね。もっと、主人を敬いなさい!」


「ププッ、ちゃんちゃらおかしいね」


 器用に前足使って口元を隠し、そんな言葉で、私を茶化す。


「は、オルグ? 何処でそんな言葉仕入れてくるんです?」


 私は一瞬、キョトンしてしまう。


「何だよ、急に、何処だっていいだろ!」


 私の応対に恥ずかしさを覚えたのか、頬を膨らまし、プイッと明後日の方を向くオルグ。


「プッ、フ、フフッ!」


 私は、思い出したかのように吹き出してしまった!


「わ、笑うなよ!」


 さして、どうでも良いような会話を繰り広げていると、ようやく隊商キャラバンの露営地入口が見えてきた。

 露営地には、外敵からの襲撃に備えて防護柵や櫓が組まれており、その為、敷地内に入る際は、必ず砦門を潜らなければいけない。

 また、城塞都市、同様に入場料を支払う必要もあった。

 ですが、今回、私は、入場料免除の許可札を所持してますから、すんなりと露営地内に入れるのです。

 昔は、シェーンダリアの使いで、よく、ここ【北斗七星アルクトィス】に訪れてまして、その折に旅団の団長の一人でもあるジャミールの取り計らいで、免除札を戴いていたのです。

 ホント、結構な頻度で来てたのに、最近は、全く足を運んでませんね。

 私は、懐かしさに浸りつつ、闇夜に覆われた暗がりから、後光のように眩い光を放つ露営地へと足を踏み入れた――


 宵の口を過ぎ、人が寝静まるには、まだ早い時間。

 敷地内は、人、人、人、大勢の人間で溢れ返っていた。様々な露店が建ち並び、数々の絢爛豪華な天幕が張られている。

 それは、巨大な一つの街。

 昼は、商いの街として、夜は、妖しき盛り場となる。

 眠らない街【北斗七星アルクトィス


「とりあえず、どうするのさ?」


「そうですね。ジャミールの所へ行くとしても、今の時間、芝居の公演中でしょうから、どの道、興行が終わるまで会えませんしね。まだまだ、時間も掛かりますから……先ずは、腹拵えかな」


「お、待ってました!」


 私の、この言葉を心待ちにしていたらしく、オルグは、二本の尻尾をクルクルと波打たして、喜びを露わにする。

 敷地内では、大人達が色めき立つ。遊戯場に賭博場に色街に、大人の為の娯楽施設が満載です。

 斯く言う私も、それを愉しみにしてた一人なのだ。


 満腹になるお腹を摩りながら、私は、一際、目立つ天幕前で立ち止まる。


「キョウダイ、まさか、ココに入るつもりかい?」


「モチロンです!」


 どうにも嬉しくないと言う感情がひしひしと伝わってきますが、今の私は止まれないのです。

 高ぶる気持ちと浮つく心に、逆らうことが出来ず、私は顔を緩ませてしまう。


「あっそ……ほどほどにしなよ……」


 私の姿を見て諦めが入ったらしく、オルグは、只々、自重を促すだけ。


「だいじょうぶ、わかってますから……」


 一応に言葉を返すも、今の私では、説得力の欠片もないだろうけどさ。

 だって、全然ニヤつきが治らないのだもの!

 ここは、私のような欲深い者達が集まる場所。

 

「いざ、勝負!」


 私は、自身に発破を掛ければ、力強い一歩踏み出し、天幕を潜り抜ける。視界が開けたなら、天幕内は、華やかな雰囲気に包まれており、小綺麗な装いの男女の姿が大勢あった。

 所狭しと置かれるカジノテーブルと、それを囲う人達から、そこはかとなく漂う熱気。


「ようこそ、いらっしゃいませ!」


 ブラックタイを締めたタキシード姿の男性が、私を出迎えてくれた。

 私は、例のごとく至上の営業スマイルで以って、タキシード姿の男性に笑みを送り、軽く会釈する。


「お、お荷物を、お預かりします」


「どうも、ありがとうございます」


 耳を真っ赤にし、ドギマギするタキシード姿の男性に、持っていた鞄と帽子、ついでに【魔法の箒】を預けたら、私は貨銭の入った皮袋を携えて、勝負師達が集う鉄火場に馳せ参じるのだった。

 ルーレットにカードゲームにダイスゲーム、一通り遊べば、勝負は一進一退を極める。

 私は、徐に皮袋の中を除き込んで、


「可もなく不可もなし、と言う所ですね」


 あくまでも、身銭を増やすのが目的なのですが、このままでは、面白くないですし。

 私の勝負師の血が、もっと、もっと、騒ぎ立てるのです。

 最後に、もうひと勝負、やらないでか!

 私が選んだカジノゲームは、ブラックジャック。

 空いたテーブルに着席し、先ずは、手初めに銀貨を三枚ベットすれば、ゲームが始まった。

 黒のイブニングドレスに身を包む、ブロンドの美女ディーラーが、私を含む四人のプレイヤーにカードを配る。

 私は配られた二枚のカードに目を通した。

 JジャックAエースの組み合わせ、おっ、初っ端から、ナチュラルですか! これは幸先が良いんでないかい!

 美女ディーラーの手配に目をやる。アップカードはスペードの六ですか……。これは、勝ち確定ですね!


「ステイで、お願いします」


 私は、心の中でニンマリしながら、ポーカーフェイスを気取って、美女ディーラーに言った。

 順調な滑り出しを見せてくれるも、やはり、簡単には、勝たせて貰えなく、案の定、二転三転し、辛くも勝ちを得る形で、ゲームを終えることとなった。

 満足の行く結果ではありませんけど、ニヤニヤ出来るくらいに、儲かったので良しとしましょう。

 ほんの少しだけ懐も温かくなり、気分もいい感じになった私は、席を立ち上がる。


「ああっ! やっちまった! あり金、全部すっちまったよ……」


 突然、隣の席から悲嘆の声が上がった。一瞬、ギョッとなって、私は隣に座る男性を見てしまう。

 その男性は、黒を基調としたクラシカルな三揃いのスーツを着用し、首元には白のクラヴァットが巻かれる、古き良き欧風な出で立ち。

 ビシッと決められたオールバックに固めるアッシュグレーの髪をくしゃっと鷲掴み、大層、落ち込んでいた。


「今日の宿代に、メシ、どうすりゃいいんだ……」


 頭をガックし垂らして、意気消沈ぶりと言ったら、目も当てられない。

 いつもだったら、我関せずな態度で無視する所なのに、どうにも今日は、そう言う日じゃないらしい。


「あの、もし、大丈夫ですか?」


「ん? やぁ、見ての通りさ……」


 力ない笑みを浮かべて、そう言うと男性は、ふらつき立ち上がり、そのままトボトボと覚束ない足取りで賭博場カジノを出て行った。

 ご愁傷さまです……男性の背中を見送りつつ、そんなことを思いながら、私も賭博場カジノを後にする。

 大分、時間も潰せましたけど、ジャミールの所へ行くには、まだ、早いかな。

 それより、無い知恵絞って頭を働かせた所為か、


「なんだか、甘いもが食べたいですね……」


「アレ! キョウダイって、そんなにも、明晰な頭を持ってたのかい?」


 私の何気なく零した呟きに対し、オルグは待ってましたと言わんばかりに、それを拾えば、嫌味たらしい笑い顔作り、私を皮肉る。

 ふん、言ってくれちゃう。でも、言われっぱなしで、終わりませんよ。

 私の足下で、してやったりに喜んでるオルグを、ひょいっと抱えてオルグの顔をじーっと見つめると……。


「ナニさ?」


 私の行動を警戒しつつ、オルグが尋ねてきた。


「やな奴です」


 私は不満気に口を尖らせて言った。


「何だよ、急に、そんなこと……」


 私の予想だにしない行動と言葉に、オルグは、あたふたし、視線を泳がせている。


「フフーン、お返しです」


「キョウダイこそ、やな奴だ!」


 私の意図を理解したらしく、顔を真っ赤に不平を漏らす!

 あら、やっちゃった? ちょいと、茶目っ気を出しすぎたかな? はぁ、余計、面倒臭くしてどうすんだ、私は……。

 ご機嫌ナナメなオルグを、どうにか必死に宥めた私は、へたる心を癒すべく、甘味を求めて、夜の【北斗七星アルクトィス】へと繰り出した。


 しばらく、あちらこちらと、彷徨い歩けば、とある店先で足を止めると……。

 

主人マスター、お腹へった……」


 何処か無機質なその声と共に、私の道服ローブの袖がクイッと引っ張られた。


「はい?」


 頭にクエスチョンマークを浮かべて、私はそちらへと振り向く。

 振り向いた先には、真っ白なワンピースを羽織る少女の姿があった。

 銀白色の艶やかなアシンメトリーなボブカットに透き通るような雪肌と、何より印象深い瞳、左右が赤と碧のオッドアイを持つ少女。


「あの、えっと、私は、あなたの主人マスターでは、ないと思うのですが……」


 私は突然のことで、どう対応して良いかわからず。まごつきながら少女に言葉を返す。


「あ、間違えた……」


 ハッとなり、顔を上げた少女が、私の顔を見つめ言う。

 やっぱり、人違いでしたか。


主人マスターどこ?」


 キョトンと小首を傾げる少女より呟かれた。

 ふむ、少女の様子から察するに……。


「もしかして、迷子ですか?」


「うーん……そうなのか?」


 疑問を疑問で返されますか。まさか、そう来るとは思ってませんでした。

 そんな中、少女のお腹の虫が鳴り響く。


「お腹、へった……」


 悲しげに瞳を揺らして、呟かす少女。

 はぁ、どうにも、庇護欲をそそられます。

 こう言うのが、老婆心なのかな……。

 私は一度だけ、周りを見渡し、誰かを探すような素振りを見せる人が居ないか、確認した。

 ……どうやら、居ない様ですね。

 足下のオルグを見ると、困ったような顔なのだけど、どこか穏やかに笑みを浮かべていた。

 私の考えてること、何となく分かっているようですね。まぁ、オルグとは、四六時中、一緒に居ますからね。

 では、ちょいとばかし、お節介を焼いてきますか。

 私はオルグに口だけを動かし、行ってきますと言い、オルグへ軽く手を振ると、オルグの方も、片眉を上げて、どうぞお好きにと、口が動く。互いの疎通を確認したら、私は少女へ微笑みかけ、視線を合わせた。


「お名前、教えてくれますか?」


 声色をなるべく優しくし、敵意はありませんよと言う感じで、私は少女に問いかける


「……マニ」


 少し考え込むも、素直に応えてくれた。


「じゃあ、マニ、早速ですが、ご飯食べに行しょう!」


「え、いいのか?」


 目を大きく見開き、驚くマニ!


「ええ、モチロンです」


 マニに向けて、私は深く頷いてやる。


「だったら、行く」


 マニのテンションが上がってらしく、興奮気味に言葉が返ってきた。


「それでは、あのお店なんて、どうです?」


「お腹一杯になれば、何処でもいい」


 これはこれは、花より団子ってやつですね。

 とりあえず、マニの事は、ご飯を食べてから、考えるとしますか……。

 

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