第4話【アルクトィス】

 窓より射し込む、夕日の眩しさに、私は手を翳す。

 客足も遠退き、そろそろお店の方も、店じまいだと言うのに、未だ待ち人は来ず。

 薬が無いと始まらないのだけど……先ず、薬の原材料を調べるのに、思い付いた方法は、二つ。

 一つ目は、私、自身の身体で、臨床実験を行い、元の薬と同様の薬効を持つ植物を探す方法。

 けれど、この方法では、私の身体に強いられる負担が半端ないので、却下した。

 考えただけで、ヤバさが伝わります。

 そして、二つ目の方法は、然程、難しくない。何故なら、他力本願の他人任せだからです。

 早い話、専門家スペシャリストに依頼するんです。

 私の知り合いと言うより、シェーンダリアの古い友人の一人に、それらを得意とする人物が居ます。

 まぁ、それを依頼するに当たり、私に無理難題が降りかかるのも、目に見えてます。

 今回に限り、報酬のため、甘んじて受け入れまれしょう!

 と言う訳で、二つ目の案を採用することとした。


「それより、オルグ?! いつまで、そんな所に隠れているのですか? もう、何もしやしませんから、出て来たらどうです?」


 お店に備え付けられた家具と家具の隙間に入り込み、身を隠すオルグ。


「別に、オイラは、ココが気に入ってるだけだ。隠れてなんかないし……」


 よっぽど、あの行為が、嫌だったらしく、頑なに、そこから動こうとしない。


「はぁ、もう、わかりましたよ。お気のすむまで、そこに居ればいいですよ」


 私は額を押さえて、オルグを横目に、そこより出すことを諦めた。

 暫くすれど、未だ待ち人は来ないし、オルグも出て来ない。なんだか無性に悲しいです……。

 気が付けば、夕日も沈み切り、星々の煌めきが、夜空を覆い隠し始めていた。


「閉店の時間ですね……」


 一人寂しく呟くと、店を片す準備に入る。

 お店の飾棚やウォールシェルフに置いた商品の埃を払って、整頓し、且つ、テーブルの上を雑巾掛けして、何時もより丁寧な行程で、閉店準備を進めていたら、ひょっこりとオルグが隙間から顔を出し、


「キョウダイ、誰か来たよ……」


 私に聞こえる程度の囁き声で、オルグがそう言ってきたと同時に、コン、コン、コン、と扉をノックする音が耳に届く。

 

「そのようですね……」


 オルグをチラリと一瞥し、私は一呼吸おく。一応の用心はしませんとね。


「どちら様ですか?」


 扉の側まで近寄れば、私は戸外に居る人物に、少しだけ訝しむような声を掛けて、相手の反応を伺った。


「私は、マルグレットと申します。失礼を承知で、お聞き致します。貴女様は、ダリエラ様で、いらっしゃいますか?」


 物静かで涼しげな、女性らしい声が聞こえてくる。私の意図を汲み取ってくれたのか、相応の問い返しがなされた。


「はい、ダリエラ本人で御座いますが……マルグレット様でしたか、ご用件を伺ってもよろしいですか?」


「遅くなりまして、申し訳御座いません。ロニー様より、お預かりした品をお届けに上がりました」


「それは、ご足労頂きまして、ありがとうございます」


「そのようなお言葉を、私などに……」


 扉越しに聞こえた声が、はからずも嬉しそうですね。

 それは置いといて、ようやっと、来ましたか。これで、一旦は、私も心落ち着かせられますよ。

 扉を開けると、そこには、漆黒に外套を羽織る一人の白人女性が立つ。あめ色の短いカーリーヘアに、三日月眉の三白眼が、とても目を惹く方。


「マルグレット様、どうぞ、中へお入り下さい」


「では、失礼致します」


 私はマルグレットを店内に招き入れた。

 物珍しそうにマルグレットは、店内をぐるりと見渡す。


「マルグレット様、どうかなさいましたか?」


「す、すみません。別に他意は無いのです。王国内でも、ここエルムスにある【魔女の小箱】は、特に女性から絶大な人気がある、お店と伺っていまして……」


 頬を薄っすらと赤らめて、視線を下げたマルグレット。

 ああ、なるほど。そう言うことか。

【魔女の小箱】は、お店を預かる魔女の趣味嗜好によって、その特色が様々なのです。

 何故なら、シェーンダリアが、お店を任せた魔女達に、諸々の管理を丸投げしている所為。

 ですので、小言も言われないし、お店も好き勝手できる、その分、私達には責任が重くのし掛かってきます。

 やはり、結果が芳しくなければ、当然、その席を外されますから……まっ、そこは、どの世界でも当たり前のことですね。

 私のお店の特徴としましては、ここエルムス城塞都市は、他の都市と比べ、取り分けて働く女性が大勢います。

 いくら働いているとは言え、女性です。見栄えは、やっぱり気になるのが当然。

 私は、そこで、魔女の館の方には、精油や香水の受注を多くし、働く女性達向けに、それらを販売したところ、思惑は見事的中、私のお店の主力商品となってくれました。

 そうすることで、結果、私のお店には、逸早く新商品が並ぶ。

 今では、有難いことに、噂を聞きつけたのか、都市内外の女性達が大勢、訪れてくれてます。

 

「お気に召すモノがあれば、後でお包み致しますね」


「お気遣い感謝致します。ですが、任務中ですので、また、日を改めて伺わせて頂きます」


 気兼ねなく零した私の言葉に、マルグレットも、そこは弁えて、きちんとした対応で断りを入れた。


「これは、私の配慮が足りませんで……」


「いいえ、私の方こそ……」


 お互い気恥ずかしくなり、なんとも微妙な笑みを見せ合う。


「あっ、そうでした。ダリエラ様。此方が、ロニー様からお預かりした品で御座います」


 思い出したかの様に、マルグレットが懐より取り出さしたるは、茶色い包み紙。

 私の予想では、多分、中身は白い粉末だと思うのですけど……。


「どうぞ、お確かめ下さい」


「ありがとうございます。それでは、拝見させて頂きます……」


 私は、その包み紙を貰えば、カウンターテーブルの上でガサガサと紙すり鳴らし、包みを開いて行く。すると、中には四つの白い薬包紙が見られた。

 どうやら、これが例の薬ですか。

 私は、徐に一つの薬包紙を手に取り、中身を確認すべく、包みを開けた。


「やっぱりか……」


 予想通り、真っ白な粉でしたか。

 うーむ、これの摂取方法は、多分、経口なのかな? もしくは吸引系?

 それらのことは、また、ロニーにでも聞いておきますか。

 

「あの、ダリエラ様……」


 不安げな面持ちのマルグレット。


「え、はい、あ、どうしました?」


「その、少しお顔が優れない様だったので、お声を掛けさせて頂きました」


 私としたことが、そんなにも顔に出てましたか。

 ホント、しゃんとしなければ、ダメですね。


「いらぬ心配をお掛けしました。少しばかり、考えごとをしていまして、来客中だと言うのにすみません。マルグレット様」


「そんな、謝らないで下さい。ダリエラ様の任は、その薬を調べることだと伺っております故、私は大丈夫ですので」


「ホッ、それなら、良かったです」


 私は安堵の息を吐き、


「ところで、先ほどから、私に敬称などを付けられてますが、普通にダリエラと呼んでもらって構いませんよ」


「だとしたら、私もマルグレットでお願いします。ダリエラ」


「わかりました。マルグレット」


 先と違って、今度は笑顔を見せ合った。

 

「それで、ダリエラ。しばらくの間、ダリエラの御付として勤めを果たすよう、ロニー様より言付を承りましたので、これからは、何なりとお申し付け下さい」


「わざわざ、私のような者に……ですが、有難いのも事実です。では、早速、一つ頼まれごとをお願いしてもよろしいでしょうか?」


 少し、不躾だけど大丈夫かな……。


「ええ、勿論、遠慮など無用です」


 嫌な顔一つせず、マルグレットは優しげな表情を見せてくれた。その誠実さは確りと伝わってくる。

 少なくとも、安心しました。もしかしたら、無理矢理、押し付けられた任務かもしれないですからね。


「お願いと言うのは、とある隊商キャラバンを探して欲しいのです」


隊商キャラバンで御座いますか?」


「はい、多分ご存知だと思うのですが、その隊商キャラバンは【北斗七星アルクトィス】と呼ばれ、七つの旅団からなる巨大な隊商キャラバンでして、大体この時期なら、リヴァリス領内の何処かに滞在していると思われますので、所在の方を特定して頂きたいのです」


「【北斗七星アルクトィス】ですね。わかりました。数日あれば所在は特定出来ますので、暫しの間、お待ち下さい」


 自分達の情報網に絶対の自信があるでしょう、マルグレットは、そう言い切った。

 これは、頼もしい限りです。


「私からの頼みごとですから、待つぐらいなんともありません」


「そう言って頂けると、ありがたいです。つきましては、私もその役目を遂行する為、ダリエラの側を離れますので、少し不便を掛けますが、ご了承下さい」


 安堵の声を聞けたと思えば、直ぐに懸念の言葉がマルグレットより吐かれた。


「いえいえ、私の事など、お気になさらず、マルグレットのなさりたいようにして下さい」


「重ね重ねありがとうございます。ダリエラ。さすれば、私もこれにて失礼致します」


 そうして、私はマルグレットを見送る為、店外へと出た。


「お気を付けて下さい。マルグレット……」


「フフッ、ご心配には及びませんよ。ダリエラ」


 マルグレットは、微笑し、私の不安を取り除くような気遣いを見せれば、一度、頭を深く下げると、そのまま店外の雑踏の中に紛れ消えた。


北斗七星アルクトィス

 七人の頭目が作りし、七つの旅団から成る巨大な隊商キャラバン

 大陸全土を自由に行き来できる免罪符を持ち、その経済力と武力は、一小国に匹敵した。

 隊商キャラバンが開く露営には、様々な人種が集い、そこへ訪れたる者は、皆一様に楽園と呼ぶ。しかし、その反面、規律は厳しく、それを破った者は、相応の罰を強いられた。


「そっか、キョウダイは、あの男に会いに行くつもりなんだね」


 いつの間にか、私の足下にやって来たオルグ。


「ええ、オルグの言う通りです。私の知る限り、あの方以上の毒使いは知りませんから……」


 私の頭に浮かぶは、一人の人物。【北斗七星アルクトィス】の七つの旅団、その中の一団、旅劇団を束ねる男性がいる。

 その方は【千の毒を操る男】や【蛇毒使い】などの様々な通り名を持つ。

 名前をジャミール。

 ジャミール一座の座長にして看板俳優を務める東西きっての傾奇者です。


「それにしてもさ、珍しいよね。キョウダイが、自ら進んで、あの男に会おうなんてさ。いつもなら、渋る癖して」


 含みある笑みを浮かべて、オルグが、そんなことを言ってきた。


「確かに、そうですが……今回は、私の懐事情の為に、何としても、成し遂げなければいけないのです!」


 拳をググッと握り締めて、私は宣言する。

 そう、なにより、成功報酬に目が眩んでます。この際、嫌なことには目を瞑ってしまいましょう。


「やる気があるのは、結構なことだけど、あんまり自分を見失わないようにしなよ。面倒ごとに巻き込まれるのは、オイラも御免だからさ」


 何だか、妙に突っかかってきませんか?

 やな感じですね……。


「冷たいですね。まだ、さっきのこと、根に持ってるんですか?」


「はっ?! ちょっと、聞き捨てならないよ! オイラ、そんなに器は小さっくないから!」


 オルグは目を大きく見開き、若干、ムキになりつつも、私の物言いを強く非難した。


「それは、それは、すみませんでした」


 私は、少しばかり、茶化し気味に言い返す。


「ああ、今日は、何だか、日が悪いし! 早く魔女の館に帰ろうよ。キョウダイ!」


 この状況から脱したかったのだろう、オルグは、何も聞こえないふりして、私に帰宅を促してきた。


「フフッ、わかりました。早く帰るとしましょうか」


 私は、普段見せないオルグの狼狽振りに、心和ませて帰り支度を始めた……。

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