第8話【魔女の哭いた日】

「へぇ、コレが、お前が言うところの悪魔の薬なの」


 手に持つ薬包紙を燭台の火で透かすように掲げて、それをしげしげと眺めるジャミール。


「私が名付けた訳ではありませんけど、それが言い得て妙だったので、拝借させて頂きました」


「ふーん、まっ、何でもいいわ。とりあえず、お前から貰った情報で、大凡の目星は付きそうよ」


 よそ事のように、そして平然と言うジャミール。

 あくまで、私が見聞きした情報だけで、もう、絞り込んだのですか。

 流石としか言いようが無い。


「さすがは【毒使いポイズン・アクター】と、呼ばれるだけのことはあるね」


 オルグが感心を示したのだけど、


「オルグ、その呼び方はやめて、嫌いなのよ……」


 心底、嫌そうな顔を見せるジャミール。


「そう、せめて、呼んでくれるなら【チェルカトーレ・ディ探求者・ベレッツァ】と呼んでよね」


 不意にパッと華やぐ微笑みを私達に向ければ、そう言い放つのであった。

 ジャミールが前々から自分の通り名に不満を持っていたのは知ってましたが、等々、自身で二つ名を名乗り出しましたか。

 気持ちは、わからないでもありませんけど、こればかりはどうしようもない。

 通り名と言うものは、周りが勝手に付けてくるものですからね。


「意味が、よく分からんけど、なんか、長ったらしくて、呼びにくい」


 首を傾げて、苦々しく言ったオルグ。

 オルグの言う通り、確かに、長いですね……意味は、多分、美の探求者でいいのかな?


「え、何でよ。ものすご〜く、考えに考え抜いた傑作よ。これ以上に私に似合う言葉は無いわよ」


 口を尖らせて、不満気にブー垂れるジャミール。


「それに、この通り名、団の皆には、すこぶる評判が良いのよ。お前達も、きっと気に入ってくれると思ってたのに……」


 しょんぼりと肩を落とせば、ジャミールのあからさまな落胆ぶりを見せ付けられる。

 団員の皆さまも、お気の毒に……アレ、ちょっと、待って、私は何も答えてませんけど、オルグと同意見にされてますよね。

 それに、この流れは、非常にマズイです。まだ、依頼報酬の内容も決まってないし、機嫌を損なって、適当な仕事をされても敵いません。

 全く、オルグも、余計なこと言ってくれますよ。


「いいえ、ジャミール! 私は、とてもお似合いだと思いましたよ。そして、しかと伝わってますから、ジャミールの飽くことのない美への追求心が……」


 私は考える間もなく、咄嗟に口を動かした。


「え、ほんと?」


 パッと顔を上げたら、私を見つめるジャミール。


「はい、本当です!」


 私は目を逸らさず、真摯な態度を見せてやり、深く頷いた。


「はぁ、良かった。ダリエラには、私の思いが伝わってたのね。そう、そうよね。だって、オルグは、魔物だし、人間の感性とは、少しばかり異なってるのかも知れないものね」


 私の取って付けたような言葉を鵜呑みにしてくれたのか、ジャミールは、なんだかんだ理由付けし、自身を納得させていた。

 オルグを見れば、眉尻を下げて面倒そうに微妙な顔してる。

 ジャミールも、とりあえずの機嫌を損ねてはいないけど、私の言葉では、まだ押しが弱いかな……なら、追従してもらわないと。

 私はオルグへ向けて、後ろ手に指をクイクイ動かし、後に続けと促す。


「ああっ?! そう言うことだったのか! 意味がわかれば、うん、オイラも、それジャミールにピッタリだと思うね!」


 私の意図を理解してくれたらしく、オルグから、そんな言葉が吐かれた。

 だけど……如何せん棒読み過ぎますよ。もう少し、感情と抑揚を付けてくんないかな。


「あら、そう! やっぱり、オルグもそう思うの。ウフフ、皆に認められるって、嬉しいわね」


 ほっ、何はともあれ、快調してくれたなら、全然オッケーです。

 私はジャミールの様子に胸を撫で下ろす。

 ホント、厄介な方です。いちいち、ご機嫌取りなんて、やりたくはないのだけど、コレやらないと、この人、クソほど働かないのだ。一度、不機嫌になると復調するまで、まぁ、時間が掛かるし、それとネガティヴ入って、今以上に鬱陶しくなる。

 だからこそ、それを防ぐ為の処置なんです。

 団員の方々も、それが分かっているので、ご機嫌取りの余念はない。

 私が、ここに来るのを渋る原因の一つでもある。

 それよりもです、依頼報酬が何なのか、早く教えて頂かないと、一向に気が休まらない。

 とはいえ、報酬内容を知ったところで、気が休まることは無いですけど、まぁ、知っていれば、それなりに腹積もりも出来ますし、ある程度、私の不安解消にもなりますから……。


「あの、ジャミール」


 どうにもならない不安感を抱きつつ、私は話しかける。


「うん? なに?」


「それで、その依頼報酬の内容なのですが、お決まりですか?」


「ええ、それだったら、もう、決めてるわ。ちょっと、待ってて……」


 私の気持ちとは、裏腹に口軽な言いぶりで立ち上がると、ジャミールは部屋の片隅に置いた収納箱をガサゴソと漁りだした。


「あれ? これじゃないわね。どこいったのかしら?」


 何やら、探し物をしているみたいですね。


「あった、これだわ……ダリエラ!」


 お目当の物が見つかったのか、ジャミールが声を上げ私を呼ぶのと同時に、こちらに向けて何かを放り投げてくる。キラキラと煌めく、それが、フワッと放物線を描き、私の腕の中に収まった。それは、手触り滑らかなラメ入りの薄い布地。


「ダリエラ、まだ、あるから、はい、これとこれね」


 ジャミールに次々と、収納箱より取り出された物を渡される。


「何ですか? コレ?」


 私は、一枚の透け感半端ない布を摘み上げながら、ジャミールに聞いた。


「それはね、お前の舞台ステージ衣装よ!」


 腰に手なんか添えて、モデル顔負けのポージングを取るジャミールが、得意げに言い放つ!


「はっ? ス、舞台ステージ衣装?!」

 

 予想だにしない、その言葉が、私に衝撃を生む。一抹の不安が押し寄せてくる最中、手元にある布地を床の上へ広げて行けば……これって、いわゆるハーレムパンツと言うやつですよね。全てが明らかになると、それを理解した。

 私の瞳に写るは、鮮やかな色使いで、身体を隠す布地部分が極端に少ない、俗に踊子の衣装と呼ばれるもの。


「ま、まさかですが……こ、これを……ジャミール……」


 私は、それを口にしたくないのか、言葉が詰まり、気がふさがれ、只々、ジャミールを見つめるだけ。


「ウッフフ、お前には、その衣装を着て踊って貰うわ。踊りの稽古レッスンは、ちゃんとするし、だから、心配しなくとも大丈夫よ」


 私の様子を察して、くれてはいるようですが、見当違いです。そう、稽古レッスン云々のまえに、この衣装を着たくないのだ!


「コレ、着なきゃダメでしょうか?」


「うん、ダメよ。それを着て、踊らないと意味ないわ。だって、久しぶりに、お前の姿を見たら、閃いてしまったのだから!」


 どうやら、にべもなく決まってますか……私の意思など、そこには無さそうですね。これを断ったら、絶対、仕事してくれないだろうな。

 断腸の想いですが、致し方ありません。

 いっときの恥、甘んじて受け入れます。


「わかりました。その依頼報酬、やらせて頂きます」


「いい返事を貰えて良かったわ。お前のお陰で、一儲け出来そうよ! ありがと」


 なんとも、嬉しくない、お言葉ありがとうございます。

 私は複雑な気持ちを胸に苦笑いを浮べるのだった。

 そこへ、タイミングを見計らうかのように、ドアをノックする音が聞こえてくると、


「やぁ、話は終わったかな?」


 旅劇団の副団長バートランの姿が見えた。


「あら、どうしたの?」


「おいおい、主役が来ないと、始まらんのだが……」


「ああ! ごめんなさい。すっかり忘れてたわ。今すぐ、行くから、ダリエラ、お前も来なさい」


「はい? 何処にですか?」


「打ち上げよ。宴会するの、行くわよ」


「え、ちょっと、ジャミール!」


 何が何だか、わからぬまま、私は半ば強引に、宴会場へと連行されてしまった————



 うっ、う、頭が割れそう、まだ、目が回ってます。

 もう、朝ですか。目を覚ませば、陽光が照りつける移動式住居ユルトの棒天井が見えるのだけど……ココは、ジャミールの部屋みたいですね。

 昨晩、宴会が始まった数時間後からの記憶がない全くない。

 どうやって、ココまで帰って来たのかさえ、覚えてません。

 身起こして辺りを見回すと、ピクリともせず死んだように眠るオルグが、私の側で横たわっていた。

 私の覚えている限りでは、ハメ外して随分と、お酒を呷ってましたからね。この姿も、容易に想像できます。

 と、それよりも、ボサッとしていられませんでした。

 早いとこ、支度を済ませて、お店に行かないきゃですね。

 とりあえず、顔でも洗ってきますか。

 私は重い身体をやっとこさ支えて立ち上がったなら、戸口を目指し歩き出した。

 なんだか、やけに、スースーするのですが、なんとなしに、自身の体に視線を落とした。


「はぁ?! ウソでしょ! 何で!」

 

 自分の格好に唖然となる。

 何故ならば、昨日見た、踊子の衣装を着用してるから。

 いつの間に、こんな格好してるんだ私は? アレだけ、嫌だったはずなのに……どういう事なの?

 それにしても、衣装、際どくないか、これ着て踊るんですよね。

 ものすっごい、やりたくねぇー!

 私が、心の中で葛藤してたら、突然、扉が開け放たれると、目の前に人影が現れた。

 

「おはよう、ダリエラ。やっと、起きたわね」


 清々しい朝の陽射しを浴びたジャミールが、挨拶してきたのだ。


「うわ、ちょっと、待って!」


 不意打ち喰らい、あたふたするだけだった私は、自分の姿に気が付けば、そこらにあった毛布を被り身を隠す。


「何を今更、恥ずかしがってるの。昨日、アレだけ、見せびらかしてたのに」


「な、え……それ、ほんと?」


 ジャミールの、ふとした発言に、私は耳を疑った。


「なに、その顔は、ほら、証拠が目の前にあるじゃない」


 ジャミールは軽く微笑むと、目配せしながら顎をしゃくり言ってくる。

 私、自身が証拠ですか……。


「それにさ、お前も案外、ノリノリだとわかったし、私も気兼ねなく、稽古レッスンやれそうよ」


 またも、衝撃的な事実を聞かされた。

 私は、ナニをしたの? 全然、思い出せない。どんな醜態を晒したんです?

 嗚呼、ヤダ、ほんっとヤダ、マジで、何やってんだ私は!


「ち、因みに、わたし、何やらかしました?」


 やはり、聞かずにはいられないよ。


「まさか、お前、覚えてないの?」


 目を見開き驚くジャミール。


「…………」


 ジャミールの問いに、私は静かに頷いた。


「プフッフフ、アレだけ騒いで、覚えてないって、ダリエラ、おまえって子は、フフフッ」


 肩を震わせて、大笑いするジャミール。

 笑い過ぎだと言いたいとこだけど、自分が何やったか、わからないから、突っ込むことさえままならない。

 なので、恨めしげにジャミールを見つめるのだ。


「いや、笑わせてくれるわ。そうね、簡単に説明してやると、私達が言ったお題に合わせて、お前がセクシーダンスを披露してくれたの。皆も大いに喜んで、大盛況だったわよ。アレなら、本番もきっと上手くいくわね」


 急展開、過ぎて、もう、意味わからんし。

 誰が考え付いたのか、その大喜利的発想、それをノリノリでやる私も大概です。

 うぅぅ、これ、考え方によっては、覚えてない方が良かったの……でも、何も覚えてないのも、嫌だな……。


「……ダリエラ……ちょっと、ダリエラ!」


「ん? は、ハイ、何でしょう?」


「ぼけっとしてないで、おまえ、店があるんじゃないの? もう、結構いい時間よ」


「そうでした! 早く用意しなきゃ!」


 意識もそぞろながら、私はドタバタと支度を整えた――


「それでは、オルグのこと、よろしくお願いします」


「ええ、任せて」


 正しく死ぬほど酒を飲んだであろうオルグは、立ち上がることも、歩くこともままならない為、ジャミールに預けることとし、私は、一人【北斗七星アルクトィス】を飛び立った。



 富ある者も貧しき者も、男も女も、誰しもが、一時の夢が見れる場所【北斗七星アルクトィス

 そんな場所で、後顧の憂いありまくりな夜を過ごせば、照りつける太陽の下、私は、何もかも削ぎ落とすかのように、猛スピードで蒼天を翔け抜け、


「私の大バカヤロウォォ!」


 そして哭いた!

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