第二章〜悲しき戦闘人形編〜

プロローグ【胎動】

三人称視点


 月影の迫る宵闇を背に佇む砦。里山の脇に築かれた砦だが、幾多の戦火に巻き込まれ廃城となった。

 誰も居ないはずの砦内部に、複数人の影がある。皆一様の黒衣姿で武装しており、そして頭からフードを被り、その正体を隠していた。


「フッ、こんな廃城を根城にしているとは、貴様らも、何処ぞの野盗どもと変わらんな……」


『な、誰だ?』


『何者?!』


『姿を見せろ!』


 不意に響いた女の声に、黒衣の武装集団が焦りを見せて、しきりに辺りを見まわす。

 その声を聞き入れたのか、篝火の灯が届かぬ暗がりより、現れたるは一人の女戦士。頭頂部で結えた艶やかな青髪を揺らし、黒衣の武装集団に近づいて行く。

 

「さぁ、姿を見せてやったぞ」


 不敵な笑みを浮かべて、それは、それは、堂々と言い放つ!

 女戦士の名はデメトリア。


『お、お前は!』


『何故、ここに?』


『尾行は振り切った筈だ』


 デメトリアの姿に、黒衣の武装集団から驚愕の声が上がる!


「ククッ、あれ式で、私を振り切るなどと、舐めてもらっては困る。仮にも、特務部隊の副長を預かる身。貴様ら程度に逃げられたなら、部下に笑われてしまう」


 デメトリアは嘲笑を見せて、黒衣の武装集団に挑発をかました。


『おいおい、女一人で何が出来る』


『クックク、それもそうだ』


『飛んで火に入るなんとやらだな。ヘヘッ、美味しく頂いちゃおうか』


 そんなデメトリアの挑発に乗せられる事なく、黒衣の武装集団から口々に茶化す言葉が飛ぶ。


「フッ、恐れ入った。たかだか数十人の雑兵如きが、もう、勝ちを誇っているのか。クックク、とんだ間抜けどもだな!」


 尚も挑発を続けるデメトリア。


『おい、女、そこまでにしておけよ!』


 黒衣の武装集団の中の一人が怒気を孕ませて言い放った!


「女一人に、ここまで言われても、まだ、何もしないのか? はっ、玉無し野郎ばかりか……ならば、此方から行かせて貰うぞ!」


 馬鹿にするよう、また自身の苛立ちを混じえて、デメトリアは更に挑発を被せるも、埒があかないと感じて、自ら打って出た。

 デメトリアの腰には、細やかな装飾と魔術文字の施された剣柄だけが下げられており、それを右手に携えると、自身の魔力を注ぎ込むべく、右手へと集約する。

 すると、瞬時にして青白く輝かす諸刃の光刃が創り出される。

 そう、それは一瞬!

 黒衣の武装集団も、警戒は怠ってはいなかったが、デメトリアの動きは、それすら上回る素早いものだった。

 鋭い踏み込みで、黒衣の武装集団との間合いを潰せば、長さ九十センチ程ある光刃が一条の筋となり、デメトリアの眼前に立つ黒衣の武装兵の首へと流れる。


『はひっ?』


 黒衣の武装兵の首が薄皮一枚残し、ボトリと地面に落ちれば、辺り一帯に血飛沫が舞う!

 それを見ても、顔色を一切変えずにデメトリアは返す刀で、その背後に立つ黒衣の武装兵、目掛けて突きを放つ——!

 強烈な突きが、武装兵の胸骨を鈍い音と共に寸断し、胸を刺し貫いていた!


『ぐうぇ、ぐぶっ、ぶぶ……』


 胸を貫かれた黒衣の武装兵は、全身を小刻みに痙攣させて、ゴボゴボと吐血する。

 デメトリアが剣を引き抜くと、同時に武装兵は力無く膝から崩れ落ち倒れ伏した。

 悠々と刀身に付着した血糊を振り払うデメトリアは、刹那の情景に付いていけいない、なすがままに立ち尽くす黒衣の武装集団に目をやる。


「二、三人居れば、尋問するにこと足りるからな。後の奴らは……フッ、そうだな、優しい私が、あの世へと先導してやるから、ありがたく思え……」


 そう口走るデメトリアは、青い瞳をギラギラと滾らせて口角を釣り上げた。

 まるで、その姿は、獲物を狙う肉食獣が如く。


『このアマ、舐めるな!』


『ぶっ殺す!』


『逆に、テメェをあの世に送ってやらぁ!』


 黒衣の武装集団の殺気が膨れ上がれば、一斉にデメトリアへと襲い掛かった!


「フフッ、楽しい楽しい、闘争の始まりだ。私を存分に楽しませろよ……」


 

 更なる狂気孕まし、ニタリと薄笑みを浮かべたデメトリアは、襲い来る黒衣の武装集団を迎え撃った………。



 天井の片隅で、赤い単眼を不気味に光らせる蝙蝠を模した魔物の姿があった。

 この魔物は使い魔として使役する事により、特殊な能力を操れる。

 その能力とは、魔物の瞳を通して、遠隔の地の状況を把握出来た。

 廃城を少し離れた場所で、アッシュグレーの髪にターバンを巻き、旅装束に外套を羽織る男が、胡座を掻いて地面に置いた水晶玉を覗き込んでいる。

 水晶玉に映し出されるは、砦内部の様子。


「お、こわっ、相変わらずヤバいお姉さんだな……」


 言葉とは裏腹に、顔をニヤつかせている男。

 

「さて、このままズラかるにしてもだ。何もせずに帰ったら、どうせレーネの奴が、煩く言って来るに違いない」


 男は、そんな呟きを吐けば、腕組みし考える。


「そうだな……物は試しと言うし、コレを使うかな」


 男が振り返り立ち上がると、背後に置いてあった大型の革製のトランクキャリーを開く。

 開かれたトランクキャリーの中には、真っ白なワンピースに身を包み、膝を抱えて蹲る少女の姿がある。

 白銀色のアシンメトリーのボブカットに陶器のような肌質。まるで、無機質な人形の様。


「これが、神が戯れに創造した人形か。趣味が良いのか、悪いのか、どちらにせよ、俺の趣味じゃないけどな……おっと、油を売ってたら、戦闘が終わっちまうな」


 蹲る少女のうなじには、魔術式が描かれている。

 男が膝付き屈めば、そこへと手を添えて、言霊を紡いだ。


「我、霊威の呼び掛けに応えよ『護法誓約ホフ・アイン』」


 少女の全身が淡い緑光を帯び、それが消えたなら、瞳がゆっくりと見開かれる。右目が碧で左目が赤のオッドアイ。

 ムクッと起き上がり、辺りの様子を確認し、立ち上がった少女。

 背格好から年の頃は、十三歳くらいだと伺えた。

 何処か虚ろな瞳の少女が徐に口を開く。


主人マスター、ご命令をどうぞ……」


「何だか、愛想がないな。あ、もしかしたら、正式な手順を踏まず、強制的に覚醒したからか。まぁ、動けば何でもいいが……」


 顎に手を添えつつ、少女を値踏みする男。


主人マスター、ご命令を……」


「ん、ああ、そうだった。命令ね。それじゃあ、この女の命を奪ってみせろ」


 男は、水晶玉を見るように少女へと目配せすれば、少女に向け命令を下す。


「……拝承した」


 それを見た少女から無感情に零された言葉。命令を遂行すべく、その場より飛び上がったら、少女は砦のある闇に消えた。


「さぁ、手並みの方はいかほどか……」


 少女の消え去った闇を見つめ、男が言う。



 まだ、死にきれていな者の呻き声、無秩序に転がる死体。無情とも言える凄惨な光景が、デメトリアの眼前に広がる。


「早速だが、お前に聞きたいことがある? あの男、ジャン・シャルダンは何処にいる?」


 黒いフードを剥ぎ取られ、座り込む一人の男に、デメトリアが質問した。


「ハァハァ……」


 戦意喪失はしているものの、瞳に見られる僅かな意志が、男の口を噤ませる。


「その心意気には、敬意を評してやりたいところだが……」


 言葉とは裏腹に、冷ややかな視線で男を見下ろすデメトリア。


「私は少々、気が短いんだ」


 そして、男の太腿に光刃が突き立てられた!


「ひぃっ、あ、がぁぁ! ハァハァ……」


 肉を貫き抉られた男の悲鳴が砦内にこだます。


「ん、どうした? 早く言わねば、また、穴が増えるぞ」


「だ、誰が、喋るか……」


 男は額に脂汗掻き、震わす唇から漏らす強気な発言。


「威勢の良いことだ……では、次、何処に穴を開けて欲しい?」


 瞳に鈍い光を灯してデメトリアが、そう口を開けば、再び光刃を振り下ろす——その時、砦の壁が激しい轟音と共に崩れ去った。

 壁にはポッカリと大口の穴が空き、そこには先程の少女が現れる。


「……随分と派手な登場だな」


 現れた少女に目を見開くも、そこは冷静を装ったデメトリア。


「お前の命を貰う」


 少女の感情のない声と違い、力強く地面が蹴り上げられて砂塵が舞う!

 瞬きする間もなく、デメトリアとの距離を詰めれば、少女の拳がデメトリア目掛け放たれた!


「チッ!」


 デメトリアは舌打ちし、振り抜かれた拳を避けようとするも、どうにも間に合わないと判断すれば、躊躇することなく光刃を少女に向けて振り切る——?!

 少女の拳と光刃がぶつかり合う!!

 バキーンと甲高い音をさせて、光の刀身がガラスの様に砕け散った。


「ほぅ、私の【夢幻の剣インビジブルソード】を砕くか……やはり、唯の子供では無いな。まだ、尋問の途中だったのだが、仕方がない」


 デメトリアは砕け散った刀身を再度、創り出すべく、剣柄に魔力を注げば、新たなる刀身を創り出す。そして剣柄を握り返し、少女へと向き直った。

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