エピローグ【月夜に浮かぶ闇】

 自分の馬鹿さ加減にほとほと愛想が尽きそう……。

 ホント、抜け作が過ぎるよね。

 はぁ、もっと、自分を客観視しなければ。


「お前も、物好きよね? 縁もゆかりもない少年の父親を助ける為、態々、精霊の森まで行くんだから……」


「え、まぁ、色々と少年には迷惑を掛けましたし、私的に思うところもあったんですよ」


「別にお前が、それで良いなら、私は何も言うことは無いわ。けど、そうね。一つだけ言わしてもらうなら、向こう見ずな行動は慎みなさい。命が幾つあっても足りないわよ」


 冷たいように言葉を吐くシェーンダリアなのだけど、端々にぬくもりを感じさせる。

 母親と言うものが居なかった私には、よく分からないのですが、多分、こんな感じなのかな……。


「はい、肝に銘じておきます」


 わたしも心から、そう思ってます。今回、特に。


「それはさておき、ダリエラ、一角獣イデアと盟約を結んだのね」


「イデア? あ! はい、お陰様で、こんな事になってますが……」


 名前を聞いて、一瞬、ハテナが浮かびましたが、それを思い出せば、私は真っ白になってしまった前髪を一房摘み上げて、シェーンダリアに見せる。


「ああ、ソレ、魂の癒着で時折、起こる現象よ。暫くすれば、治ると思うから、気にしなくても良いわよ」


 驚く素ぶりさえ見せず、淡々と答えが返された。

 シェーンダリアは、私に何が起こっているのか理解しているようです。


「早く、治れば良いのですが、何せ、目立ってしまって、おいそれと帽子も脱げません」


「そう? 前も十分目立つ髪色してたでしょ?」


 然程、興味無さげに言葉を返された。


「でも、そんな風になるってことは、あの一角獣エロ馬に相当気に入られたわね。ダリエラ」


 少し前のめりになると、シェーンダリアは、そんなことを口走るのだった。


「へ? エロ馬? 気に入られる?」


「そっ、一角獣アレは、処女の娘オトメの魂を愛でることを、何よりも至上とする。唯の変態馬よ!」


 和やかなに表情を緩ますシェーンダリアの口から、なかなかにどぎつい言葉が吐かれてます。

 それより【一角獣ユニコーン】って神様ですよね。扱いがひどい。

 シェーンダリア……昔、何かあったのかな?

 そんなの聞かされたら、不安になってきました。


「浮かない顔ね。ダリエラ。心配しなくとも、これ以上何も無いわ。その辺は一角獣アレを信用しても大丈夫」


「そ、そうなのですか……」


 いまいち信用が足らない。ホントに大丈夫なのか?

 そんな私の様子を察してくれたのか、シェーンダリアはニッコリと眉尻を上げると、話を続けた。


「お前の気持ちわからなくも無いわ。まっ、一角獣アレと早々に縁が切りたいなら、方法が無いこともないわ……」


 方法があるのか、とりあえず、聞いておいて損はないでしょう。


「その方法とは……」


「簡単よ。ダリエラ、お前のを誰かに捧げるの。そうしたら、勝手に一角獣エロ馬の方から離れて行くから」


 ものすごく損した気分。聞かない方が良かったかも。


「ナニ、その嫌そうな顔は」


 私の態度に、シェーンダリアは眉を寄せた。


「嫌そうと言うより、嫌です」


「あら、先のお前を見て、私なりのアドバイスして上げただけなのに……」


 何だか、真面目な顔して言われますけど、

時々、顔がほころんでますよ。面白がってるの見え見えですから!

 もう以前の私と違うのです。この程度で同様などしません。

 私も、淑女として毅然に振る舞うだけのこと!


「シェーンダリア、ご助言ありがとうございます。ですが、そう言う話なら……け、結構です……」


 嗚呼! 最後の最後で、私と言う奴は……。

 毅然とした態度で挑むも、シェーンダリアの顔を見た途端、先刻の情景が脳裏に浮かんでしまい、恥ずかしさの余り、つい視線を逸らしてしまった。


「フフッ、お前、ホント可愛いわね!」


「ソレ、嬉しくない……」


 自分の不甲斐なさが、どうしようもなく、悔しいのだけど、それを口には出せないので、ムスッとするしかないのだった。


「もう、他意はないわよ。素直に額面通り受け取りなさい」


 子供をあやすように、シェーンダリアが言う。


「わ、わかりましたから、もう、この話は終わりです」


 それが無性に気恥ずかしさを覚えさせ、私は、これ以上突っ込ませたく無いが為、無理矢理、話を終わらせた。


「そうね。長々と話し込んでしまったわね。お前も帰宅したばかりで、疲れてるでしょうし、ゆっくり部屋で休みなさい」


「はい、そうさせて貰います」


 嫌な汗、掻かされましたよ。早々に、この場より退散して、早くベッドで寝みたい。


「あ、そうだわ。ダリエラ、お前に言うことがあったの。コレを伝えるかどうか迷ったのだけど、伝えておくわ」


 何かを思い出したらしく、シェーンダリアが言ってきた。

 気になりますよ、その言い方は。聞かずに入られません。


「えっと、何でしょうか?」 


「それはね……【一角獣ユニコーン】の角、魔女の館にも、一本だけ保持してあるのよ」


 頭が真っ白になった……。


「ん? ココに角があると」


「ええ、保管庫に在るわよ」


「ホントに? 本当ですか?」


「嘘吐いてどうするのよ。本当よ」


「フフッ、フフッフ、ワタシの、私の今までの苦労は、いったい……何だったんだ。いったい何だったんですかぁぁぁ!!」


 乾いた笑いが浮かび、身体が震えた。



 そうして、魔女の館に私の絶叫が響き渡るのだった…………。



三人称視点


 霧深い森の奥、ひっそりと隠れ建つ洋館。

 建物の周りに立ち込めた霧が晴れ、雲間から月の光が差し込む。

 窓辺に佇み月を見上げる人物。室内は窓から入るの月明かりのみに照らされていた。

 床には、その人物の影が落とされる。


 部屋の外よりコツコツと足音が響けば、扉の前で足音が止まった。ドアノブがガチャリと回り扉が開くと、頭を黒いフードで覆い隠した全身黒ずくめの人物が室内へと入って来た。

 フードにより顔も伺うことが出来ない為、性別さえ分からない。


「レーネか……」


 窓辺で佇む人物から野太い声が聞こえてくる。どうやら、声から判断するに男性のようだ。

 男は扉の方に一切、振り向きもしない。


「はっ、ご報告に上がりました」


 レーネと呼ばれた黒ずくめの人物が、その場で傅けば、凛と澄んだ女性らしい声を発する。


「続けろ……」


 男は背中越しにチラリとレーネと呼んだ女性を見た。


「ご報告は、三件、御座います……先ずは、王女直属の犬どもが、動き出し、我々の周囲を嗅ぎまわっております」


「ほぅ、王国も、やっと重い腰を上げたか。だが、少々、遅いな……まぁ、日和見主義の貴族が多い中、よくやったと褒めてやろう」


「それで、方策は如何様に為さりましょうか」


 黒ずくめの女レーネの問い返しに、男は顎を撫で付けながら考える。


「ふっ、そうさな……まだ、現状維持で構わない。彼奴らは、我々の尻尾さえ見えていないだろうからな。少しは餌をやらんと張り合いがない」


「左様でございますか。では、そのように取り計らいます。次いで、その餌にもさえならない、あの男の処遇について如何致しましょうか?」


「ん? ああ、アレか。アレの代わりは、幾らでもいる……要らぬゴミが出たならば、処理するに限るな。レーネ、始末は任せた」


 黒ずくめの女レーネの先の報告に、大して興味を抱けなかったのか、男の後ろ姿が詰まらないと語っていた。


「承知致しました。速やかに対処致します」


 黒ずくめの女レーネにも、それが分かったらしく、焦りが入れば、背筋に冷や汗を掻いてしまう。


「次が最後の報告になります」


 黒ずくめの女レーネの声に、少しばかりの熱気が孕む。


「朗報だと、嬉しいのだがな……」


 男は何かあると見越し、そんな言葉を吐いた。


「お求めの鍵の所在が明らかになりました」


「それは誠か?」


 黒ずくめの女レーネの報告に男の声が弾む。


「はい、確認は取れております」


 黒ずくめの女レーネはゆっくりと頷き返す。


「ククッ、彼の地へ至る為のついの鍵の一つが見つかったか」


 そう言うと、窓に写り込む男の口角がニヤリと引き上げられた。

  

「我が願い、成就の刻は近いか……」


 闇夜に浮かんだ月に向かい手を伸ばす男。

 月の灯火が伸ばした腕を鮮明に彩れば、それを浮かび上がらせる。

 男の手の甲に刻まれた神呪の痕が…………。

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