第30話【苦労の顛末】

 魔女の館に帰宅して、早々に呼び出しをくらってしまう。

 あまり気乗りはしないけど、呼び出されたなら仕方ない。私は渋々、学長室へと向った。

 厳かな雰囲気に包まれる室内。重厚な本棚に、分厚い書籍がビッシリと並べられており、隣の飾棚には、洗練された数々の調度品が置かれていた。

 目先に見えるは、頑強そうな机の上に腰掛け座る女性が一人。

 シェーンダリア、その人だ。

 それは豊穣的で優雅に足組み交わせば、悩ましげなスリットより惜しげも無く晒す脚線美。同性だろうとなんだろうと、息を呑まずにはいられない、煽情的なお姿なのだ。


「あら、随分と可愛らしくなったじゃない」


 相変わらずな色気を漂わし、開口一番、シェーンダリアが言い放つ。

 

「う、これは、その、何と言ったらいいのか」


 何もかも見透かすような瞳に、そこはかとなく放たれた威圧感に、私は身を縮こまらせてしまう。


「フッ、怒ってないから、そんな怯えないでよ。なんだか、私が虐めてるみたいじゃない」


 あっけらかんとしているけど、目の奥が全く笑ってません。

 絶対、コレ、怒ってますね。滅多に怒らない人物が怒ってるって、相当だよね。

 もう、何を言っても、怒られそうなので、私がやる事は、一つです。


「此度は勝手な行動をして、誠に申し訳ございませんでした。いかようなる罰も、受ける所存でございます」


 深々と頭を下げて、赦しを乞うのだ。


「へぇ、どんな罰でも、受けるんだ……」


 シェーンダリアの、どこか嬉しげな、妖しさ百点満点の声に、私はハッとなり、顔を上げた。

 やば、何か間違えた? 私の応対に落ち度がありましたか?


「あ、あの、そのですね。シェーンダリア……それは、言葉のあやと言いますか、何と言いますか……」


 シェーンダリアの妖美に光る瞳に、気圧されて、ドギマギと取り乱すしかなかった。


「ダリエラ、一度吐いた言葉には、ちゃんと責任持ちなさい……」


 シェーンダリアの威圧感が増したかと思えば、私にズズッと躙り寄り、何処から取り出したのか、手には樫の木で作られた指し棒ポインターを持っており、徐にその先端で、私の顎先をクイッと持ち上げた。


「ウフッ、で……どうしてあげようかしら?」


「はぁ……あ……んんっ」


 指し棒ポインターの先端が、撫で付けるような動きで、顎先から首筋に下がり、そして、それが胸元の膨らみで止まる。

 否が応でも、私の中の何かを膨らまし、ほんの少しだけ、身体を震わせてしまった。

 シェーンダリアの表情が恍惚となり、今にも私を……。

 どうなるの? このまま私は、ココで……迎えるのですか。

 いつかはこのようなこと、来るとは思っておりましたが、まさか、こんなに早いなんて。

 まだ、心の準備が出来ていないのですが。

 こ、これが、罰なら、甘んじて受けるしかありませんよね……。

 緊張と、恥ずかさと、ほんのほんのちょっぴりの期待感に、私はどうして良いかわからず、ギュッと目を瞑った。

 そうして覚悟を決めた、次の瞬間、硬い突起物か何かで、額を小突かれる!


「イ、イタッ?!」


 痛みの衝撃と驚きで目を見開き、額を摩りつつ、シェーンダリアを見たなら、悪戯っ子な笑みを浮かべていた。


「阿保、なに本気にしてるの。冗談に決まってるでしょ、冗談に」


「じょ、冗談、ですよね。そう、冗談ですよね。は、は、は」


 緊張が緩めば、どうにも居た堪れず、から笑い上げて、何故か逃げるように後退りするも、私は腰が抜けてしまって、その場で尻餅をついてしまうのだった。


「あらあら、大丈夫? ダリエラ」


 してやったりな顔、その顔は、ちっとも心配してないですよね。


「はい、何とか……」


 言い返したいのをグッと堪えて、普通に返答する。


「それにしても、ダリエラ。おまえも案外、スケべよね」


 シェーンダリアは、片眉を上げて嬉しそうにし、ことも無げに言ってくる。


「へ、いや、そんなこと……」


 ちょいと、直球すぎやしませんか? このお人。もっとオブラートに包みません。一応にも乙女ですけど……。


「フフッ、あれ式で、そんな腑抜けっぷりを見せられたらね。まぁ、私的には、もっと乱れてもらっても構わなかったけどね!」


 私は全然オッケーよ的なノリ、今の私に言うかな。

 敢えての羞恥心を煽ってませんか。まだ、私を虐めたりないのか。

 もう、やめて下さい。ごめんなさい。

 赤面なんてまだマシだと思えるくらい、顔面がヤバい。

 ジュージューと焼かれてるんではと錯覚に陥るほど熱い顔をシェーンダリアに見せないようにする為に、私は蹲り覆い隠した。


「罰はコレにて終わりにしたあげるわ。私も、そこまで、オニじゃないからね」


 口では、ああ言ってますけど、そんな事ないと思う。私をいじめてる時の表情が、嬉々としてたし、どSっぷりが、嵌ってましたから!


「う、う…………あ、ありがとうございます」


 私は渋面する顔を尚も隠しつつ、恥ずかしさにプルプルと震える身体で、これ以上はイビリられたくないが為に、喉から絞り出すようにして、感謝の言葉を吐き出す。


「素直なことは良いことよ。ダリエラ」


 シェーンダリアの満足気な声が聞こえる。

 はぁ、私とシェーンダリア以外、誰も居なくて良かった。

 あんな醜態を晒したら、生きて行けませんよ。

 特にあの黒猫が居なくて、助かりました。絶対、ネタにされるから……。



 先ほどのおふざけとは、一転し私とシェーンダリアは、学長室にある応接ソファに対面で座っている。

 そして、ティーカップに淹れた紅茶をひと啜りした私は、シェーンダリアへとこれまでの経緯を報告し始めた…………。


 報告を全て聞き終えたシェーンダリアは、眉間に皺を寄せて、目を瞑り考え込む。


「そう言うことだったのね……数日前から、おまえの噂が、私の耳に届いていたのって」


「えっと? 私のウワサですか?」


 何となくは、わかっているけど、一応確認の為に訊いてみた。


「カンタスでの一件よ。おまえと赤獅子傭兵団が協力して【合成魔獣キマイラ】を討伐したこと」


「もう、此方まで、噂が届いているのですか」


「当然でしょ。お前たちは、それ程のことをやったのよ。普通なら喜ばしい事なのだけど、こと、おまえが絡むとややこしくなるのよ。はぁ、阿保、何のために、謹慎までさせて……お陰で、私の苦労が水の泡よ。どうしてくれるのダリエラ!」


 シェーンダリアは、めまぐるしく表情を変えて、最終的に恨めしげに私を見つめてくる。


「うっ、そうは言われましても、私も不可抗力と言いますか……」


「ナニッ!」


 キッと睨みつけられれば、


「す、すいません」


 と謝る他なかった。


「まっ、今更、起こったことをグタグタ言った所で、どうしようもないわね。そんなことよりも、この場合、先のこと考えるのが先決ね」


 さっきまで、あんな怒ってたのに、変わり身の早さに、なんか脱帽です。


「先のことをですか? また、どうして?」


「もう! 当事者のおまえが、そんなことで、どうするの」


 私の応対が見当違いだったのか、シェーンダリアは、ガックシと肩を落とした。

 確かに当事者の一人ではあるけど、そこまでする程のことなのですか。

 あまり実感が湧かないんですよね。


「その顔は、まるで理解してないわね……はぁっ、前にも触れたけど、ダリエラ、おまえは【加護付き】と呼ばれる、特別な人種よ。今の今まで世間には、おまえが【加護付き】であると、誰にも知られてなかったの。それで、あの魔狼を撃退した一件で、おまえが【加護付き】では無いかと噂が出回ったのよ。しかし、あの魔狼との一戦は、目撃者となる人間が誰一人居なかった。それは、すごく助かったのだけど、魔法によって焼け野原となったあの街道だけは、どうにも隠すことが出来なかったのよね。そこを、私の弁達及び力技で難を凌ぎきり、あくまで噂だと押し留めて置いたのに、おまえと来たら……全く、やってくれちゃうわね……」

 

 私の知らぬ所で、そう言う話が為されてたのですか。そんな事とはつゆ知らず、大変迷惑を掛けたのですね。ま、この際、呆れられるのは、大人しく受け入れて反省しますが、何故に、そんな可哀想な奴を見るような目で私を見るのさ! シェーンダリア、心外ですよ。やな感じです。

 だから、簡単には折れてやりません!

 

「なに、その目、なんか言いたそうね。いいわよ。聞いてあげる」


 シェーンダリアは、あくまでも高圧的な態度で訊ねてきた。


「裏でアレコレ手を回してくれたことは、感謝します。けれど、シェーンダリアが、あまりに秘密主義なのが、今回に限っていけないと思います……」


「ふーん、言ってくれるわね。私が前もって、ダリエラ、おまえに事の詳細を伝えていたなら、こんな事にはならなかったと言いたいのね……」


「結果論でしかありませんけど、もっと違った展開にはなっていたかと思います」


「あくまで、自分は間違ってないと、正当性を示したいのね?」


「正当性……そうですね。ただ、自分の行いを否定されるのは、些か気持ちの良いものではありませんから」


 最終的な私の気持ちはコレに尽きるのです。頭ごなしにダメだと、言われるのが嫌なだけ。

 私の行いが間違いであろうとなかろうと……。


「ああ、そう言うことね。確かに、それなら、私が全面的に悪いわね。ごめんなさい。ダリエラ」


 予想だにしない事が、目の前で起こったのだ。

 あの理不尽大魔王のシェーンダリアが、あ、頭を下げた……。


「い、えっ、えぇぇぇ!」


 目ん玉飛び出るくらいの衝撃です!

 何度も何度も、目を擦りそれを確認してしまうほど。


「ちょ、ちょっと失礼じゃない。それと驚き過ぎよ!」


 自分でも、わかってたらしく、シェーンダリアは頬を染めて、いじらしく視線を逸らし、照れ隠しに文句を言う。


「普段の行いを省みて下さい……」


「ほんと、口の減らない弟子よね……」


 そして、互いに相変わらずな言い交わし。


『プッ、フフッ、ハッハハハハ!』


 自然と視線が交じり合えば、二人して腹を抱えて笑い合った……。


「はぁ、はぁ、確か、真面目な話をしてた筈よね」


「ふぅ、そうですね。何故だか、本筋より話が脱線してしまいましたけど」


 私達は、目尻に浮んだ涙を拭いて、息を整えたなら、


「じゃあ、本題にもどるわよ。ダリエラ……」


「はい、わかりました。で、早い話が、あくまで、噂でしかなかったことが【合成魔獣キマイラ】の一件で、確証に変わってしまうと言うことですよね。シェーンダリア?」


「なによ、ちゃんと理解してるんじゃない。なら、これから、自分がどうなって行くか、もう、言わなくてもわかるわよね」


「うーん、どうなるかですか。シェーンダリアは、大変になると言われますが、私、程度の人間にそんな価値など無いと思われるのですが……」

 

 そう、全然ピンと来ないんですよね。

 ただ、少しばかり魔法の才能があるだけの小娘風情に、そんな躍起になるものなのかな? 自分で言ってて悲しくなるけど。

 思い当たる出来事があるとすれば、カンタス村での事ですね。けど、あの程度ことなら、少し戸惑いましたが、切り抜けられると思うんですよ。


「ほんと、何もわかってないわね。それより、ダリエラ、自分のこと過小評価しすぎ。総合的に見ても、おまえの力は魔女の館でも五指に入るわよ。もっと自分に自信を持ちなさい」


 五指って、シェーンダリア、そう言うこと、姉弟子の方々に言ってませんよね?

 特に序列を気にする面倒臭さいあの人の耳には、絶対入れたくないです。


「自信を持てと言われましても、それは、ちょっと難しいです。基本的に私は、経験を積み重ねて自信をつけるタイプなのです。だから【加護付き】だと言うだけで自信を持てと言われましても無理ですよ」


「……あ、そう言うことか。おまえと私の中の【加護付き】に対する認識の違い。これは誤算だったわ」


「認識の違いですか?」


「どうせ、おまえのことだから【加護付き】のことを他より魔法を上手く扱える程度の人間だと思ってるのだろうけど【加護付き】とは、もっと特別な存在よ。わかりやすく言うと、神に選ばれし人の子ってこと」


 あ、ソレ、最近誰かに言われたような……そうだ【一角獣ユニコーン】です。

 神に選ばれし人の子、その言葉、仰々しくって、畏れ多いのですが、間違いではありませんし、とは言っても、神様本人から気まぐれで選らんだと言われたので、どうにも……。


「何故、そんな微妙そうな顔してるのよ? ダリエラ」


 私の様子に訝しむシェーンダリア。


「いえ、その、少し別のことを考えまして……」


「はぁ、全く、おまえは呑気よね」


 額に手を当てて、首振って大いに呆れ返るシェーンダリア。


「あの、シェーンダリア。そもそも何故、私が【加護付き】だと、世間の皆様に気づかれるのですか?」


「え?! そこからなの! ホント、世話が焼けるわ。おまえの様な若年が、魔法で街道をあんな焼け野原状態にして、且つ、伝説になるくらいの魔獣を協同だとしても、討ち取ったのよ。自ずと答えなんて出てくるわよね。阿保でない限り気づくわ……あ、阿保が居たわね」


 懇切丁寧な説明を終えれば、シェーンダリアは、それはもう、皮肉も皮肉にニヤつき言ってきた。


「う……そうですね。私が、阿保でした」


 私は、それを全面的に受け入れ、項垂れるしかなかった。

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