第1話【星詠みの忠告】

 あれから数日経ち、私の外見も、ほんの少しだけど変化が見られた。

 真っ白だった髪や睫毛に眉毛と言った部分が、白地にピンク掛かった薄桜色に変色し、猫耳と尻尾に関しては、銀灰色と言う具合で、何となく元の色へと戻ろうとしている感じなのかな……?


「ねぇ? さっきからずっと鏡とにらめっこしてるけどさ、いい加減にしないと、朝の祈祷に間に合わないよ。自分に見惚れるのも、イイけど、ナルシストぶりも大概にしなよ。キョウダイ」


 ベッドの上で、眠た気にダラけるオルグが、不意にそんな事をポロッと零す。


「はっ、オルグ、何を言ってるんです。そんなつもり全然ありませんし、私はナルシストではありませんから!」


 と強く否定したものの、少しだけ図星、突かれてたりします。自分で言うのも烏滸がましいですが、客観的に見て、容姿に関しましては、良点だと思ってます。

 けども、ナルシストではありません。その点だけは強く言っておきたい。


「ただ単に、自分にどんな影響があるか再確認してるだけですよ」


「アレ、あの時、結構、軽口叩いてたからさ、あんま、そう言うの気にしてないと、思ってたんだけど、意外と気にしてるんだね」


 ひょっこりと起き上り、伸びなんてしながら、オルグが言っきた。


「ん、オルグ、あの時とは、何のこと?」


「森での、あの赤毛とのやり取りだよ」


「ああ! アレですか。あの時は、ずっとこのままだと思ってたので、仕方がないと受け入れた形に過ぎませんよ。元に戻れると分ったなら、そっちの方が良いです。やっぱり、長年の愛着と言うものがありますから」


「まっ、確かにそうだね。オイラも、キョウダイ見たくなったら、そうなるかも」


 自分なりに思うところがあったのだろう、オルグはコクコクと頷き納得していた。


「でさ、早くしないと遅れるよ」


 オルグが何かに目をやると、急に真顔になり、私を急かしてくる。

 私もそれに倣い、視線をそちらへ向けたら、窓の外に大型の天文時計が見えた。

 館の何処からでも望めるように建てられた時計台。これも、シェーンダリアの趣味で造られたもの。

 天文時計の文字盤には、世界を構築する十二精霊や、世界樹の守護を担う七龍などの彫刻が見られる。装飾が難解で文字盤を読むのも、一苦労ですよ。

 今は、えっと……六時前と言ったところですね。


「あ、ホントですね。急ぎませんと……」


 私は急ぎ支度を済ませば、祈祷室へと向かった。



「あ! おはよう、ダリエラ」


「おはようございます。ダリエラさま」


「ダリエラちゃん、おはよう」


 祈祷室へ向かう途中、見習い魔女の生徒達から口々に挨拶が飛ぶ。


「皆さま、おはようございます……」


 私も柔らかな笑顔を作り、挨拶を交わす。

 一応、私も見習い魔女の一人。

 魔女の館での修業年限は四年程度、でも、この四年は見習い課程が終わりだと言うだけ。魔女修行に終わりはない。

 一般的な魔女を名乗るのには、それぐらいの年数が必要だろうと、シェーンダリアが考えて取り決めたらしい。

 例外も中には居ますが、私みたいな存在です。魔法だけに関して言えば、色んなことをすっ飛ばしてます。

 公にはしていませんが、曲がりなりにも私はシェーンダリアの十四番目の直弟子に数えられてます。なんか恐れ多いですけど……。

 それで、修業課程を終えれば、そこからは各々の自由意思で、魔女の館に残るも良し、故郷クニに帰るも良し、独り立ちするも良し、と選択肢を委ねられた。

 まぁ、殆どの方が魔女の館に残りますけども……ココ、居心地良いですからね。

 私の場合は、魔女に拘りはありませんし、どちらかと言うと、早く館を出たい人間です。魔女になったのだって、生きて行く為の手段に過ぎません。

 そう、私の目指す道は、しがらみのない自由な暮らしですから!

 薄暗い中、大勢の見習い魔女が祈祷室に集まった。

 年齢は様々、下は十代から上は四十代くらいだろうか?

 魔女になろうとする者に年齢は関係ない。

 努力とほんの少しの才能さえあれば大丈夫だとシェーンダリアが言ってました。

 祈祷室には、一切の窓がなく、祭壇以外何もないだだっ広い空間。

 祭壇に祀られるは【魔女宗ウィッカ】の開祖だと言われる【豊穣の女神ヴァーサ】。

 祭壇の上に御神体の女神像があるのだけど、これが中々に際どい姿をしてるんです。

 半裸の女性に薔薇の蔦が絡み付いた何処か扇情的な立ち姿、まぁ、ぶっちゃけてエロいんですよ。

 この女神像を造らせたのも、絶対シェーンダリアだと思う。

 見習い魔女達の騒がしい声が鳴りを潜めれば、祈祷室に一人の魔女が入ってきた。

 栗色の髪をロープ編みや三つ編みにし、それを後ろ手に束ねたシニヨンと呼ばれる髪型のふんわり大人女子と言った雰囲気で、いつも眠たげに目尻を下げた魔女。

 シェーンダリアの十一番目の弟子にして【星詠みの魔女】と呼ばれた占星術士。

 名前は、アーリィ・リド・マクドゥエル。

 確か、リヴァリス王国、南方のリュグナン地方を平定するマクドゥエル辺境伯の御息女だと聞いてます。

 貴族の御息女と聞いて、尻込みしてしまいそうですが、ココ、魔女の館では俗世の身分は関係ないとのことで、私もそれに則り接している。

 毎朝の日課であるご祈祷は、アーリィが祈祷師の役を担い、皆を先導する。


「これより、女神ヴァーサに祈りを捧げます。皆さまも、準備はよろしいですか……では、始めます」


 アーリィが祭壇の前で傅けば、見習いの魔女達も、一様に傅いた。


「真に大切なるものは、人心の清浄、なれば、邪なることを思わず、健常に努めて、やわらかき心、澄み渡りし声にて、清らかに響かせ唱えよ。言霊なるは響きなり、麗らかな律呂ほど、波動も清く、されど尊く高くあらん」


 アーリィが祝詞の言葉を捧げると、一呼吸間を置いて、金色に輝く種籾を祭壇に蒔き、チリーンと一つ鈴を鳴らした。

 そして、再び祝詞を唱えるアーリィ。


「祓え給い、清め給え、かむながら守り給い、幸え給え」


 アーリィ及び見習いの魔女達は、傅く頭を深く下げて祈りを捧げた。

 毎朝の恒例行事を終えたら、見習い魔女達は、各々の修行を行うべく祈祷室を出て行く。

 私は眠気に襲われて、落ちそうになる瞼を何とか見開き、平静を装う。

 流石に寝落ちは不味いので、バチが当たりそうだし……。

 欠伸を噛み締め我慢しながら、祈祷室の出入口へと向かっていた時、不意に呼び止められた?!


「ダリエラ、ちょっと待って……」


 声のする方に振り返れば、そこにはアーリィの姿が。

 私も眠たいですけど、それ以上にすごく眠たそうなんですが、大丈夫なのかな?


「はい、アーリィ、いかが致しましたか?」


「ダリエラに伝えたいことがあるの」


「ん? 伝えたいことですか?」


「そう、ダリエラ、あなたの顔に受難の相が見られるわ。しばらく身の回りには気をつけなさい」


 アーリィより、何のてらいもなく、さらりと言われた。


「ご、ご助言ありがとうございます。アーリィ……」


 不躾と言いますか……何の心構えもしてないから、精神的ダメージ大きいです。

 朝からテンション急降下してますよ。


「いいえ、大したことないわ。ただ、言わずにはいられなかっただけだから……」


 そう言い残して、アーリィは祈祷室を後にした。

 ああ、出来ることなら黙ってて欲しかったです。ここ最近、散々な目に遭ったばっかりなのに……。

 アーリィの占い、当たるんですよね。

 嫌だ、また、何かおこるのですか? そんなの辛すぎます。



「はぁ……」


 お店のカウンターテーブルで、私は頬杖ついて外の通りを行き交う人々を眺めながら、深い溜息を吐く。


「今朝の祈祷が終わってから、ずっとその調子だけどさ、何かあったの?」


「別に、今の所は何もありませんよ……」


 店頭の軒先で日向ぼっこするオルグをチラ見して、現在の心情を吐露した。


「はっ? 何もないのに、何故に、そんなテンション低いのさ」


「なるほど、それもそうですね。何も無いのに落ち込むのも、アホらしいか……」


 オルグの言葉で私は気づかされる。

 なら、テンション上げるためにやることは、一つ、旨いものを食べに行くことです!


「オルグ、お昼にしますよ!」


「お、いいね。丁度、ハラも減ってきたとこだし」


 オルグの賛同を得られたなら、私はすぐさま支度を整えて【魔法の箒スティンガー号】に跨り飛び立った!


「キョウダイ、今日は、何処に行くつもりなのさ?」


「今から行くお店は、貴族街の城壁門近くにある鶏肉の専門店で、えっと、確か名前は、バードホールだったかな」


 私は向かい風にたなびく三角帽子を抑えつつ、柄先へと座るオルグに言う。


「へぇ、鶏肉か。オイラは口にしたことないけど、旨いのかな?」


 どうにもピンとこないらしくオルグから、そんな言葉が出てきた。


「お客様から頂いた情報なのですが、なかなかの名店らしいですよ。そのお客様はグルメ通でいらっしゃったから、味の方は保証できるかと思います」


「キョウダイって、食に関する情報だけは、やたらと保持してるよね。そこだけは、ホントに凄いと思うよ」


 珍しくオルグが感心しているのだけども、


「ソレ、褒めてませんよね……」


 ジト目でオルグを見やる。


「え、どうしてさ?」


 私の応対が、わからないと言った顔して問い返してきた。

 悪気がないのが余計、私に痛く突き刺さりますよ。

 

「あまり突っ込まないで、何だか居た堪れなくなるから……」


 私は三角帽子を目深に被り、オルグから顔を隠す。


「オイラ、変なこと言ったかな? うーむ、わからん?!」


 片眉を上げて、頭を悩ますオルグ。

 そうこうしている内に、目的地付近の城壁門が見えてきた。

 地上へと降り立った私は、一路、目的のお店を目指すのだが、目の前に私の行く手を阻むかのような人集りがある。


「キョウダイ、何かあったみたいだね」


 オルグが私の肩にサッと駆け上ると、耳元で囁いた。


「そのようですね……」


 人集りの先に見えるは、貴族街の城壁門。

 その人集りは、城壁内の様子を覗き見しようと躍起になっていた。

 どうやら内地で、何かがあったらしいですね。

 私は少しだけ情報を得る為に、ざわざわと騒がしい野次馬達に聞き耳を立てた。


『内地で殺しがあったらしいぜ』


『それ、どうやら物盗りの犯行だってよ』


『はぁ、内地も物騒になったもんだねぇ』


 話を聞く限り、貴族街で殺人事件があったのかな……。


『でよ、殺されたってのが、例の巷で話題だった、あの錬金術士様だとよ」


『へぇ、そりゃ気の毒だな』


『それで、その犯人はどうなったんだい?』


『それがよ。犯人の方も、その時に、おっ死んだんだとよ。詳しくはわからんが、どうやら互いに、揉み合ったらしく、挙句、両方死んだんだと……』


『なんとも、居た堪れない事件だねぇ』


 錬金術士ですか、私の頭を過るのは、あの糸目の男。

 話から察するに、十中八九、下衆野郎のジニアスだと思われる。

 まぁ、気の毒ではあるけども、自業自得って言葉が浮かんでくるのは何故なのだろう……。

 普通に聞けば、怪しい所などないのだけど、どうにも腑に落ちない。

 一応にも錬金術士を名乗る男でしたし、それなりの力もありました。

 一般的な物盗りに遭い、殺されるかなと……。

 それに、ジニアスが取り扱っていたモノがモノだけに、私の中の疑念は膨らむ一方。

 この事件、キナ臭過ぎます。

 私の落とし所としましては、トカゲの尻尾切りだと考えるのが妥当だと思う。

 しかも、犯人の物盗りまで亡くなったと言うか、多分、犯人も消されてますし……。

 それと実物は見たことありませんけど、大体が、あのようなクスリをジニアス一人で作り上げたと言うのも怪しい。一概には言えませんけど、多くは、背後バックに犯罪組織が控えてます。

 と思考してみたものの、私の推察の域を出ませんが……。

 実際に調べれば、何かわかるかもしれないけど、ソレをやったら、絶対に面倒ごとに巻き込まれそう。コレだけは断言できます!


「受難の相が見られるわ……」


 今朝、祈祷室でのアーリィとのやり取りが思い起こされた。

 私は人集りを尻目に、そんな事を考える。

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