第24話【身から出たサビ】

 生い繁る草木を薙ぎ払いながら、けもの道を進む一行。

 昨日とは打って変わり、一切の魔物、魔獣との遭遇が無い。

 これは【合成魔獣キマイラ】を討ち取った事が起因しているのだろうか?

 まぁ、何にせよ、要らぬ戦闘を避けられるのであれば、この際、理由なんて何でも構わない。

 けど、数名ほど、この状況を好ましく思っていないのもいますが……。

 ダリオと今回、私の用件の為に傭兵団から選び連れて来られた団員達は『暇だ』『貧乏クジ引かされた』などと不満を並べていた。

 はぁ、呆れるくらい戦好きの戦闘狂集団ですね。

 それに、昨日の今日だと言うのに、傭兵団の面々に、疲れの色が全く見られない。

 有り余ってる、その体力、私に分けて欲しいくらいですよ。

 私の場合、昨日の夜は散々でしたから……疲れを癒す為、温泉に入ったのに、全くもって疲れが取れてない。それどころか、逆に疲れが溜まる一方だったし、ほんと、災難でした……。

 最後の方は、意識が朦朧としてて、エイブラムが、何を話してるのか全然、耳に入ってこなかったな。

 それでも【合成魔獣キマイラ】の事については、何とか話を聞けた。

 エイブラムの話では、元々【合成魔獣キマイラ】は【弓闘士アローダンの森】の何処かにある古代遺跡、その守護と侵入者の排除を目的に造られた魔物で、それを術者の制御の下に使役していた魔物であったのだが、術者の死をきっかけに野へと放たれた。

 それが事の発端、術者の制御を失った【合成魔獣キマイラ】は、本来持っていた、凶悪で残忍な性格が目を覚ませば、制御不能となり、次々に人間を狩り始める。

 しかし、制御不能に陥ったとは言え【合成魔獣キマイラ】が生み出された根幹と為す部分、遺跡に侵入した人間を排除しろと言う命令は、取り下げられる事なく遂行されており、その行動範囲は、遺跡問わず【弓闘士アローダンの森】全体へと広がっていた。

 後、【合成魔獣キマイラ】は、膨大な魔力をその身に宿してはいるのだけど、人工的に創造された魔物の所為もあってか、魔力の枯渇が異常に早い為、飢餓状態に陥る事が多々あるらしく、それ故に自然界で発生する魔素を取り込むだけでは間に合わず、他の方法で魔力の供給を行なっていた。それが人間の血肉を贄とする方法。

 そして、術者の死後【合成魔獣キマイラ】が飢えを凌ぐ為に、自ずと人間を捕食するようになった。

 やがて【合成魔獣キマイラ】が、人間を襲い喰らう事で、次第に芽生えさせた快楽的嗜好。

 これこそ、最近の【合成魔獣キマイラ】の行動原理を決定付けている要因だとエイブラムは言う。

 快楽的嗜好を満たす、いつしか、それが目的化してしまえば、人間の居る場所を目指そうとするのが自然の流れ。だから、中継基地ベースキャンプに【合成魔獣キマイラ】が現れるのも時間の問題だったらしい。

 それよりも、私もダリオ達のこと、とやかく言う資格がない。疲れの所為か、さっきから、眠くて眠くて必死に欠伸を咬み殺すだけで儘ならない。

 どうにも、緊張感の欠片もない、お粗末な状況に陥ってしまってる。

 それもこれも、この男が……。

 私の前を歩くエイブラムの背中を恨みがましく睨み付けてやった。

 そんな折り、不意に沸き上がった疑問。

 あ、そう言えば、エイブラムって確か、最初【合成魔獣キマイラ】を捕獲すると言ってたのに、結局は退治するに至ってしまったのだけど、良かったのかな?

 私は【合成魔獣キマイラ】の最後を頭に思い描く。

 でも、あの時、エイブラムは嬉々として、水晶球に駆け寄ってましたよね。もしかして、エイブラムの目的は【合成魔獣キマイラ】の捕獲ではなく、水晶球の方だった……だとしたら、エイブラムの、あの満足気な表情にも納得ですね。


「ダリエラ、どうしましたか? 先程から黙り込んで、御気分でも優れないのですか?」


 一人、心内で疑問の解消をしていたら、そんな私の様子を伺っていたのかエイブラムが、声を掛けてくる。

 ここで、あの時の事を聞くことも出来ますが、それを聞いてしまえば、昨日の二の舞、終わらない独演会が始まりそうな予感。

 なので、敢えてココはスルーするのが吉だと判断します。


「お気遣いありがとう御座います。私は至って元気ですよ」


 私はニンマリと笑みを見せて、元気だとアピールした。


「それなら、良かったです」


 それを見たエイブラムは、一安心と言ったところか、硬い表情を柔らかくする。


「おい、そろそろ、目的地が見えて来たぞ!」


 先頭を歩くダリオが私達の方へと振り返り、そう言ってくるのだけど、何故なのか、ダリオの漂わす雰囲気に、その言葉尻に、若干の苛立ちが含まれるのを感じた。

 ダリオは、私とエイブラムを交互に見たら、何か言いたげに口を開こうとするも、それを押し込めるよう息を呑み、再び前を向く。

 アレ? 何時もなら、何かしら突っかかってくる筈なのに、なんか、らしくない。ってか、そんな図体して、しおらしい態度取られても、反応に困るし、気持ち悪い。

 その煮え切らない態度、何だかイラつきますね。

 一つ文句を言ってやろうと、口を開く、その時、ダリオが、歩みを止めて立ち止まると、ワナワナと震え出し——!


「ああっ! やっぱ、無理だわ!」


 そう叫んだら、勢い良く此方へと振り向く!

 突然のことに、面食らう私は、吐き出そうとした言葉を呑んでしまう。

 ギロリと私とエイブラムを睨むダリオ……。


「テメェら、おかしい、どうにもおかしいぜ。俺の勘がそう言ってる。昨日の今日で、その距離感は、どう考えたって、おかしいぞ! 只ならぬ雰囲気……昨日、絶対、ナニかあっただろ?! じゃねぇと、説明がつかん!!」


 凄い剣幕で、私達に躙り寄るダリオ!


「はぁ? 何を言ってるんです?」


 私は片眉を上げて、呆れるように言う。


「そ、そうですよ。団長さん。何も無いですよ」


 私に次いで、エイブラムも、そう言葉してるけど、平静を装おうとする姿が、ぎこちなく、薄笑み浮かべていた。

 エ、エイブラム、それじゃ、まるで、私と何かしら、あったみたいでしょ!

 

「おい……旦那。やっぱ、おかしいだろ。その反応!」


 うう、確かにエイブラムは、朝から変でしたよ。やたらと私を気にかけては、優しげな声を掛け来ましたし、多分、原因は昨日のアレだと思います。けど……ナニもなかったし!


「違います! ナニも無いから! ホントにナニもないですから!」


 嗚呼、何、必死に取り繕ってるんですか、私は。

 昨日も、こんなやり取りしてたましたよね……違うのはエイブラムの様子、何考えてんるんですか。もう、これでは墓穴、掘ってるだけだし!


「怪しいぜ。怪し過ぎる! 何故、其処まで頑ななんだ? ま、ま、まさか?! テ、テメェらは! ヤッちまったのか!」


 眼を血走らせ、顔を真っ赤に、ダリオが言い放つ!

 この男、よりにもよって、下衆いことを考えてくれちゃってぇ!


「ちょっと、ダリオ! 下衆な勘ぐりは、止めて下さい! 私を含めエイブラムにも、それ失礼ですよ! ね、エイブラム!」


「え、ええ、まぁ……」


 私の問い掛けに、何だか悲しげなエイブラム。

 お、おい、そこは強く否定してくれないと。益々、ややこしくなるから!


「へっ、口では何とでも言えるわな……ま、証拠でもありゃ、別だがな」


 ダリオは、明らかな疑心に満ちた目で、私を見てくる。

 くっ、うぅ、変な言い掛かりつけられて、私とエイブラムが……だなんて、嫌過ぎる。

 このままじゃ、ダメです! 汚名は晴らさねば!


「証拠……ですか……ええ、証拠ならあります! 私自身が、その証拠です!」


 私は胸を張り上げて、高らかなに宣言した。


「はぁ? 何、言ってんだ?」


 意味不明だと言った感じで、ポカンと私を見つめるダリオ。


「私は、今まで誰一人として、この肉体カラダに触らせたことありませんから、ましてや、男なんて当然知りません! えっと、そう、言うなれば、新品です! 処女です! だから、変な言い掛かりは付けないで下さい!」


 そう、必死に訴えると同時に、


『えっ……』


『おっ……』


『マジっ……』


 と、全員が驚愕しながら、私を注視してくる! 

 ……はっ?! し、しまった。頭に血が上り過ぎて、とんでもないことを口走ってしまった!


「お、てっきり魔女って、言ってたからよ。そうか、そうか……処女か。フッ、そりゃ、悪かったな。ダリエラ……」


 ダリオが、何故か慈しむように遠くを見つめながら、微笑み掛けてくる。

 そして、エイブラムを除く、団員達、全員がイヤらしくニヤつき出したのがわかった。

 う、言ってしまったのは、後の祭りだけど、コイツらのニヤつき顔が鬱陶しい、ウザい、ムカつく、最悪、全員、消えてくれ!

 うぅ、ホントに消えて欲しい……恥ずい、何で私が、こんな目に……あ、そうだ……。

 私の中の張り詰めていた糸がプチンッと切れた。


「フフッ……だったら、消しちゃお。コイツら、みんな消してやったら、万事解決。汚点も無くなるし、うん、そうしよう……フフッ」

 

 私は、感情のない笑いが溢れ出せば、ブツブツ口籠りつつ、皮のリュックより鉱石を取り出した。


「お、おい、ダリエラ。その両手に持つ【爆轟石】で、何しようってんだ?」


 私の様子を訝しむダリオ。

 

「フフッ、これでオマエらを、消してあげますから……」


「ま、マジか? ちょっと待て、落ち着け! 落ち着けって……な、ダリエラ!」


 私の行動の意味に気付き、あたふたしながらも、説得を試みるダリオ。


「フフッ、フフッ、フフッ」


「おい、ダリエラ、おい! ちっ、クソがっ!」


 私の説得が失敗に終わると、ダリオは、苦い表情でジリジリと後退りし始める。


『や、やべぇ』


『魔女の嬢ちゃんが、キレた!』


『逃げろ!』


 私の異変を察知した傭兵団の面々は、その場より散り散りに逃げ出す!


「逃さないから……」


 深緑の森の中、そこかしらより轟く爆音と悲鳴が、辺り一帯に鳴り響いた!



 入り江のように切り開かれた湖畔。

 エメラルドグリーンの湖水に映し出される新緑が鮮やかに輝く。

 ここだけ、時間の流れが別に感じてしまうような錯覚に陥ってしまう。

 それくらい、神秘的な場所。

 そう、ここは、私が最初に目指そうとしていた所【乙女リンネアの泉】。


「はぁ、久しぶりだよ。こんな力を目の当たりにするの……」


 私の背負うリュックの上で、今の今まで蹲り寝入っていたオルグが、何かを見つけたらしく、物珍しそうに呟いてくる。


「え? 力って、どういう事です?」


「ああ、だだ単に、この湖畔、一帯の空間がねじ曲がってるんだよ。キョウダイも、ここへ来た時、違和感を感じただろ?」


「ええ、確かに……あっ、それで、空間がねじ曲がってるって、大丈夫なんですか?」


「そんなに心配しなくても害はないよ。外界と違って、少しばかり時間の流れが遅いだけだからさ。それにしても、聖獣と呼ばれるだけあって、凄まじい力を宿してるようだね」


 へぇ、滅多なことじゃ、褒めないオルグが、これ程に感心しているなんて、流石は神獣クラスの怪物ですね。

 それと、有難い事にオルグの反応から、こちらの泉に【一角獣ユニコーン】が出現すると確信が持てました。

 ふぅ、空間をねじ曲げる程の力を有する怪物か……私もなかなか大胆なことを言ったな【一角獣ユニコーン】を捕獲するなんて……。

 想像するだけでも、億劫になる。

 ともあれ、エイブラムが他の手立てがあると言ってましたし、今はそれに賭けるしかありません。

 もし、仮にエイブラムの方法が駄目だった場合は【一角獣ユニコーン】の捕獲にシフトチェンジするしかないけれど。

 今更、ウダウダと悩んだところで状況が一変する訳でもない。

 どうせ、最初から分が悪い賭けなんです。

 なら、一層のこと無様に足掻いて見せましょ!

 そう考えたなら、より一層、腹が括れた気がした。

 ジュリアン、待ってて下さいね。必ず【一角獣ユニコーン】の角を手に入れて見せますから!

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