第23話【温泉パニック】

 天幕から外に出て、夜空を見上げれば、そこには、宝石のように散りばめられた星々が輝く。

 そんな幻想的な世界と打って変わり、中継基地ベースキャンプ内は、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ。

 何故、こんな事になっているのかを、オルグに訊いた所、私が寝入ってた間に、どんどんと騒がしくなっていったらしい。

 最初の方は、厳かな雰囲気で【合成魔獣キマイラ】によって命散らした者達の死を弔う、追悼式が行われていたらしく、それが、終われば、住人総出で狩人ハンター達を労う為の催し物が開かれ——結果、この有様。

 騒がしい夜だけど、偶にはこんな夜も有りかもしれない。特に沈んだ気持ちを上げるには……。

 はぁ、ダメだな、ほんと、自分の事しか考えてなかったな。私も、後で亡くなった方達に、手を合わさせて貰わなければいけませんね。

 気持ちを新たにするのもいいけど、身体の方もサッパリと綺麗にしたい。

 朝から動きっぱなしだし、それに加えて【合成魔獣キマイラ】との戦闘、終いには寝汗で身体中が、ベトベトして気持ちわるい。

 別に潔癖症では無いけれど、流石にこれは我慢の限界です。

 と言う事で、昼間の散策時に、中継基地ベースキャンプ内に、温泉がある事を確認済み。なので、今から温泉へ行き、身体を洗い流そうと思う。

 暫く目的地の湯治場、目指し歩いていると、漂ってくる硫黄の臭い。この臭いも何だか懐かしい。

 此方の世界では、温かい風呂に入るのが、何かと難しく、大体は井戸や川で身体を洗い流す程度が主流。

 だから、この中継基地ベースキャンプに、温泉があると聞いた時には、凄くテンションが上がった。

 転生前では、毎日欠かさず入っていただけに、それが途絶えてしまったから、辛いのなんのって。

 因みに、オルグは天幕で留守番している。

 私と反対で大の風呂嫌い。まぁ、風呂と言うよりは、水が苦手と言った方がいいのかな。オルグ曰く、わざわざ、好き好んで熱い湯に浸かる人間の心理が全くわからんらしい。

 木製の目隠し塀に囲まれた湯治場が見えてきた。

 そのまま湯治場の入口をくぐり抜けると、そこは、だだっ広い吹き抜けの空間に床板を貼っただけの簡素な脱衣所と、その奥に岩を積み上げて造られた浴槽の岩風呂が設けられている。

 

「えっと、これは何と表現すればいいのやら……」


 目の前に現れた温泉場に対する私の率直な感想。

 平たく言えば、寂れちゃってる。

 風呂好きの私としては、ちょっと悲しいかな。

 でも、この際、贅沢なんて言ってられない。熱い湯船に浸かれるだけでも、ちょー有難い。

 そんでもって早速、露天風呂に入りたい所なのだけれど、気になる点が一つだけある。

 湯治場内に入った時からある違和感。

 そう、ここには、男女を隔てる仕切り壁などの一切がないのだ。

 つまりは、辿り着く答えも一つ。


「混浴ですか……はぁぁ」


 ズバリ言い当ててしまえば、私は深い溜息を吐いた。

 考えたら、至極当然の結果。大衆浴場なんて概念のある世界でもないし、ましてや、そこに、男女間のモラルを求めるのは、皆無に等しい。

 とは言え、ハイそうですかと、それに従えるほどの度胸も勇気も持ち合わせてはいない。

 なぜなら、そんなモノを飲み込むくらいに、恥ずかしい気持ちが勝ってるから……。

 自分が女だと意識せざるを得ない。だからこそ、躊躇が生まれてるのですが、やはり、露天風呂には入りたい。

 こんな機会、滅多に無いだろうし、ここまで来て入浴を止めるとなると、今の私では精神に変調をきたし兼ねないだろうな……たぶん、いや、絶対。

 そんな訳で、私は欲求を満たすべく露天風呂へと入る決心をする。

 これ幸いなことに、今は誰も露天風呂には入っていない。これは、もう、行くしかあるめぇさ! 私はテンションが上がれば、そそくさと服を脱いで行く。

 一応、周りをチラチラと注視しながら……そんな時、脱衣所の端にスクエア型の籠がある事に気がつく。

 脱衣を途中で止めて籠を覗き込むと、白い布の束が積んであった。私は、何となく、その布を一枚手に取って広げたなら、袖の部分を無くした白い襦袢である事がわかった。

 もしや、これって、入浴者に対する配慮と考えていいのかな。

 私は、そう理解すると、急ぎ脱衣を済まし、その襦袢を着用した。


「う……ちょっと、コレ短くない?」


 襦袢を着用したのはいいけど、思いのほか丈が短くて、少し動くだけでも色々と見えてしまいそう。


「んっ、これなら、あ、やっぱりダメですね」


 何とか隠そうと襦袢の裾を引っ張っては見たものの、伸びるわけでもなく、諦めるしかなかった。

 しかし、隠すモノが無いよりは、マシなのも確か。そう、それに湯船に浸かるまで、辛抱すればいいだけのことです!

 私は拳をぐっと握り締め意を決すると、露天風呂へ向かって歩き出す。

 湯けむりに視界を遮られる中、私は岩風呂の縁に立つと、襦袢の結び目を解き前をはだける。

 そして肩まで襦袢をずり下げたおり、何かが目端に写り込んだことに気が付いた。

 それはあまりに突然過ぎる。


「ダリエラ?」


「ん? え、え、あの……」


 今の今まで、そこには誰もいなかった筈なのに、突然、見知った顔が現れるのだから、直ぐに頭が回らず、私は口籠るだけだった。

 月明かりが照らし出す、端正な横顔に、淡く光る切れ長の青い瞳と、艶々と煌めく金髪が何とも悩ましい、その人物と目が合う。


「え、エイブラムッ?!」


 どうしてココにいるんですか! 意識が引き戻されると、自分があられもない姿を晒していることを思い出す!

 

「ひぃ、んんっ、え、これは、その、お、お見苦しいものを……」


 私は、目を剥き息詰まるくらい驚愕し、その場で逃げる様に身を隠して後ろへと振り返れば、ヘナヘナと力なく座り込んでしまう。

 今にも顔から火が吹き出しそうな程に恥ずかしい。ここから今すぐ消え去りたい。

 自分自身、ここまで狼狽するなんて思いもよらなかった。


「ダ、ダリエラ。わ、私は別に何も見ていませんから……」


 咄嗟のことにエイブラムも戸惑いを見せる最中でも、私を傷つけまいとして、善意な嘘を吐いてくれる。

 そう言ってくれるのは、とても有り難いのですけど、完全に丸見えだったの自覚してますから……。

 あれだけ、気をつけていたのに、情けないやら、悲しいやら。もう、何したって、異性に裸を見られたと言う事実が消えることは無いんですよね。

 いつまでも引き摺ってはいられませんし、エイブラムも態とじゃないのは、わかってます。

 今回は私の不注意が起こした事故。犬に噛まれたと思って忘れましょう。


「そうですか……」


 何とも素っ気ない返事を返してしまう。

 余裕がなさ過ぎて、今の私ではこれが精一杯。

 私はスーッと立ち上がると、エイブラムを尻目にし、少しこの場より離れたなら、身を隠すように露天風呂へと入った。

 心地よく暖かな湯船に身を任し、気持ち良さに浸りたいのだが、全く浸れない。さっきの出来事で、私とエイブラムの間に、とても気まずい雰囲気が漂い沈黙つくる……。

 嗚呼、もっと大人な対応出来たはずなんです。不意打ちもいいところで、明らかに動揺し過ぎました。

 はぁ、考えれば、考えるだけ凹みそう。

 そんなことを思いつつ、私がチラリと横目でエイブラムを伺った時、ちょうど向こうも私の方伺っていたのか、目が合った。


「と、時にダリエラ、具合の方は、もう、良くなったのですか?」


 この雰囲気に耐えられなかったのだろう、エイブラムが堪らず口を開く。

 ん? 具合が良くなる……どうやら、知らない内に、私は体調を崩しいるという事になっているようですね。何故、そんな風になったのかは、わかりませんが、どうせダリオの阿呆がいい加減なことを言ったに違いない。

 まっ、ある意味、具合が悪かったと言えなくもありませんけど、私の場合、ただ機嫌が悪かっただけですが……。

 と言っても、そんな恥ずかしいこと口に出せませんし、どうせなら、このまま話を合わせていた方が無難ですね。

 

「はい、すっかり良くなりました。ご心配お掛けしたようで、申し訳ありません」


「いえ、こちらこそ、ダリエラに無理を差してしまったのではないかと、甚く反省しておりまして、ダリエラ、本当にすみませんでした」

 

 湯船に顔が浸りそうなほど、深々と頭を下げるエイブラム。

 こ、これは、物凄く心が痛い。エイブラムに、何ら落度もないのに謝らせてしまった。

 兎に角、話題を逸らして、この状況から何とか脱したい。


「エイブラム、お顔を上げて下さい。貴方の所為ではありませんから。少し疲れたなと言う程度なので、そんな気にしないで下さいね」


「そう言って頂けるだけで、心休まります」


 私の言葉に、幾分か張り詰めていた空気が和らいで、エイブラムが柔和な表情を見せてくれた。


「それにしても、中継基地ベースキャンプに到着した早々【合成魔獣キマイラ】が襲ってくるなんて、想像もつきませんでしたね」


 そこへ、私は空かさず話題を提供した。


「私も、まさか、とは思いましたが、最近の【合成魔獣キマイラ】の動向を考えれば、あり得ない事もないんですけどね」


 私の意図を理解してくれたのか、エイブラムも提供した話題に乗っかる。


「あり得ない事もなかったとは、どう言う?」


「ダリエラもご存知だとは思いますが、魔物や魔獣の中には、ごく稀に人間を糧とするタイプが存在します。そして、その最たる魔物が【合成魔獣キマイラ】です。巷では、人喰いシャマンなどと呼ばれていますが……」

 

「人間を糧にする魔物、私も知識としては頭の中に有りましたけれど、それを目の当たりにしてしまうと、言葉もありませんでした」


 あの時の凄惨な光景が思い起こされる。

 もっと、早くに行動を起こせてさえいたならば、助けられた命もあった筈、悔やまれてならない。そして、何よりオルグから聞いたあの言葉を、もし、エイブラム達に伝えていたら、また違う未来が…………。

 

「ですが、亡くなった方々には申し訳ないですけど、あれだけの被害で済んで、本当に良かったです。ダリエラが先ず【合成魔獣キマイラ】を足止めしてくれたお陰で、私は勿論、団長さん達も【合成魔獣キマイラ】対策の準備を滞りなく出来ましたし、討伐することにも至りましたから」


 私の表情から心情を読み取ったらしく、エイブラムが、何とか私を元気づけようと言葉を選び言ってくる。


「はい……ありがとうございます。」


 その言葉は、嬉しくもあるが、同様に悔しさも、また沸いてしまえば、私は、如何にもこうにも曖昧な笑みを浮かべていた。


「あ、いや、なんだか、話が大筋より外れてしまいましたね。それで【合成魔獣キマイラ】が何故、あのような行動に出たのか、それを今から説明しますね。かつて、この【弓闘士アローダン】の森、一帯を統治していた国がありました……」


 微妙な空気の中、エイブラムは、バツの悪いのか、私より視線を逸らしながらも、この場を取り繕うべく、話題を元へと戻し話し始める。

 だがしかし、これが間違いでした。

 暫く、話を聞いていたのですが、一向に【合成魔獣キマイラ】についての話まで辿り着かない。それどころか、話が膨らみ過ぎて、脱線に次ぐ脱線で、本筋の話からどんどん脇道に逸れて行く。

 エイブラムは、嬉々として、これまで得た知識を吐き出すよう、私に伝え聞かす。

 マズった、こう言う手合いは、一度火が付くと、最後まで止まらない。

 ゆっくり温泉に浸かり、リフレッシュしようとしたのに……これでは、まるで拷問ですよ。

 ある一国の栄枯盛衰を、かれこれ数時間は聞かされて、もう、私のカラダは逆上せを通り越し、もはや茹蛸状態へと陥ってる。

 もう、限界、もう、ダメだ。誰かタスケテ……。

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