第22話【グリモワール】

 ふぅ、ふぅ、落ち着け、今は目の前のことに集中しないと。

 後、爆発まで、どれくらい時間の猶予があるのかわからない。

 この辺りの人達は、既に避難を終えたのか、閑散としている。でも、此処で暮らす住人全員が、避難出来たわけではないだろうから、ぐずぐずしている暇なんてない。

 安易な策しか思い付かないけど、結界を張って、この水晶球の爆発を抑え込めれば、恩の字かな。

 差し当たって問題なのは、私の結界で爆発を完全に封じれるのかと言うこと。

 失敗したら、まず、私はアウト。けど、これは承知の上。まっ、死ぬつもりなんて、サラサラないし。その辺は、オルグこと信用してるから……。

 私はチラリとオルグを一瞥しては、再び水晶球へと視線を戻す。


「さて、始めるとしますか」


 準備運動などしなくてもよいのだけど、何となく、格好つけて首や肩、腕などをぐるぐると回し、ストレッチをしてみた。

 

「ハァ、ハァ、ハァ、なんとか、ギリギリ間に合ったようですね!」


 太陽のような揺めきを見せる水晶球を挟み、向かい側より息切らし現れた人物。

 猟装の紳士こと、エイブラム・ブラックバーン、その人だ。


「エイブラム、どうして——」


「説明は後です。ダリエラにお願いしたい事があります。先ずは、貴方に、この古文書を」


 エイブラムが私の言葉を遮ると、携えていた鉄装の分厚い黒本を差し出してきた。

 なにやら、立派な黒本ですね。

 多分、魔導書グリモワールの一種かな。

 

「……あ、えっと……う、重っ」


 私は戸惑いながらも、差し出された黒本を両手で受け取った。思っていた以上のずっしりとした手応えに驚かされ、間抜けな声を上げてしまう。


「時間もありませんから、此方をご覧下さい」


 エイブラムが、私の手の中にある黒本を開けば、とあるページを示したきた。


「えっと、これは?」


「今より、此処に示めされた封滅の儀を執り行います。既に下準備は済ませましたので、後は、このまじいの言葉を述べるのみ、しかし、私では、口惜しいことに、この魔導式を発動させるだけの技量がありません。ですから……私に代わってダリエラに遣って頂きたい」


 エイブラムは、真剣な表情なのだけど、何処か不安げに青い双眸を揺らしながら懇願してきた。

 そう言えば、確か魔導書グリモワールには、精霊や魔神などの強大な魔力が宿っていると、シェーンダリアやアマンダが言ってたような気がする。それで、その魔法を行使するにも、ある程度の魔法レベルが必要になってくるとも言ってたっけ。

 それにしても、この魔導書グリモワールは、あらかじめエイブラムが【合成魔獣キマイラ】対策に用意していたモノだろうし、私も、ぞんざいな扱いは出来ませんね。

 なので、ここは有り難く使わせて頂くのが正解かな。


「ええ、勿論、私でお役に立てるなら、喜んで遣らせて頂きます」


 笑みこぼし一つ頷きを見せて、私はそれを了承した。


「ありがとうダリエラ。では、早速、お願い致します。団長さん。私達が、此処にいては、邪魔になるでしょうから、少し場を離れます」


「あ、ああ、わかった」


 蚊帳の外状態だったダリオは曖昧な返事を返す。エイブラムに促されながら、ダリオは渋々と言った感じで、私の側より離れた。


「へぇ、あのキンパツ、随分と珍しいモノを持ってくるんだね」


 二人が離れたのを見て取ると、オルグが感心するように言ってきた。


「コレって、そんなに珍しいモノなのですか?」


「そうだよ。今では、殆ど製作されてないからね。ってより、早くした方がいいよ。キョウダイ」


 私の疑問に普通に答えてくれると、水晶球を見る目が厳しくなれば、態度を急変させて私を促してきた。


「あ、そうでした。無駄話なんてしてる暇ないのに」


 水晶球の見た目が、最初と何ら変わらないから、どうにも油断してしまう。

 私は手にする黒本の開けられたらページへと、視線を落とし、エイブラムより教えられた封滅の儀、そのまじいの詠唱うたを詠み始める。


「黄道よりもたらすは聖光……」


 最初の一節を呟くと、黒本が一瞬、黄金色に輝いた。すると、中継基地ベースキャンプ外の右手方向より、地上から天空へと一直線に貫く巨大な光の柱が現れた。

 私はその光を横目に詠唱を続ける。


「天道より降り注ぐは陽光……」


 次の一節を詠めば、またも黒本が輝き、今度は左手方向の地より、巨大な光の柱が昇る。


「地道より湧き起こるは緑光……」


 私の真正面、水晶球を挟んだ先の地面に魔法陣が描かれている事に気がついた。

 あ、なるほど、そう言うことか。私はエイブラムの言っていた言葉を思い出す。どうやら、あの魔法陣が、封滅の儀の下準備って奴ですね。

 そんなことを、考えてたら、真正面に描かれた魔法陣がまばゆいくらいに輝き始めると、天へと立ち昇る光の柱が出来上がった。

 三本の光柱がメラメラと輝きを増す中、再び詠唱を続けた。


「我は問う。我は願う。我は捧げる。莫逆の光、集えば、破邪の力とならん……」


 天へと立ち昇る三つの光の御柱が、水晶球の頭上に一点集中すれば、水晶球を囲うように三角錐の結界らしきものが張られる。

 その空間の中は、温かく薄靄が掛かり、まるで、時間が止まったかのような静寂に包まれていた。


「封緘せよ!『降魔封印ア・ンテーラ』」


 そう唱えれば、赤色に輝く魔法円を瞬時にして掻き消し現れたのが青白色の魔法円。

 そして、三角錐の空間いっぱいに、目が眩む程の光が拡散し充満————やがて、集束して行く。

 全てが終われば、空中に漂っていた水晶球が輝きを失しなって、ボトッと地面に落ちた。その瞬間、今まで止まっていた時間が、動き出すように、一条の風が舞い上がった。

 私が感慨に浸っていたら、後方より足音が聞こえてくると、私の側を通り過ぎたエイブラムが、地面へと落ちた水晶球に駆け寄る。


「よし、よし、どうやら、成功したようですね!」


 その場で片膝付きながら、ズボンが汚れるのも気にせずに、水晶球を恐る恐る触りつつ状態の安全を確認すれば、輝きを失い鈍く燻んだ水晶球を手に取り、マジマジと眺めては、ニンマリと満足気な笑みを浮かべてるエイブラム。


「けっ、あの野郎は、先ずは功労者を労ってやるのが、先じゃねぇのか! これだから、学者って奴はよ……」


 ブツブツと文句を垂れて、私の側へと近寄ってきたダリオ。

 ダリオって、存外にまともな事も言うものだなと感心してたら、


「良くやったな、ダリエラ」


 不意に見せられた柔らかな眼差しと共に、ごく自然と当たり前のように私の頭を撫でてきた。


「へっ……ナ、ナ、ナニ馴れ馴れしく頭触ってくれちゃってるんですか! ダリオとそんな仲になった覚えはありません!」


 ダリオの行為に、心掻き乱されて居た堪れない気持ちでいっぱいになり、私は、それを隠すべく、できる限り蔑むような目付きでダリオを見れば、頭に置かれた手を払い退ける。


「お前って奴は、相変わらず、可愛くねぇなぁ」


 態とらしく払い退けられた手をスリスリと撫りながら、悲観の言葉を口にするダリオ。


「か、可愛く無くて結構、私はこう言う女です!」


 平常運転とは程遠い心情の中、私はしどろもどろに言い返した。


「でも、まぁ、その方がお前らしいか。クックク」


 ニヤニヤとニヤつき私を見つめるダリオ。

 たかが、頭撫でられただけで……情け無い。くっ、何です。そのしたり顔は! はっ、めちゃムカつく、ムカつく!


「くぅぅ…………!!」


 私は、心に溜まった鬱憤を晴らすべく、それは、もう、ただの八つ当たりで、持っていた黒本をダリオに向かって投げ付けてやった!


「おっと、何すんだ。危ねぇな」


 驚いた素振りを見せるも、投げ付けた黒本は難無くキャッチされる。

 その余裕な態度が、更に私をイラつかせた。


「ああ、もうっ!」


 私は声を荒立て無自覚に踏鞴を踏む。いまだかつてないくらい感情的になってる自分がいた。


「ど、どうしたよ?」


 私の奇怪な行動に、ギョッとなっているダリオ。


「別に、何でもありません。ちょっと、一人にさせて下さい……」


 自分の額に手を当てつつ、もう片方の手で、ダリオを制す。このままでは、ダメだと思い、私は頭を冷やす為、一人この場を後にし、天幕へと戻った。


 自身の葛藤とあーだ、こーだと格闘しながら、天幕に戻って来た私は、取り敢えず心落ち着かせるべく、自家製の薬膳茶を点てて、一服する。

 でも、そんなことで、気分が晴れるなんてことはなく、最終的に、頭から毛布を被り、ふて寝してやった。

 ときに、オルグは、さっきから私に対して一言も口を開こうとはしない。今はこう言う些細な事も、頭にくる。

 理由はどうせ、口を開こうものなら、私に当たり散らされるとでも思っているのでしょう?

 なんだか、どんどん自棄になってるな……私は毛布の中で、目を瞑り両耳を塞ぎ、考る事を放棄する。その内に、段々と睡魔が襲ってきたなら、私はそのまま寝入ってしまった…………。


 やがて、耳へと届いてくる賑やかな声と、祭囃子的な笛の音と太鼓の音。

 ハッとなり目を開けて、すぐ様、身体を起こすと、天幕内は真っ暗闇で、すっかり夜の帳が下りているのがわかった。


「やぁ、キョウダイ、目覚めたみたいだね」


 声のする方へ視線を送れば、二本の尻尾を振り振り遊ばせながら、足を投げ出し横たわるオルグの姿。


「あ、おはようございます。オルグ……えっと、今は……」


「んっ、ああ、キョウダイが寝入ってから、そんなに時間は経ってないし、気にしなくても大丈夫じゃない」


 私の心の内を察して、安心させようと気助けしてくれた。


「ほっ、そうですか。良かった……」


 私はオルグの言葉に、ほっと胸を撫で下ろす。

 オルグは、それ以上口を開こうとしない。どうやら、自身で考えあぐねた結果、私の様子を見守ろうとでも、思っているのだろう。

 まぁ、確かに、思い起こせば、散々たる行為をしてたな……。

 ここまで、自分が子供じみた真似をするなんて、夢にも思わなかった。いや、本当は、わかってる……。

 外見が変わってしまえば、周囲の反応が、こうも違うのだと実感してしまう。

 転生前の私では、決して味わうことのない感情に戸惑い、嫌悪する一方で、それが嬉しく素直に受け入れたいと思う心が鬩ぎ合っている。

 今の自分を全部受け入れる事が出来たなら、これ程楽なことはない。

 けど、それが出来ない事も知ってる……。これまでの、人生を捨て去り忘れようと、やり直しを選んだ筈なのに…………。

 結局、どう足掻こうが、このしがらみからは、逃げられないし、ずっと纏わりついてくる。いずれにせよ、何処かで折合いを付けなきゃならんことも、わかってる。

 でも、今、思い悩んだ所で答えなんて出せる訳ない。そう、たった三年ぽっちで、どうこうなれる程、私の歩んできた人生は、軽くはない。


「ああっ! もう、考えるのは、これで終わり、終わりっ!」


 心の重しを吐き出すように、私は叫び声上げて、頭を空っぽにする。

 それでも、モヤモヤが晴れない為、私は、気持ち良さそうに横たわるオルグに八つ当たりする事にした。


「そう、そう、それよりも、さっきから、何黙り込んで、遠慮なんて柄にもないことしているのですか? オルグ」


 私はそう言って、ジロリとオルグを睨んだ。


「え、別に、遠慮なんて、してないさ……」


 突然、威圧されたオルグは、キョロキョロとキョドり出す。


「何ですか。言いたいことがあるなら、ハッキリ言えば、いいんです! 軟弱者ですね。それでも男ですか?」


 と、私の挑発に、


「あ、おいおい、さっきから黙って聞いてたら、言いたい放題言ってくれるね。そもそも、キョウダイが上がったり下がったり、気持ちの悪い挙動するのが、原因なんだよ! そこんとこ、わかってるのかい?」


 と、まんまと挑発に乗ってきたオルグ。


「へぇ、主人に対して気持ち悪いって、ケンカ売ってます?」


「はっ、当たり前こと聞いてくるなんてさ? バカなのかな。」


「ほほう、死ぬ覚悟はできてるのかな?」


「そっちこそ、泣いたって許さないよ!」


 私とオルグが火花散らせば、戦いの火蓋が切られる!

 天幕内では、引っ掻き、噛み付き、物が飛ぶ、その惨状たる否や、目も当てられない。


「ハァハァ、なかなか、やりますね」


「キョウダイの方こそ……」


 互いに互いを褒め称えたら、私は息切らして、大の字になって横になる。

 はぁ、考えたら、可笑しなことしてるな。使い魔、いや猫、相手にケンカしてるなんて馬鹿をやってる。

 だけど、この世界に来なきゃ、こんな馬鹿なこと、絶対に味わえないし、あり得ない。

 いつ迄も、後向きではいられない。そう、あの頃のままの私でもないんだ!

 今は、ダリエラと言う、一人の人間です。

 また、ダリエラとしての人生も、一度きり……なら、人生楽しまないと勿体無いですね!

 それまで悩んでいたのが嘘みたいに、心の靄が晴れて行く。

 きっかけって、割と単純なものなのかもしれないな。

 私は、オルグを見つめながら、そう心に思っていた。

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