第25話【剛腕のアリーシャ】

 エイブラムの案内の下、私達一行は【乙女リンネアの泉】の畔りを、北上し歩いていたら、視線の先に、こぢんまりとした可愛らしい丸太小屋ログキャビンが見えてきた。


「皆さん、少し、此方で待っていて下さい」


「あっ、はい、わかりました」


「おお」


 足早に丸太小屋ログキャビンへと向かうエイブラム。どうやら、あの丸太小屋ログキャビンが、目的地のようですね。

 丸太小屋ログキャビンの玄関に到着したエイブラムは、扉をドンドンッと二、三度、叩き、在宅を確認する。

 暫くすると、ガチャリと扉が開かれて室内より、栗色の髪を短く刈り込む、長身で屈強な体つきに、丸太のような二の腕、身を包む衣服が筋肉ではち切れそうなくらい逞しい男性が……いや、女性が現れた。

 エイブラムを軽く追越す頭身と逞しすぎる体躯に、私は勘違いしてしまいそうになる。

 だけども、その体躯には、とても似つかわしくない綺麗すぎる顔が、辛うじて女性だと認識させてくれた。

 それにしたって、なんてアンバランスな人だ。

 そして、それを代弁するかのようにダリオが言う。


「おいおい、たまげたな。ありゃ、女か?」


「ちょっ、ダリオ!」


「いやいや、アレはどう見ても、間違うだろ」


「コラ! 失礼過ぎますよ!」


「嘘つけ、お前も、内心では、そう思ってたろ? 白状しろ」


 ニヤニヤと笑い顔を見せつつ、ギロリと疑いの目を向ける。


「はっ? な、なに言ってるんです! そんなことありませんから」


 図星を突かれてしまえば、私は冷や汗かかされて、ドギマギと狼狽してしまう。


「ククッ、やっぱりな……」


「な、ちょっと、何一人で納得してるんです!」


 そんなダリオに、私は必死に抗議する。

 エイブラムと、その女性がひとしきり話し終えると、二人が私達の所へとやって来た。


「お待たせして、すみません。ん、どうしました? 何か楽しいことでもありましたか?」


「いえ、何もありませんから!」


「えっと、何かすみません」


 私の物言いに、申し訳なさそうに返事を返すエイブラム。


「別に、謝らなくても……そ、それよりもエイブラム、そちらの方は?」


「あ、そうでした。彼女はアリーシャ、私の古い友人でして、この【弓闘士アローダンの森】で、狩人ハンターを志す者にとって彼女を知らぬ者は居ない。そう言わしめる程の人物です」


「よしてくれ、私は、そんな大層な人間じゃないさ。一介の狩ハンターに過ぎない」


 エイブラムにそう言われた女性は、照れ臭さそうに苦笑いを浮かべて謙遜する。


「ほぅ、アンタが【剛腕のアリーシャ】か。噂は色々聞いてるぜ」


 ニヤリと笑みを見せてはいるけど、ダリオ、目が全く笑ってないよ。

 さっきまで、あんな馬鹿にしてたのに、名前を聞いた途端、態度を一変させましたね。

【剛腕のアリーシャ】……私は、全くの初耳ですけど。

 私の世間様とのズレが、何とも遺憾し難い。これは、もっと世情の情報を集めないと、これから先、独り立ちするのも儘ならない事になりそう。


「フッ、どうせ、碌でもない噂ばかりさ。ところで、貴方方の名前を教えて欲しいんだが……」


「おっと、悪りぃな。俺はダリオ。赤獅子傭兵団の頭やってる。よろしくな」


「驚いた! 貴方が、あの赤毛か! 私も貴方の噂は予々聞いてる。お会い出来て光栄だ!」


 ダリオと違い、アリーシャの場合、心から賛辞を送っているように見受けられた。


「お、こいつは嬉しいねぇ。俺の名が【剛腕のアリーシャ】まで届いてるなんてよ。アンタとは、何だか、いい酒が呑めそうだぜ!」


「そうかい、それは良かった。して、こちらの可愛らしいお嬢さんのお名前は?」


 歯をキラリと光らせて、何ともハンサムな笑顔を見せてくるアリーシャ。

 う、何だろか、暑苦しそうな人かも……。

 そんな予感を胸に抱き、私は自己紹介をする。


「あ、私はダリエラと申します。宜しくお願い致します。アリーシャさん」


「気を使わなくていい。アリーシャで構わないぞ。此方こそ宜しくな! ダリエラ!」


「は、はい、改めまして、宜しくお願い致します。アリーシャ」


 アリーシャは、キラキラ、フェイスで右手を差し出し握手を求めてくる。

 その眩しさに、私は顔を顰めそうになるのを我慢しつつ、握手を交わした。

 やっぱ、圧が凄い……。

 互いに自己紹介を終えれば、私とエイブラム、ダリオの三人は、アリーシャに連れられて、丸太小屋ログキャビンの中へと入る。後に残った傭兵団員達は、丸太小屋ログキャビン外で、ダリオから野営の準備を命じられた。

 室内へ足を踏み入れると、先ず眼に入るのは、使い込まれ煤けた暖炉と、壁一面に掛けられる数々の狩猟道具。後は、申し訳程度に置かれた椅子とテーブルがあるだけ。

 玄関を開ければ、生活スペースが丸見えのワンルーム。


「狭苦しい所だが……それに大したもてなしも出来なくてすまないな。何せ、狩の為だけに拵えた小屋なものでね」


 私達を招き入れたアリーシャが、なんともバツの悪そうな顔して言ってきた。

 どうやら、察するに、ここはアリーシャにとっての中継基地ベースキャンプと言った所かな。


「いえいえ、私達が、アポも取らずに、急に押し掛けたのですから、お気になさらず」


「そうです。気にしないで下さい」


「まぁ、ずっと、いるわけじゃねぇし、今だけ我慢すりゃいいだけだろ?」


 あら、珍しいこともあるもんですね。あの傍若無人なダリオが、相手を気遣い声を掛けるなんて、さっきの事よっぽど嬉しかったと見えます。


「そう言って貰えて助かるよ。それに、今からする話は、あまり公にしたくは無い話でね。念の為の処置だと思ってくれ」


「ん? 公にしたく無い話ってのはなんだ? 俺は、何しにここへ来たのか、全く聞かされてねぇぜ。先ずは、そいつを聞かせちゃくれねぇか?」


 ダリオは頭を捻り、考え迷い、私達へと視線を送る。


「あ、そう言えば、そうでした。団長さんには、何もお伝えていませんでしたね。状況的に、私から事情を説明させて頂いた方が、何かと都合がいいと思うのですが、ダリエラ、如何ですか?」


「ええ、そうですね。確かに、一番、現状を把握しているのは、エイブラムですからね……。わかりました。お任せします」


 私が、YESと答えたなら、エイブラムは、大まかな概要を話し始める————



「話を聞いて益々、思うけどよ。お前って、大概、無茶だよな」


 その目は不思議なもので見るようなダリオ、それでいて、感心するかのように言葉を吐いてくるも、内容は察するべくもなく、酷い。

 怒られてる訳じゃないのに、それ、余計に胸にくるものがある。落ち込みそう……。


「……改めて言われなくても、重々、わかってるし……」


 私は、皆の視線より逃れるよう明後日の方へ顔を背けつつ、拗ねるように口尖らせながら、消え入りそうな声で言った。


「ん? なんか、言ったか?」


「べ、別になにも……」


 私は俯き黙る。


「フッ、だが、若い時の苦労は買ってでもせよと言われているんだ。多少の向こう見ずな行動も、黙って見守ってやる。それが大人な嗜みじゃないか」


 アリーシャから出る悪気ない言葉、私にとっては、そっちの方が、もっと凹む。見た目はこんなだけど、精神年齢は多分、貴方方の誰よりも高いんですが……。


「ククッ、物は言いようだな」


「皆さん、もう、その辺にして差し上げては、どうかと……」


 小さくなってる私を見兼ねたのか、エイブラムが助け舟を出してくれた。


「おっ、そうだな……」


「こ、これは、済まない」

 

 エイブラムの投げ掛けで、ハッとなり私を見たダリオとアリーシャの二人は、どうにも気まずそうに各々が口を開く。


「それでは、話を進めますか。アリーシャ、お願いします」


「ああ、わかった」


 エイブラムに促されたアリーシャは、襟を正し、私達の方へと向き直る。


「先ず、申し訳ないと言わせくれ、特にダリエラに……」


「え、何? どう言うことです?」


「それは、つい先日まで、私の手元に【一角獣ユニコーン】の角があったのだ。今は、とある事情で手放してしまってね。もっと早くにダリエラの事を知っていれば、少しは角を分けることが、出来たかもしれないからな。済まない……」


 アリーシャに、何の落度もないのだけど、苦渋に満ちた顔で、自身の所為だと言わんばかりに謝りを入れられる。

 そんな事よりも【一角獣ユニコーン】の角があったなんて、衒うことなく言われたら、どうにもこうにも、肩透かしくらって、驚く事さえ儘ならない。


「いやいや、アリーシャ、そんな謝らないで下さい。こればかりは、どうしようもない事ですし、誰にも、それを咎めることも出来ないのだから……」


「そ、そうだな。悪い、何だか、取り乱してしまって……エイブラムより話を聞いて、どうにも居た堪れなくてな」


「そのお気持ちだけで、十分ですよ」


 私はアリーシャを見つめながら、何度も頷いた。


「でもよ、ここに俺らを招き入れたってことはよ。それだけじゃ、話は終わらんのだろ?」


 私達の様子を黙って見ていたダリオが、そう言ってアリーシャに問いかけた。

 ダリオにしては、気の利いたこと言いますね。


「……ああ、ここからが本題さ。で、取り敢えず、この話をするに当たり、君達に先ず知ってほしいことがある。【一角獣ユニコーン】と言う聖獣についての事を……ダリエラ、【一角獣ユニコーン】の世間一般で広まっている噂、知ってるかい?」


「ええ、取り敢えずは……」


「そうか。ダリオ、君は?」


「まぁ、触りくらいなら知ってるぜ」


 私達、それぞれに質問すると、真面目な顔つきになり、アリーシャが言う。


「その噂……全てとは言わないけれど、間違っている」


「えっ?! 間違いですか?」


「おい、そりゃ、マジか?」


 アリーシャからの突拍子もない言葉に、私とダリオは仰天させられる!

 エイブラムと言えば、ああそうだと言わんばかりに、アリーシャに同調し頷いていた。


「そう、世間では、神が遣わした聖獣や神獣、はたまた魔獣などと、謳われているが、その認識自体が間違っているのさ。【一角獣ユニコーン】とは、すなわち神そのものだ。分かりやすく説明すると、この精霊の森の意志が具現化した姿」


「神そのものですか……」


 それを聞いて、私は息を呑む事しかできない。しかし、神と聞いたなら、私の場合、あの声の主が思い起こされる。

 けど、思うに、その神は私が出会ったであろう神とは、少し種類が違うように感じる。

 どちらにせよ、今、考えたところで答えなんて出ない。


「ククッ、そりゃ、眉唾じゃねぇのか」


「ダリオが、そう思うのも無理はない。しかしだ、私は、それを何度も体感している」


 アリーシャのダリオを見据える瞳が、?偽りないと物語っていた。

 体感すると言うことは、実際に何度も目撃したと解釈してもいいのか。

 まぁ、アリーシャの目を見れば、嘘を言っていないのは、一目瞭然なのだけど、どうにも頭の片隅で引っ掛かっていることがある。

 そうなのだ、アリーシャが【一角獣ユニコーン】の角を所持していたこと、これが私の頭の中をかき混ぜてくる。

 角を所持していたとなると、それを持っていたであろう【一角獣ユニコーン】は、どうなったのか?

 そんな疑問が生じてしまえば、頭によぎるは、死の一文字……。


「ダリエラ! どうしたのです。この世の終わりみたいな顔をして……」


「へっ、あっ、えっと……あの……」


 エイブラムの突然の呼び掛けに、意識を引き戻される。

 はっ、もうっ! 何やってんだよ、私は! アリーシャの話が終わらぬ内から、自分勝手に思い悩んで、挙句、落ち込むって、バカなの、アホなの、とんだ間抜けっぷりを発揮してますよ!

 嗚呼……死にたい……。

 私は赤面してるだろう顔面を両手で覆い隠す。


「そのような顔をされたら、私も、話の続きをしようにも出来ないな。ダリエラ、心配事があるならば、話してみないか?」


「アリーシャの言う通りだぜ。早くゲロして楽になれや」


「それは、その……」


 頭に浮かべた疑問を振り払いたい欲求に駆られるも、それをアリーシャに問いかけても良いものなのかと、躊躇してしまう私もいる。

 何せよ、私が話の腰を折った所為で、これ以上、話が進まなくなって、どうにも拉致があかない。

 私は顔隠した指の間より、三人の姿を垣間見た。

 うっ……私が自身の胸中を吐露しない限りは、三人共、話を進める気が無さそうですよね。

 はぁ、ここで、私はグズグズしてる訳にはいかない。もう時間もないのだから。

 兎に角、今は恥も外聞も捨てて、話をするだけです!

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