第17話【赤獅子傭兵団】

「あ、やば。血が足りてない……」


 私は貧血気味のふらつく身体で、なんとか宿に辿り着くと、一目散に食堂を目指した。

 魔法薬で傷自体は完治に至りましたが、その時、失った血までは修復できない。

 なので、足りなくなった血を増やそうとするのなら、メシを食う。それ以外の方法なんて存在しない。

 だから、今、私は、食堂にて料理を胃袋に詰めれるだけ詰め込む作業をしている。


「おい、どうした? 嬢ちゃん、あんまムリすんなよ」


 食堂の店主が怪訝な顔して言ってきた。

 まぁ、突然、食堂に現れて、片っ端からメニューを注文する謎行動したら、そんな顔しますよね。


「ムシャムシャ、おぅかまなくぅ。ムグムグ、モグモグ」


 私は口の中いっぱい料理を?張り、店主に手を振り応えた。

 食事を終えて部屋へと戻れば【弓闘士アローダンの森】に入る為の準備を行う。


「さてと、先ずは、持っていく物を選別しませんとね」


 私は、現在、所持してるアイテムを革鞄より全て取り出して、床一面にそれを広げた。


「魔法薬は三つくらい、あ、でも、二つでいいか。それに護符と携帯用の非常食。あとは魔力切れお越したら大変だし、黒水晶も必要ですね。おっ、緊急用に【爆轟石】を持ってくのも有りかも……」


 あれこれと頭悩ませて、一つ一つアイテムを吟味する。

 必要かつ最低限の荷物で、なるべく軽装にしないと、あまり荷物を携帯し過ぎれば、森を移動するのが億劫になりますからね。


「えっと、キョウダイ。荷物をそんなに広げて、どうしようってんだい?」


 まだまだ、本調子とは程遠い倦怠感丸出しなオルグが訊ねてくる。


「あ、そう言えば、オルグに伝えてませんでしたね。今日【弓闘士アローダンの森】に入りますから、その準備をしてます」


「はぁ? 森に入るって、何でまた?」


「えっとですね。それは…………」


 私はこれまでの経緯をオルグに話してやる。


「バカじゃねぇの。何の義理もないガキの父親を助ける為に、わざわざ危険を冒しに行くのか?」


 ほとほと呆れるとはこの事だと、言わんばかりなオルグの態度。


「オルグに言われるまでも無く、百も承知ですよ」


 自分自身で納得ずくの行動。私にはそれだけの価値があるから、あの日あの時、出来なかったこと。

 今ならそれが可能だ。なら、やるしかない。やらなければいけない。

 私の尊厳の為に……。

 オルグは青い双眸で、私をマジマジと見つめてくる。


「はぁ、心変わりは無さそうだね。オイラも、ホント、厄介な主人を持ってしまったよな」


 半ば呆れ混じりにそう言うけれど、私を切り捨てる様な発言は、決して言わないんですよね。


「有難うございます。オルグ……」


 私はオルグへと向き直ると、襟を正して感謝の意を示す。


「ダメだよ。言葉なんか幾ら貰おうと、オイラは嬉しくない。ちゃんと、五体満足でこの件を終わらせて、オイラを心より労うこといいね!」


 これって叱咤激励と言うのかな。なんか不細工な物言いですね。けど……。

 

「はい! 当然ですね!」


 それがとても嬉しく私は自然と笑みを零していた。

 取り敢えず必要な荷物を見繕えば、あと足りないモノは、町の道具屋で買い揃える事とする。


「よしと、準備オーケーですね。では、出発するとしますか」


「オイラは、あんま気乗りせんけどね」


「そんな意地悪言わないで下さいよ」


 軽口を言い合う中、支度が整うと、私はオルグと共に宿を出て【弓|闘士(アローダン)の森】へと向かった。


 日も高くなり、多くの行き交う人で街が賑い始める。


『おい、アレ見ろよ』


『ほう、珍しいな』


『獣人じゃね』


『おう、おう、いい女だな』


 街中を歩けば、聞こえてくる声。

 う、あまり目立ちたくないのに、けれど、しょうがないかな。

 私はいつもの黒い道服ローブに三角帽子と言う魔女独特の格好をしていない。

 森へ入るのに、あの格好は動きにくい為、道具を買いに行く際、ついでに服も調達した。

 そんな目立つ格好をしたつもりは無いけど、私の風体は目を惹くらしい。

 今の姿を簡単に言い表せば、女盗賊風と言ったところかな。出来るだけ動きやすい服を見繕っただけなんだけども……。

 兎も角、いちいち気にしてたら埒があかない。

 私は速足で一路森を目指す。


「そうそう、キョウダイ?」


 私の背負うリュックの上でだらんと横たわるオルグが訊いてきた。

 二日酔いで、まだまだ全快には程遠い為、少しでも体を休めたいとオルグが言うから渋々、了承してアッシーをしてあげている。


「はい、どうしました?」


「森に入るのは、構わないけどさ。案内人ガイドくらい付けたらいいんじゃないの?」


 オルグの言う案内人ガイドとは【弓闘士アローダンの森】を主な活動拠点とする狩人ハンター達のこと。


「ごもっともな意見ですが、なにぶん出費が嵩んで、懐事情がかんばしくないんですよ。それに、海千山千ともなろう狩人ハンターを一人雇おうものなら、目ん玉飛び出る程の金額が必要になりますし、かと言って金額の安い素人に毛の生えた狩人ハンターを雇っても、私達の目的の邪魔になり兼ねないですしね。だったら、一人で行動した方が賢明かなと判断しました。まぁ【弓闘士アローダンの森】には初めて入りますけど、別段、森自体に入るのは、初めてじゃないから、何とかなるかなと思ってますが、ダメですか?」


「え、ダメじゃないさ。只、案内人ガイドがいた方が道中スムーズに行動出来ると思っただけだよ」


「その点に関しましては重々承知してます。多少の困難は覚悟上です」


「なら、オイラは文句無いよ」


 ホントのところを言えば、案内人ガイドを雇いたかったけど、背に腹はかえられませんから。

 自力で何としても【一角獣ユニコーン】を見付け出さないと。


 その昔【一角獣ユニコーン】を唯一捕獲した狩人ハンターがいた。この森の由来にもなった人物【聖弓士アローダン】と、その娘【聖処女リンネア】だ。ある時【聖処女リンネア】が森深くにある泉で、沐浴してたおり突如として現れたのが、獰猛で狡猾と恐れられていた【一角獣ユニコーン】。

 しかし【聖処女リンネア】の姿に魅せらたのか【|一角獣(ユニコーン》】は立ち所にして、大人しくなり、彼女の側へと身をすり寄せて来たなら、その場で眠り込んでしまう。

 それを聞いた【聖弓士アローダン】は、千載一遇のチャンスとばかりに【一角獣ユニコーン】の隙を突いて、その身の捕獲に成功したと言われている。

 そして、その場所は【乙女リンネアの泉】と呼ばれるようになり【弓闘士アローダンの森】に伝わる【一角獣ユニコーン】伝説の一つとなった。


 此処は比較的整地された森の入り口。

 私達が最初に目指す場所は、森の中心部にあると言われる【乙女リンネアの泉】。

 食堂での狩人ハンター達のやり取りの中で【一角獣ユニコーン】が出現したと噂されていた場所。

 現状で【一角獣ユニコーン】が捕縛されたと言う情報は入っていない。

 なので、私にも、まだチャンスはある。

 可能な限り自分で捕獲したい。何故なら確実に角を入手する為。最悪なのが、他の狩人ハンターが【一角獣ユニコーン】を捕獲するパターン。そうなれば、角の入手が相当難しくなる。

 だからこそ、自身の手で捕まえたい。

 兎に角、早いとこ、目的の場所まで行かないと。

 一応位置確認に為、リュックより地図と真鍮のコンパスを取り出した。


「えっと、現在他は……」


 地図を広げて、コンパスの指す方向で、取り敢えずの自分の位置を把握する。


「よし、テメェら! 先ず各班ごとに分かれて、獲物の探索だ! いいか、腑抜けた事してんじゃねぇぞ。気合い入れてかかれや!」


『はっ、任してくださいよ』


『団長、言われなくてもわかってますんで、心配せんでください』


 ガシャガシャと金属の擦り合う音と共に、今朝方、聞いた声と同じ声が、私の背後より聞こえてきた。

 背後へと振り返れば、屈強で強面の男達がずらりと立ち並び、その先頭には赤毛ゴリラが立つ。

 そう、これが【赤毛のダリオ】率いる赤獅子傭兵団。

 そして、集団が私の眼前で立ち止まれば、


「お?! 奇遇じゃねぇか! ダリエラ、運命ってヤツを感じちまうよ」


 相変わらずのいやらしい笑みでダリオが、声を掛けてきた。


「はっ……冗談は顔だけにして下さいね」


 私は露骨な程、嫌な顔して言ってやる。


「て、テメェはよ。可愛さ余り過ぎだろうが」


「ダリオ、それじゃ、可愛いだけでしょ。学が無いのに、無理して難しい言葉使おうとするから、中途半端になるんです」


「ぐぬぃっ、言わせておけば、言いたい放題言ってくれるじゃねぇかよ!」


 何時ものように、冷たくあしらえば、顔を真っ赤にし、口調を荒げるダリオ。


「まぁまぁ、お二人とも落ち着いて下さい。団長さん、団員の方々に見られてますよ。それとダリエラさんもね……」


 これも今朝方、見たような光景ですね。私とダリオの間に割って入って来た人物。

 朝の服装と打って変わり、ハンチングにツィードジャケット、革のロングブーツ姿が見事に嵌る猟装の紳士こと、エイブラム・ブラックバーン、その人。


「ちっ、しょうがねぇな」


 流石のダリオも部下の手前、無様な様を見せないようにと、ぐっと怒りを呑み込んで、不貞腐れながらも、一応に返事する。


「あ、これは、今朝方ぶりですね。エイブラム様」


 そんなダリオを横目にし、私も心落ち着けて、何食わぬ顔作り挨拶をした。


「ええ、そうですね。それよりダリエラさん、私に様など付けなくとも結構ですよ。気軽にエイブラムと呼んで頂ければ、よろしいかと」


「でしたら、私の方もさん付けは止めて頂けますか」


「わかりました。では、ダリエラ、つかぬ事をお聞きしますが、一人この様な場所で何を?」


 まぁ、女一人で、こんな場所に居たら、誰だって、そう質問してきますよね。


「えっと、多分、其方の面々と行く所は同じかと思います」


 私は鎧姿の男達を一瞥しつつ、あまり此方の事を探られたくなかったので、敢えて遠回しな言い方をしてみた。


「また、何故にと……聞くだけ野暮ってものですね。フッ、女性に秘密があるのは然るべきですからね」


 キザったらしい立ち振る舞いで、私に向かって、ウィンクして見せると、エイブラムはコクっと一つ頷いた。

 察してくれたのは、ありがたいけど、少々態度がウザいかも。


「ありがとうございます。エイブラム」


「いえ、どう致しまして。所で、話は変わりますが、私達は、これから森の中へ入ります。その目的とは、古えの秘術により、生み出された魔獣【合成魔獣キマイラ】を捕獲することでして、端的に言えば、魔導考古学の探究、究明の為です」


 エイブラムは急に真顔になり、そんな事を言ってくる。


「えっ、あ、それは、素晴らしいですね……」


 私はどう答えて良いかわからず、取り敢えず賛同してみた。


「すみません、ダリエラ。突然、こんな話をお聞かせして……」


 さして私が、エイブラムの話に興味を示していない事が分かったのか、バツの悪そうな顔して言葉を濁す。


「いえいえ、滅相もないです。只、私が、そういう方面の話に疎いだけですから」


「そうでしたか……私も、まだまだ、ですね」


 エイブラムは、鼻先をぽりぽりと掻きながら、薄い笑みを浮かべて、一人納得していた。


「おい、エイブラムの旦那、無駄話に花咲かすのもいいが、早く行かねぇか?」


 私達のやり取りに、ダリオが、もの凄くかったるそうな態度見せれば、エイブラムを急かした。


「はっ、そうでしたね。申し訳ありません。あ、そうだ。ダリエラ、どうでしょう?」


「はい?」


 何の事かさっぱりなので、私は首を傾げる。

 エイブラムはニッコリとスマイル見せると、話を続けた。


「ダリエラの目的はわかりませんが、大凡、私達と行く場所は同じですよね。それなら、暫く私達とご一緒しませんか?」


「え、あの、それはどう言う?」


 突然の提案に、私は戸惑いと疑心が芽生える。

 

「大丈夫です。他意はございません。差しでがましいとは思いますが、やはり、女性一人で、森に入るのは危険かと、なりより、私自身がそれを見過ごすことが出来ない性分でしてね。だから、ダリエラさえ良ければ、如何です。ご一緒しませんか?」


 なかなかのフェミニスト振りですね。それが本心からなのか、分かり兼ねますが、その提案、私的には有難いですけど、危険度が大幅に減りますしね。

 さて、どうしたものか……と、その前に。


「エイブラムの申し出、凄く有難いのですが、私が付いて行く事によって、団の方々の迷惑になりませんか?」


 私はエイブラムにそう応えて、傭兵団の団員、そしてダリオへと視線を送る。

 ダリオと一瞬視線が重なれば、ダリオは得意げに鼻鳴らして、口を開く。


「へっ、今更、同行者が一人や二人、増えた所で、どうってことねぇ。まぁ、それによ、雇い主が、そう言ってんのなら、オレ達はそれに従うまでだ。どの道、金さえ貰えりゃ、文句はねぇさ」


「団長さんも、ああ言ってくれてますから。ね、ダリエラ」


 ダリオの物言いに深く頷きエイブラムは、片目を閉じつつ、そう促してくる。


「そうですね……わかりました。じゃあ、お言葉に甘えることに致します」


 何だか、強引に話を進められた感が否めないけども……。まっ、なにはともあれ、一人で森を探索するには、なかなかに骨が折れそうだったから良かった。これを機に団員を利用させて頂いて【一角獣ユニコーン】の足取りを掴もうかなと、ちょっと企んでいます。

 かくして、私はダリオ率いる赤獅傭兵団と共に【弓闘士アローダンの森】へと入る事となった

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