第16話【タイムリミットは72時間】

 よもや、あんな場所でダリオと出会うなんて、露ほどにも思いませんでした。

 相変わらず、疲れさせてくれますよね。

 私はぶつくさ言いながら、宿屋に入ると、不意に声を掛けられる。


「よう! 嬢ちゃん」


「え? はい、どうしましたか? 御主人マスター


「嬢ちゃんに、来客だ。たぶん部屋の前で待ってるから、行ってみな」


「来客ですか……わかりました。ありがとうございます」


 こんな朝から誰ですかね。

 ここカンタス村で、私を見知っている人なんていたかな?

 とりあえず、急ぎ部屋の前で行けば、そこには悲壮感漂わせて、泣きベソ掻く少年の姿があった。


「ジュリアン?! どうかしたのですか?」


「ダ、ダリエラさん……うっう、父さんが、父さんが」


「そうですか。何かあったのですね」


 青い瞳が翳り、憔悴し切るジュリアンの姿に、私はゆっくりと頷いてやる。


「オルグッ! すみませんが、急用です。留守番よろしく!」


「お、おお……」


 私はオルグに一声掛けたなら、荷物もそのままに急ぎジュリアン邸へと向う。



 脇目も振らず息切らして階段を駆け上り、二階主寝室に辿り着く。


「ハァハァ……ハァハァ……」


 扉を乱雑に開き主寝室へ入ると、ジルが懸命にジュリアンの父親を看病していた。


「ジルさん、容態は?」


「はい、今朝方、旦那様の容態が急変しまして、息が浅くなり、精神の錯乱が起き、もがき苦しむと言った、何時もより酷い状態に、今は何とか持ち堪えている感じかと……」


 苦しみ汗かく父親の汗を拭いながら、沈痛な面持ちで、私に状況を説明する。

 その説明を聞き、私はジュリアンの父親に歩み寄り、私自身で父親の容態を確かめるべく、触診を始めた。

 私の出来得る限りの知識を総動員した結果ーー

 皮膚が所々黒く変色し壊疽を起こし始めており、瞳孔の縮小、呼吸機能の低下が見受けられる。

 これは、非常に不味い。思っていた以上に危険な状態。と言うよりも、もう、直ぐそこまで、死が迫っている。

 治療うんぬんの前に、患者の限界が来てしまう。

 このまま何も出来ずに、ただ身罷るのを黙って見てるしかないのか……。


「ダラエラさん……。と、父さんは」


「ジュリアン、ごめん。今は少し黙ってて」


「は、あの、ごめんなさい……」


 不安げなジュリアンに対し、私は少し焦っていたのと思考中だったのが、災いして冷たく突っぱねるように言い放ってしまう。

 けど、今はジュリアンに構ってやる余裕がない。それ程に緊迫してる。

 私は頭に思い付く限りの回復案を提示するが、どれもこれも速効性に欠けるモノばかりで話にならない。

 どうすればいい?! 何かないか。

 嗚呼、こんな時、奇跡の物質【賢者の石】でも有れば、あの万能霊薬エレクシルを作り出せるのに。

 なに世迷言を言ってるんだ私は、そんな虫のいい話が無いから、頭悩ましてるんだろ………いや、待てよ? そんな虫のいい話が近くにありましたね。この【弓闘士アローダンの森】には……。

 そう、昨晩、伺い聞いた噂【一角獣ユニコーン】が目撃されたと。

一角獣ユニコーン】とは、白い馬体と額に恐ろしく長い螺旋状の筋が入った角を持つ魔獣もしくは神獣と言われる魔物と確か書物に記載されていたかな。

 また、恐ろしく獰猛で狡猾だとも言われている。

 そしてなにより、皆一様に狙うのは【一角獣ユニコーン】の象徴とも言うべき角。

 これを粉末状にし煎じれば、ありとあらゆる病毒を浄化する妙薬となった。

 言うなれば、ジュリアンの父親も病毒に冒された状態。

 狙うは【一角獣ユニコーン】ですか……。

 人間の勝手な都合で申し訳ないですけど、ジュリアンの父親を救う方法、今はこれしか思い浮かばない。

 私は真摯な態度を示せば、ゆっくりと口を開く。


「ジュリアン、よく聞いてください。お父上のお命は、もう幾ばくもありません」


「え、ええ。嘘でしょ、ダリエラさん。嘘でしょ! ねぇ嘘だと」


 私の出した結論が、にわかに信じられないようで、悲痛な顔を見せて何度も縋るように訴えかけてきた。


「ジュリアンッ! 落ち着いて、まだ、助からないとは言っていません。けど、これは確率的に言えば、とても低いです。ですが、上手く行けば多分、お父上の命は助かると思います」


「ダリエラさん! どうすれば、父さんは助かるの」


 そう尋ねて来たジュリアンに私は自身の思い付いた方法を話してやった…………。

 


「【一角獣ユニコーン】の角ですか……」


「はい、そうです。今の所、これ以外方法はないでしょうね。お父上の容態は刻一刻を争いますから、可能性を賭けるなら、これが一番です。と言うか、もうこれしかないかな」


「ダリエラ様、本当に、もう、この方法しかないのでしょうか?」


 今まで沈黙を保っていたジルが質問してきた。


「ええ、現状でクスリうんぬんの段階は、もう、終わってます。お父上自身の体力が限界に近い」


「そうでごさいますか……」


 私の返答に大きく肩を落とす。


「ジル、どうせダメ元なら、俺はダリエラさんに賭けてみるよ」


 弱々しいながらも笑みを見せて、何とか自身を奮い立たそうとしているジュリアン。


「坊っちゃま……分かりました。坊っちゃまのやりたいように致して下さい。ジルはそれに従います」


 それを察したかのように、ジルは優しく頷き応える。


「ダリエラさん。父さんのことよろしくお願いします」


 今にも不安と恐怖に押し潰されそうな筈だろうに、一縷の希望を私に託すと言ってくれるジュリアン。


「はい、任されました。きっと助けて見せますからね」


 私も絶対なんて確証がない。しかしながら、このジュリアンの毅然とした振る舞いを見たならば、私も心意気を示してやらないと男じゃなくって、女が廃るっていうもの。

 兎に角【一角獣ユニコーン】を狩猟ハントするにしても、肝心の父親が存命していなければ、何の意味もない。

 それで、先ずやらなければいけないのは、ジュリアンの父親の容態をこれ以上悪化させないこと。

 もう、いつ息を引き取ってもおかしくない、そんなレベルになっている。

 私が、今より始めよかなと思う魔法は、それを少しでも遅らし、引伸ばす為の一時的な処置。


「ジュリアン、ジルさん。私が【弓闘士アローダンの森】へ行っている間、お父上の容態を悪化させないようにする為に、一時的な処置を施そうと思っています」


「処置でございますか?」


 私の言葉に頭を傾げてジルが訊いてきた。


「あ、処置と言っても、治療をする訳ではありません。特殊な魔法を用いて、一時の間、お父上の身体を仮死状態にし、病状を遅らせて延命措置を取ります」


「あの、それって、危険な魔法じゃないんですか?」


 物凄い思案顔ですねジュリアン。まぁ、不安になるのも無理ないか。


「はい、心配には及びません。お父上には、全く害は御座いませんよ」


 私は笑顔を作り言ってやる。コレは本当のこと。だけど、術者である私が、結構なリスクを背負うことになるんだよね……。

 でも、そんなこと言ってられない。時間もないですし、さっさと始めてしまわないと。

 この魔法は色々と準備しなければいけないから、私は魔術儀式に必要な材料を取り揃えて貰う為、二人に指示を出す。


「では、お願いしますね」


「はい、分かりました」


「承知致しました」


 私はそれぞれにメモと銭貨を渡し、材料の調達に行って貰う。

 さて、私の方も早とこやってしまいましょ。



 私は屋敷の一階にある広間へとやって来た。

 

「とりあえず、片しちゃいますかね」


 部屋を見渡してそう呟くと、私は広間に置かれる椅子に机。それと床に敷かれた絨毯を部屋の片隅へと寄せて儀式の為の空間スペースを作った。


「ふう、よし、やりますか」


 三角帽子を脱いで、額より滴る汗を拭いながら一息吐く。

 最初にやるのは祭壇作り。この魔法のややこしい所は、呪文の詠唱だけじゃ術が発動しない。

 決められたルーティーンってものが存在していて、それを行うことで始めて魔法の行使が可能となる。

 食卓テーブルに白いテーブルクロスを掛けてやり、その上に二本の燭台を乗せて簡易的な祭壇を作った。

 で、祭壇の手前の床板に陣を敷く為、魔法陣を描くべく、蝋石で陣を描いていく。

 ちょうど、陣を描ききった頃に、二人が屋敷へと帰って来た。


「ダリエラさん、頼まれた物、買ってきました」


 紙袋いっぱいに詰め込まれた品物をジュリアンから受け取る。


「ありがとう御座います。ジュリアン、ジルさん。もうすぐ準備が整いますから、広間の方にお父上を運んで来て下さいませんか」


「はい、分かりました。ジル行くよ」


「はい、坊っちゃま」


 広間を出る二人を見送れば、私は再び作業に戻る。


「さてと、仕上げといきますか」


 紙袋より取り出したのは、肉や魚、果物と言った食材と燭台に灯す蝋燭。それから、自前の革鞄より、儀式用に装飾の施された金貨を一枚と、亜こぶし大の真っ白い花型の蝋燭を四つ取り出した。

 祭壇の中央部に金貨と食材を盛り付けて、燭台に火を灯す。

 それが終われば、陣の四方、東西南北に花型の蝋燭を設置する。


「よしよし、完成です。後はと……」


 遠目に完成した魔法陣を眺めながら、充足感にコクコクと頷いた。

 暫くして、広間の扉外より声が掛けられる。


「ダリエラさん! 父さんを連れてきました。戸を開けて貰ってもいいですか」


「はい、今開けますね」


 扉を開ければ、父親を抱える二人が入ってきた。


「ジュリアン、お父上をその魔法陣の上に寝かせて下さい」


「ここですね……。これで宜しいですか?」


「ええ、大丈夫です。ありがとうございます」


 私は魔法陣の上で横たわる父親を見た。

 意識は全くないですが。まだ、息はしてます。

 あれやこれと考えるのは後にして、早いとこ済ませませんとね。


「ジュリアン、ジルさん。これから少しの間、奇々怪界なことが起こりますけど、心配なさらず、気をしっかり持って見守っててください」


「はい」


「畏まりました」


 何の気負いも見せずに、そう言ったつもりだったのだけど、流石に私も緊張していたのか、それが伝わったらしく、二人は固唾を飲み深く頷いた。


「では、始めますよ…………」


 私は祭壇の前に傅く。周りに目をやれば、遠巻きに私の様子を伺うジュリアンとジル。

 祭壇へと向き直ると、私は肺に溜まった息を吐き、目を瞑り合掌する。

 ほんの数秒、沈黙を保てば詠唱を口ずさむ。


「宵闇を統べ時司りし冥府の御方々、因果操るは縛鎖の力、我が血肉を供物とすればーーーー」


 私は小型のナイフを取り出して立ち上がると、そのナイフで自身の腕を切り裂く!


「はっ、うぅ、くぅぅ……ハァハァ、ハァハァ」


 強烈な熱さと痛みに襲われる!

 コレは、痛すぎる! あまりの痛みで蹲りそうになるのを、私は何とか堪えつつ、腕からドクドクと溢れ滴ってくる温かい赤い血を祭壇上へと盛り付け飾る食材に浴びせ掛ければ、再び詠唱を始める。

 

「ハァハァ、その凍て付く息吹を以って、彼の者の刻を止めたまえ」


 そう言い終えたなら、窓も扉も閉め切っていた筈の広間に一条の冷たい風が吹き荒れた!

 祭壇に灯された火が?き消え、血塗れだった供え物もが一瞬にして消失すれば、息が白くなるほどの冷気で辺りが覆い尽くされていく。

 辺りを覆い尽くしていた冷気が、一つの場所へと集束し出すのを感じた。

 その場所とは、魔法陣の上に横たわるジュリアンの父親。

 父親の全身が、あっという間に、みるみると青白く染まり、最後には真っ青な冷凍状態となったなら、次いで、四方に置いた白い花型の蝋燭が真っ赤に色付き、その一つ東へと設置した蝋燭に火が灯された。

 それを見た私は安堵と共に力が抜けて、その場で尻餅付いてしまう。


「ジュリアン……成功しました。取り敢えずは一安心です」


「……は、はい……」


 ジュリアンは何が何だか分からないと言った状況か。


「ダ、ダリエラ様、あの、それは大丈夫なのですか?」


 ジルがオロオロと震える声で、私に言ってくる。

 ジルの投げ掛けに、私は自身の置かれる状況を確認する。

 思いの外、傷が深いな。このままじゃ、出血多量でエライことになるよ。


「ははっ、コレは流石に不味いですね……」


 乾いた笑いを上げつつ、ジル達へ空元気見せたなら、革鞄より魔法薬の小瓶を引っ張り出して、それを一気飲みすると、傷口が塞がり元の状態へと戻っていく。

 やっぱり、この魔法は危険ですね。

 普段、私が用いてる【精霊魔法】と一線を画す魔法ですからね。俗に言う【黒魔術】リスクがある分、その恩恵も大きいのです。

 でも、なるべくなら、やりたくないです。失敗した時のダメージが凄いので……。


「ご心配お掛けしました。もう、大丈夫ですから。それよりも、この魔法には制限時間がありまして、今、一つの花型蝋燭が灯されてますよね。この花型蝋燭が消失すると、次の花型蝋燭に自然と火が灯される様になっています。四方に置いた蝋燭が全て消失したら、魔法が解けて、お父上は元の状態に戻ります。なので、その間に【一角獣ユニコーン】の捕獲をしなければなりません」


 私は何事も無かったかのように、スーッと立ち上がり、現在発動中の魔法についての説明をした。


「ダリエラさん。魔法の効果はどのくらい続くの?」


「やっぱ、そこ気になりますよね。この花型蝋燭一つの燃焼時間は、約半日と数刻程度です。で、それが全部で四つ、合わせると三日と言った所かな」


「三日ですか……」


 私の答えに、俯けば表情を翳さしたジュリアン。


「ジュリアン。私を信じて下さい! 必ず【一角獣ユニコーン】の角を手に入れて見せますから。それまで、お父上と一緒に屋敷で待っていて下さい」


 私は力強く断言して見せた。普段の私なら絶対にこんなこと言わないし、やらないのに。

 でも、今回だけは、必ずやり遂げて見せます。どの様な手段を用いようともね。


「はい、お帰りお待ちしてます!」


 ジュリアンはいつも以上に明るく笑顔作って、そう言葉返してくれた!

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