第15話【無骨者と紳士】

 宿の食堂で夕飯を食べていると、其処かしらより聞こえてくる上機嫌で興奮気味の声。


『おい、聞いたか? 例の噂』


『ああ、聞いたぜ』


『等々、俺たちの恋い焦がれるイデアが現れたらしいな!』


『えっ? 俺が聞いたのは、シャマンだったが……』


『ほう! ってことはよ、二匹同時にか』


『クック! こいつは、幸先が良いねぇ』


 どうやら【弓闘士アローダンの森】で何かが出たらしい。

 目の前の香ばしくジューシーなお肉と格闘しつつ、私は、もう少し情報が欲しかった為、暫く渦中の話題に聞き耳を立てることにした。


 で、耳にした噂でわかったこと、私が、カンタス村へとやって来る数日前に【弓闘士アローダンの森】で二体の魔物が目撃されたとのこと。

 その魔物とは【一角獣ユニコーン】と【合成魔獣キマイラ】。

 それぞれの呼称ですが【一角獣ユニコーン】をイデアと【合成魔獣キマイラ】をシャマンと呼んでいた。


「騒がしいだろうが、勘弁してくれよ。お嬢さん」


 カウンター越しより、食堂の店主が、バツの悪そうに言ってくる。


「いえ、私は大丈夫です。お気になさらないで下さい」


「そりゃ、良かった。数年ぶりに大物が姿を現したもんだから、皆、舞い上がっててよ。ここんとこ、躍起になって狩人ハンターどもが我先にと森の中へ入っててな」


 なるほど、これで合点がいった。人の出入りが激しい街だと耳にしてましたが、幾ら何でも、これほど大勢とは思ってなかったから。

 これを機に、お祭り騒ぎしてる人も中にはいるのでしょうね。


「へぇ、それ程ですか。機会があれば、私も【一角獣ユニコーン】や【合成魔獣キマイラ】を見てみたいものです」


「フッ、そうだな。もしかしたら、近い内にどちらかの魔物が見られるかもな。最近、名のある狩人ハンター達が、森に入ったと噂されてたからな」


 なかなか本格的な狩猟ハントになっているようですね。

 もしも、どちらかを捕獲した狩人ハンターが現れたなら、薬の材料になる物を売ってくれると有り難いです。

 まぁ、余り期待はしていないですけど。


「それは、楽しみですね。あっ、ご馳走様でした。お代はココへ置いておきますね」


「ああ、ありがとよ。おっ、それとお嬢さんにコレ、俺からの奢りだ」


 店主のオヤジさんが、カウンター越しにワインボトルを差し出してきた。


「え、いいのですか?」


「ああ、ここ数日で随分と稼げたからな。遠慮なく持っててくれ」


 ニカッと御満悦な店主のオヤジさん。これは相当儲けたようで、羨ましい限りですよ。

 こう言う好意は素直に受けないと失礼ですからね。


「では、遠慮なく戴きますね。ありがとうございます!」


 私は出来得る限りのスマイルを見せて、オヤジさんに感謝を述べた。

 宿屋に併用する食堂で夕飯を済ませれば、私は早々に部屋へと引っ込む。

 今日は、早朝より歩き詰めだったのと、カンタス村までの道中、色々あって体力的にも精神的にも疲れたので、一刻も早くベッドで休みたかった。

 ベッドに腰掛け、身体の凝りを解していたら、


「キョウダイ、それ一人で呑むつもりなのか?」


 サイドテーブルに置いたワインボトルを、物欲しそうな目で見つめているオルグが訊ねてくる。

 ち、目ざとい奴。せっかく、食後の晩酌にチビチビ呑もうかなと思ってたんですけど。


「え、オルグも呑みたいんですか」

 

 と、惚ける私。


「はっ、当たり前じゃんか」


 私の態度に不信感を露わにするオルグは、ジト目で私を睨み付けた。


「うっ……わかりましたよ。そんな目で見ないで下さい」


 やっぱり、独り占めはムリか。

 久しぶりのお酒ですから、大目に見て欲しかったな。

 私は元々、大の飲兵衛でして、此方へ転生してからも、その嗜好だけは、変わらなかった。

 因みに、此方の世界では飲酒に年齢制限がない。強いて言えば、だいたい十五歳を過ぎたぐらいか、此方では皆、お酒を嗜み出す。

 なので、何の問題もなく飲酒が可能。


「前から気になってましたけど、魔物の癖して、何でお酒なんて嗜むんです。相変わらずおかしいですよ」


「それを言うなら、オイラじゃなく、酒の味を教えたシェーンダリアに言ってくれよ」


 マジか、あの人はホントに、どうしようもないな。

 話の折り合いが付けば、一人と一匹で酒を酌み交わす。端から見たら、これ、もの凄く奇妙な光景なんだろうな。

 そんなこんなで、夜も更けて行き、今後どうするかの話し合いをする。


「キョウダイよ。どうやって、あのガキを説得すんのさ?」


「そう、それなんですよね。そこが一番のネックです。ジュリアンの父親の治療自体は、然程、難しくありませんから……」


「そうなのかい?」

 

「はい、簡単に説明すると、今、現在、服用している薬を断ちさえすれば、いいんですから」


「はっ?! そんなでイイのか! なら、あのガキに、そう伝えてやればいいだろ」


 私の返答に、オルグは目を見開いて仰天してくれる。

 ごもっともな、反応ありがとう。オルグ。


「まぁ、それはそうなんですが……」


「何をそんなに悩んでるのさ、キョウダイ?」


「それを、今のジュリアンが聞き入れてくれるかどうか……それにですね、薬を断てば、ジュリアンの父親には、想像絶するほどの苦しみが、確実に訪れます。コレだけは断言出来ます」


 私は声のトーンを落とし、辛辣な態度で、そう言ってやる。


「お、脅かすなよ。キョウダイ」


 私の表情を見て、肩を萎縮させたオルグ。


「こればっかりは、脅しじゃありませんよ。だからこそ、この治療には、患者である父親の意思と、何よりも親類や縁者の理解と協力が必要不可欠なのですよ」


「なんか、面倒臭さそうだな」


 オルグは苦い顔作り、そんな言葉を吐いた。


「そりゃ、もう、面倒臭さいですよ」


 私は目尻を上げて、オルグの吐いた言葉に賛同した。

 どちらにせよ、ジュリアンを説得しない限りは、前に進めない。

 暫くの間、ジュリアンの様子を窺って、怒りの矛先が収まるのを待ち、説得するしかないかな。



 翌朝、私は朝鳥の声により目を覚ました。

 オルグはと言えば、うーうーと唸りながら、ベッド上で死んだように横たわってる。


「おはようございます。オルグ」


 死に掛けのオルグに向かって、とりあえず挨拶してみた。


「ああ……し、しぬ……」


 声にならない声を上げる。


「大丈夫じゃ、なさそうですね」


「うー、頭割れそう。気持ち悪りぃ。う、うぷっ」


「はぁ、全く、お酒弱い癖に飲み過ぎですよ」


「今、ムリ、小言は……言わんでよ」


 こんな時でも、器用に前足使って両耳を塞ぐオルグ。

 ダメダメ使い魔ですね。全くどうしたもんかな。


「仕方ないですね。酔い醒ましの薬を作りますから、暫くそうやって苦しんでなさい」


 皮肉混じりにそう言って、私は着替えを済まし、薬の材料を調達する為、部屋を出た。

 一階へと降りれば、フロントで宿屋の御主人マスターに、朝市の場所を尋ねて、一路そこを目指す。


「よしよし、コレだけあれば良い薬が作れますね。それにしても、さすが【弓闘士アローダンの森】の朝市です。新鮮な食材が豊富にありますね」


 市場を見渡せば、所狭しと商品が陳列されている。

 オルグには悪いけど、少し寄り道させてもらいますよ。私は、あれやこれやと朝市を巡り、店先に並ぶ数々の試食品を食べ歩く。

 お腹もそこそこに満たされて、宿屋へ帰ろうとした、その時、何処からか聞いたことのある声が耳に入ってくる。


「おいおい、おっさんよ。もう少し負からんか? 態々、俺ら赤獅子がよ。エルムスからカンタスくんだりまで、やって来たんだ。ちょっくら、サービスしろよな」


「いや、そんなこと言われましても……」


「なんだ、冷てぇな。おい、お前らも何とか言ってやれや」


「おやじよ。団長がお願いしてるんだよ。少し負けてもいいだろ!」


「そうだぜ。おっさん! これだけ団長が頼んでるのによ」


 とある店先で、赤毛の大男とその後ろに金魚のフン見たく並ぶ、ひょろがりノッポとちびデブが、店主に向かってイチャモンを付けていた。

 なぜ、あのアホ達がここにいるんです。

 朝から嫌なものを見てしまったな。テンションだだ下がりですよ。

 それにしても、誰も店主を助けようとはしないんですね。

 まぁ、なんせ赤毛のゴリラは、見てくれだけは凶悪ですし。ひょろがりノッポとちびデブだけなら、いざ知らず、あの赤毛ゴリラ相手では、誰も文句言えないか。

 このままじゃ、店主が哀れでなりませんし、見て見ぬ振りも、やっぱ出来ないですね。


「はぁ……面倒臭いな」


 私はため息を吐けば、赤毛ゴリラのいる店先に向かい歩き出す。


「それくらいにしたらどうですか! 皆の迷惑ですよ。それから、さっさと、お代を払って、何処か他所へ行って下さい」


 私は赤毛のゴリラ達に、強い口調で批難の声を浴びせてやる。


「はぁあ?! 誰だ、俺に命令するやつぁ!」


「おうおう、誰だよ?」


「はっ、俺たちに、意見するたぁ、命知らずな奴だな」


 赤毛ゴリラとその金魚のフンが、キレ気味に鼻息荒げて、背後に立つ私へと勢いよく振り返った!


「誰だか知らんが、いい度きょ……お、ダリエラじゃねぇか。何やってんだ? こんなとこで……」


「おっ、ぐ………」


「ひぃっ…………」


 私の顔を見るなり、赤毛ゴリラの厳しい面が、途端に和らぐ。

 うっ、その顔、きもちわるい。

 それと、金魚のフン達は、化け物でも見るように顔を青ざめて硬直していた。

 こいつら……失礼過ぎますよ!


「私の事なんて、今は、どうでもいいです。ダリオ、さっさとお代を払って、とっとと失せたらいいんです!」


「おいおい、ひでぇ、言い様だな。ダリエラよ。俺はただよ――」


「言い訳なんて結構です。傭兵団の団長ともあろう者が、端金でブツブツと見っともない。そんな情け無い男に言い寄られてたなんて、恥ずかしいですね」


 ダリオが話を言い終える前に、私はそれを遮り、容赦無い言葉で責めてやった。


「それとこれとは別だろうに」


「はっ、所詮は、その程度の男なんですね。器が知れますよ!」


 全く、悪びれる様子もないダリオに、私は鼻を鳴らし、見下すように言い放つ!


「て、てめぇはよ! 言いたい放題言ってくれるぜ。舐めんじゃねぇ! こんなもんよ、直ぐ払ってやるわ!」


 徹底した私の挑発に、流石のダリオも我慢の限界を迎えたなら、懐より取り出した銭をキャッシュトレイに向かって乱雑に投げ捨てる。


「最初からそうしてればいいんです」


「くっ、てめぇ、まだ言うか!」


 私とダリオ、益々ヒートアップし、まさに一触触発と言うところに、


「まぁまぁ、お二人とも、このようなところで何です。少し場所を変えませんか?」


 私達を宥め落ち着かせるような言葉が掛けられた。


「えっ?」


「はぁっ? ん?」


 その声に振り向くと、そこには、一見して、頭に浮かぶは、まさに、the英国紳士。チェック柄のスリーピースにシルクハット、手にはステッキ、肩に外套マントを羽織るクラシカルな出で立ちの男性が居た。

 

「お二人とも、落ち着かれましたか?」


 シルクハットの下より覗かせる凛と澄ました青色の双眸を下げて、物柔らかな声色で私達に言ってきた。


「えっと、あ、…………は、はい」


「お? 何だ、アンタか」


 今まで憤慨してた私だったけど、紳士の言葉、態度に何故だか当てられ、心がスーと落ち着いてくる。

 ダリオの方も、既に怒りが収めらていた。

 それで、ダリオの言葉尻から分かる通り、どうも此方の紳士と知り合いっぽい。

 それよりも冷静になれば、自分がいかに、周りの目を気にしてなかったのか分かり、それが物凄い羞恥の心を芽生えさせると、私は三角帽子を目深に被り、熱くなってくる顔を隠した。


「どうしましたか?」


「いえ、別に、何もないです。ハイ……」


 何気ない紳士の問い掛けに、私は恥ずかし過ぎて、まともに言葉返す事が出来ない。


「フッ、そうですか。それなら結構です」


 三角帽子の隙間から紳士を見ると、私の様子を察したのか、笑み零して頷いていた。


「はっ、ダリエラ、さっきの威勢はどうしたよ?!」


 ダリオも、それがわかったらしく、そこ意地悪そうな顔して言ってくる。

 こ、この男は、なかなか私の神経を逆撫でしてきますね。私は込み上げてくる怒りを、ぐっと堪えれば、スーッと一息吐いて心沈ませてやる。ここで私は、話題を変えるべくダリオに切り出した。


「ダリオ、少し伺いたいのですが?」


「ああ、なんだ?」


「其方の男性は、ダリオのお知り合いですか?」


「ああ、そうだ」


「ほ、ホントですか?!」


 それを聞いた私は、斯くもわざとらしく驚いて見せる。


「おい? ダリエラ、何で、そんな面食らった顔してる?」


 ダリオが訝しみ聞いてきた。


「そりゃ、そうでしょ。ダリオに、このような良識のある人と付き合いがあったと知った日には、こう言う顔になるのは必然です!」


「お、お前なぁ、俺を何だと思ってんだ」


「そうですね。赤毛の筋肉ダルマですか?」


「おい、それ、ただの悪口だろうが……。ちっ、悪かった。俺の負けだ。もういいだろ。勘弁しろよな」


 私の執拗な口撃に、なす術をなくしたのか、ダリオは観念した様で、私に全面降伏する。

 話題を変えて頭冷やそうとしたのに、結局、こうなってしまった。全く私も大人気ないな。ちょっと反省。


「ククッ、ハハッ。面白いお嬢さんですね。団長さん」


 そんな様子を傍目で見ていた紳士は、涙を流し、大笑いしていた。


「そりゃ、良かったな……」

 

 戦意喪失なダリオは、投げやりな態度で返事を返す。


「はぁ、いやはや、お恥ずかしい、久しぶりに大笑いさせて貰いましたよ。あっ、そう言えば、ご挨拶が、まだでしたね。申し遅れました。私は、エイブラム・ブラックバーン。しがない魔導考古学者など、やらせて頂いております。どうぞ、宜しく」


 そう言葉を並べれば、シルクハットを脱ぎ、ピッチリ横分けな艶々の金髪を晒して、和かに軽くお辞儀する。

 そして再び、シルクハットを被り直せば、今度は右手の革手袋を外し、私に握手を求めてきた。


「あ、いえ、こちらこそ、ご挨拶もせずにすみません。私はダリエラと申します。宜しくお願い致します」


 私も、エイブラムさんに倣い、軽く自己紹介をして、差し出された右手を軽く握り、握手を交わす。


「もしかして、失礼ですが【エルムスの猫魔女】では御座いませんか?」


 私の全身をサッと見渡し、エイブラムさんが尋ねてきた。

 私の容姿と名前で、なんとなく察したかな。

 うーむ、ここで、嘘ついてもしょうがないですし、何よりダリオがいるから嘘吐くにも吐けない。


「はい。エイブラム様の御察しの通りです」


「そうでしたか! このような所で【エルムスの猫魔女】に会えるとは、本当に感激です。あっ、取り乱しましたね。私は、貴女の大ファンでして、お噂はかねがね聞いております!」


「ああ、ハハッ、どうもです……」


 目を爛々と輝かせるエイブラムさん。あまりの変わり身に付いていけない。

 先程とのギャップがいかんせんあり過ぎる。

 私は、どう対応していいかわからず、苦笑いを浮かべるしかなかった。


「おい、エイブラムの旦那よ。朝っぱらから、こんなところに来たってことは、俺に用があったんだろ?」


 蚊帳の外状態で、なんだか面白くないと言った感じのダリオが、不貞腐れ気味に口を開く。


「はっ、そうでした。ついつい興奮してしまいました。団長さんを探しに来たんです。今朝、宿の方に伺ったのですが、部屋に居られなかったのでね。もしかしたらと思い、此方へ来たら正解でした」


「そうかよ。良かったな。で、用件は?」


 さして、興味なさそうにダリオが言う。


「ひどいですね団長さん。昨夜、計画を詰める為、其方へ伺うと申しましたが……」


「ああ?! そういや、そうだったな。悪りぃ悪りぃ、昨晩は結構酒が入っててな。忘れてた」


 今度は私が蚊帳の外ですか。二人のやり取りから垣間見えること、仕事仲間と言うところかな。


「それより団長さん。私のカンタスでの滞在日数も余りありませんから……」


「おお、そうだったな。なら、早いとこ、準備して出発しなけりゃいかんな。おい、お前ら、先に宿、戻って荷造りしてな」


「ハイ、団長」


「了解っす!」


 ダリオが、ひょろがりノッポとちびデブの二人に指示を出せば、直ちにそれに従い朝市を後にした二人。

 おっと、私もこんな所で、グズグズしてられないんだった。すっかり忘れてましたオルグのこと。


「お二人とも、お忙しいようですね。私も少々用事がありますので、ここでお暇させて頂きます」


「そうでしたか。お引き留めして申し訳ありません。またの機会がありましたら、色々、お話聞かせて下さいね。お気をつけてお帰りを」


「おう、気をつけろや」


「お二方も、お気をつけて失礼致します」


 私は二人に軽く会釈して、賑やかす朝市を立ち去り、オルグの待つ宿屋へと戻った。

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