第14話【弓闘士の森】

 太陽が地平線に沈み始めた頃、私達はようやくカンタス村へと辿り着いた。

 ここカンタス村は広大な常緑広葉樹林帯に密接し造られた街で、通称【弓闘士アローダンの森】と呼ばれ、狩人ハンターを志す者にとっての聖地。

 広大な敷地面積を有しながら、大都市圏近郊にあり、そして原始の面影を残した森には、幾百幾千種の動植物が生息し、尚且つ神話に登場するような伝説的獣も現存するらしい。

 狩人ハンター界の噂では、この【弓闘士アローダンの森】の何処かしらに、神の使いと謳われる聖獣【一角獣ユニコーン】や先人が禁忌を犯し生み出した【|合成魔獣(キマイラ》】など、上級種の魔物が潜んでいると言われていた。

 上級種の魔物は、滅多にお目に掛かかること出来ないですし、私もまだ一度として遭遇した経験がない。

 一度くらいは、出逢ってみたいものです……。

 だからこそ、狩人ハンターにとっては、恰好の狩猟採集場であり、技術や知識向上を担うにはうってつけの場所なのだ。


「ダリエラさん、彼処に見えるのが俺の家です」


 ジュリアンの指差す方を見れば、一市民では、そうそう手が出ないだろう立派な屋敷が建っていた。

 この屋敷を見る限り、ジュリアンの父親は中々にやり手だったと窺い知れる。

 しかしながら、エルムスでのジュリアンの一様を見ていたから、もっと貧困な生活を送っているのかと思っていた。

 だが、屋敷に近づくに連れて、私の思いは払拭される。

 人が住んでるとは思えないほど、荒れ果てた家屋、壁は煤けて、所々?がれ落ち、廃墟寸前までとはいかないが、中々なボロボロ具合。


「見すぼらしい所で、すみません」


 自虐めいた笑みを浮かべて、ジュリアンが言ってくる。


「そ、そんなこと無いですよ。立派なお屋敷じゃないですか」


「ありがとうございます。そう言ってくれるだけで、嬉しいです。父さんが病に冒される前は、もっと華やかだったんですよ」


 そんな物悲しい表情を見せられたら、私まで居た堪れない気持ちになる。ってよりも、もっと、気の利いた言葉掛けてやりたかったのに、逆にジュリアンに気を遣わせて、情けないことこの上無い。

 流石のオルグも口を開こうとはしない。

 しばしの沈黙を保ったまま、門扉を潜れば、私達は屋敷内へと入った。

 窓も戸も締め切っていた屋敷内は、薄暗くジメジメと湿気ていてカビ臭い。

 病人がいると言うのに、この状況、状態は不味い。


「ジュリアン、早速ですが、室内の換気をしてもよろしいですか?」


「すみません、ダリエラさん。そうしたいのは山々なんですが……」


 沈痛な面持ちで、押し黙ってしまうジュリアン。


「ジュリアン、この様な環境では余計にお父上の病状が悪化しますよ。何故そんなに躊躇うことがあるのです……」


「それは……あ、その……」


 私の追求に、ジュリアンは力無く項垂れる。


「何か、事情があるのですね。わかりました。その話は後にしましょう」


「ありがとう、ダリエラさん」


「いえ、気にしないで。取り敢えず、お父上の所へ案内して下さい。ジュリアン」


 ジュリアンに連れられ案内されたのは、屋敷の二階、主寝室。

 中に入れば、くたびれた黒色のドレスを着用した一人の老婆が出迎えてくれた。


「坊っちゃま、お帰りなさいませ」


「ただいま、ジル。父さんの具合はどう?」


「はい、今は大分、落ち着いております」


 ジルと呼ばれた老婆は、ジュリアンに優しげな眼差しを送れば、


「して、坊っちゃま。其方の方は?」


 ジュリアンから私へと視線を動かし、此方を伺いつつ、ジュリアンに問いかける。


「あっ、そうだった。紹介するよ。この人は、魔女のダリエラさん。父さんの病状を診てもらう為に、屋敷へ来て貰ったんだ」


「旦那様の病状を診て下さると、左様でございましたか……私は当屋敷の侍女をしておりますジルと申します」


 ジュリアンの言葉に、ジルの表情が一瞬、翳るが、直様、笑顔を取り繕い私へと挨拶した。

 ジルには余り歓迎されてなさそうですね。

 まぁ、当然と言えば、当然かな。素性も不確かで怪しい女が、突然、訪問すれば、その様な反応を示すのは当たり前ですね。

 それに多分なんですけど、これまでにも、同じような事があったのかもしれませんね。じゃないと、主人の子息の前で、こんな露骨に嫌な顔、見せはしないだろうし……考え過ぎかもしれませんけども。

 で、まぁ、私的に印象が悪い方が何かと、余計な期待感を持たれなくて、こちとしても都合がいいですけれど、余り不快感を持たれるのも、やり難い。

 なので、少しは懐柔しないとね。


「ジルさんですね。よろしくお願いします。ジュリアンより、ご紹介頂きましたけど、改めてまして、ダリエラと申します。ジュリアンとはエルムスで、少し縁が出来まして、まぁ、簡単に説明させて頂くと、私の横槍でジュリアンに多大な迷惑を掛けてしまい、それで、その罪滅ぼしと言いますか、何と言うか……。あ、話が逸れましたね。すみません。で、本題ですが、私は幾分か薬学の知識がございます。大それたことは、出来かねますけども、ジュリアンから差し迫った話を聞いたとなれば、私の拙い知識がジュリアンのお父上の助けになればなと思い、此方へと伺わせて貰った次第です」


 とりあえず、真摯な気持ちと贖罪の意を込めて、少なからず悪意があって近寄った訳じゃないよと裏付ければ、ジルも少しは、安心してくれるだろう。


「そうでございましたか。遠いところ態々おいで頂きありがとうございます」


 ジルは、心内はわからないけど、表面上は安堵の表情を見せた。


「ジルさん、頭をお上げ下さい。私が好きでやって来たのですから。それより、お父上のご容態を窺ってもよろしいですか?」


「はい、承知しました。旦那様は奥のベッドでお休みです」


 私の問い掛けに快く頷いたジルは、私をジュリアンの父親が休むベッドへと促してくれた。

 ベッドへ近づけば、ジュリアンの父親の姿が見えてくる。

 私はその姿に絶句する。顔は痩せこけ、土気色に染まり、瞳には色が無く、皮と骨だけの目も当てれない悲惨な状態だった。

 後、微かに香水のような甘い匂いが、ジュリアンの父親より漂う。

 先ず、頭に浮かんだこと、これは病気じゃない。私がこの世界へ転生するもっと前、まだ、私が幼き頃暮らしていたあの掃き溜めで、よく見た光景が私の脳裏を過る。

 そう、薬物中毒者ドラッグジャンキーのそれと同じ症状。

 私の経験則から察するに、ジュリアンの父親は、重度と言ってもいいくらい、ヤバい状態だと窺い知れた。


「ジルさん、お父上は何時から薬を服用してましたか?」


「そうですね……私の憶えでは、四、五年前からと存じておりますが、何か差し支えがありましたか?」


「そうですか、四、五年前からですか……」


 四、五年か、人間一人狂うには、十分な時間ですね。しかしながら、此方の世界にも麻薬と言うものが存在したか。


「あの、ダリエラさん。どうしました?」


「あ、いえ、すみません。少し考えごとをしてました」


「あの、それで、父さんの容態はどうですか?」


 私の顔を不安げな面持ちで見つめてくるジュリアン。

 なんと答えたらいいのやら、なかなか難しいですね。でも、ここは、正直に答えてあげるのが一番か。


「ジュリアン、単刀直入に言いますね」


「は、はい」


 ジュリアンは私の言葉に息を呑んだ。

 そして、私はジュリアンから一度、父親へと視線を落とし、再びジュリアンに視線を戻すと話を続ける。


「このまま薬を常用し続ければ、間違いなくお父上は命を落とします。そして現状も、非常に危険な状態です」


「えっ、え、そんなの嘘だ! デタラメだよダリエラさん。薬を飲んだ時、父さんは凄く安らかな状態になるんだ。薬がなくなると、父さん死んじゃうよ! ね、ジルもそう思うだろ」


 私の申し出にジュリアンは、驚愕し、批判の声を上げれば、縋るようにジルに同意を求めた。


「さ、左様でございますね。坊っちゃま……」


 ジルは私の言葉に、何か思うところがあったのだろう。少し目を泳がせ、言葉詰まらせつつジュリアンに返事を返す。


「ジルっ! 俺よりダリエラさんを信じるのか」


 ジルの応対にジュリアンは、目を吊り上げて怒りを露わにした。


「いえ、坊っちゃま、滅相もございません」


 ジュリアンの叱責に、ジルは身を縮めながら首を横に振る。


「ダリエラさん、此処まで来て貰って悪いですけど、帰って下さい。俺にはアンタの言葉が信じられない」


「ジュリアン、落ち着いて。私の話を聞いて下さい」


「……ジル、お客様のお帰りだよ」


「ジュ、ジュリアン……」


 しまったな。もう少し配慮して言葉を選ぶべきだったな。

 何故、ジュリアンが怒ってるのか。

 理由は簡単。現状で、薬の手配をしているのはジュリアンだ。多分、途方もない労力を費やし、薬を入手してるに違いない。

 けど、その薬を服用するのが、間違いだと否定されれば、誰しもがこうなるのは当たり前、ジュリアンの今までの努力を否定してるのと同じですからね。

 すんなりと私の言葉を受け入れられる余裕が今のジュリアンには無いでしょう。幾ら聡い子と言っても、まだまだ年端も行かない子供なのだから。 


「申し訳ございません。ダリエラ様、此処は一旦、お引き取り頂けませんか」


 心苦しそうなジルの表情で、そう働き掛けられたなら、ここは引き下がるしかないかな。


「わかりました。無理強いするのは、私的に頂けません。では、失礼しますね」


 如何にもこうにも怒りが収まらないジュリアンを横目に、他に打つ手が思い付かない為、私は屋敷を後にする事にした。

 帰り際、私の見送りに来たジルに、これ以上薬の服用を止めるようにと念押し、それと手持ちの滋養強壮薬を渡せば屋敷を離れる。


「よう、キョウダイ。これからどうするつもりさ?」


「うーむ、そうですね。此処まで来て、何もせず帰るのは、私の矜持に反しますからね。だから何とかジュリアンを説得して、父親の治療をしたいのですが、現状これと言って案がありません」


「おいおい、人が良いのも大概にしろよ。あのガキに帰れと言われたのに、まだ、そんな事思ってんのかよ」


 オルグは人間っぽく額に右足を当てるような仕草を見せながら呆れ返る。


「一度、関わってしまえば、最後まで見届けないと。それにですね……いえ、何でもありません」


 ジュリアンのこと、他人事だと思えないんですよね。あの頃の自分と重なってしまって、助けずにいられない。


「はぁぁ、まぁ、よ、主人の決めた事だから、とりあえずは従いますけど、振り回される身にもなれよな。キョウダイ」


「文句言いながらも、付き合ってくれるオルグ、好きですよ」


「へぇっ、あ、何、気持ち悪りぃな。変なこと言うなよ」


 私の発した言葉に、一瞬キョトンとするオルグだったけど、直様、我を取り戻せば、ここぞとばかりに嫌な顔作り、態と大袈裟な態度でブルブルと震えて見せた。


「何ですか、ソレ失礼しちゃいますね。あ、それより、今晩の食事と宿探しをしませんとね。日も沈んでしまいましたし」


「おっ、メシか! なら肉だろ!」


「相も変わらず、肉、肉、肉、ですか。わかりました。とりあえず繁華街に向いましょう」


 繁華街に辿り着けば、大勢の人で賑わっていた。カンタス村は決して大きな街では無いけど、大陸各国より腕に覚えのある者や、それを相手に商売をする行商人などが多く訪れる。

 なので、昼夜問わず人の往き来が激しい村なのだ。


「じゃ、先ずは、今晩の寝床を確保しますかね」


 私は繁華街をぐるりと一周りすれば、一つの宿屋に目星を付けた。

 そこは【弓闘士アローダンの森】の近くに建てられた白壁に黒屋根のいい風合いを醸し出す三階建てのヒュッテ。


「ココにしますね?」


「別にオイラは何処だってかまわねぇよ」


「なら、決まりですね」


 宿屋へと入れば、先ず目に入ってくるは食堂。此方の宿屋は、食堂も兼用しているようですね。なかなか繁盛してそうで、結構な客で賑わってた。

 とりあえず、最優先に部屋の確保をする為、宿屋のフロントへと向う。

 フロントには、初老の一歩手前と言う感じの白髪の男性が一人居た。


「恐れ入ります……」


「あいよ、泊まりか?」


 チラッと横目で此方を確認したら、ぶっきら棒に口を開く白髪の男。


「はい、本日より数日、此方に滞在したいのですが」


「お嬢ちゃん一人か?」


 白髪の男は、値踏みするように私を覗き込み、そう言ってくる。

 女一人で、宿泊するのが珍しいのかな? ここは、舐められないよう毅然とした態度で臨まねば。


「はい、そうですが。何か問題でも」


「いや、問題ねぇよ」


 私の言葉端に何か感じたのか、白髪の男は肩を竦めて見せた。


「一泊、前金で銀貨一枚だ」


「それでは、コレでお願いします」


 私は皮袋より、銀貨四枚取り出して、白髪の男に手渡した。


「毎度あり、じゃ、ココに名前を書き込んでくれや」


 銭を見せればニヤリと口元を綻ばし、白髪の男はフロントの卓上に宿泊台帳を広げる。あら、現金な男ですね。で、何も訊ねて来ないのも、良い心がけですよ御主人マスター


「ほらよ、三階の一番端っこ、三○三号室だ」


「ありがとうございます。御主人マスター


「クック、良客には愛想よくってな!」


 ニカッと笑み作り上機嫌な御主人マスター

 でも、それ余計な一言ですよ。と心の中で悪態吐きつつ、私は御主人マスターに向かって軽く会釈をして、台帳に名前を書き込んだら部屋の鍵を貰い、三階へ行く為の階段を上がった。

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