第13話【冷血なる女戦士】

 私の見たところ、女戦士は丸腰だったと見受けられたのだが、女戦士の右手には、剣が握られていた。

 そして、それはとても異様で見たこと無い剣で、刀身が淡く陽炎のように揺れる半透明の光刃。

 私が一瞬だけ目にした光の筋の正体。


「そこの女、死にたくなかったら、動くなよ。いいな」


「……はい……」


 焦りや不安など一切なく、冷静な女戦士の声に、私は静かに頷いた。

 

「おい、このヤロー! この状況が目に入ってねぇのか! 舐めやがって」


 女戦士の歯牙にもかけない振る舞いに、私を人質に取った入れ墨の男が、鼻息荒げて怒声を放つ!


「大の男が、女相手に人質を取る。そんな奴に掛ける言葉など私は持っていない……」


 冷たい眼光で入れ墨男を見据えて、女戦士が嘆息混じりにそう吐き捨てたなら、右手に揺らめく光刃、その刀身に付着した血糊を振り払い、揺らめく剣先を入れ墨男へと向ける。


「なんだ、それ?」


 女戦士の行為に入れ墨男が嘲笑した。次の瞬間、私の頬を何かが掠め通れば、


「ぐぁああ! あああっ!」


 入れ墨男が絶叫し、苦痛に顔を歪めて片膝ついた。何が何だかわからないけど、私はその隙を突いて入れ墨男より逃れる。

 男をよく観察すると、左肩口から多量の出血を伴っていた。

 私は女戦士に視線を戻す。どうやら、女戦士が入れ墨の男に何かしたようだ。

 入れ墨男に向けていた剣先、揺らめく光刃が柄の部分を残し、刀身だけ綺麗さっぱり消失しているのがわかった。

 私が察するに、女戦士の所持しているアレは、多分、魔道具アーティファクト

 さっきの攻撃、視認出来なかったけど、何となく、どの様な攻撃をしたのか大凡の検討はついている。

 わかりやすく説明すれば、ソ連の特殊部隊スペツナズが所持し使用していたと言われる弾道バリスティックナイフ。それとよく似た性質を持つ剣版だと思われる。


「お前達のようなクズに情けなど、くれてやる義理は無い。遠慮なく叩きのめさせて貰った」


「ぐぅぅ、くっ……」


「かぁ、ハァハァ……」


 顔は青ざめ、苦悶の表情を浮かべる男達。

 うっ、面倒ごとに巻き込まれたな……はぁ、このまま知らぬ顔でこの場を離れたいのだけど、一度でも関わり合い縁を持ってしまったのなら、仕方ないか。


「ほんと、危ない所を助けて頂きありがとございました」


 私は帽子を取り、最大限の礼を尽くすべく深々と女戦士へ一礼する。


「ほぉ、珍しいな、女、獣人か。おっと、いかんな。礼を尽くしてる相手に失礼だったな。此方こそ、私の不手際で危ない目に合わせてすまない」


 私の姿に目を見開き驚くものの、直ぐ襟を正し私へと謝罪の言葉を述べた。

 私を見たほとんどの人々が、同じような反応を見せるから、もう慣れっこです。

 そんでもって、周囲の野次馬の人集りからも、ヒソヒソと驚嘆の声が囁かれてた。


「いえ、貴女様の御様子は、遠目から伺っておりましたので、事情は御察しします。ですが、少々やり過ぎかと存じます」


 私も人の事は言えないが、ちょっと目に余る行為だったので、女戦士に一つクレームを付けてやった。


「フッ、言うてくれるな。だが、こういう手合いは、一度痛い目を見なければ、自分達の犯した罪を認識できないだろうて」


 自分の行いの正当性を示せば、私に同調を求めてくる女戦士。


「まぁ、確かに一理ありますが、そういことは私の見ていない、関わり合いのないところで、やって頂きたいですよ」


「そうか、それは悪かったな」


 私の嫌味に、バツの悪そうな苦笑いを浮かべる女戦士。


「いえいえ、わかってくれれば、幸いです」


 私は微笑浮かべ女戦士へ頷いてやる。

 そして、私は女戦士に叩きのめされた男達に目をやった。

 ここまで関わってしまえば、流石に見捨てるのは忍びないし、後味も悪くなりますから……。


「そこの男の方、どうぞコレを」


 私は入れ墨男に一声掛け、革鞄よりピンク色の小瓶、魔法薬を取り出して、入れ墨の男へと手渡した。


「うぐっ、な、何だ、コレ」


「毒など入っておりませんから、騙されたと思って、それ飲んでみて下さい」


「お、おお」


 私の行動に入れ墨男は、動揺を見せながらも、私の言葉を素直に聞き入れて、ゴクゴクと魔法薬を飲み干し出した。

 すると、入れ墨男の肩口の見るも無残な裂傷が見る見るうちに再生され、元通りの状態になる。


「何だこりゃ! 傷が治っちまった。アンタすげぇよ!」


 入れ墨男は、自身に起こり得た光景に、驚嘆の声を上げて喜び狂う。


「それは良かったです」


 私はそれを確認すれば、もう一人の男の側へと歩み寄った。


「もう少し、辛抱して下さいね」


「ハァハァ、ああ」


 真っ青な顔でガチガチと歯を鳴らし震える男。

 綺麗に腕を切断されちゃってるな。出血も酷いし……。このままじゃ不味いな、この男、早く処置しないと天に召されてしまいますね。

 取り敢えずの処置として、これ以上の出血を防ぐ為、私は男の腰に巻かれる革ベルトを外せば、それを男の二の腕に巻き縛り付けて止血をする。

 後は、切り落とされた腕をどうにかして、くっ付けなきゃな。

 入れ墨男の様に魔法薬で治癒出来たら良かったのですが……。魔法薬とは、人間の自然治癒力を強制的に増加、促進させて傷を治癒する薬。

 しかしながら、魔法薬も万能じゃありません。ここまでの傷となると魔法薬でもお手上げです。

 私が【神聖魔法】を行使出来れば、難なく腕をくっ付けられたのですけど、私は【神聖魔法】の一切を使えない。

【神聖魔法】神の御業を具現化せし魔法。

 その力を行使出来る者は、ごく僅かで、神の洗礼を受けし、徳を積んだ高潔で純潔の乙女のみ。所謂、巫女や僧侶などの聖職者クレリックと呼ばれる人間だけが操れた。

 なので、私見たく不遜な人間では【神聖魔法】の習得なんて絶対無理。

 さて、どうしたもんか? 余りグズグズしてられない。事態は刻一刻を争いますから。

 よし?! アレ試してみるかな。


「ジュリアン! 少しお手伝い願いますか?」


「あ、ハイ。わかりました」


 返事が聞こえたなら、人混みを掻き分けて、ジュリアンが私の元へとやってくる。


「それで、俺は何をやれば?」


「その前に準備するので、ちょっと待ってて下さいね」


 ジュリアンにそう応えて、私は鞄から筆と大判の白布を引っ張り出す。

 今より始めるは【白魔術】その昔【神聖魔法】が操れない者達によって生み出された白呪術。

 先ず、鞄より引っ張り出した大判の白布を地面の上に広げたなら、次に私の毛髪と馬の尾っぽを編み込み作った特殊筆を、男の腕から滴り落ちる血液に浸し、その血と筆を通して私の魔力をそそぎ込みつつ、白布の上に魔法円を描いて行き、最後に一筆で六芒星ヘキサグラムを描き切きれば、白魔術の第一段階が完成。


「ジュリアン、この白布をこうやって掲げてくれませんか」


「えっと、こうですか?」


 ジュリアンに白布、上辺の両端を持って貰い、男へと魔法円を見せる様に白布を掲げさせた。


「はい、それで結構です。ありがとうございます。で、貴方ですけど、しんどいと思いますが、この掲げられた白布の魔法円に腕の切断面をくっ付けて貰えますか」


「う、ぐぅ……ハァハァ、わかった……」

 

 膝が笑い崩れ落ちそうになりながらも、私の指示に従う男は、白布に描かれた魔法円の中心へ自身の腕をくっ付けた。


「はい、そのまま態勢を維持してて下さいね。それでは行きますよ。たゆたいし陽光ひかり生命いのちの鼓動響さん『再活性リ・フィシャント』」


 私は男の切断された右腕を拾い上げれば、まじいの言葉を吐くと同時に切断された右腕を男が白布へとくっ付けた切断面に向かって、右腕の切断面を重ね合わせる。

 詠唱を終えると白布に描いた魔法円が輝き始め、淡い白光が切断部分に集束し、眩いばかりの光の渦を作り出した。

 私は薄目でその様子を伺い見る。さぁ、上手くいくかな………?!!


「ジュリアンッ、直ぐに白布を引っ張り抜いて下さい」


「わ、わかりました!」


 白布を引っ張り抜いたら、そこに現れるは、傷一つない切断される前の正常な右腕。

 まるで、マジックショーの連結融合見たくあっという間の出来事。


「おお、俺の腕がっ! 元に戻ったぁ! ウホォォ!!」


 男は腕をブンブン振り回し、嬉々として雄叫びを上げた!


「ほっ、どうやら上手くいったようですね」


 私は一息吐けば、胸を撫で下ろす。

 なにせ、ぶつけ本番で初めて使用する魔術でしたから、不安で仕方なかったんですよ。

 成功確率は五分五分だったし。


「あまり、暴れない方がよろしいかと」


「おっとと」


 ふらつき倒れ込みそうになる身体を何とか支え堪えた男。


「言わんこっちゃありません。血を流しすぎてましたから、今は無理せず安静にして下さいね」


「あ、ありがとう。何と礼を言っていいか」


「いえ、お礼など要りません。ですが、次、私の目の前で、こんな事があっても助けませんから、それだけは肝に銘じて置いて下さい」


「お、おお、わかった……」


 私の強い物言いに、気圧されながら頷いた男。


「やはり、その出で立ちからして魔女で相違なかったか」


 今まで黙って私の様子を見ていた女戦士が、私へ詰め寄るよう興奮気味に口を開く。


「そ、そうですが……なにか?」


 私はその圧に少したじろぎながら、返事を返す。


「そうなのだな。して、魔女よ。何故この男達を助けた?」


 私の応対に女戦士は目を見開き、欣喜しそうなぐらの熱気を帯ていた。

 何と言うか、ちょっとコワイよ……。


「大した理由ではありません。巻き込まれたとはいえ、関わり合いができてしまえば、目の前で死なれるのは、御免被りたいので、手を差し伸べたに過ぎません。私に関わり合いが無ければ、冷たい様ですが、そのまま放って置いたと思います」


 私は目を細くし、女戦士を見据えつつ淡々と言ってやった。


「フッ、そなた面白い女だな。そうだ、そなたの名を聞いてなかったな? 名は何と申す?」


 この人、もう少し礼儀があってもいいんでないの。まぁ、言葉の端々から、何となく上流の臭いがするけど、それでも目に余る。

 ここは一つ、ガツンと言ってやらないとダメかな。


「あの、失礼ですが人様の名前を尋ねるのなら、先ずは自身の名前を名乗るのが礼儀じゃないですかね?」


 私は冷たく言い放つ。


「はっ……あ、これはすまない。高ぶり過ぎて我を忘れてしまってたか。私の悪い癖だ。許してくれ。私の名前はデメトリア、しがない流れの傭兵をしている」


「デメトリア様ですね。私はダリエラと申します。改めて先程、助けて頂いたことありがとうございます」


「そう何度も何度も頭を下げないでくれ、私の不手際が生んだ事だ。それほど立つ瀬がない。ところで、そなたはダリエラと申すのだな」


「はい、ダリエラで相違ありません。末席では御座いますが魔女を名乗らせて頂いております」


「そうか、そなたが……」


 私の姿を値踏みする様に下から上へと視線を動かし、何かを思案しているデメトリア。

 少し気になるけど、それよりも、周囲の野次馬が騒がしいですね。

 デメトリアがなかなか派手に立ち回ってくれましたし、色々と目を惹きましたか。


『おい?! アレっまさかな……』


『やっぱ、そうだよな!』


『エルムスの猫魔女じゃないか』


『ネコ魔女さんか!』


『マ、マジかよ!』


 そんな声が人集りより聞こえてくる。

 ああ、不味い、バレたっぽいな。私も人目を気にせず、あんな魔法使ったし、当然こうなることは何となく予測してたけど……。

 はぁ、ここで足止めしてる訳にいきませんし、先を急ぐためにも、面倒臭さくなる前に、早くロンデルの街を出ますか。


「デメトリア様、私達は少々先を急ぐ為、お話の途中ですが申し訳ありませけど、これにて失礼致します。ジュリアン行きますよ」


 私はデメトリアの返事を待たずに、ジュリアンの手を取れば、人集りが出来た雑踏の中へと紛れて、急ぎロンデルの街を後にした。



「あの傭兵女の言う通り、あんな阿保ども放って置けばいいのに、ホントお人好しだなキョウダイ」


「確かにそうですけど、私なりに考えあっての行動ですからね」


「まっ、キョウダイがいいなら、別に構わんけど、ジュリアンもそう思うだろ?」


「え、俺ですか。俺はそれ以前に目の前で起こったことが衝撃過ぎて、それどころじゃありませんでしたよ。魔法の凄さを垣間見えました」


「あの時は一刻を争ってましたから、私もそれなりに必死でしたので力が入ってましたし、けれど魔法も決して万能ではありません。ジュリアン、キツイ言い方になってしまいますが、過度の期待はしないで下さい」


「はい、わかりました」


 少しビクつく様に肩を落とすジュリアン。

 私もこんな事言いたくはないのだが、ジュリアンの父親は外因性の怪我では無く、内因性の病気だと聞いている。

 治癒魔法と言うのは外因性の怪我は強いが、内因性の病気にはからっきし弱い。

 怪我と病気じゃ、根本が違うのでしょうがないのだけど。

 なので、私はジュリアンにクギを刺すような言葉を選んだ。

 でも、なるべくジュリアンの期待に添える形になれば、万々歳なんですが、コレばっかりは神のみぞ知るってところかな。


「ですが、ジュリアン。私も出来得る限り力を尽くさせて貰いますから」


 そう言って私はジュリアンに向けて、柔らかな笑み作り深く頷いてやる。


「ありがとうございます。ダリエラさん」


 何となく私の思いを汲んでくれたのか、ジュリアンも、また瞳を潤ませながらも、頷き返してくれた。

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