第12話【空中都市・ロンデル】

 本日の業務も全て終えたので、私はジュリアンを連れて、行きつけのお店へと足を運ぶ。

 先ずは、腹拵えです。その後で、ジュリアの話をゆっくりと聞きます。

 

 辿り着くと、正面にロブスターの形を象る看板が目に入り、そこには、デカデカと海洋亭・人形のしっぽと描かれていた。

 外観、内装は、和風中華をプラスしたイメージ。

 名前からわかる通り、主に海産物をメインとした料理が出され、エルムス城塞都市、唯一、海の幸を食する事の出来るお店。

 店内は人でごった返しており、中々の賑わいを見せていた。

 空いてるテーブルに着けば、私はジュリアンに声を掛けた。


「さぁ、なんでも、好きなもの頼んで下さいね」


「え、あ、あの、こんなところ来るの初めてで、何が何やら?」


 全てが目新しいのか、目をパチクリとさせて、キョロキョロと周囲を見渡すジュリアン。


「んっ、そういうことなら、私が適当に頼みますね」


「はい、お願いします」


 定員に声を掛けて、二、三品、適当な料理を注文する。

 こう言う時、必ずいるはずの黒猫のオルグは、私の言伝を伝えてもらうため、魔女の館へと伝令に走ってもらった。

 内容は、多分、暫く魔女の館に帰れないと言う伝言と、お店【魔女の小箱】に誰か後任を寄越して下さいと言うお願い。

 テーブルに並べられた料理をつっつきながら私は考える。

 ジュリアンの父親の容態を診るにしても、既に日も暮れており、今からジュリアンを連れ立ってカンタスに向かうとなると、村への到着は朝方となってしまう。

 それなら【魔法の箒スティンガー号】に乗って村へ向かえば、時間短縮も可能なのですが、なにせ私の箒は一人乗り、流石に二人乗りは無理。

 でもって、夜通し歩いて、村に向かうなんてのもあり得ない。そんなのしんどいし、魔獣、魔物が活動する時間帯を態々選んで、身を危険に晒すのもアホらしい。そして何より、少年、ジュリアンを護衛しつつ、村に向かうなんて、私には到底不可能。

 そうなると、必然的に次の行動予定は決まってくる。

 エルムスの街で、一泊して明朝、カンタス村へと出発、これが一番確実で安全です。

 私は、その旨をジュリアンに伝えると、すんなり快諾してくれた。

 本当なら飛んで帰りたいところだろうに、我がまま言わず、私の意見に従ってくれて、素直に有難いですよ。

 初見の印象と百八十度違って、随分と大人びてしっかりした子です。

 環境の所為もあるだろうけど、元々、頭の良い子なのでしょうね。


「あっ、そうです。ジュリアンは今晩どうするつもりでしたか?」


「あ、はい。俺は前に来た時、見つけた東街の大門近くを流れる水路、その畔りに小さな空地があるから、そこで野宿しよかなと、こないだも、その空地で野宿したし、今夜もそこに行こうと思ってます」


「野宿ですか……」


 うーむ、何だか居た堪れないですね。流石に少年一人野宿させる訳にもいかないでしょ。それにこの時季、昼間は比較的暖かいけど、夜は少々冷え込みます。なら、どうすべきか。


「ジュリアン、どちらにせよ。私もエルムスで一泊しないといけません。それと宿代も馬鹿になりませんから、宿賃浮かす為に自分のお店で今晩過ごすのですが、どうせなら、ジュリアンも一緒にお店に来て下さい」


「でも、俺みたいなのが行ってもいいのかな」


「なに、子供が遠慮してるの。どの道、明日は一緒に街を出ることになるんです。待ち合わせなんてして時間とられるより、有意義に時間を使えますし、前準備も念入りに出来ますから。私は、その方が都合が良ので、だから、ジュリアンも、私のお店に来る。ハイ、コレ決定です。異論は認めません。じゃ、話も終わりましたし、早く食事を済ましちゃいますか」


「え、ちょ、ちょっと。ナニ勝手に……はぁ、わかりました。ダリエラさんに従います」


 私の強引な物言いに、なす術なく肩落とし頷くジュリアン。


 食事を済ますと、今夜、宿代わりにする【魔女の小箱】へ向かった。

 お店の間取りは、一階部分に店舗と倉庫があり、二階に一室、事務室兼休憩、仮眠室の部屋が設けられる。


「ジュリアンは、二階で、ゆっくりしてて下さいね。私は明日の準備をする為、一階で少し作業しますので」


「いえ、だったら、俺も手伝います」


「うーん? 取り扱いの難しい商品もありますからね。何かあると危ないですし、ジュリアンの申し出有難いですけど、やっぱりゆっくり休んでて」


「余計なこと言って、ごめんなさい。大人しくしときます」


「そんな落ち込まないでジュリアン。明日、ジュリアンには、しっかりと道案内して貰わないといけませんから、今日はゆっくり養生して欲しいんですよ」


「ハ、ハイ! 明日は任せて下さい! 近道も知ってるし……」


「それは頼もしいですね。明日よろしくお願いします!」


 子供相手でも、いや、子供だからこそ、しっかりご機嫌取って、ケアしてやらないと、後でもっと面倒臭さくなることもあるからね。



 昨晩、私の言った通り、朝日が昇ると共に、私とジュリアンは、エルムスを出発すれば、一路カンタス村を目指す。

 カンタス村はエルムス城塞都市の東に位置し、リヴァリス王国、屈指と言われる大渓谷を越えて、さらに東へと進んだ先にある。

 カンタス村とエルムス城塞都市を直線距離にすれば、然程遠く離れていないのだけど、この大渓谷のお陰で、カンタス村への往来に半日を有することとなってしまう。


「ダリエラさん。先ずは、渓谷唯一の橋が架かるロンデルの街に向かいます」


「ええ、ロンデルですね。わかりました」


 大渓谷の断崖絶壁の上にある空中都市ロンデル。

 別名【天空砦】その昔、エルムス城塞が建造される以前のリヴァリス王国の守りの要だった砦。

 今では、国内外の観光名所として多くの人が訪ていた。

 何度か訪れたことありますけど、橋から望めるロンデル市街の景色が、それはそれは息を呑むほどの美しいさで、正に絶景、一見の価値ありなんですよね。

 久々に行くので、結構ワクワクしてます。

 エルムスを出発して、ロンデル目指し暫く道なりに進んでいたら、


「おい、キョウダイっ、冷たいんじゃない。おいらを置いて行くなんて……」


 声のする方へ振り返れば、馴染みある黒猫の姿が。


「あっ、オルグ。早かったですね。もう少し時間が掛かると踏んでたんですが、優秀な使い魔を得て私は幸せ者ですね」


「そんな世辞はいらないから、もっと別のモノで労って欲しいよ。おいらの好物でね」


 私にそう言ってニヤリとほくそ笑んでくるオルグ。使い魔なのに、タダじゃ仕事はしないってことですか。

 

「はぁ、わかりました。ロンデルに到着したら、オルグの好物をご馳走しますよ」


 私は少し呆れながら言ってやる。


「ニッヒヒ、流石は我が主様、話が早くて助かりますぜ」


 私の態度など気にも止めず、喜色満面で目を爛々と輝かす。

 全く相変わらず、現金なやつですよ。ある意味でやり易いけども……私は内心複雑だよ。

 二人と一匹で、小高い丘陵地帯を越えれば、延々と続く雑木林が広がる林道をひた進む。


「ダリエラさん。そろそろロンデルが見えてきました」


 雑木林が終わりを見せて、遮られていた陽光が私達を射し、その先に現れた街並み。


「あっ、ホントですね。ロンデル市街に到着したら、お昼にしましょうか」


「はい、わかりました」


「おお、にく、にく、にく」


 テンションアゲアゲなオルグは、気持ち悪いくらい顔ふやかし、軽やかなスキップを踏んで魅せる。


「オルグ、少し落ち着いて下さい。誰かに見られたら厄介です……」


「あいよ。わかってるって、キョウダイ」


「ホントにわかってます?」


「あっ、ダリエラさん。一応、俺も周り見てますから」


「ありがとう、ジュリアン。みっともないですよ。オルグっ、ジュリアンに余計な気を使わせて」


「ああ、わかった、わかったよ。静かにしてりゃいいんだろ、キョウダイ」


「そうです、頼みますよ」


 そんなこんなでロンデルの街入口に辿り着いた私達。

 大峡谷を結ぶは、全長約百メートル以上あるだろう石造りの橋。正に空中都市ロンデルの象徴と言うべき橋で、それを挟む形に砦のある東を旧市街、西を新市街と呼んでいる。

 先ずは、昼食を取るため、ロンデル新市街の繁華街へと足を運ぶ。

 そして、この街に来て食事するなら、ココ、天空庭園シエロ。

 断崖絶壁の上に足場を組んで、建てられたオープンデッキのテラスが目を惹く料理店。

 そのテラスよりの眺めが非常に強烈で、高所恐怖症の人なら一発で目を剥くぐらい、凄い場所にあるお店です。

 程なくして食事を終えれば、私達は峡谷の反対側へ渡り旧市街に行くためロンデル名物、バルカス橋へと向かった。


「い、イテェ、何してくれてるんだ姉ちゃんよ!」


「おっ、どうしたよ?」


「この姉ちゃんがよ。俺の肩にぶつかってきてよ。イテテェ、このザマさ」


「おいおい、大丈夫かよ。おお、姉ちゃんよ? どうしてくれんだ? うちのもんが怪我しちまったよ」


 突然、聞こえて来た叫び声、そちらへ目をやれば、一人の粗野で野蛮そうな男が顰め面して肩を押さえ蹲り、同じくもう一人、肩口に入れ墨が入った男が、手足のスラっと長いスレンダーな女性に言い掛かりを付けていた。

 艶やかな青い髪を後頭部の高い位置で結い上げたポニーテールに切れ長な青い瞳のクールそうな女性。

 一見すればわかる出で立ち、革鎧姿の女戦士。


「…………」


 冷たい瞳で男を見つめて、沈黙を続ける女戦士。


「おっ、おいっ、なんとか言えよ」


 尚も沈黙を続ける女戦士に、業を煮やした入れ墨の男が詰め寄る。


「ふっ、情けない。女一人にぶつかって、大の男がそのザマとは」


 ポニーテールをサラッとなぐと、女戦士は鼻で笑えば、見下げるようなに蹲る男を見た。


「な、な、何だとっ! このアマ!」


「怒ると言うことは自覚があるのだな。それなら、尚悪い。これからは女のように振る舞いスカートでも履いてろ」


 茹でタコ見たく顔を赤くし立ち上がった粗野な男に、さらに追い討ちを掛け挑発する女戦士。


「おい、姉ちゃんよ。言葉選べや!」


「はっ? お前も同罪だろ。何を息巻いて凄んでる。お前ら見たく女の腐ったような奴にビビるとでも思ってるのか? それこそ、お笑いぐさだ」


 ついでだと言わんばかりに、入れ墨の男にも挑発をかました女戦士。


「言わしておけば! このアマァ!」


「後悔しても遅せぇぞ!」


 額にピクピクと青筋立て、殺気立つ男達。

 おお、随分と強気な発言をするお姉様だこと。自分の力に絶対の自信があるのか、それとも、ただのアホか、どちらかですね。


「後悔っ? ククッ、寝言は寝てからほざけよ」


「ぶっ殺す!」


「クソがっ!」


 女戦士の嘲笑に男達がキレれば、女戦士を挟み込むようにして襲い掛かる。

 身体を掴もうと手を伸ばす男達を、女戦士は軽妙に躱し、入れ墨の男の足を引っ掛け倒す。


「ガハッ」


 派手に転がる入れ墨の男。


「大丈夫か」


「ああ、大したことねぇよ。ちょいと躓いただけだ」


「女、遊びが過ぎたな」


 粗野な男が一言そう言えば、男達は腰に差していたダガーを引き抜いた。


「言葉を返すが、それを使うという事は、お前達、遊びじゃ済まなくなるぞ」


「ぬかせや! ボケ」


 粗野な男が吠えたら、女戦士に向かって、ダガーを振り上げた!

 その刹那、一筋の光刃が走ったかと思えば、粗野な男の振り上げた腕が、ボトッと地面に落ちた。

 唐突の出来事に男は何が起きたかわからなかったが、


「えっ、え……あ、ぎゃあああっ! お俺の手がぁぁ!」


 それを理解、認識すれば、絶叫し喚き散らす。

 まぁ、当然そうなりますわな。しかしながら、容赦ないな。


「だから、忠告してやったろ。遊びじゃ済まなくなるって……」


 氷のような微笑を浮かべて、女戦士が言った。

 おお、コワっ。このお姉さん、ヤバイ系ですか。あまりお近付きになりたくない人ですね。

 周りを見渡すと、野次馬根性でその様子を見てた人達は、顔面蒼白で完全に引いてますね。

 ここに居たら、とばっちりを受けるかもしれませんし、この場から離れるとしましょうか。


「ジュリアン、オルグ。ここに居ても良い事ありませんし、早くバルカス橋を渡りましょうか」


「あいよ」


「は、はい、そうですね」


 相も変わらず軽口なオルグと突然のことに青ざめてるジュリアン。

 私がジュリアンとオルグを促した。

 その時! 入れ墨の男が、猛烈な勢いで此方へと駆け出して来たなら、突然、男に私は腕を取られ捕まってしまった。


「えっ? なんで……」


 予想だにしてなかったことに、頭が追いつけず私は、なんとも間抜けな声を上げてた。


「お、おい、こっちへ来るなよ。この女がどうなっても知らんぞ」


 入れ墨の男が私の首筋にダガーを当て付け、女戦士に向かって言い放つ。

 首筋で光る刃が、どうしようもなく私の心を落ち込ました。

 嗚呼、バカなのか、わたしは! ホント、何やってんだ……余計にややこしくしてどうすんだよ。

 コレって、所謂、人質ですよね。

 はぁ、ヤダヤダ、穴があったら入りたいぐらい恥ずかしい。

 こんな危機的状況にも関わらず、私の頭の中は、恥ずかしい、その言葉だけで埋め尽くされていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る