第11話【立ち回り】

「もう、怖くて怖くて、マディソンさんが、来てくれなかったら……」


 マディソンさんの腕の中で、私は大袈裟なくらいガタカタと震えてやる。


「もう、大丈夫ですから、ダリエラ嬢。安心して下さい」


 私の様子を伺いながら、肩をポンポンと叩き、労ってくれるマディソンさん。

 流石にこう言う行為は、物凄く恥ずかしいのだけど、敢えてそこは無視をしないと、芝居が破綻してしまう。

 ここはグッと耐え忍ぶ事こそ最善ですからね。


「おいっ、貴様! 婦女子に対して、不埒な行いをしようなどと、貴様街に住まう人間としてあるまじき行為だ。これより、我らエルムス城塞騎士団の詰所まで、ご同行願おうか!」


 いつも見せてるキラキラフェイスを一転させ、相手を射殺さんばかりに睨み、怒声を放つマディソンさん。


「え、ち、違うぞ! そ、その女は嘘を吐いている」


 マディソンさんの気迫に押され、怯えながらも、何とか声を振り絞りって、反論をしたジニアス。


「ほう、違うと、ダリエラ嬢が嘘を言っていると言うのだな貴様?!」


「ああ、そうだ……名誉市民である私が言っているのだぞ」


 取って作ったような安い笑みを浮かべて、ジニアスは全く根拠の無い主張をする。


「だったら、尚のこと、騎士団詰所まで来て、自身の身の潔白を示して頂かないといけないですね。私の一存で、今この場の、有無の勝手を決めるなど出来ない」


「いや、それは、なんだ……」


 正々堂々とするマディソンさんの言葉に、動揺し狼狽えるばかりのジニアス。

 そんなものがまかり通ることないって、少し考えれば、わかるのに阿保ですね。 


「どうかしましたか? 何か、やましい事でも、お有りですか? 無いのなら、堂々と詰所まで、お越し頂ける筈では……」


 ジニアスよりマディソンさんの方が、上手だったな。それに私は、嘘なんて一つも吐いてないし。実際、ジニアスは私を手篭めにしようと企んだし、襲い掛かって来たのも、事実だからね。まっ、ジニアスの奴が、もっと面の皮が厚ければ、また違った展開になっていただろうけど……。


「私は詰所など、行かんぞ! そ、そうだ。しょ、証拠もないのに、言い掛かりも甚だしいぞ。全て、その女のでっち上げだ。私は何もやっていない!」


 声はうわずり、なかなかに見苦しい姿を晒し、ジニアスは言い訳をする。


「あ、あの! その人が、言ってることの方が嘘です! 俺、ずっと見てました! お姉さんは、俺の為に……その男に、う、うっ、俺が、もっと強かったら……」


 オルグに守られ、物陰に隠れていた筈の少年が姿を現わせば、ジニアスに反論し、マディソンさんに訴え掛けた。

 それにしても少年、泣き真似までして、結構な名演ですね。

 少年の隣に、何気に座るオルグを見たなら、意地悪そうな含み笑いを見せてた。

 あ、コイツの入れ知恵か。ほんと、抜け目ない。


「ガキの戯言なんて信じるのかっ!」


 ジニアスは、突然の少年の行動に驚き、声を荒げて、尚もマディソンさんに食い下がる。


「騒ぎを聞きつけて来て見れば、おいおい、マディソンよ! 俺らのネコちゃんに不逞を働こうなんて野郎の言葉を聞いてどうするよ?」


 不意に声が聞こえたら、ジニアスの背後の暗がりより現れたのは、黒褐色の短髪に、無精髭生やしたマディソンさんと変わらない程の長身で軽鎧姿の男。

 男性の名はロニー。マディソンさんの同僚の衛兵騎士。


「んっ? ロニーか。だが、これも一応決まりに則ってだな……」


 マディソンさんは、罰の悪そうに頬をポリポリ掻きながら、ロニーへと言葉を返す。


規則ルールなんか、糞食らえだマディソン。それに戯言かどうかなんて、この際、俺にはどうだっていい。只、この糞をしょっ引いて、尋問出来りゃな」


 ロニーは底意地の悪そうにニヤリと笑う。


「しかしな、ロニー」


「マディソン、わからんのか? 俺ら、いや、俺たち、エルムス城塞騎士団の偶像オアシスを汚そうなんて輩を見逃そうもんなら……そんな事した日にゃ、他の騎士ヤツらが黙っちゃいないぞ。今以上に、その糞の立場やばくなるぜ。下手したら……」


 ロニーは目まぐるしく表情を変えて、マディソンさんに強く働き掛け、尚且つ、ジニアスにも圧力プレッシャー掛け、脅迫めいた物言いをする。

 ロニー、なに真面目な顔して、赤面するようなこと言ってるの。それ、私は初耳ですからっ?!


「あんたら、騎士だろ。な、なにを、い、言って……」


 自分の置かれている状況を理解したらしく、ガタガタと歯を鳴らし震えだし始めたジニアス。


「だからよ。お前が、今、大人しく付いて気さえすればぁ、酷い目に遭わないよう、俺らが、それなりに善処してやるからよ。素直に詰所まで来いよな」


 身を縮こまし、小さくなるジニアスの肩へと、ガッシッと腕回したロニーは、ジニアスに折り合いを付けるよう促した。


「だ、だが、私は……私は」


「お前さんの立場上、コレ、不味いだろ……もしかしたら、それ剥奪されっかもしれんぞ。それによ、今なら貴族街の奴らも、気付いてない。もし、この事がバレりゃ、コトだぞ。賢い錬金術士様ならよ……」


「わ、わかった。詰所まで行こう……」


 私の耳を以ってして、何とか聴き取れるくらいの小声で、ロニーがジニアスへ、それ、もう脅迫だろと言う言葉を耳打ちすれば、肩をガックリと落とし、ジニアスは小さく頷いた。

 あらら、私の予想と反して、何だか、事が大きくなってますよ。最初は、ジニアスをちょいと懲らしめて、私と少年に謝罪させようと思ってやった事なのにな……。

 まっ、いいか。私も下手したら怪我してたかもしれなかったし、もう、こんな事ないようにして貰わないとね。


「よしっ、話は着いたぜ、マディソン」


「フッ、そうだな。些か、解せない所があったが、ここは目を瞑るよ」


 ニカッと笑うロニーに対して、やむを得ないと言った感じで、苦笑いするマディソンさん。


「賢い選択だよ。マディソン。コイツを頼む」


「ああ、わかった」


 ジニアスをマディソンさんに引き渡したロニーが、マディソンさんの隣に立つ私へと突然、振り向いたなら、


「ッと、それよりもネコちゃん、大丈夫か? 何所か怪我とかしてねぇか? どれ、俺にチーっと見してみな」


 真摯な態度示し、私を心配して、やんわり自然と体に触れてくる。


「え、はい。大丈夫ですっ? ?! ちょ、ちょっと、はぁっ! ナニ、どさくさ紛れにお尻触ってるんですか! ロニー」


 そう、あまりに自然体過ぎて、気を許した瞬間、コレですか! この男は油断も隙もないですね。

 私は眉を寄せてキッとロニーを睨みつける。

 その直後、マディソンさんの怒声が響く。


「ナニっ、やってんだ! お前!」


「おっと、怒るな、怒るな。マディソン。ちょっとしたスキンシップさ。なっ、ネコちゃん」


 怒るマディソンさんより避難すべく、ロニーが私の背後へと回り込んできた。


「ロニー、ちょっと大人しくしてろよ」


 マディソンさんが、そう言うとジニアスの両手を後ろ手に拘束すべく、荒縄で縛り上げていく。


「ククっ、それもそうだな。あんま調子乗ってたら、俺もネコちゃんに、ぶん殴られちまうしな」


 そして、ロニーが、私にだけ聞こえるように、茶目っ気たっぷりに言ってくる。


「なっ?!!」


 私はロニーの言葉を訝しめば、背後に振り返り目を見開いた。

 この男、何時から……。それと、隠れて様子を窺ってたなら、もっと早く出て来れた筈でしょ。ロニー、職務怠慢ですよ。


「色々と言いたそうな顔だな、ネコちゃん。でも、こちらも訳ありでね。それによ。ホントならネコちゃんも詰所に連れてかにゃ、いけない所だっんだ。あんなの見せられたらね……けど、それは目を瞑ろうと思うから、ネコちゃんもココは黙ってスルーしてくれると有難いんだが……」


 私にスーッと半歩ほど近づけば、ロニーは笑み崩ずすことなく、そうやって更に呟かす。

 コレ、物凄く気になるよ。何故わざわざ、そんな事言うんです。黙ってたら、私はわからなかったのに。何か意図があるのか。それとも只の気まぐれ。

 しかも、何も聞くな黙ってろと言うし。

 はぁ、面倒臭いな……。


「交換条件ですか。……わかりました。良いですよ」


 取り敢えず、私は頷いて置く事にした。


「フッ、ありがてぇ、助かる」


「あっ、でも一つだけ……」


 やっぱ、我慢出来ずに、質問してしまった。


「ああ、良いぜ」


「何故、それを私に言ったのです。黙ってればわからないのに」


「ククッ、そりゃよ。ネコちゃんの驚く顔が見たかったからさ」


 私の言葉にご満悦なロニー。ちっ、ホントの事、言わないか。食えない男ですね。


「聞くだけ無駄ってことですか……」


 せめてもの抵抗にと、私は当てつけるように言ってやった。


「ハッ、聡い子だよ。マディソンは苦労するぜ!」


「なんだ? どうしたんだロニー」


「ククッ、いや、何でもねぇ、何でもねぇよ」


 何の事だかさっぱりなマディソンさんに、一人ほくそ笑んでるロニー。

 軽く流されちゃいましたか。やな奴です。

 そんでもって、私とマディソンさんを事あるごとに意識させて、くっ付けようとするお節介も止めて欲しい。私だけならいざ知らず、マディソンさんも良い迷惑でしょうし。


「悪いね、ダリエラ嬢。この男を連れて詰所に行くから、君を見送ることが出来ない。もう、大丈夫だと思うけど、何かあれば、すぐ大声で助けを呼ぶんだよ。くれぐれも、気をつけて」


「ハイ、ありがとうございます。マディソンさん。でも、ご心配には及びません。これでも私は魔女の端くれですから」


「ああ、そうだったね」


「プフッ……」


 私の返答に眉下げて柔らかな笑みを浮かべるマディソンさんと、私を横目にその振る舞いを見ていた無精髭の男と一匹の黒猫が、同じ様に肩震わせて笑いを堪えていた。

 こ、こいつら、その見透かすような態度、腹立たしいな。

 それに比べてマディソンさんは、ホント凄くいい人ですね。

 私は募らせるイライラを何とか堪えつつ、大人な対応をして見せる。


「マディソンさんも、無理せずお体に気をつけて下さいね。何か違和感を感じれば、私にお知らせ下されば、すぐ駆けつけますので」


「ありがとう。ダリエラ嬢。そうなったおりは、宜しく頼むよ」


 気恥ずかしそうにしながらも、しっかりと頷いてくれるマディソンさん。


「はい、任せて下さい」


「話は終わったようだな。よし、じゃ、ココで油売っててもしょうがねぇ。行くぞ、マディソン」


「なっ? ロニー、お前は……ふぅ。まぁ、いいさ」


 マディソンさんは、それに何か、物申したそうにしてたが、結局、何も言い返す事なく諦めたようだ。


「ダリエラ嬢、後の事は俺達任せて、何も心配しなくていいからね」


「そのお言葉だけで嬉しいです。ありがとうございます。マディソンさん。それでは、私達もこれで失礼致しますね」


「ああ、気をつけて帰るんだよ。ダリエラ嬢」


「ククッ、じゃあな、ネコちゃん」


 マディソンさんとその他に別れを告げれば、私は少年を連れて、この場を離れた……。



錬金術士の屋敷前を離れると、途端にオルグが饒舌になる。


「ニッヒヒ、あいつ面白いな。キョウダイ」


「面白いと言うよりも、色々と厄介そうな人では有りそうですね」


「おい、ガキ。お前はどうだった?」


「え、俺、俺はよく分からないよ」


「なんだソレ。つまらん奴だな」


 基本お喋りな奴ですから、ずっと黙ってるのが辛かったのか、溜まってたみたいですね。


「あっ、そうそう。そう言えば、少年のお名前聞いていなかったですね。改めて、私から名乗らせて貰いますね。私の名はダリエラ、先程も、お伝えしましたが、魔女やってます。それで、この黒猫が……」


 私の自己紹介を終えれば、足元のオルグへ視線をやる。


「オイラは、キョウダイの使い魔やってる。猫又のオルグだ。で、ガキ、名前は?」


「あっ、はい。俺はジュリアンって言います。カンタス村出身です」


「へぇ、カンタス村ですか。確か、エルムス城塞都市と王都バルンシアの境にある村ですね。此処から約半日は掛かる道のりですよ。そんな場所から一人でココまでやって来たのですか」


「うん、そうだよ。薬を手に入れるのには、どうしてもエルムスまで来ないとダメだったんだ。王都の方も考えたけど、あっちは、関所が多いから、俺みたいな貧乏人じゃ、すぐ金が尽きちまう」


「大変でしたね。ジュリアン」


「父さんの状態に比べたら、全然、大したことないよ」


「強い子ですね。ジュリアンは」


 私は目頭が、熱くなるのを堪えながら、ジュリアンの毛先が癖づく灰暗の髪を軽く撫でてやった。

 私、こう言う話に弱いんですよ。


「おっ、キョウダイ。泣いてるのか?」


「い、いえ、泣いてなんかないですよ」


「はぁ、全く、我が主は涙脆いな」


「うっ、うっさいですよ。そこは黙ってスルーでしょ。気が利かないですね」


 って、文句垂れて、こんなとこで道草を食ってる場合じゃなかった。早く御用聞き終わらせて、ジュリアンと今後の予定を決めないとね……。

 そう、思い立てば、私は御用聞きを超高速で終わらせてやった。

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