第10話【成敗】

 思わず、心の赴くまま、ぶん殴ってしまった。淑女としてあるまじき行為だけど、お陰でスッキリ満足です。

 汚い呻き声を上げながら、そこら辺をのたうち回ってる下衆。コレ、確実に薬、売って貰えないでしょうね。

 少年を見れば、突然の出来事について行けず、唖然となっている。

 少年にとって残念な結果となってしまった。私としましても、態々、格好付けて話に割って入ったにもかかわらず、この体たらく、流石に頂けない。

 なので、ここは一つ、少年の為、私自らが一肌脱ごうかなと思います。


「少年、少年。惚けてないで、行きますよ」


「へっ……ど、何処へ?」


 言葉足らず過ぎて、少年は何のことやら全く理解してない様子。


「あ、ごめんなさい。急に何のことか、わかりませんよね。見ての通り、私は魔女です。それで、大抵の魔女は薬師クスシとしての施術を幾ばくか習得してます。そんな訳で、斯く言う私も、こと薬に関しては、それなりの知識を有してましてね。まぁ、なんと言いますか、私のお節介で、少年には多大な迷惑を掛けてしまいましたから、その罪滅ぼしに、お父上の容態を診さして頂けたらなと、思ってまして……」


「え、えっと、お姉さんが、父さんの病気を診てくれるの……」


 少年は戸惑いながらも、目に光を取り戻し始めた。


「はい、その通りです。切った張ったの施術は出来かねますが、薬を処方することぐらいなら、私にも出来ますので」


「あ、あの、だけど、お姉さん。さっき見てたなら、知ってると思うけど、俺、薬を買えるほど、お金持ってないんだ。お姉さんの申し出嬉しいけど……」


 確かに、そこは気になりますよね。下衆が無慈悲に少年を扱うもんだから、余計な気遣わしさを生むんですよね。まったく、もって不愉快な男ですよ!


「大丈夫ですよ。心配しなくても、お金なんて、一銭も要りませんからね。これはあくまで、私の罪滅ぼしなので、少年は気兼ねなく私に頼って下さいね」


 私は少年へと言葉を投げかければ、そっと肩に手を置いた。


「あの、ほんとに、なんて言ったら良いのか……うっ、ぐっ、あ、ありがとう。お姉さん」


 私の言葉、行為に安堵を見せて涙ぐむ少年。

 それを見かねた私は、鞄より取り出したハンカチを少年に渡す。


「ほら、顔を拭いて」


「うぐ、うっ、ありがとう」


「いえ、どう致しまして、そうと決まれば、私も残りの仕事を早く片付けて、少年のお宅へ伺う準備しないとね」


「おいおい、ぶふっ、ナニしれっと俺の存在を無かったことにしてんだ。テメェら!」


 ウンコ屑こと、ジニアスがふらつく身体を何とか支え立ち上がって来たなら、私達に向かって言い放つ。


「…………」


「お姉さん……」


「大丈夫、あんな阿保は放って置いて、早く行きましょう」


 私はジニアスを無言で一瞥し、不安気な顔で私を見上げてくる少年を、安心させるべく軽く肩を抱き寄せてやり、その場を立ち去ろうとした。


「くそアマが、舐めんじゃねぇぞ! 俺にこんな事しといて、タダで済むと思ってんじゃねぇだろうな!」


 私の行動が、ジニアスの癇に障ったらしく、糸目を目一杯、見開き、口汚い罵りで怒声を吐いてきた!

 はぁ、このウンコは無様に鼻血吹いて、そんな息巻いても、ビビるどころか、逆に吹き出しそうですよ。

 不意打ちとは言え、私程度の拳に反応も出来ずヤられる男が、恥ずかしいことを口にしないで欲しいな。


「ジニアス様、一つご忠告の程を、余り貴族街ココで、揉め事を起こすのは不味いかと存じますが……」


 私は、心乱されることなく、あくまで、冷静に対応してやった。


「クハッ、なんだそりゃ? そんなモノは、どうだって良いんだよ。俺くらいになれば、後で、どうとでもなる。それより、自分の身でも安じてろや、ボケェが。この俺をコケにしてくれた分、きっちり落とし前付けさせてもらうぞ。クックク」


 瞳孔が開き切った気色の悪い笑みを浮かべるジニアス。

 うっ、変なスイッチ入っちゃってますね。どうしましょ、このまま逃げられるような状況じゃないか……嗚呼、ウザいなこの男。


「オルグ、オルグっ、すぐ来て下さい」


「あいよ、キョウダイ。何だかよく分からんが、人間同士の面倒ごとに、おいらを巻き込まんで欲しいよ」


 私の呼び掛けに応じれば、オルグは悪態吐きながらも、私の側へと請じた。


「え、え、ね、猫が喋ってる……」


「あっ、気にしないで下さい。この黒猫は、私の使い魔ですから。少年に危害が及ぶことはないので、安心して。それより、オルグ、あの男、色々とやらかしそうな予感がしますので、少年の保護よろしくお願いしますね」


「まぁ、そんなことだろうと思ってたさ。背後のことは任せなよ。キョウダイの事だから、心配はせんけど、油断だけはしないでよ」


「耳が痛いですね。その言葉、肝に銘じておきます。少年のこと頼みますね」


 私はオルグに少年の事を任せたら、ジニアスの方へと向き直った。


「ヒハッ、ショータイムと洒落込もうじゃないか! え、ダリエラよ」


 ジニアスは懐から何かを取り出せば、足下へそれを放り投げる。ボトッと重量を感じさせる音立てて、地面を凹ませた。

 そこには、紅く輝いた真紅の宝玉が一つ。

 コレッて、真逆、やな予感的中ですか。


「クックク、さぁ、御魂に封じられし神力ガフよ、解き放ってやろう。『傀儡召喚ザオヘウアン』!」


 ジニアスが嬉々として、そう叫べば、足下にある真紅の宝玉が煌々輝きだし、辺り一面の地面の土をゴ、ゴゴォと盛り上げ、砂鉄のように吸着、結合させていく。

 真紅の宝玉は、やがて仰向く程、巨大な人の形を型どった。

 それは、頭部の額部分に真紅の宝玉が嵌り、ゴツゴツの岩肌の表皮には、ビッシリと魔術式が刻み描かれている。これが、錬金術士の十八番、石人形ゴーレム召喚。


「クックク、さぁ、こいつに可愛がって貰えよ」


 既に勝ち誇ったかの様な笑み見せて、声高らかに言い放ってくるジニアス。

 よもやこんな街中で、石人形ゴーレムを召喚してくるなんて、正気の沙汰とは思えない。

 

「ジニアス様、戯れが過ぎませんか? このままでは、取り返しが付かなくなりますよ」


「お前に心配される覚えはないな。それにさっききから、なんだっ、上から目線で指図すんじゃねぇぞ。頭に来る女だな。石人形ゴーレムよ。そいつを潰せ!」


 完全に目が座り、怒り心頭なジニアスの命令で石人形ゴーレムが、その巨躯に似つかわしい石の腕を振り上げる。

 ちっ、説得する暇もないか。私はすかさず唱えた。


「『魔力還元マジック・リダクション』」


 身体、運動能力を向上する魔法【魔力闘法】を発動し、石人形ゴーレムの一撃に備える。

 巨大な石の塊、石人形ゴーレムの拳が私の頭に向かって振り下ろされた!

 私は上体を屈め、一瞬タメを作ったなら、振り下ろされる拳に向かって、身を投げ出すようにして拳を躱す。

 ゴォォンと低く鈍い音を響かせ、石人形ゴーレムの拳が地面へと突き刺さった!

 拳圧で砂埃が舞うと、ジニアスと私の空間の視界が塞がれる。

 さて、どちらに仕掛ける? 石人形ゴーレム術者ジニアスか。

 先ずは、石人形ゴーレムを潰して見ようか。


「燃え盛りしは紅蓮、群れ集えよ我が手に、灼熱の魔弾とならん!『爆炎火球ファイヤーボール』」


 手の平を上向け翳すと、メラメラと燃えるバレーボール程の火の玉が完成した、と同時に砂埃が霧散し、私はその火の玉を石人形ゴーレム、唯一の弱点、魔力の源である真紅の宝玉、目掛けて投げ放ってやる。

 火の玉が、石人形ゴーレムの頭部に直撃、瞬時にして頭部を轟々と燃え上らせた。

 ぷす、ぷす、と炎が消え去り、頭部を焼失したかのように見えるも、黒々と焦げ付く頭部が出現する。

 

「あらら、意外と頑丈なのね」


「はっ、その程度の魔法で、如何にかなる程、俺が創造した石人形ゴーレムは、ヤワじゃねぇんだよ!」


「だったら、標的を変えるまでですよ」


「そんなことは、百も承知なんだよ」


 私は石人形ゴーレムの陰に隠れるジニアスとの間合いを詰めるべく走り出すが、ジニアスは、又も懐から透明度の高い黄褐色の石を取り出せば、その石を私へと投げつけて来た。

 私の足元に落ちた石が、ピカピカと輝き始める。


「あっ、それって【爆轟石】じゃないですか! 何故、そんなモノっ!」


「キッヒヒ、備えあれば憂いなしって言うだろう」


 こいつは、見境いないな。ジニアスが私に投げつけた物は特殊な鉱石で、簡単に説明すると天然の爆弾。転生前の世界で似た物と言えば、手榴弾に近いかな。本当は削岩を主な目的として使うのが正しいのだけど。人に向けて使う物じゃ決してない。

 使用方法は【爆轟石】に一定の魔力を込めれば、あっという間に爆弾の完成。

 でも、この【爆轟石】も、それほど使い勝手の良い道具でもない。

 爆発までに、数秒のタイムロスが発生するからだ。

 それと、ちゃんと正しい手順を踏みさえすれば、爆破の解除も簡単。

 私は、すぐさま投げつけられた【爆轟石】を拾い上げると、自身の魔力を送り込む。

 爆発には、一定の魔力が必要なのだが、逆に、それ以上の魔力を送り込んでやると、石自体が不良を起こし不発と化す。

 さっきまで、眩しい光を放っていた【爆轟石】が、ただの真っ黒い石へと変貌する。


「ふぅ、成功ですね。アンタさ、ちょいと、やり過ぎなんだよ」


「うるさい、うるさい、うるさい! 俺を馬鹿にする奴ァ、タダじゃおかねぇ」


 ジニアスの奴、目が血走り過ぎてやしませんか。どうやら、私の事が色々とお気に召さないらしい。頭に血が上り過ぎて、言動もおかしくなってきてる。


「そいつを踏み潰すんだ! 石人形(ゴーレム


 ちょうど、私の斜め後ろに背を向けて立つ石人形ゴーレムが、ドス、ドスンと地響き起こし反転すれば、ジニアスの命令通り私を踏み潰すべく、石柱のような片足を大きく持ち上げた。

 まっ、頭部の宝玉が破壊出来なくても、他にやりようはありますしね。そろそろ、この茶番に付き合うのも飽きました。早く終わらせますか。

 |石人形(ゴーレム》が片足を持ち上げる。その一瞬に、私は跳躍し、石人形ゴーレムの膝頭の上に乗り、次いで、そのまま石人形ゴーレムの肩口へと飛び乗れば、煤けた頭部に嵌まる真紅の宝玉へ手を翳し唱えた。


「『変化ラ・ムータ』」


 形態変化の魔法を発動し、宝玉を只の紅い石コロへと変化させる。

 上げていた片足をドッスンと地面に落としたら、直立不動のまま沈黙する石人形ゴーレム

 私は石人形ゴーレムの肩口より、地上へと降り立った、途端、ビシッ、ビシ、ビシッと石人形ゴーレムに亀裂が入り、そこからパラ、パラ、ゴゴォォと岩が剥がれ落ちて崩壊を始めた。


「お、お前は、一体何なんだ?!」


 悉くを、然も当然の如く、余裕で阻止してしまった所為か、完全に腰抜かし驚愕しているジニアス。


「さぁ、何でしょうね?」


 ただ一言、そう言って私は首を傾げ微笑んでやる。

 そして、一歩一歩、歩みを進めて、ジニアスへと近づいて行く。


「お、おい、来るな。お、お、俺に近寄るな!」


 既に戦意喪失なジニアス。あんなに息巻いてたのに、たわい無い男ですね。

 このまま何も無く終わらせるには、色々やらかしてくれちゃいましたからね。さて、どうやって始末をつけたもんか。

 あれやこれやと思い巡らせていたら、目端に写る人影が……。あ、あの人は?!

 よし、この男には少々、お灸を喫えた方がいいしな。

 では、早速やるとしますか。

 私は、一つ大きな深呼吸をすれば、


「キャァァァ! 誰か、誰か助けて下さい!」


 と目一杯、声を張り叫声を上げてやった! 私の突然の変わり身に対応出来ず、目が点になっているジニアス。

 で、私の悲鳴を聞き付けて、駆け寄ってくる一人の男性。鳶色の髪に甘いマスクのイケメン騎士こと、マディソン、その人だ。

 多分、何処ぞのお人が、騒がしいと衛兵騎士に連絡を入れたのだろう。良いタイミングで来てくれましたよね。感謝です。


「どうしました! 大丈夫ですか?! はっ、コレはダリエラ嬢、いったい、どうしたのです」


「はぁぁ、マディソンさん……あの、あの方が、私に言い寄り、突然、襲い掛かってきたのです」


 私はこれでもかと言わんばかりに、態とフラついてやり、近づいて来たマディソンさんへと倒れ込む。

 私を抱き留めたマディソンさんは、私の言葉を聞いて、鬼の様な形相でジニアスを睨みつけた。

 さてと、ジニアスにはキツイ罰を受けて貰う為、このまま芝居を続けるとしますか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る