第9話【錬金術士】

「皆様、そう、焦らずとも、薬は逃げませんよ。此方に御出でになれる方々、全員分、まかなうこと出来ます故、安心なさって下さい」


 錬金術士の男は、赤茶けた髪を七三分けにして、開いてるのか開いていないのかわからない糸目の長身で、赤を基調とするゴシックなスーツを着用していた。

 見た目の姿と相俟って、漂わせてる雰囲気が、如何にもこうにも、胡散臭い。頭に浮かぶは、ペテン師という言葉。


「どうした? キョウダイ、そんな難しい顔して」


「あ、いえ、その、なんて言いますか、彼方の男性が、とても錬金術士には見えなくて」


「……残念だけど、キョウダイの勘は外れみたいだ。あの七三、錬金術士だよ」


 私の疑心めいた言葉に、オルグは、何かを確信しているのか、そんな言葉を返してきた。


「え? 何故、そんなことわかるのですか。オルグ」


「ああ、それはだね。七三の胸元をよ~く見たなら、解決するさ」


 少し勿体つけながら、オルグがそうやって私を促してくる。

 オルグの言う通りに、男の胸元を見れば、そこには、凛とした美しい青い羽根飾りが胸元のポケットに挿し入れられていた。


「あっ、そういう事ですか。オルグ、納得しました」


 こちらの世界へ転生したおり、最初の頃に教えられたのを、すっかり忘れてました。そうです、あの青い羽根飾りは、錬金術士を名乗るにあたり、必ず着用の義務が求められるものだった。

 魔女や魔導士、妖術士などと違い、錬金術士は、好き勝手名乗る事が許されていない。

 大陸、各国の取り決めで、国家資格となっている為だ。

 それには理由があり、先ず、錬金術士達の持つ思想が大いに関わってくる。

 錬金術士が、唯一求めるもの、それは【賢者の石】と呼ばれ、人間を不老不死とし、金を生成し、万能霊薬エレクシルを作り出せる奇跡の物質。

 だが、これら、すべて表向きは、禁忌とされいる。そして、未だかつて作り出した者は皆無である。けど、もし、万が一、億が一でも、創造した者が現れたのなら、国家として、それを見過ごすわけにはいかない。

 だからこそ、監視し管理する必要があった。付け加えるなら、各々が、その業を逸早く独占する為の措置と言った方が、わかりやすいかな。

 もし、それを破る者がいたなら、極刑は免れない。

 しかしながら、七三分けの男から漂う、この場合、臭いと言いますか、何故かキナ臭いんですよね。

 決定的なモノがある訳ではないですけど、昔取った何んとやらと申しまして、こういう場面での私の鼻は意外に効くのですが……今、気にしてもしょうがないし、特に害があったでもないですから。

 人だかりが、やがて列をなして、錬金術士の男の前に並んで行く。


『おお、コレだ。コレ』


『また、一週間後、頼むよ』


『いやいや、この薬が無きゃ、やって行けんよ』


『ありがとうございます。ジニアス様』


 老若男女が口々に錬金術士へお礼の言葉や感謝の言葉を吐く。


「いえいえ、皆様のお役に立てるなら、喜んで、薬を提供させて頂きます」


 私は暫く遠目で、それを観察していた。


「別に何も無さそうですし、御用聞きに戻りますか。オルグ……」


「……キョウダイ、見なよ。アレ、この前のガキだ」


「え、あ……ホントですね」


 列の最後尾には、この前、私に色々してくれたガキんちょの姿があった。

 あんな子供までもが、求める薬か。……んっ? まてよ。つい最近も、あの子の姿を此処で見ましたね。確か、あの錬金術士が作り出したモノは、どんな病でも治す薬だったかな。ちょっと、引っかかりますね。気になるかも……。

 ここは、後学の為と言うより、リサーチするべく、一つ試しに購入してみてもいいかな。

 と、色々と頭ん中で模索していると、人の波が引き、最後の一人となった少年と錬金術士の二人が、何やら言い合いをしている。


「頼むよ。コレで、少しでも、いいから薬を分けてくれよ」


「申し訳ないけど、坊や。それっぽっちの銅貨じゃ、薬一つ売れないな。悪いが諦めてくれ」


「お願いだ。父さん、暫く、薬を飲めていないから、体調が悪くなる一方なんだよ」


「坊やには同情はするが、私も商売なんでね。すまないね」


「この通りです。お願いします。お願いします」


「何度、頭を下げても、無理なモノは、無理だよ。お金が出来たら出直しておいで」


 少年が縋り付くよう錬金術士へと懇願しているに対して、錬金術士は態度を崩さず冷静な対応で少年をあしらっていた。

 

「う、うぅぅ。このままじゃ、父さんが、うぐっ……」


 少年は崩れ落ち膝を着けば、肩を揺らし涙する。

 商売人としては、正しいですが、中々のオニっぷりですね。普通ここまでされたら、なんとかしてやろうかと、情の一つでも湧くんですけど、錬金術士の男は顔色一つ変えていない。


「人間ってのは、ホント金、金、金だね。おいらには、全くわからんよ」


 錬金術士の行動に呆れ声上げて、肩を竦めるかのような態度を示すオルグ。

 逆に、オルグの場合は、人間臭すぎますけどね。


「まぁ、お金と言うのは、人間社会の生活で、なくてはならないモノになってしまってますから、世知辛い世の中ですよ」


「全く、人間って面倒な生き物だよね」


「それに関しては、返す言葉がありません。私もその通りだと、常々、痛感させられてます」


 それより、この状況を見過ごせる程、私も人間やめてませんし、少なからず少年と関わりを持った身の上としては尚更です。

 ある程度、自身の腹積りを決めれば、私は足下にいるオルグへと視線を落とす。


「どうするつもりさ……」


「その顔、聞かなくても、わかってるでしょ」


「まぁね。でも、一応はお伺いを立てておこうかなと。使い魔としてね」


 鼻高々で、若干したり顔のオルグが言ってくる。


「へぇ、殊勝な心がけですねって、言いたけど、それ、使い魔だったら当たり前ですよね」


「あら、バレちゃってます。あっ、そんなことより、ココで油売ってても、しょうがないんじゃないの……」


 私の突っ込みに、痛いところを突かれたようで、恥ずかしいのかオルグは目泳がせて強引に話題を逸らした。


「……まっ、いいです。オルグは、そこで大人しくしてて下さい」


 そう言って、私はジト目を作りオルグを見た。

 クック、いつも、ヤられっ放しですから、やっぱ、責められる時に、責めないとね。

 バツの悪そうにし、顔を逸らせるオルグの姿を確認し、こぼれる笑み堪えながら、私は少年と錬金術士、二人の方へ歩みを進めた。


「あの、もし、宜しければ、その少年の変わりに私が、薬のお代を立て替えさせて貰えませんか?」


 私の声に、俯く少年が顔を上げ、錬金術士が此方へと振り向いた。


「どちら様です?」


「お、お姉さん?」


「やぁ、少年。その節はお世話になりましたね」


 私は少年に向かって、笑み作りコクリと頷いてやれば、話を続ける。


「私は、そちらの少年と少し縁がある者でして、名前をダリエラと申します。それでですが、先程、お声を掛けさせて頂いた通り、私が少年の変わりに、薬の代金を支払わせて貰えればなと、思いまして、どうでしょうか、錬金術士様」


 錬金術士は、私を値踏みするかの様に観察してくる。


「その前に一つ、お尋ねしたいことが、おっと、これは失礼いたしました。私の名はジニアス、以後お見知りの程を。して、ダリエラさんでしたね。貴方の装いを見る限り、もしかして魔女ではないですか?」


 何故、そんな事を訊くのか? 見たまんまですしね。間違えることなんて、まずないでしょ。


「はい、その通りです。一応、魔女と名乗らせて頂いております」


 どちらにせよ、この姿は隠しようがないので、素直に応えるしかない。


「そうですか……」


 錬金術士が眉を顰めて、そう呟いた。


「私が魔女だと、何か問題でもあるのですか?」


「はい、残念ですが、貴方に薬を売ることは出来ません」


 錬金術士より吐かれた言葉が、まさかまさかの購買拒否。この展開は予想してませんでした。


「理由をお聞かせ願えますか?」


「理由ですか、理由はですね。ダリエラさんが、私と同業種の人間だからです。魔女が取り扱っているモノと、私、錬金術士が取り扱っているモノ、全部とは言いませんが、似通ったモノが多いでしょ。ダリエラさん、私の言いたいこと、わかりますか?」


 ナニ、その人を小馬鹿にした態度は。腹立つな。だが、この七三男の言いた事は、なんとなく理解した。

 多分、自身の目玉商品を、競合相手である魔女に購入されれば、薬の分析、解析をして、模倣されるとでも思ってるのでしょう。

 まぁ、この世界に、著作権やら不正競争防止法なんてものはないから、あながち間違いじゃないけど。


「わかりました。だったら、こう言うのは、どうでしょう。私が購入するのではなく、少年に、お金を貸し与えますので、それを元手として少年が、ジニアス様より薬を購入する形を取れば、万事解決しませんか?」


「悪いが、坊やにも薬を売るつもりはないよ」


 ジニアスは考えるまでもなく即答してきた。


「え、何故です?」


「何故って、キミと坊やが、知り合いだと聞き及べば、至極当然だと思うが、悪いね、坊や」


「そ、そんなぁ。ああ……」


 ジニアスの言葉を聞いた少年は、肩を落とし、恨めしげな瞳で、私を見上げくる。

 うっ、そんな目で見つめないで。

 私は少年より視線を逸らせば、ジニアスへと視線を戻す。懸念材料は、全て潰すスタンスですか。

 けど、それなら今までだって似たような事、あった筈です。この男は、その度にこうやって来たのかな?

 そんなことを頭に過ぎらせ、ジニアスを見れば、薄笑み浮かべて私を見ていた。

 私は何故か、わからないけど、その顔を見て言い知れね、不安感に襲われる。

 兎も角、何とかジニアスを説得して、薬を売って貰えるようにしないと、私の寝覚めが悪くなりそうだし。

 少年を一瞥したなら私はジニアスへ提案するべく、口を開いた。


「でしたら、ジニアス様、私から一つ提案したいのですが、薬に関する情報の一切を分析、解析しないと、私が一筆認めますので、それを条件に少年へ薬を売って下さるよう配慮願いませんか?」


「ほお、坊やにそこまで肩入れしますか……しかしながら、ダリエラ、キミが一筆認めたとして、もし仮に情報が流出したとしましょう。キミが罪を認めずに、シラを切り通すかもしれないとも、限りませんよね」


 憶測で物言って、失礼な男ですね。しかし、ここまで頑なに拒まれたら、今の私に打つ手がないな。力尽くなんて以ての外だし、どうしましょう……。


「ですが、ダリエラ。一つ私の条件を呑んで頂けるのなら、薬を売ると言うより、坊やに差し上げても良いですよ」


 ジニアスが私の肩へ徐に手を置けば、少年に聞こえないようにして、耳元でそう呟かす。

 嫌な予感しかしないんですが……。とりあえず、聞くのはタダですから、聞くのはね。


「ジニアス様、その条件とは……」


 今までの澄ました笑いと違い、ニタァァと口角を引き上げ、気持ち悪い笑みを浮かべると。


「それはですね。ダリエラ、キミが私のイロになる事ですよ」


 こ、こいつ、少年をダシに、いうに事欠いて、自分のイロになれだって、阿保か、この下衆は。吐き気しかしないですね。

 嗚呼、自分が情け無い。こんなウンコに劣る、ウンコくず男に気を揉んでたなんて、怒りで如何にかなりそう。ぶん殴りたいぃ。


「フヒッ、その美貌、キミを一目見て、すぐわかりましたよ。エルムスの猫魔女、噂に違わぬ美しさだ。さぁ、ダリエラ、返答を聞かせておくれ」


 何、勝手に話を続けてるのかな。私はウンともスンとも言ってないし、こいつ、私が途中割り込んでから、もしかしてコレを狙って、だから、首を縦に振らなかったのか。


「どうしたのです。ダリエラ、考えるまでもないでしょう。キミが首を縦に振れば、少年に幾らでも、薬を提供しようじゃないか」


 下衆が私の側へズズッと近寄れば、馴れ馴れしく腰に手を回し出し、前にも増して気持ち悪い囁きを吐いた。

 やっぱ、黒でしたね。最悪、マジ最悪、もう、これ以上、我慢し難いです。身体の震えが止まらない。


「もしかして、私の申し出を断るつもりかい、なら、仕方ない、坊やには悪いけど……」


「もう、黙ってろ。下衆がっ!」


 生理的に身体が受け付けないらしい。気づけば、私の右拳が下衆の顔面を綺麗に捉え、突き刺さる。


「ブヒャャッ!」


 下衆の鼻骨がベキッとひしゃげ潰れて、盛大な鼻血噴き散らし、仰向けにぶっ倒れた。

 限界まで我慢すれど、やっぱし、こいつ無理。少年ゴメン。でも、どうにもこうにもならんから、ぶん殴ってスッキリさせて頂きます。

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