第8話【禁呪・精霊掌握】

 風圧で目を瞑りそうになりながら、エルネスティーネの背を追いかける。

 目が痛い。ゴーグルでも有れば、楽になるんだろうけど、今はそんなモノないし、我慢するしかない。

 そんな思いの中で、大気を切り裂く、まず普段、絶対に味わえない体験に、ちょっとだけ感動してた。

 この点だけは、エルネスティーネに感謝しましょ。


「よし、捉えました!」


 私は眉を開き、そう口走った矢先、エルネスティーネに追いつくという既の所で、折り返し地点である霊樹が間近に迫る。


「フフッ、残念でしたわね。ダリエラさん。後、少しでしたのに」


 勝ちを確信したかのような言葉を吐くエルネスティーネ。同時にエルネスティーネの操作する【風霊櫂シルフィード】が急激な減速をしたと思えば、霊樹の天辺を競艇のターンマークに見立てるようにして、華麗な右旋回ターンを決めたなら【風霊櫂シルフィード】の柄先が此方へと向く。

 見事としか言いようがないですよ。してやられたました。

 くっ、此方はスピードに乗り過ぎて、減速しようにも、間に合わない。

 どうする? ほんとに打つ手がない。このまま負け……。

 そう諦めそうになった時、一つの閃きが、頭を過ぎった!

 一か八か、やってみますか。後は身体が持つかどうかですね。

 腹を決めれば、私は自身の髪の毛を二、三本引き抜くと、魔力を込める。


「『変化ラ・ムータ』」


 私は髪の毛を触媒として、形態変化の魔法を発動すれば、太さ約十ミリ程の薄紅色した髪綱カミヅナを作り上げた。

 その髪綱カミヅナは、伸縮性抜群で、私の魔力と相俟って、ちょっとやそっとじゃ切れることはない。

 私は髪綱カミヅナを操り霊樹へ向かって綱を伸ばしたなら、まるで蛇のように霊樹の幹へと巻き付いていく。

 そして、その髪綱カミヅナを私は力の限り握り締めれば、そこより引き離されないようにして、髪綱カミヅナを巻き付けた霊樹を支点とし、私の【風霊櫂シルフィード】も弧を描き右旋回ターンを開始する。

 霊樹と私を結ぶ髪綱カミヅナが、ギチギチと音鳴らして、引き千切れんばかりに突っ張った!


「くっ! うぅぅ」


 ある程度、覚悟はしてましたけど、身体というより肩関節周囲と肘、手首に猛烈な痛みが走り抜ける。

 幾ら【魔力闘法】を用いていると言えども、肉体ダメージを全て取り除く事は出来なかったか。スピードを殺さない為に取った策だけど、些かやり過ぎた感が否めない。

 でもです。ここまで身体を虐めたし、恥もかかされて、負けるなんて以ての外。

 限界近くまで加速していた【風霊櫂シルフィード】だが、私の策が思いもよらない効果を齎す。

 遠心力が作用し、飛躍的な加速を得られ、折り返し地点より飛び出す初速度が増す。

 お陰で、超高速な旋回ターンを決められた!

 それによって、エルネスティーネが私との間に保っていたアドバンテージが一気に無くなるばかりか、追い抜き前へと出ることも出来た。


「な、なんで、そんなバカなことっ!」


 背後に目をやれば、驚愕の表情を浮かべ呆然と私の背を見つめるエルネスティーネ。

 徐々にエルネスティーネを引き離して行く中で、私は言ってやる。


「それで、終わりですか? エルネスティーネ」


 さっきのお返しと言わんばかりに、私は態と高圧的な態度を作って、エルネスティーネを挑発した。


「まだっ、まだですわ!」


 私の挑発が、エルネスティーネの瞳に光を灯す。エルネスティーネの全力をねじ伏せて勝つ、そうでなければ意味がないですから。

 エルネスティーネの操作する【風霊櫂シルフィード】も緑光を帯びたなら、爆発的な加速力を見せて、追い縋ってきた!

 このままのペースを維持、出来れば勝てるけど、そう簡単には行きそうにありませんね。

 何故なら、エルネスティーネの【風霊櫂シルフィード】とは、逆に私の【風霊櫂シルフィード】のスピードが徐々に低下してきています。

 やはり、この様な高出力の魔法を発動し続けるのは、無理があるってことですね。

 私とエルネスティーネの距離がジリジリと狭まってくる。前を向けば、オルグが引いたゴールラインが見えた。

 はぁ、厄介な状況を作り出してしまいましたね。彼処で、エルネスティーネを焚きつけた私自身の所為なんですけども……。

 ゴールまでは、後少しですが、残念ながらこのまま行けば、私はエルネスティーネにゴール前で差し切られ、負けてしまうのが確実と言うか、ほぼ確定しています。


「さぁ、今度はワタクシがダリエラさんを捉えましたわよ!」


 嬉々として、エルネスティーネが物言えば、ゴールラインまで、あと数メートルと言う所で、エルネスティーネに並び付かれた。

 ふぅ、あまり気乗りしないけど、仕方ない。奥の手を使わせて貰います。


「エルネスティーネ、先に謝っておきます」


「何を、仰っていますの?」


 私の投げ掛けで、クエスチョンマーク浮かべるエルネスティーネ。そんなエルネスティーネを他所に、私は呪文の詠唱を始める。


「空空漠漠たる大空に宿りし風霊王よ、汝の御名に於いて、我、命ずるは、幕下たらん風霊の意を現世うつしよへと留め、我、遣わさん『精霊掌握ドミネーション』」


 私【加護付き】だからこそ、いや【加護付き】じゃなければ、使えない禁呪。ある意味反則な、この魔法は、風神の力を借り、全ての風精霊を従わせて、私の意のままに操る究極と言っても過言ではない精霊魔法。


「風、断ち切れば、虚無を迎えよ」


 私が、エルネスティーネの周囲の風霊達に命じれば、それは起こる。

 一瞬にして、無風の結界を作り出し【風霊櫂シルフィード】を操る上で、最も必要とする風精霊達を消失させた。

 【風霊櫂シルフィード】がゆっくりと失速し、ピタッと停止する。


「え、な、なに? どうして動かないのです? どういう事ですのぉぉ!」


 輝きを失った【風霊櫂シルフィード】へと執拗に自身の魔力を送り込むエルネスティーネ。暫く、なにが起こったかわからず、アタフタするだけだったエルネスティーネは【風霊櫂シルフィード】に跨ったまま、蜘蛛の糸に群がった亡者さながらに、空中を落下し始める。

 そして、丁度、真下には貯水池があり、エルネスティーネは水面へと吸い込まれるよう、水飛沫を舞い上げた!

 勝負とは時に残酷なのです。と心で思い、私は拳をギュと握り締め、一人コクコクと頷き、納得しつつ、それを見届けたなら、余裕綽々でゴールラインを割った。


「ふぅ、なかなか、危なかったですね」


 私は【風霊櫂シルフィード】を降りれば、ジットリと汗ばむ額を拭って、一息吐いた。


「おいおい、キョウダイよ。スゲェ、大人気ねぇぞ。あそこまでする必要なかったろ」


「な、なんですか、オルグ。勝者を労う前に、非難の言葉を浴びせるなんて、酷いですね」


 私はオルグの言葉にドキリとさせられ、動揺を誘われてしまう。


「全く、よく言うよ。おいらの目は、誤魔化せねぇぜ。アレって禁呪だろ。どう考えても、酷いのはキョウダイだ」


「うっ……そ、それは、そうですけど、こ、今回の勝負は、アレです。負けたくなかったんですよ」


 こいつは、痛いところ突いてきますよね。それにしても、よく見てます。ほんと、厄介ですよ。


「ニッヒヒ、最初から素直にそう言えば、まだ、可愛げもあるのにさ……」


 肩を揺り嫌味な笑いを見せて、そうオルグが言ってくる。


「うっさいですよ! もう、この話は終わりっ、終わりです!」


 私は堪らず、子供みたく喚き散らす事しか出来なかった。


「ククッ、まぁ、イイさ。それより、エルネスティーネは無事なんかな?」


「はっ、そうでした! とりあえず、エルネスティーネ所へ行ってみましょう」


 何とか話題を変えてくれたオルグ。私はそれに賛同し、エルネスティーネの落ちたであろう貯水池へと向かった。



「完敗ですわ。ダリエラさん……」


「いえ、エルネスティーネだからこそ、私も本気になれたのです」


「そ、そんな嬉しい言葉掛けてくれ、ハッ、ハ、ハックション! ですわ」


「だ、大丈夫ですか。エルネスティーネ。直ぐに火を起こしますね」


 春が終わり、初夏に入ろうかと言う季節の変わり目だけど、流石にまだ、水浴する程の暑さはない。なので、まだまだ、水は冷い。

 そんな貯水池へと、飛び込むことになってしまったエルネスティーネは、ずぶ濡れになり、身体をガタガタと震わせてる。


「我、手に集えし炎の種子よ。『火草フォーグ』」


 私は薪になりそうな枯れ枝を集めれば、魔法を使い火を起こした。


「ズーズー、お手数をおかけしますわ。ダリエラさん。それとデルモ、何時までもこの様なみっともない姿を晒したくはありませんから、ワタクシの替えの服を取ってきてちょうだい」


「はっ、直ちに」


 デルモは颯爽とキン斗雲に乗れば、館の方へ向かって飛んで行く。

 その姿を見送り、視線をエルネスティーネと戻せば、徐に、自然と、何も気にすることなく、エルネスティーネは、ビショビショになった道服ローブを捲り脱いでいた。


「な、え、ちょ、ちょっと、エルネスティーネ。何してるんですか??!」


 露わになるは、エルネスティーネの悩ましげな身体に貼り付いた薄水色のビスチェと下着ショーツ

 コ、コレは、目の保養じゃくて、違う違う、目に毒ですよ。色々と大事な場所トコロがスケスケで目のやり場に困ります。流石に不味いでしょうに!

 

「へっ、何って言われましても、このままびしょ濡れの格好では、風邪を引いてしまいますから、服を脱いでしまおうかと……それより、ダリエラさんは、何故、その様に取り乱しておいでですの?」


「別に、そんな取り乱すだなんて……」


 実際は、取り乱すどころか、私の心の中はお祭り騒ぎですよ。

 いくら同性でも、無防備にも程があります。

 しかし、転生前の男だった頃の本能が刺激されたのか、自然とエルネスティーネのイケナイ箇所に視線が行ってしまう。

 その所為もあって、自分自身、変にドギマギしてしまって落ち着きがなく、ソワソワしてしまってた。


「ふーん……意外にも、ダリエラさんって、初心ウブなんですのね」


 少し伏し目がちに、妖しく瞳光らせて、何やら妙な勘繰りをしたエルネスティーネが言ってきたなら、ジリジリと淫気を漂わし私の方へ躙り寄る。


「な、何、何ですか? エルネスティーネ?」


 私はそれに気圧されて、一息ゴクリと呑み込んだら、自分でも気づかない内に後ずさりしていた。


「ふふっ、可愛いですわよ。ダリエラ……」


「ちょ、エルネスティーネ。どうしたんです急に」


 エルネスティーネは、ヤバ気な雰囲気醸し出し、どんどん私に詰め寄ってくれば、私はその詰め寄られた分だけ、後ずさりし逃げる。

 そんな様子を傍観していた一匹の使い魔、オルグが突然、口を開く。


「おい、キョウダイ、後ろ」


「え、何ですか、オルグ。後ろって……あっ、嗚呼、ああああ!」


 その言葉を聞き後ろへ振り返った瞬間、私は足踏み外し、派手な飛沫を上げて貯水池にダイブかました!

 そして、あっという間に全身へと針の様に突き刺さる冷水。ひっ、心臓に悪い。ゴメン、エルネスティーネ、コレは結構、堪えるわ。


「プハッ、ハァハァ……」


 水中より勢いよく顔を出せば、エルネスティーネが目尻に涙滲ませ、満面な笑みで言ってくる。


「プフッ、フフッ、お返しですわ」

 

 や、ヤラれた! 一人ドキドキ舞い上がって、超ハズかしいぃぃ! 私は身を隠すべく再度、水中へと潜れば、恥ずかしさ紛らわす為、ゴボゴボと息吐き出して大声を出した。

 恐るべしです。エルネスティーネ!



 魔法勝負から一週間、謹慎も解けて【魔女の小箱】での通常業務に戻っていた。


「ありがとうございます。またのお越しをお待ちしています」


 店に居た最後のお客を見送れば、本日は皇龍の日、面倒臭い御用聞きをしなければならない。

 でも、ココは給金の為にグッと堪えて、嫌な仕事も笑顔で熟さないと。

 相変わらず、貴族達の鬱陶しい小言を聞き流し、御用聞きも半数を終えた頃、ある屋敷の前に大勢の人だかりが、出来ていた。

 よく見ると、そこは巷で話題の錬金術士の屋敷。


「どうしたんでしょうか?」


「さあ、なんだろうな?」


 私とオルグは、互いに顔を見合わせた。


『おい、はっ早くあの薬をくれっ!』


『金ならある。薬を売ってくれ』


『頼む、アレがねぇと、気が狂っちまう』


『お願いよ。もう、限界なの』


 人だかりから聞こえてくるのは、切羽詰まった人達の声。

 そして、人だかりの先に見える一人の男の姿がある。

 どうやら、あの男が巷で話題の錬金術士らしい。なんだか胡散臭そうな男ですね。

 さっさと立ち去ろうと思いましたが、何故だか妙に気になったので、少し様子を伺う事にした。

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