第7話【ダリエラvsエルネスティーネ】

「勝負を始める前に、公平を期する為の準備を致しますわ」


 工房の外へと出たらエルネスティーネが、そう言って、自身の襟元より赤銅色の小さい笛を取り出した。

 エルネスティーネが、その笛を咥えて、フーッと、ひと吹きしたのだけど、笛の音が全く聞こえない。

 エルネスティーネが吹いた笛は、魔笛と呼ばれる特別な笛で、主に使い魔や使役した魔獣、魔物などを呼び寄せる為の道具。

 基本的に人種には、魔笛から鳴り響く音を拾うことが出来ない。獣人である私でさえ、音が全く聞こえないのだ。

 多分、特殊な魔力を帯びた周波数を出しているのだと思う。

 因みに、オルグは、かなり嫌そうに顰めっ面を作ってる。

 暫くすると、突然、空中に大きさがマンホール程の橙色の魔法円が展開された。

 魔法円の内側より白い塊が現れたと思えば、その塊がポロんと卵を産み落とされたみたく、地面へと落下する。

 地面に落ちた塊を見れば、そこには、全身まっしろな体毛で覆われた子猿の姿があった。


「あ、イタタタッ、くぅ、エルネスティーネ様、お呼びでしょうか」


 子猿は涙目になりながら、打ち付けた尻を摩り立ち上がって、エルネスティーネの前へと傅いた。


ワタクシに仕える使い魔の身でありながら、その体たらく、嘆かわしいですわよ。デルモ」


「嗚呼、すみません。急な呼び出しで、少々、慌ててしまいまして……」


 デルモと呼ばれた白猿は、エルネスティーネにペコペコと何度も頭下げ謝罪をする。


「エルネスティーネ、その辺で許して上げたら如何ですか」


 その様子を見兼ねて、私は声を掛けた。


「そうですわね。この様なことで時間を割いていては……デルモ、ここはダリエラさんに免じて許して差し上げますわ」


 エルネスティーネの言葉で、デルモは私へと向き直ると、


「は、はい、エルネスティーネ様。ダリエラ様、ありがとうございます」


「デルモ。私は、別に怒っていませんから、頭を上げて下さい」


 ウチの使い魔にも、これ位謙虚さがあればいいのですが……そんな思い巡らして、チラッとオルグを一瞥すると、


「なに、何か言いたそうだね。キョウダイ」


「そうですか? 気のせいでしょ」


「まっ、そう言うことにしておくよ」


 オルグはジト目で私を睨み、そう言ってくる。

 こいつ、魔物のくせして、人間の機微に通じ過ぎですよ。ほんと、やりにくい。

 エルネスティーネは、事の経緯をデルモへと説明し、そして命ずる。


「デルモ、貴方の役割は、折り返し地点である霊樹より、ワタクシ達が不正なくコースを飛行出来ているか、監視、誘導の任を与えますわ」


「はい、エルネスティーネ様、その任、慎んで承ります」


 デルモは、まるで、騎士さながらの応対をして見せる。

 その姿に、少しの滑稽さが孕むが、デルモの愛くるしい見た目で、これがもの凄く微笑ましい情景になる。

 なんか、自然と笑みが零れてしまう。

 傅いていたデルモが、サッと立ち上がれば、自身の人差し指を折り曲げ、口に咥えると指笛を鳴らした。

 すると、デルモの目の前に白く綿菓子みたいな薄靄が集まり結合し、やがて茶席判ほどの真っ白い雲が出来上がる。

 ほほぉ、これって所謂、キン斗雲という奴ですね。

 確か、デルモは【猿神ハヌマーン】の眷属だと言っていたかな。

 キン斗雲の上へと飛び乗るデルモ。


「では、行って参ります」


「ええ、デルモ、しっかり役目を果たすのです」


 エルネスティーネとの会話が終われば、デルモは霊樹、目指してキン斗雲を操り飛行し始めた。


「それでは、ダリエラさん。準備が整い次第、勝負を開始致しますわ。それと、今回でダリエラさんとワタクシが勝負を始めてから、節目となる五百回目ですの。必ず勝たせて貰いますわよ!」


 メラメラと燃え盛る翡翠の瞳に、拳をギュッと握り締めたエルネスティーネが戦線布告してくる!

 相変わらず、火傷するくらい熱い、お嬢ちゃんですね。

 それにしても、かれこれ五百回も、この不毛な勝負事を続けてたんですか。

 自分で言うのもナンですが、私も随分とお人好しだな。いや、違うか、なんだかんだで私も楽しんでいたのでしょう。

 でないと、五百回なんて数字にならないでしょうし。

 それじゃ、私もエルネスティーネの言葉に、乗ってやろうじゃないですか!


「望むところですよ。ですが、エルネスティーネ、勝ちは譲りませんけどね!」


 私は今までにないほど、意地悪い笑みを作ってみたなら、エルネスティーネに言ってやった。


「そ、それでこそ、ワタクシ宿敵ライバルですことよ!」


 私の言葉と態度に躊躇するも、直ぐに素を取り戻せば、いつもみたく胸反り返し、不敵な笑いを見せて、エルネスティーネは私へと言葉を返した。


 エルネスティーネから渡された【風霊櫂シルフィード】は、想像以上に軽く、私がいつも使用している魔法の箒よりも、軽量に作られていた。

 手触りは滑らかで、無機質な機械的な雰囲気を漂わせている。

 私はどちらかと言えば、生き物的な温かさがある魔法の箒の方が好きですけど。

 

「準備はいいかい? 二人とも……」


 スタート、ゴールの審判を務めるのはオルグ。

 大抵、勝負ごとの審判はオルグに頼んでいる。

 こういうゲームごとに関しては、昔からオルグは、結構シビアな一面を持っているので、仲間内のなぁなぁな判定に決してならない。

 昔、たまには、身内贔屓しろよと言ったこともあったけど、オルグにそんな無粋な真似出来るかと一蹴された事があった。

 それぐらいお堅い奴、なので、私もエルネスティーネもその辺は信用してる。


「はい、準備オーケーですよ」


「いつでも、よくってよ」


「じゃ、二人とも、スタートラインの位置に付いて」


 私とエルネスティーネは【風霊櫂シルフィード】に跨り、スタートラインへと並び立つ。


「おほんっ、泣いても笑っても、一発勝負だからね」


 オルグの言葉で、私達は互いに視線交わしたなら、静かに頷いた。


「では、用意……スタァァトォォ!」


 オルグの放った一声で、私は地面を力一杯蹴り上げて、空中へと飛び上がった。

 思ってた以上の風圧が全身を襲う。予想を遥かに上回る【風霊櫂シルフィード】の性能に私は舌を巻いた。

 エルネスティーネ……流石、次代を担う天才【魔道具職人マーフ・クラフト】ですね。全く、その才能に嫉妬しそうですよ。

 耳を突く風切り音、私は身を屈めて視線を折り返し地点である霊樹へと固定すれば、一直線にそこを目指す。

 顔は前を向いたまま、目線だけ動かしてエルネスティーネの姿を探した。

 エルネスティーネの気配を察知すれば、凡そながら、その位置を把握した。多分、エルネスティーネは、私の右斜め後ろ辺りを位置取り飛行している。

 スタートダッシュは、私の方がスムーズに行えた分、少しだけ先行し飛行出来た。

 だが、それもほんの少しの差、お互いが操る【風霊櫂シルフィード】の性能は同じなので、後は操縦者の力量次第。

 

「集えし風の乙女達、咲き誇るは烈風の華、舞え『発破陣風ブラスティア』」


 風切り音の中、微かな声が耳に届いてくる。

 私はハッとなり、声の聞こえた方へ顔を向けたなら、そこには、薄笑み浮かべてるエルネスティーネの姿。

 既に魔法の発動を終えていたエルネスティーネ。その周囲には、大気の渦が出来ており、今からそれをどうするか手に取るように私は理解する。

 非常にマズイ状況ですね。【精霊魔法】で対抗しようにも、どう足掻いてもタイミング的に間に合わない。

 嗚呼、開幕初っ端から、来るとは思ってましたけど、油断し過ぎたな。

 今、私の取るべき方法は一つ……推して耐えるのみ。

 なのだが、何もせず普通に耐えるだけでは、先の魔狼との一戦みたく、ボロボロにされてしまう。

 幾らかエルネスティーネも、魔法の出力は抑えているだろうけど、生身でそれを貰えば、只ではすまないのだ。

 そこで、数種ある魔法の中でも、直接、己が肉体へ魔力を取り込む魔法を使用することにした。

 それは【魔力闘法】と呼ばれ、自身の魔力を還元し、魔力操作する事で、身体、運動能力の強化、増幅を図り、攻防補助を主とする魔法。

 主に僧兵モンクや無手を信条とする一部の獣人種が好んで使用していると聞いた。

 しかし【魔力闘法】を使用するにあたり、注意すべき点がある。この魔法は、術者本人の基本能力スペックに大きく依存してまう。

 現時点での私の基本能力スペックは、獣人種という事もあり、通常の人間種よりも基本能力スペックは高いが、それも微々たる差なので【魔力闘法】を使用しても、それ程強くはなれない。言わずもがな、私はそっち方面の才能を伸ばそうとして来なかったのが原因。一応、理由らしい理由はあるのですが……。

 そんなことよりも、早く魔法を発動しないと、モタモタしてたら、エルネスティーネにヤられてしまいます。

 今の私でも【魔力闘法】を使えば、何とかボロボロされずに魔法に耐える事が可能でしょうから。


「『魔力還元マジック・リダクション』」


 私がそう唱えると、青白い光の温かな空気オーラのような薄膜が私の身体を包み込んでいく。

 これが私の魔力を具現化した物。

 一応、これで行けるかな。そう心に思った。

 次の瞬間! 待ってましたと言わんばかりに、私へ向かい突風が吹き荒れれば、塵旋風さながらの現象を引き起こし、私の身体を呑み込んだ!

 激しい風が、バサバサと道服ローブを煽り、三角帽子を吹き飛ばし、全身へと打ち付けてくる。まるで、洗濯機の中に放り込まれたみたいにグルグル、グルグル、身体を掻き回す。

 そんな中、なんとか【風霊櫂シルフィード】の態勢を整えようとするも、めまぐるしく吹く風に翻弄され、私の方向感覚が狂わされた。

 このままじゃダメか……。目を開くのもやっとな最中、自身の状況を確認すれば、羞恥心かき乱す、あられもない姿を晒している自分に気が付く。

 状況が状況なだけに【風霊櫂シルフィード】へ跨る事さえ困難だったので、私は振り落とされる事の無いようにと思い、なんとか櫂の柄を両手で握り締める、そんな形を取っていた。

 それがいけなかった。私は【風霊櫂シルフィード】を鉄棒や雲梯に見立てるようにして、ぶら下がっていたのが、災いし、道服ローブの裾がこれでもかと言わんばかりに捲れ上がり下半身を大いに露出してしまってた! 所謂、パンもろ状態なのだ。

 転生前の男の姿なら、いざ知らず、今は女なのだ。

 最初の頃は、女をそれ程、意識してなかったし、羞恥心って言うのも芽生えていなかったけど、自身の成長と共にそれを自覚すれば、大きく花咲いていった。

 で、今では、こんな姿晒したてたら、憤死もの。


「これ恥ずい、恥ずいからぁ! ほんと無理、ムリィィ! ううっ、エルネスティーネ、エルネスティーネ許すまじ」


 私は目頭熱くしながら、責任転換も甚だしいが、そう言わずにはいられなかった。

 怒り心頭のまま、私は唱える。


「集え紡ぎし風霊よ、その大いになる意志チカラを以って、我、止めし枷を掻き消したまえ『破砕嵐流クラッシュ・バースト』」


 急遽、風精霊の魔法を詠唱し、エルネスティーネの放った『発破陣風ブラスティア』と同系統の魔法を放ち『発破陣風ブラスティア』を相殺した。

 視界が鮮明になり、気流が安定すれば、私は【風霊櫂シルフィード】へと跨りつつ、乱れた服と態勢を整えて、エルネスティーネの姿を探す。

 

「ちっ、随分と距離を空けられましたか」


 取り敢えず、これ以上、エルネスティーネとの距離を空けられない為、飛行を続行する。


「それより、このままじゃ終われないですね」


 そう、このような恥辱を与えられ、その上、勝負に負けたなんて事にでもなれば、私の気持ちが収まらない。

 是が非でも勝たせてもらいますから、どんな手を使ってでも。 

 でも、現状でエルネスティーネに追いつく手が無い。

 どうしたもんか? あっ、そう言えば【風霊櫂シルフィード】って、魔法の箒には無い機能が、付加されていたっけか。

 どうせなら、使ってみようかな。確か……。


解錠アンロック


 私は不安を抱きながらも、そう呟いて【風霊櫂シルフィード】の柄の部分に刻み込まれる紋様を指先でなぞり上げた。

 すると【風霊櫂シルフィード】へと刻印なされた一部の術式が次々に緑光を帯び輝き始める。

 キィーンと言う音立てて金属が震えれば、突如、【風霊櫂シルフィード】の水掻ブレード部分が二つに割れた。例えるなら、二又の矛みたいな感じ。

 そして、その二又の矛の間で、小さな空気の渦が発生し始めると、やがて、激しさ増してモータースクリュー見たく高速の渦が出来上がる。

 コレは凄いな。私はこれから起こり得ることを何となく想像出来た。


指定解除レリーズ・オープン


 その言葉を口ずさめば、爆発音が耳を衝き大気が震えた!

 寸秒もせず、私の身体を物凄い加速Gが襲う。

 うっ……。【魔力闘法】を解いていなくて助かった。

 魔法を使っていなければ、最初の加速で身体を振り落とされていただろうから。

 全く、エルネスティーネは、とんでもないモノを。さしずめ、車に積んだNOSってところですね。

 これなら、エルネスティーネに追い付けそうです。瞬く間に、エルネスティーネの背中が、ぐんぐん、ぐんぐん、迫り来る。

 

「エルネスティーネ、覚悟して置いて下さいね。フフッ、フフフ」


 興奮し過ぎて、自分でも気持が制御出来ないくらい、ハイな状態になっていると感じてた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る