第6話【エアライド】

【魔法】これを扱う為には、幾つかの方法がある。

 世界を構築する十二精霊や魔神などと契約し、間接的に魔法を行使する方法。

 もしくは、定められた術式を用いて、魔法を再現する方法。

 その他にも、自らの魔力を取り込み、直接肉体や魔道具アーティファクトを用いる方法。

 これらの中で、私が特に好んで使用する魔法が【精霊魔法】

 好んでと言うよりも、私が【加護付き】と呼ばれる存在なので、必然的に使用してると言った方がいいのかな。

 通常、精霊契約を結ぶ際、承允の儀式を執り行わなければならない。契約者自ら陣を敷き精霊達より祝福を齎される事で、初めて【精霊魔法】が行使出来た。

 そして【精霊魔法】には、初級、中級、上級、禁術と段階レベル分けされており、契約者の資質と精霊との相関性で魔法レベルが決まってしまう。

 一般的にある程度の資質があり、尚且つ精霊との相関性を良好に務めることが出来れば、数年で中級魔法レベルまでなら辿り着けた。

 でも、そこから上に行くには、中々困難なようで、ほんの一握りの者しか上級魔法レベルに達することが出来ないと聞く。

 しかし【加護付き】となると話が変わってくる。

 精霊達から一方的な眷顧を受ける稀有な者、それが【加護付き】と言われる存在で、魔法レベルなど合ってないようなもの。

 その力は、伝説、伝承に出てくる傑物に列べると言われている。

 で、私が【加護付き】と言うこと、最初は何を馬鹿なと思っていたのですけど、どうやら間違ではないみたいです。

 それを証明するものがあり【加護付き】には肉体の何処かしらに、梵字に似た聖痕が刻まている。

 私の場合は、額と左側頭部、顳顬の間にある髪の生え際辺りに、大きさが一円玉ほどの聖痕が刻まれていた。

 普段は前髪で聖痕を隠して、ある程度見えない様に配慮している。



「……釣れませんね。初日はあれだけ釣れたのに、今日は全くです。このままじゃボウズですよ」


「こうも毎日毎日、釣りしてたら、魚だって学習するんじゃないか」


「そう言うもんですかね」


「そう言うもんだろ」


 此処は魔女の館がある森の中を流れている小川。

 謹慎より一週間、あまりに暇すぎる為、退屈を埋めるのに、ここのところしょっちゅう小川へと足を運んでた。

 何時もの定位置、小川の畔にある岩場へ座り釣りをするのが日課となってた。


「嗚呼、それにしても暇過ぎです! 碌にやることないから、時間が経つのが遅い」


「そんなに暇なら、皆と一緒に魔女修行したらいいじゃないか」


「魔女修行ですか……オルグの言うことは最もですけどね。しかし、私はそこまで熱心な【魔女宗ウィッカ】ではないので、中途半端に修行するのは、憚られてしまうんですよ」


魔女宗ウィッカ)】とは所謂、転生前の世界でシャーマニズムや神道と同列に語られるもの。


「よくわからないな。別にそこまで拘らなくてもいいと思うけど」


「まぁ、なんと言いますか。私の場合、成り行き上、仕方なく魔女になったと言う経緯がありまして……皆と違いそこまで魔女になりたい訳では無いんで」


「ふーん、なんか、キョウダイって面倒臭さいな」


 魔物のオルグにそんなこと言われるなんて、私って奴は相当なのかな。

 ちょっと改めないとダメだな。

 春終わり、初夏の暖かい陽射し浴びて、一人と一匹でマッタリとしていたら、


「ここ数日、館の方で姿を見ないと思っていたら、こんな所におりましたの。ダリエラさん」


 と背後より声を掛けられたので、私はそちらへ振り返った。

 そこに居たのは、高圧的な笑みを浮かべる一人の少女。

 歳の頃は私と同じくらいで、深紅の道服ローブを纏った金髪縦ロールに翡翠色のぱっちりお目々のフランス人形みたいな娘。

 この娘は、魔女の館に通う門下生で、名前をエルネスティーネと言う。

 はぁ、これはまた、厄介な娘に見つかってしまいました。


「あ、エルネスティーネ。おはようございます。して、なんの御用でしょうか?」


「そんなこと言わずも決まってますわよ。ダリエラさん。今日こそは決着をつけて差し上げますわ!」


 なかなかいい具合にお育ちの胸張り上げて、エルネスティーネが言い放つ!


「え、えっと……結構です……」


「な、なんですの、その間は! しかも、露骨に嫌そうな顔して、少しは繕っても良くなくて」


 私の態度に、ご立腹なエルネスティーネ。そのやり取りを横目に、肩を震わせて笑いを噛み殺してるオルグ。


「エルネスティーネ、そうは言われましても、こうも毎回毎回、同じこと繰り返されれば、誰だってこうなりますよ。もうそろそろ私を解放してくれませんか? ちょっと、鬱陶しいです」


「そ、そんな風に言わなくても……私は、タダ……ダリエラさんと、あの、ひぐっ、その……うっ、うう……」


 エルネスティーネは自身の道服ローブの裾をギュッと掴み、此方へ顔を見せまいと俯きながら、涙声で物言う。


「あ、泣かしてやんの」


 エルネスティーネに聴こえないように、オルグが私を非難してきた。


「ちょ、ちょっと、人聞きの悪い。別にそう言うつもりじゃないです」


 それに対して、私は小声で反論する

 嗚呼、わかってたけど、メンタル弱すぎるよ。この娘は!

 エルネスティーネは私が館へ来る半年ほど前に魔女の館の門弟となった先輩魔女だ。

 正確な経緯はよくわからないけど、聞く所によると、エルネスティーネは、何処かしら名家のお嬢様らしく、なかなかにワガママで手がつけられない性格をしていたので、それを何とか矯正する為に魔女の館へと入れらたらしい。

 まぁ、ここでの生活は、自給自足をモットーとしているから、何をやるにしても自分でせにゃいかん。

 だから、ワガママなんて言ってる暇は無い。

 なので、エルネスティーネもある程度、性格の矯正は成されたけど、しかし、心の根っこに染み付いた部分までは、流石に矯正しきれない。

 少々、高圧的な態度と一方的なモノの考え方をするエルネスティーネは、他の門下生に煙たがられ、ボッチ化してしまってた。

 それで、私が館へ来たおり、エルネスティーネの状況がそんな事になってるともつゆ知らず、一人寂しそうにしてた所、私が声を掛けてしまう。

 その行為が、エルネスティーネの琴線に触れたようで、現状を作り出す発端となった。

 はぁ、女の子の涙はズルいですよ。それにこのままじゃ、始末が悪い。


「わ、わかりました! エルネスティーネ、勝負します」


「ぐすん……ほ、ほんと、ですの」


「はい、勿論です」


 私はニッコリと微笑み言ってやった。


「それでこそ、ワタクシの永遠の宿敵ともですわ」


 涙ぐんでた態度を一変し、瞳を爛々と輝かせると、声高らかに宣言してくるエルネスティーネ。

 か、変り身はやっ、ほんと、この娘には参ったよ。

 それに、永遠の宿敵ともって、どういう事? 何かに毒されてないか……。


「ニッヒヒ、どうせ暇してたんだし、退屈凌ぎに、ちょうどいいんじゃない」


 オルグは意地悪い笑み見せて言ってくる。

 あ、こいつは、こうなると見越してましたね。だから、あのタイミングで、私を咎めてきたのか。

 エルネスティーネは、私を見つけると事あるごとに魔法勝負を吹っ掛けてくる。

 それも嬉しそうに、おもちゃを見つけた子供みたく。

 最初の頃はお子様の遊戯程度の勝負だったので、楽に相手出来たけど、年を追うごとに勝負の内容が激しくなってきてる。これが中々にしんどく、勝負を受けたくない一番の理由なんですよね。

 でも、エルネスティーネにとって、この行為が私と繋がる唯一のコミュニケーションツールだと思ってる見たいなので、私がさっきのように邪険に扱えば、面倒臭さいことになるんです。何とも、不器用な娘ですよ。



 勝負をする為に連れてこられたのは、館の敷地内にある白壁造りの長屋。ここは所謂、薬や魔道具アーティファクトを製造、作製する事を主として建造された工房。


「エルネスティーネ、勝負をするのに、どうして工房へ来たのですか?」


「ふ、愚問ですわよ。ダリエラさん。今回はワタクシが自ら考案し、そして完成させた此方の魔道具アーティファクトで勝負ですわ」


 エルネスティーネが不敵な笑みを浮かべれば、目がくらむほどに輝く銀白色の細長い棒状の、例えるなら船のオールに似た金属を長机の下より取り出た。


「これが、魔道具アーティファクトですか?」


 目を凝らし、銀白色のオールを見れば、その表面には、細々と流麗な紋様が刻まれていた。それは魔法を発動させる為に描かれる魔術式。


「そうですのよ。魔法の箒を基に創作致しました風霊の櫂【風霊櫂シルフィード】ですわ」


 魔法の箒を基にか、エルネスティーネが考えてる事、何となくわかりました。


「で、それでどのような勝負をするのです?」


「ウフ、そして【風霊櫂シルフィード】は、もう一本製造していますの。もう、わかりますわよね……」


 待ってましたと、言わんばかりに鼻高々なエルネスティーネ。


「まぁ、何となくは」


「ダリエラさん。相変わらず、察しがよろしくて助かりますわ。そう、お互いこの【風霊櫂シルフィード】を使い、今より気流乗りエアライドを行いますわ」


 あらら、やっぱし予感的中。気流乗りエアライドですか。コレって結構疲れるんですよ。

 何にせよ、ヤると言った以上は勝ちにいきますけど。負けるの嫌いなんで。

 それよりさっきから、オルグが大人しい。


「どうしましたか? オルグ、先ほどから、【風霊櫂シルフィード】をジッーと見つめて」


「いや、まぁ、何というかさ。ねぇ、エルネスティーネ、この【風霊櫂シルフィード】に使ってる金属って、もしかして【ミスリル鋼】かい?」


「あら、オルグ、よくお判りになりましたわね。その通りですわよ」


 エルネスティーネは、とんでもないことをサラリと応えた。


「へっ、【ミスリル鋼】ですか。コレ、二つ共……」


 私はあまりの事に、声が裏返ってた。


「当然ですことよ。ワタクシとダリエラさんの勝負に、ケチなどついてはいけません」


 何故にそんな平然としてられるのかエルネスティーネ。

 限られた場所でしか、採掘出来ない、超希少な代物ですよ。わかってるのかな?

 それにしても、これだけの【ミスリル鋼】を使うとなると、とんでもない製作費用が掛かるはずなのでが……。


「エ、エルネスティーネ、一つお伺いしても宜しいですか?」


「ええ、何なりと」


「あ、あの、こんな事お聞きするのは、大変失礼なことだと思いますけど、シ、【風霊櫂シルフィード】一本辺りの製作費用はいかほどに?」


 私はかつて無いほどの興奮を覚えながら、意を決して、恥ずかしげもなく尋ねた。


「えっと、一本辺りですか。そうですわね……ざっと、見積もって金貨千三百枚くらいだったと思いますわ」


「ひっ、せん、千三百枚ですか!」


 全身が震える程の衝撃が走る。金貨千三百枚って、わかりやすく例えると、転生前の世界の通貨を用いて換算するならば、確か、五千万円くらいか。

 マジですか。この娘は正気なの? いや、元々、名家のお嬢様、これ位普通なのかな。

 ああ、額が、大き過ぎて訳わからん。


「へぇ、流石は天才【魔道具職人マーフ・クラフト】我が主人の雀の涙な稼ぎと違い、稼いでますな」


 オルグが私を横目に皮肉ってくる。

 あ、忘れてました。エルネスティーネの普段が残念すぎる為、頭からすっぽり抜け落ちてた。

 そう言えば、エルネスティーネって、今や物凄い人物だったんだ。

 魔道具アーティファクト造りに関してだけは、もう館でも右に出る者がいない。様々な魔道具アーティファクトを世に生み出している。

 特に冒険者や傭兵、騎士達などから絶大指示を受けていた。

 エルネスティーネは、大陸でも指折りの【魔道具職人マーフ・クラフト】に数えられるほど、成長を遂げている。

 私のような者と比べるにも値しない。


「嫌ですわよ。オルグ。ワタクシなどまだまだ、若輩者です。それに今のワタクシがあるのはダリエラさんのお陰なのですから」


 ものすっごく、私の存在がもちあげられている。なんだか、居た堪れない気持ちで、いっぱいなのですけど。


「そ、それより、勝負内容の説明、お願いできますか」


 私は話題を変えるべく、エルネスティーネに話を振る。


「はっ、そうそう、話が逸れてしまいましたわ。それで気流乗りエアライドと言えばわかりますわよね。ダリエラさん」


「ええ、それは勿論」


 気流乗りエアライドとは、簡単に言えば、空中エアレース。予め指定されたコースをどちらがより速く飛行できるかを競う競技。

 古来より【魔女宗ウィッカ】に伝わる伝統ある競技。

 エルネスティーネは、長机の上に地図を広げると話し始める。


「では、始めにコースの説明をさせて頂きますわ。まず、ココ、工房前をスタートして、そこから南の直線上にある魔女の森を守護する霊樹を折り返し地点に置き、また工房前へと戻ってくると言う単純シンプルなコース設定にしましたわ。ダリエラさんは、このコース設定で宜しくって?」


「ええ、異論はありません」


「フフッ、それでは、次に【風霊櫂シルフィード】の使用方法を簡単に説明致しますわ」


 私の言葉に、満足気なエルネスティーネ。普通にしてれば、とても可愛らしい娘なのにな。何処をどう間違ったのやら。

 基本の操作方法は、魔法の箒と変わらないけど、魔法の箒には無い機能が追加されていた。こればかりは実際使用してみないと、どんな効果があるかわからない。

 そして、説明が終われば、いよいよ、勝負の時が迫る。

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