第5話【失策】

「魔物相手に、手心を加えようなんてするから、そんな情けない姿晒すことになるんだぜ。ダリエラ」


 霞む視界に突如現れた、豹のような漆黒の体躯を持つ大型の獣。


「お、オルグ……」


「何だ、ダリエラ」


「あ、すみません」


「いいさ別に、ココは俺が抑えておく、早く傷の回復しろ」


「そ、そうですね。少しの間、お任せします」


 オルグは私の方へ振り返ることなく、言葉かわせば、ジリジリ押し寄せる魔狼の群れを見据えて、臨戦態勢を取っていた。

 普段の愛くるしい猫の姿とは、打って変わり、しなやかで雄々しい肉食獣思わせる姿を晒すオルグ。

 これがオルグの本来の姿。猫と言うよりも黒豹って言った方がしっくりくる程、男前なんですよ。

 それよりオルグが、私を名指しする場合、大概本気で怒ってる時なんですよね。後で宥めるの大変そう……。

 オルグが放つ殺気に呼応するかのように魔狼達は、またも一斉に遠吠えを上げて先程、私へと食らわせた共振現象ハウリングを引き起こす。

 バリバリ、バチバチと大気が震える。


「一度、見せた技を食らうほど、俺は阿保じゃないんでな」


 オルグがそう言うと、自身を中心とする真っ赤に輝く魔法円を発動し展開させて、真紅色の半球体ヘミスフィアの魔法結果を張り巡らした。

 私の場合と違い、共振現象ハウリングを完全に遮断する。

 うっ、ちょっと悔しい。何としても、この失態を覆し、主人としての威厳を取り戻さねば。


「ダリエラ、何やってる? 早く傷を治せ」


「あ、はい。そうでしたね」


 ふらつく身体を何とか支え立ち上がったら、たすき掛けた革鞄へ手を突っ込みガサゴソと手探りにある物を探す。


「ふうっ、無事で良かった……」


 取り出したのは薄紫色の小瓶。中身は液状の回復薬、服用すれば少々の傷なら立ち所に治してしまう魔法の薬。

 因み、これは私の体質に合わせて精製したオリジナルの魔法薬。なので私以外の人が薬を服用しても、私と同じような効用を得る事は出来ない。

 小瓶の蓋を開ければ、一気に回復薬を飲み干した。

 立っている事さえ、儘ならなかった身体が、一瞬にして傷を負うまえの状態へと戻る。


「オルグ、もう少しだけ、時間を稼いで下さい」


「ああ、ところでどうするつもりだ?」


「ここは、心を鬼にし一気に決めます!」


「やれやれ、最初からそうしてくれりゃ、俺が出張ることもなかったのにな……」


「うっ、それは言いっこなしですよ。オルグ。それよりも、私が魔法詠唱に入ったら結界を解いて下さい。魔狼達を此方に誘き寄せます」


「何する気かわからんが、了解した」


 オルグは私を一瞥し頷く。

 さて、魔法で一気に蹴散らしたいところですが、現状の私の魔力量では、今より行使したい魔法を発動する事が出来ない。

 そこで裏技、私は革鞄から亜こぶし大の黒水晶を取り出した。

 この黒水晶は魔力の元となる魔素を封じ込めた魔石。

 私の足りない分の魔力を此れで補う。

 側に転がっていた箒を手にすれば、魔法詠唱を開始する。


「原始より生まれし蛮勇なる焔よ、大地切り裂き、天貫きし、その憤怒の烽火を以って、我ら阻む全ての怨敵モノを灰燼とせしめん!」


 自分の中にある魔力が急速に失われるのを感じた。

 オルグは既に結界を解いており、魔狼の群れが、それを勘違いしてくれると、これ見よがしに、私達目掛け襲い掛かって来た。

 散会していた群れが密集してくる。そこへ向かって私は、黒水晶を投げ込み叫ぶ。


「『劫火天衝ボルカノン』」


 投げ込んだ黒水晶が粉々に砕け散れば、大地を揺らす地響きが起きる。

 地響きと同時に私は箒に跨り、空中へと飛び上がったなら、既にオルグも通常の猫モードに戻っており、箒の柄先で地上の様子を伺っていた。

 激しい地響き地割れが発生し、深淵を覗かせる裂け目が出来たら、突如として噴き出す灼熱のマグマ!

 轟音と爆風を伴い、魔狼の群れを刹那にして飲み込んだ。


「おいおい……ちっと、やり過ぎじゃね。キョウダイ」


「あ、やっぱり、そう思います」


 夜の帳が真っ赤に染まるほど、神々しく輝いてる。


「中級魔法くらいで片付いたろうに、態々、上級魔法なんか行使してキョウダイ、アホだろ。後で面倒臭い事になるぜ。なんせこの状況はヤバいと思うよ」


「そ、そんな言い方ないですよ。コレだって話せば、きっと分かってくれますよ」


「さぁ、どうだろうな」


「お、オルグ。意地悪ですね」


 眼下に広がるのは、熱気つつまれた真っ黒い焦土と化し大地。魔法を発動した範囲だけ大災害が起きたかのような荒れ地となっていた。

 そして、問題となるのは、リヴァリス王都とエルムス城塞都市を結ぶ主要街道の一つが、この場所。

 はぁ、主人の威厳を取り戻そうと、頑張り過ぎた結果が、この惨事って……。


「そう気落ちするなよ。キョウダイ、どの道なるようになるさ」


「他人事だと思うから、そんな軽口叩けるんですよ。嗚呼、ほんと最悪です」


 私は物凄い後悔の念に苛まれつつ、この場を後にして魔女の館へと帰った。



 魔女の館の一室にて……。

 私の目の前には、シェーンダリアの一番弟子アマンダが、重厚な机に向かい座っている。

 魔女の館の統括を任されているのが、このアマンダだ。

 今回の出来事で私はアマンダに呼び出された。

 目尻を下げて悲哀な顔作り私を見据えるアマンダだけど、それも相まっていつも以上に艶やか雰囲気を醸し出してた。


「ダリエラ、貴方は、もう少し思慮深い娘と思っていたのですが……」


 そこへ空かさず、横槍を入れてくるオルグ。


「我が主人はぱっと見、落ち着いてるように見えるけど、その実、意外と短気なんだよ」


「オルグ、余計なこと言わないで下さい!」


「そうなのですか? ダリエラ」


 オルグの言葉を受けて、目を見開くアマンダ。


「いえ、決してそのようなことはありません。アマンダ。此度は少し力の加減を間違えてしまい、あのような惨事を生み出してしまいました。申し訳ございません」


 私はアマンダに深々と頭を下げた。


「此度の件に関しまして、色々と協議した結果、謹慎二週間とします。己を省みて猛省して下さいね」


「はい、謹んでお受け致します」


「それから後、師シェーンダリアに感謝しなさい。彼の方のお陰で、今回は事なきを得ました。本当なら牢獄に入れられても文句を言えない立場でしたよ」


「はい、それは重々承知しております」


「此度の件はこれでおしまいです。後のことは気にせず、より一層、魔女修行に励むように……」


「はい、ありがとうございます」


 話を終えたなら、私は自室へと戻りベッドの上で大の字になり寛いでいた。

 はぁ、とは言ったものの、二週間も館から出れないのはキツイな。

 それに、お店に立たないと給与が出ない。雀の涙程しかない給金だが、今までコツコツ貯め続けて来て、要約目処が立ちそうな時にこれだもの。ほんと、早いとこ小金を貯めて、魔女の館を早々に出たいのだけど、これで暫く遠退きますね。

 過ぎことは仕方ありません。今それよりもシェーンダリアに御礼言わなければ。

 今日は珍しくシェーンダリアが館を空けずに部屋にいると聞き及んでいます。いつも忙しくと言うか、物見遊山で大陸の観光地を巡ってるのに、私からしたら超羨ましい生活をしてます。

 暫くダラダラと物思いに耽っていた私はベッドより起き上がり、身支度を整え始める。


「はぁぁ、何処出かけるのかい? キョウダイ」


 眠たそうに生欠伸しながら、オルグが尋ねてきた。

 

「出かけるも何も、私は謹慎中ですから何処にも行けません」


「それも、そうだね。じゃ、何故に着替えてるのさ?」


「それはですね。今からシェーンダリアの所に御礼と謝罪を述べに行こうかなと」


「ふーん。そう。 じゃ、頑張って」


 私の応えに、さして、興味なさ気なオルグは、ポカポカ陽気の射し込む窓辺でダラダラと身を預けると、目を瞑った。


「冷たいですね……」


 もう、他人事だからって、横柄過ぎますよ。

 私はオルグの態度に少し難色示せば、自室を出た。


 魔女の館、最上階の最奥にシェーンダリアの部屋がある。

 シェーンダリアの部屋前まで来たなら、私は扉を三度ノックした。

 …………何も応答がない。

 これも、何時もの事なので気にせず扉を開けて、部屋の中へと入った。

 甘く芳しい香りが鼻をくすぐる。

 カーテンを閉め切っている為、部屋の中は薄暗い。

 普通なら手探り状態で歩みを進めないといけないが、私の眼はそれを必要としないから一目散に目的の場所へと歩を進めた。

 キングサイズの天蓋付きベッドの側で立ち止まれば、私はベッドに視線を下ろした。

 そこには白陶器と見間違うくらい滑らかな肌に、細くしなやかな肢体をシースルーのネグリジェから惜し気もなく晒す女性が横たっている。

 相変わらず目のやり場に困る格好ですね。

 端麗な横顔を隠す長い濡れ羽色の髪に、目を瞑っていてもわかるクルッと長い睫毛と、蹲る程に気づかされる柔らかで美味しいそうな肉体は、見る者の心を忽ちに鷲掴んでくる。

 この女性を一見するだけで、誰しもが思い浮かべる魔性の二文字。

 言わずもがな、この女性ヒトが私の師匠、シェーンダリア。

 気持ち良さそうに寝息を立ててますね。起こすのも何ですし、またの機会にしましょうか。

 私がその場で踵を返し、扉へ向かおうかとした矢先だった。

 

「ふっぁ?!」


 私は尻尾に突然の違和感を感じた。

 肩越しに振り返れば、シェーンダリアの細っそりと長い指先が尻尾を握り締めているじゃないですか。


「何も言わずに立ち去るなんて、冷たいわね。ダリエラ」


「んんっ、お、起きてたんですか。 それなら、さっき返事ぐらいしてぇ、んぁ……んんっ、んん」


 シェーンダリアが握った尻尾に力を加えた途端、私は口を噤んでしまう。更に刺激を与えようして、シェーンダリアの手が絶妙な力加減で尻尾を扱けば、私の全身が総毛立ち、やがて違う感覚が目覚めそうになる。

 

「ヤバい、ヤバいから、それ無理ですぅ!」


 それを堪えて抵抗するも身体中の力が抜けていく。やめ、やめ、変な声出るからぁ!

 私は噛み締めた唇を両手で覆い隠しながら、声が漏れるのを必死に我慢する。

 震える身体でシェーンダリアから逃れようとしたけど、私はあっという間にベッドへと引きずり込まれた。


「うふっ、ダリエラ。久しぶりの感触堪能させて貰うわ」


「い、いえ、結構です。遠慮します。ちょ、ちょっと、どこ触ってるんですか! ヤメ、離して下さい。って言うか離せ、離れろ!」


 どさくさ紛れに、余り口に出したくないところを弄られてしまう。

 こ、これ以上は、貞操が危ない!

 私はありったけの力を振り絞り、何とかシェーンダリアの元より脱出を果たした。


「ハァハァ、ハァハァ。な、何のつもりですか。シェーンダリア」


「『光を灯せ……』」


 シェーンダリアの呟きと共に、室内に置かれているだろう全ての燭台に火が灯される。


「何のつもりかって、そんな連れないこと言っちゃうのダリエラ」


 シェーンダリアはベッドへと腰掛ければ、サラリと黒髪を掻き上げて、妖しさ孕んだ真紅の瞳を細めたなら、私に向かいニッコリと含み笑いを見せた。

 その仕草が私の心を掻き乱す。私が元男と言うのは、この際、置いておきます。

 色っぽい、普通ならそう思うだけで済む話なのですけど、ことシェーンダリアに関して言えば、一般人と同じ扱いにしていけないのです。

 これはシェーンダリアの持つ特質、先天的に備えられるスキル。所謂、『誘惑テンプテーション』と呼ばれる業が原因。更に厄介な事に、シェーンダリアの誘惑テンプテーションは、同性に対しても有効なところ。

 なので、その淫気に当てられると、業の耐性を持ってない人間なら忽ちにして堕とされしまう。

 全くこのヒトは、冗談なのか本気なのか。


「そんな嫌そうな顔しないでよ。ちょっとショックじゃない」


「そう思うなら、こんな事ヤメたらいいんです」


「ああ言えばこう言って、もっと師匠を敬いなさいよ」


「敬えるような振る舞いをしてほしいのですが……」


「全く、口の減らない弟子よね」


「お褒めいただき光栄です!」


「阿保、褒めてないから……はぁ、はいはい、私が悪かったわよ。ダリエラ」


 しょうもない押し問答は、シェーンダリアが珍しく折れて幕を閉じた。


「何、そんな物珍らしい顔してるの?」


「いえ、別に何でもないです。あの、それよりも、此度の件、本当に申し訳ございません。そして有難う御座います。シェーダリア」

 

 私は一応、形式に則ってシェーンダリアの前で傅けば、頭を下げる。


「いいわよ。そんな堅苦しいことしないで、それほど大した事してないから」


「そう言われると、立つ瀬がないですよ」


 シェーンダリアと直接顔をあわせるのは、半月振りくらいか。だから今回の件も概要を伝えてる程度だったので、とりあえず、事の経緯をシェーダリアに話すことにした。


「ダリエラ、しばらくの間、館でじっとしててね。今回の事でダリエラが【加護付き】じゃないかって噂が広まっちゃってるから、面倒だけど我慢して」


「【加護付き】ですか。それは、面倒そうですね……」


 と、言ってみたものの【加護付き】のこと、一応にしか理解してません。


「まぁ、遅かれ早かれ、知られる事だからいいのだけど、ダリエラの場合は時期尚早なのよね」


 時期尚早ってどう言うこと? まだまだ、私がお子様ってことかな。形はこんなだけど中身はとうの昔に成人してるんですよ。何だか、心外ですね。


「納得してないって顔ね。けど、ダリエラ。何か勘違いしてるわね……」


 私の顔を見るなり、シェーンダリアが言ってきた。


「勘違いですか?」


「そっ、勘違い。時期尚早って言った事の意味よ」


「意味ですか。私がまだまだ小娘だってことではないのですか?」


「ちょっと違うわ。お前が賢く聡いと言うのは、私も重々承知してるの。でもね、ダリエラ。こと世情に関して言えば、お前のその疎さが致命的なの。賢いお前ならわかるわよね」


 あ、そういう事ですか。私がこの世界へ転生して早三年。まだ、三年と言えばいいかな。三年ぽっちで、こちらの世界情勢を把握するなど、難しい。

 で、シェーンダリアには、私が転生者だとは言っていない。その代わり、色々と此方の辻褄合わせの為、シェーンダリアに会う以前の記憶が無いと伝えている。

 嘘を吐きたく無かったけど、流石に神様に転生させられたなんて言えないから、やむなくこう言う形を取った。

 結局、シェーンダリアの言いたい事は、幾千、幾万の人と多種多様な国が存在する中で、私のように何も知らない【加護付き】をポッと放り出せば、その力に群がる様々な陰謀や思惑に私が潰され兼ねないと言うか、潰れると思っているから、多分、この様な処置を取ったのでしょう。

 

「わかりました。シェーンダリアの指示に従います」


「そ、わかってくれたのね。物分りが良くて助かるわ。どちらにせよ、噂が出回った以上、今までの様な生活が出来なくなると思うから、それなりに覚悟はして置きなさい」


 はぁ、何だか凄く大事になってしまったな。私の計画では、後半年したら魔女の館を出て、自由気ままな旅暮らしがしたいと思ってたのに……この様子では、当分無理そうだな。

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