第18話【黒の予兆】

 樹皮の臭いがむんむんと充満する緑の海の中、けたたましい獣の声と共に、赤毛の男の怒声が響く!


「オラァァ! トドメだ!」


 ダリオの渾身の一撃が、魔物の頭蓋をグシャリと潰せば、毒々しい紫色の体液が辺りに飛び散る。

 オエェ、気持ちわる。ホント容赦無いな。

 それにしても、力技にも程がありますよ。雑な戦い方ですね。

 ダリオの携える武器は、硬鞭と言って剣の形をした単なる鉄の棒で、刃がなく断面が剣のように平ではなく、六角形の鉄棍みたいな形になった打撃武器。

 その硬鞭で仕留められた魔物は、妖月兎マーハと呼ばれる魔物で、赤茶色の体毛に、鋭く尖った前歯と爪を持つ、大きさが大型犬くらいあるウサギだ。

 あの可愛らしいウサギと似ても似つかない、見るからに凶暴そのもので、一度縄張りに侵入したのなら、ご覧の通り、そこかしらの鬱蒼と生い茂る草木より姿をあらわして、群れとなし、次々に襲い掛かってくる。


「ハッハ! そらぁ! どうしたよ? もっと根性みせやがれ!」


 そんな状況にも関わらずダリオは、それを嬉々として迎えいれたなら、硬鞭を魔物に向かって力任せにぶん回す!

 他の団員達も、皆一様に魔物を仕留めていた。

 獅子奮迅って言うのかな、この傭兵団は、かなりヤバ目の戦闘狂ばっか、揃っちゃってますね。

 私は一人安全な木陰で、小岩に腰掛けて傭兵団の様子を眺めていた。


「これは、何と言っていいのやら……言葉がありませんね」


 私の傍らに立つエイブラムが、ダリオ達の姿に唖然となってる。


「そうですね。ちょっとやり過ぎ感が否めないですが、ダリオ達も手を抜く訳にも行きませんし……」


 とは言え、目の前で目も背けたくなる魔物達の死体の山が築かれたら、たまったものじゃない。


「それより、こうもひっきりなしに、次から次へと出て来られては、拉致があきませんね」


 エイブラムも食傷気味と言った所らしい。


「確かに……でも、それも、ようやく終わりみたいですよ。エイブラム」


 流石の魔物達も、ダリオ達の猛撃に耐えかねたのか、我先にと言わんばかりの勢いで散り散りに茂みの奥へと逃げ出して行く。

 

「けぇっ! たわいもねぇ。肩慣らしにもなりゃしねぇぞ! ちったぁ、骨のある魔物はいねぇのかよ」


『そうっすね』


『へっ、団長。こんなんじゃ、合成魔獣(キマイラ)の方も大したことないかもしれませね』


「そりゃ、勘弁してほしいぜ! カッハハ!」


 魔物の返り血や肉片がそこかしらに飛び散るそんな惨状の中で、軽口を叩き合うダリオと団員達。

 そんなに簡単なら、とっくの昔に何処ぞの狩人ハンターが捕獲してるだろ。と思ってるけど、ココは場の空気を壊さない為、口を噤んでおく。


「キョウダイ。ちょっと、いいかい?」


 オルグが私にしか聞こえない小声で、耳打ちしてきた。


「はい、どうしました?」


「さっきの魔物達が、戦闘中だったのにも関わらず、ずっと口々に呟いていたんだけど、しきりに、黒の魔物がやって来る早く逃げなきゃ、ってな具合で騒ぎ立ててだんだよ。これってどう思う?」


「黒の魔物ですか? そうですね……」


 私は顎に手を添えつつ考える。

 下級と言えど、魔物がこうも怯えてると考えれば、やはり尋常ではないクラスの魔物だろうから、自ずと答えが絞られてきますね。

 あくまで、私の推察にすぎませんけど、ほぼほぼに【合成魔獣キマイラ】だと確信してます。

 実際に姿を見た訳ではないけれど、仮に【一角獣ユニコーン】なら白い魔物だと答えるだろうし。


「ダリエラ、難しい顔してますけど、何か気掛かりなことでも、お有りですか?」


「あ、いえ、別に大したことではありませんから、お気になさらず」


 エイブラムの投げ掛けに、私はオルグより伝えられた事を、どう話していいのか思い浮かばなかったので、とりあえず、自身の中に留めおく。

 ダリオ達へ視線を移すと、どうやら仕留めた妖月兎マーハの解体処理を始めていた。

 皮を剥ぎ血抜きをする生々しい光景だが、それをする理由は幾つかあり、一つは、死臭、腐敗臭を嗅ぎ付けた別の魔物がやって来るのを防ぐ為、二つ目は、疫病の発生防止、そして三つ目、ダリオ達の場合は、多分これ、妖月兎マーハの毛皮売買が目的。特に街では、その毛皮が重宝がられており、結構な高値で取引されていた。


『団長、全部剥ぎ終えました』


「おお、中々集まったじゃねぇかよ。ククッ、今夜はいい酒が呑めそうだぜ」


 毛皮の収穫にご満悦なダリオ。

 あまり気を抜いてると、不覚を取っても知りませんよ。と私はダリオを横目にしながら、そんなことを思ってた。


「ところで、エイブラム。今、向かってる。えっと、そうそう弓闘士アローダンへそまで、どの位掛かるのですか?」


へそですか。うーむ、そうですね。まだ森に入って間も無いですし、数刻は必要かと思います」


 私の質問にエイブラムは空を仰けば、快く応えてくれる。


 弓闘士アローダンへそとは、森の中にある明るく開けた広場、ギャップを指しており、上空より見ると人間の臍みたく窪みんで見えるため、そう呼んでいた。

 そこには、先人の狩人ハンター達が森を切り開き造った中継基地ベースキャンプがあって、主に森の探査や魔獣などの探索の拠点として、先ず最初に目指す場所らしい。

 当初、そこら辺の事を、なにも知らずに森へと入ろうとした私は


「ダリエラ、貴方という人は、なんて無謀な……」


「お前は、バカか? 無知にも程があるぞ」


 などなどの言葉責めに合い、エイブラムやダリオ達に物凄く怒られた。

 確かに、今考えれば、何の下調べもせずに一人で、多くの逸話や伝説が残こる森へ入ろうなんて、死にに行くようなもんですよね。

 これに関しましては、自分の不甲斐なさを感じて大いに反省してます。


「そうですか。ありがとうございます。エイブラム」


「なに、お安い御用ですよ。戦いが不得手な私に取って、せいぜい道案内くらいしか、皆様のお役に立てることがないですから」


 眉尻をポリポリ掻いて、申し訳なさそうに身を窄めてしまうエイブラム。

 

「また、ずいぶんと、へりくだってますね。そんなの雇い主なのだから、もっと堂々としてたらいいと思うんですけど。それに私だって、特に何もしてないですよ」


「そうなですが。私のわがままの為に、皆様を危険な目に合わせてるのは、確かなので。やっぱり、大きな顔は出来ないかな」


 力無い笑みを見せてはいるけども、言葉の端々から強い意志のようなモノを感じ取れる。


「エイブラムが、それで良いなら私は何も言うことはありません」


 そう言って、私は軽く微笑み返す。

 後処理もひと段落すれば、私達は中継基地ベースキャンプ目指し、森の奥地へと進む。

 道らしい道もなく、獣道をひたすら歩く私達一行。途中何度か魔物と遭遇するも、ダリオ達は、いとも容易くそれを撃退して見せる。

 普段の素行が頗る悪いからダリオのこと、私は随分と嘗めていたようです。

 こと、戦闘に関しては、素人目から見ても天才的だとわかった。

 これでも、人を見る目があったつもりでしたけど、ちょっと改めないといけないかな。

 魔物との戦闘は、ダリオ達に一任している間に、私は【弓闘士アローダンの森】でしか手に入らない薬草や鉱石などを収集させて貰う。


「ふぅ、結構集まりましたね」


 私は額に汗流し、皮袋へ親指大程ある紫黒色の鉱石を幾つも詰め込んでいく。


「ダリエラ、それって魔鉱石ですよね?」


 皮袋の中を覗き込みエイブラムが尋ねてきた。


「はい、そうですよ。なかなかお目に掛かれない高純度の魔鉱石ですね」


「はぁ、私にはさっぱりわかりません。普段目にする魔鉱石とどう違うのか」


「微妙の色艶の違いで、見分けるんですけど、こればっかりは、経験則が物を言うんですよね。私も最初の頃はさっぱりでしたから、今のエイブラムと同じでしたよ」


「て、テメェらよ! 俺を他所に何イチャついてくれてんだよ!」


 戦闘を終え、魔物の返り血をベッタリと浴びたダリオが、私とエイブラムの姿を見つけるなり、唐突にワナワナと震え出したら、指を突きつけ、私達にそう言い放つ!


「はっ? だ、誰がイチャついてるんですか! 失礼な!」


 ダリオの勘違いも甚だしい物言いに、私はダリオを睨み返して強く反論した。


「エイブラムも、何か言ってやって下さい!


「え、あ、はい。そうですね」


 何故か、少し照れ笑い浮かべて曖昧な返事をしたエイブラム。

 おい! そこは強く否定してくれないと。


「おい、ダリエラ。エイブラム旦那の方は満更でもねぇ面してるが……」


 ジト目もジト目で私を見てくるダリオ。


「え、ちょっと、エイブラム。ダリオ、コレは違うから勘違いしないで下さい」


 アレ、ちょっと待て。何で私はダリオなんかに言い訳してる? これじゃまるで、私がダリオに気があるみたいじゃないか!

 私が一人アタフタしていると、


「ププッ、ハッハハ」


「ブハッ! クックク」


 エイブラムとダリオが顔を見合わせると、私の狼狽え振りに、笑いを堪え切れなくなったらしく、盛大に吹き出した!


「ん、はっ?! まさか……二人して」


 そして私は気付かされる。


「うぅ、よくも、よくも、嵌めてくれましたね!」


 顔面がみるみる熱くなるのが自分でも分かった。多分、かつてないくらいに赤面してると思う。


「いえ、嵌めるだなんてとんでもない。ただ、少しばかりお茶目しただけですよ。そう、怒らないで下さい。ダリエラ」


「そうだぜ。ダリエラ。別に嵌めるつもりなんて無かったぜ。ただ何となくこうなっただけだ」


「そんなこと知らんわ!」


 くぅぅ、恥ずい、恥ずい、恥ずいわ!

 最悪です。ホント最悪。こんな醜態晒すなんて、全く私はなにしてんだよ!

 あまりの恥ずかしさに、私は一人不貞腐れて、中継基地ベースキャンプに到着するまでの間ずっと口を噤んやった。


「おい、いい加減、機嫌直せや」


「別に、怒ってませんけど」


「いや、怒ってるだろうが」


「すみません、ダリエラ。私も少しふざけ過ぎました」


 私のご機嫌取りに必死なダリオとエイブラム。

 そんな二人を横目にし現れたのは、頑強そうな丸太杭で造られた防御柵と見張り台。

 驚くことに、私が想像してた中継基地ベースキャンプのそれとは随分と違ってた。

 もっと簡易的な物だとばかり思ってたら、ある意味一つの小さな砦と言う感じ。

 

「これは、凄いですね。思ってたのと全然違いました」


「そういや、お前、ここに来るのは、初めてと言ってたな。ならよ、中に入りゃ、もっと驚くかもな」


 ダリオが得意げになり言ってきた。

 なんかその上からな態度が気に食わないですけど、無知な私は大人しく頷くしかない。


「中にですか……」


 私達一行は、中継基地ベースキャンプ砦門前へと見張りに立つ狩人ハンター達へ軽く挨拶交わして門を潜り抜ける。

 普通の城塞都市と違い、特に入場許可など必要なくすんなりと入る事が出来た。

 まず、驚いたのが人の多さ、行き交う人々の殆どは、旅装束や鎧姿の狩人ハンターなのだけども、ちらほらと子供の姿も見受けられる。

 そして、入口から奥へと建ち並ぶ露店商。

 森の中とは思えないくらいの盛況ぶり。


「へぇ、これは凄いですね」


「な、言った通りだろ」


 私の素直な感嘆ぶりが、お気に召したのかダリオは更に得意げな笑みを浮かべる。


「よし、テメェら、毛皮を行商人にうっぱらってこい。それとお前らは、広場へ行って天幕の設営だ。それが終われば、わかってるよな。直ぐに取り掛かれ!」


「了解っす!」


「わかりやした!」


 ダリオはテキパキと団員に指示を出せば、とある場所へと歩みを進める。


「ダリオ、何処へ行くのですか?」


「ああ、付いて来ればわかる」


 ダリオは私の質問に適当な相槌を打つ。


「え、付いて来ればって……エイブラム、ダリオが何処へ向かっているか、わかりますか?」


「まぁ、何となくは、多分あそこですよ」


 エイブラムは中継基地ベースキャンプの奥にある建物を指差した。

 それはあまりにもベタ過ぎる建物。所謂、西部劇に出て来るような酒場が見える。

 まだ、日が傾き出して間もないのに、もうお酒ですか。私も嫌いじゃないと言うより、寧ろ好きですが、ちょいとばかし早い気がします。

 そう、言葉掛けようとするも、ダリオの背中がどんどん遠ざかる。

 こいつは、どんだけ酒好きなんだ。

 そんな私の思いを他所に、ダリオは両脇を露店に挟まれた通りを酒場目指して、ひた進む。


「ダリエラ、諦めた方が良いですよ。ああなった団長さんは、多分、誰にも止められません」


 何か悟ったように遠い目をするエイブラム。

 あの赤毛と関わると、碌なことがないですからね。心中お察ししますよ。


「そうなのですか。なら、放っておいた方が良さそうですね。それはそうと、エイブラム、私も天幕の設営をしないといけませんし、個人的に色々とやっておきたい事がありますから、一旦、ここで単独行動させて貰いますね」


 そう、ちょうど良い機会だから【一角獣ユニコーン】に関する情報収集、及び捕獲の為の準備をしたい。


「あ、これは気付きませんでした。申し訳ありませんダリエラ。では、一旦解散と言う形で。それでは、何か御用がありましたら、私も酒場の方にいると思いますので、お声を掛けて下さい」


「はい、わかりました。それでは一旦これで失礼します」


 私はダリオ達一行と離れ、一人、中継基地ベースキャンプを散策する事にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る