第3話

「それで、この『ジェスタ』という街はどこにある?」

 ギルドを出てすぐに、グリムは依頼手配書に書かれている地名をセシルに聞いた。

「この街の南にある村よ。酪農が盛んで、この街で売られてる肉類や牛乳なんかは全部ジェスタ産だから、そこに被害が出たら結構な影響が出るわね」

 どうしてそんなことも知らないのかとでも言いたそうな表情しているセシルだが、仮にも一時的なパーティとして共に戦う。相手を邪険に扱っても良いことはないことを理解しているからこその行動である。

「それで、アンタは本当に殴る以外できないの?」

「手元に武器がなかったからな」

「それで本当にゴブリンを相手にするつもり?」

「そのつもりだ」

 確かに小型のゴブリンは一般人でも対応できるとは言ったが、それは何かしらの武器があってこその話であり、碌に実践訓練をしたことがない一般人が拳で魔物を倒すなど聞いたことがない。

 グレムという男は一体どれだけ無知なのか。こんな男と組むことになった自分の運命を呪ったが、依頼を受けてしまった以上はやすやすとキャンセルしてはならない。

 セシルはガシガシと面倒臭そうに頭を掻くと、上着の内ホルスターに収納していたナイフを取り出して、グレムに押し付けた。

「いい? 確かに小型のゴブリンは弱いことで有名よ。でも、奴らは自生してる毒草から毒薬を作ることも確認されてる。それを使われたら、鎧も何もつけてないアンタは一発で死ぬわよ?」

「……わかった」

 グレムは素直にナイフを受け取ると、すぐに使えるように腰に下げようとする。しかし上手くいかないようで、面倒になったグレムはズボンと腰の間に入れようとする。

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」

 そんな場所に入れようとするとは思わなかったのか、セシルは奪うようにしてグレムの手からナイフを取った。

「これは私のナイフよ! なんでそんな変なトコに入れるの!? バカなの!?」

「…スマン。武器の取り扱いはよくわからなくてな」

「ああもう! そういうことじゃなくて!!」

 話が噛み合わないことで更に腹を立てたセシルは、盛大なため息と共に項垂れた。

「………依頼については私が適宜指示を出すわ。アンタはそれに従ってなさい」

「わかった」

 グレムも、ギルドでの話を聞いて自分がいかに無知であるかを自覚していた。そのため、少しでも詳しいセシルの意見を尊重したのだった。







「あれがゴブリンの目撃場所ね」

 しばらく歩いてジェスタの街に着いた二人は、早速例の目撃場所にやってきていた。そこは街から少し外れた草原で、背の低い草木に囲まれている。もし天気の良い日にピクニックをするにはうってつけの場所だろう。

「数は最低でも三十だから、一度に相手をするのは危険よ。少しずつおびき出して戦うのが基本中の基本。二人しかいない状況でそれができない人間は死ぬわね」

「方法はあるのか?」

「私の魔法でおびき出すわ。いきなり群れに特攻なんてしたらどんどん出てきて囲まれるから、私に任せて」

「わかった」

 暗に『おまえには任せられない』という意味を込めた発言だったのだが、予想外に素直な返事が返ってきたために、セシルは面食らっていた。しかしそれも束の間、落ちていた石を拾うと、すぐさま遠くへ投げた。

「伏せてっ」

 グレムの頭を無理やり押さえつけ、草に身を潜めさせる。セシルも同じく身を低くし、石を投げた方向を睨む。しばらくすると、ゴブリンの姿が見えた。

「一匹……見張りか斥候ね」

 石を投げた程度ではそれほど多くのゴブリンをおびき出すことはできない。しかし、おびき出されたゴブリンの身に何かあったとわかった瞬間、その仲間たちが大挙して捜索を始める習性がある。

「乱戦になる可能性があるから、自分の身は自分で守りなさい」

「ああ」

 群れの正確な数がわからないが、おびき出すことができる最後のチャンスかもしれない。そう思ったセシルは、伏せた状態で杖を構えた。

「《オル・ファリオ》」

 セシルがそう言うと、持っていた杖が呼応するように光り、先端部分から小さな炎が出現し、あたりを見渡しているゴブリン目掛けて飛んで行った。炎が直撃したゴブリンは瞬く間に炎に包まれて、その体を焦がしながら地面に倒れた。セシルからすると造作もないことであるが、魔法というものを初めて見たグレムには信じがたい光景であった。

「それが魔法か?」

「……話は後。もうすぐゴブリンの大群が来るはずだから、しっかり隠れてなさい」

「ああ」

 言われたことに淡々と返事をするグレム。その態度に少しだけ苛立ったセシルは、杖を握る手に力を込めた。


 それから数分後、焼死体に集まるゴブリンが確認された。その数は十体ほどで、それぞれが石で作ったナイフを持っている。

「全部は出てきてないのが幸いね………」

 次はどうするべきかを考えるセシルであるが、敵の後続を考えると全力で出すわけにはいかない。かといって中途半端な魔法では一掃することができない。

 この時点で、グレムは戦力として考えられていない。セシルはあくまで自分の力のみで戦い、いずれはグレムを見限るつもりである。

「《ゼラ・ファリオ》」

 もう一度杖を構え、今度は炎で構成された刃が出現した。そして急に立ち上がって杖を横に薙ぐ。

 すると、先端部分から炎が照射され、同胞の死体に群がっていたゴブリン達を忽ちの内に炎に包まれた。魔法の威力を目の当たりにしたグレムは、何も言わずにただ踊っているように苦しんでいるゴブリン達を見ていた。




「第一波は完了ね」

 全てのゴブリンが動かなくなったことを確認したセシルは、戦利品を得るために死体の山に近づいて行った。

 真っ黒に焼けたゴブリンが折り重なっている。かろうじて顔の部位が判別できるが、血肉の焼けるような匂いが立ち込めて、わざわざ判別する気にはなれない。

「死体の右腕をもぎ取って頂戴。街に帰って売るから」

「わかった」

 セシルに言われるがままに、グレムはまだ熱を帯びているゴブリンの死体を持ち上げると、捻って腕を千切っていく。焼けているせいなのか、少し力を入れるだけですぐに腕が取れていく。その腕がやがて防虫剤になることから街では結構な値で売ることができるのだが、面倒だからという理由で教えることはなかった。

「………」

 ブチブチと赤い肉が伸びながら千切れていく。中には体表しか焼けていない個体も多く、血が真っ赤な血が溢れて来ることもある。だが、グレムは興味深げにその様子を見ている。

「っ、待って」

 最後の一体の腕をもぎ取ろうかというところで、セシルが制止の声をあげた。

「……相手の本隊が来たわ」

 セシルの視線の先では、大量のゴブリンが進軍している。目標が何かはまだ不明であるが、このまま戦っても危険な状態になるのは目に見えている。

「少なくとも五十はいるわね」

「さっきみたいに焼き払うことはできないのか?」

「馬鹿言わないで。いくら小型ゴブリンでも、あの数を焼き払うには賢者クラスでも難しいのよ?」

「ならどうする? 放っておくわけにもいかないだろ」

 依頼の内容が内容なだけに、この辺りにいるゴブリンを殲滅しない限りは完了したと言っても信用してもらえないかもしれない。ただセシルも言うように、五十以上のゴブリンを二人で相手取るのは危険極まりない。

 そこで、グレムが急に立ち上がった。

「俺がいくらか引きつけるから、バラバラになったところを少しずつ倒してくれ」

「え、ちょっと何言ってるの!?」

 セシルが止めようとする間も無く、グレムがゴブリンの群れに突っ込んで行った。

「あぁもう! 死ぬ前に逃げなさいよ!」

 こうなってはグレムを見捨てて逃げるか、自分も戦うかしかない。セシルは迷うことなく後者を選び、杖を構える。グレムが派手に突っ込んで行ったおかげでゴブリン達はセシルに目もくれないが、各個撃破なんて悠長なことをしている暇はない。もしグレムが倒れることがあれば、攻撃の矛先は全て自分に向かって来る。そのプレッシャーと恐怖をなんとか抑え込み、自身が使用可能な最大魔法の準備を始めた。




 一方セシルを置いて特攻したグレムは、襲い掛かって来たゴブリンの顔面に拳一閃。骨の折れるような音が響いたと思ったら、3メートルほど吹っ飛ばされて倒れた。その首はいくら魔物といえどもありえない方向に曲がっている。

 武器も鎧もない人間に仲間が一撃でやられた。その光景は後続のゴブリンの動きを止めることになったのだが、圧倒的数の有利から撤退を考えることはない。それぞれが石で作ったナイフを構えてグレムの動きを見張っている。

「………」

 グレムは深呼吸をしながら回り込まれないよう注意を払っている。この位置ではセシルの魔法の邪魔になることはわかっているために移動する算段を立てているが、自分がどれだけのゴブリンを相手にできるかはわからない。陽動を買って出た以上、自分が倒れてしまっては意味がないことはわかっている。

 相手の動きを見るために、一歩前に出る。するとゴブリン達も一歩下がる。ゴブリン達もグレムの拳が異常なことがわかっているのだろう、一定の距離をを保って機会を伺っている。下手に動けば一斉に襲って来ると予想したグレムは、せめて時間を稼ごうとゴブリンとの睨み合いに応じることにした。

 一方で、ゴブリン達を見ていて違和感を感じていた。セシルは少なくとも五十体はいると言っていたのだが、グレムの目測では多くても四十前後くらいしかいるように思えない。目で周囲を見てみるが、目の前の群れ以外は見当たらない。

 なんとなく嫌な予感がしたグレムは、ゴブリン達が気がつかない程度に摺り足でゆっくりと後退し始めた。



「邪魔……」

 強い魔法を使う為にはそれ相応の魔力を消費する。そして位置や威力を正確にコントロールする為にはただならない集中力も要求される。成功すれば、ゴブリンの二十体くらいは倒せる魔法を放つことができる。だが攻撃範囲が広い為に、乱戦時などは仲間を巻き込む可能性が高い。

 今はセシルとゴブリンの群れの間にグレムが立っている状態。間違いなくゴブリン諸共グレムをを焼き払うことになる。だがせっかくグレムが作ってくれた好機を無駄にするわけにはいかない。

「調整………よし」

 魔法の出現位置、範囲を指定する。草原である為に多少の火事になるかもしれないが、ジェスタの住民も理解してくれるはず。自分にそう言い聞かせて、魔法を発動する。

「《ベガル・ファリオ》!」

 現段階でセシルが使える最大魔法。未熟なものが使えば自分の周囲を無差別に焼き払う災害となりかねないが、セシルは有数な魔法使いの登竜門とも言えるファリアス魔法学校の中でも魔法の制御に長けていることで有名である。

 そして、セシルが指定した通りの場所に巨大な火柱が出現した。巻き込まれたゴブリンは瞬く間に消し炭となり、グレムと対峙していた個体は全て消滅した。

「ふぅ………」

 どうなることかと思ったが、グレムが睨み合ってくれていたおかげでことなきを得た。そう思った時だった。グレムが急に近づいて来たかと思うと、セシルの腕を掴んで地面に叩きつけた。

「がっ!?」

 なにが起こったか理解できなかったが、グレムが石のナイフを拳で受けたことだけはわかった。

 深く刺さってはいないだろうが、人間の皮膚なんてものは簡単に損傷する。グレムの体内に毒が入れ込まれたのは間違いない。

「っ! 《ベガル・ファリオ》!」

 倒れている状態で魔法を放ち、後ろに回り込んでいたゴブリンを焼く。そしてすぐさま立ち上がると、グレムの手を力任せに引き寄せた。

「血が出てる………すぐに街に戻って治療しないと」

「問題ない」

「ゴブリンの毒は人間なんて簡単に絶命させるわ! いいから言うことききな………さい」

 急にセシルの体がふらつき、グレムがそれを受け止める。なんとか自力で立ち上がろうとするも、足どころか全身に力が入らない。

「大丈夫か?」

「だ、大丈夫だから、は、放して」

 こうなった原因は魔法の使いすぎなのだが、加えて異性に抱きとめられていることが余計に調子を狂わせていた。

 それを知る由もないグレムは、セシルの体調が優れないのかと思い、そのまま地面に寝かせて膝枕をした。

「ちょっと………何してくれてんのよ」

「昔、良く母さんにしてもらっていた。こんな硬い膝じゃ寝心地が悪いと思うが、我慢してくれ」

 恨めしそうな目をグレムに向けているセシルだが、体の倦怠感と思いの外寝心地が良い膝枕に、少しだけ眠気を誘われた。

 本当はこんなこと恥ずかしいだけなのに。子供でもないのに、甘えるようなことは一人の女として恥なのに。

「って、そんなことしてる場合じゃないでしょ! 毒の治療しないと死ぬわよ!」

「問題ない」

「いやだから」

 そこまで来て、セシルはゴブリンの使用する毒は即効性がほとんどであることを思い出した。体内に毒が入り込めば、一分も経たないうちに苦しみ始める。だが、目の前のグレムには何も変化が見られない。

「………本当に問題ないの?」

「ああ」

「そう………」

 途端に再び体の力が抜け、頭をグレムの膝に預ける。おそらく付近のゴブリンは全滅させているし、やろうと思えばすぐにジェスタに戻ることもできる。

 そして何より、今はそれなりに信用できる相手が側にいてくれている。言葉に甘えて休んでしまってもいいだろう。

「じゃあ、頼んだわよ………」

「ああ」

 いくら才能があるからとはいえ、公的にはまだまだ駆け出しの魔法使い。身の丈に合わないことをしたものだと思いながら、セシルの意識はゆっくりと沈んでいった。



「………」

 セシルが寝息を立て始めてから、グレムは自身の拳を眺める。確かにゴブリンの石のナイフを受け止めて出血した。セシルの様子を見れば、ただではすまないことは十二分にわかる。原因はわからないが、全く知識のないグレムにとっては「これはそういうものだ」という程度の認識でしかない。

 そんなことを考えながら、かつて母親がしてくれていたように、セシルの頭を優しく撫でる。少しだけくすぐったそうに身じろぎをし、心地好さそうな表情を浮かべている。自分もかつてはこんな表情を見せていたのか。今となっては確かめようがないことだが、少しだけ過去のことを思い出して懐かしい気持ちになった。

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