第14話 僕、色々凄い姉上に会う

 昼食に串焼きを買い食いし、パン屋でパウンドケーキを買い、服屋や宝飾品店、雑貨屋、武具屋などをひやかす。なんて事をしていたら、もうすっかり夕暮れである。


 オーティスとヘンリエッタの身を守る為に、スケイルアーマーの技術を応用した皮と軽銀で出来た外套を買ったり、軽作業用の剣鉈を手に入れたりと、旅の準備という点ではバッチリだ。


 観光もあらかた済んだし、そろそろ宿に戻るとしよう。


「オーティス、ヘンリエッタ、僕はもうそろそろ宿に戻ろうと思うんだけど、二人は買いそびれた物とか思いつくかい?」

「うーん、多分ないと思う! ……そうね。私もパッと思いつくものは無いわ」

「なら良し」


 全員の意見が一致したので帰る事にする。……で、だ。今日半日『人骨が絡み合うヤバいデザインの外套と、顔の上半分を覆う髑髏を模した軽銀の仮面、挙句に狂気じみた大きさと構造を持つ大鎌を装備した不審者』として生活し、奇異の目に晒されるのにも随分慣れた。


 なので、もういっそ開き直って目立ってみようかと思う。『死神の実在を世に知らしめる事で悪への抑止力となる』というヘンリエッタの案に乗る形だ。……畏敬の念を集めることは地上の業を浄める使命の遂行にも繋がると思えば、奇異の目にも耐えられる……はずだ。


 ……頑張れ、僕。


「ヘンリエッタ、オーティス。こっちおいで。抱っこしてあげる」

「わーい! ……でもご主人様、片腕しか空いてないわよ?」

「首に手を回してくれれば十分抱っこ出来るよ。重量的には全く問題ないしね。……不満かい?」

「いえ? 逞しいご主人様も好きよ?」

「じゃあ良かった。……よっと」


 しかしまぁ、軽い。……少年とはいえ軽銀のスケイルアーマーを着込んだ人間を持っているとは思えない体感重量だ。せいぜい、大きめの水筒や小玉スイカ1個分ぐらいの重さに感じる。


 現状常人の20倍の出力を持つ僕の肉体にとっての感覚なので実際はこの20倍ほどの重量なのだろう。……こうして改めて考えると、そんな僕でも『振り回せるが恐ろしく重い』と感じる大鎌の実際の重量が気になってくるな。設計者は人間に振らせる、いや持ち上げさせる気があったのだろうか?


「オーティスとヘンリエッタは軽いなぁ。これなら抱えたまま走れそうだ」


 というか走っている。早く宿に戻って荷物を馬車に置きたいのだ。大鎌を天秤棒がわりに山盛りの荷物を背負っているのだが、重さはともかく嵩張って邪魔くさいのである。


「……というか気づいちゃったんだけど、僕、この武器のせいで馬車を持ってるのに馬車に乗れないんじゃないかな……?」

「わーい! 旦那さんはやーい! ……ちょっとオーティス、ご主人様の話聞きなさいよ。……確かにその武器は重すぎるからロバが参っちゃうかもしれないわね」


 うむ。ただでさえ荷物がある所にこんな武器を載せたら、重すぎてロバ君が目を回すだろう。そもそも僕は疲れを知らぬ不死の肉体であるし、荷物とオーティス達を運んでくれるだけありがたいと思わねば。


「でも、旦那さん本当に速いし、馬車より歩いた方が早いかも?」

「まぁそれはそうなんだけど、そこは荷物の問題だね。荷車を自分で引いても良いんだけど、両手がふさがっちゃうしなぁ」

「あー。じゃあやっぱりロバ君は大事だねー。……俺、御者頑張るよ旦那さん」

「オーティスはいい子だなぁ。まぁ、ロバ君は賢いから、あんまり気合入れなくても大丈夫だけど」


 やる気があるのはいいことだが、ロバというのは結構気難しい生き物だ。御者をするにしてもロバ君の意に沿う様にせねばならないので、アレコレと指示を出しすぎると逆効果である。


 なんて会話をしつつ駆け抜ける僕達を、道行く人たちは目を丸くして見ている。速度は普通の小走り程度だが、大荷物を化け物じみた武器に引っ掛け、死神に扮装して、挙句に片手で美少女——に見える美少年——を抱き上げているのだ。どう見ても『小走りで移動しているのはおかしい』存在に、僕達の後方では騒めきや噂話が広がっている。


 小都市に出没した謎の死神、あるいは酔狂な変態。今日明日の時点での噂はそんなところだろうが、今後の活動次第では意味のある行為になるだろう。


 と、布石的に目立ってみつつ、取っていた宿『可愛いめんどり亭』へと到着し、ドアを潜る。……と、ロビーに聖騎士と神官が数名。


「いや、なんで? 君達お使いぐらい一人でできないの?」


 思わずそう言ってしまった僕は悪くない。……いや、身分証をわざわざ宅配してくれたお礼を言うべきなんだろうけど、都市間郵便馬車じゃあるまいし聖騎士の護衛までつける意味は無いはずだ。どう考えてもこの人数で宿屋に押しかけているのはおかしいだろう。


 だが、そんな僕の疑問の声に応えたのは神官たちでも、聖騎士でもなかった。


「へぶぅ!?」


 何かが突っ込んできた、と理解した瞬間、咄嗟にオーティスを傍に下ろしたが、僕は突っ込んできた何者かのタックルを顔面に受けてしまう。オーティスを降ろす為に中腰になったせいだ。ズムン、という重い衝撃に脳を揺さぶられ、弾力のある柔らかな物体に顔面を圧着させられて呼吸ができない。というか、一回首の骨が折れた。不死身でなければ死んでいた。そして窒息で再び死にそうだ。……死なないが。


 後頭部に回された腕が万力の如く僕を締め上げ、頭蓋骨が軋む。僕の骨の強度は常人の20倍。鋼鉄並みの強度を持つ骨を軋ませるとか、どんな馬鹿力だ一体。


 あ、今おでこ割れた。痛い。おっぱい(推定)はともかくその下の大胸筋と肋骨の強度が高すぎておでこが陥没するとかどういう状況なんだろう。……死因『ぱふぱふ(物理)』は面白すぎるのでは?


 ……だが、押し当てられている豊満な膨らみと、その怪力から大凡の正体は掴めた。ので、予想通りの良識ある相手だと信じ、相手の肩をタップする。さらに態とらしくフガフガと息を吸ったり吐いたりすれば、状況を察してくれたらしい相手は僕を解放してくれた。


「あら、ごめんなさい! 私ったら! ああ、額から血が!」


 そう言って目の前で頰に両手を当ててオロオロしているのは、『枢機卿』を示す赤の法衣に身を包んだ美女だ。……僕の頭をベアハッグで圧壊させた後なので真紅に染まっているが、まぁ元から赤いのだし良いだろう。


「うわぁ、旦那さん大丈夫!? お姉さんいきなり何するのさー! ……オーティス、やめときなさい。この枢機卿猊下、なんか、ヤバいわ。……でも、ご主人様に似てる」

「ああ、大丈夫だよオーティス。ちょっと一瞬脳みそが頭蓋骨ごと挽肉になりかけただけ。……で、ヘンリエッタは相変わらず賢いね。この人は僕の姉上だ。初対面だけど」


 神の使徒として力を蓄えた僕を真正面から、それも『感極まった末のハグ』なんてもので圧倒できる存在など、魔王と呼ばれるレベルの強大な魔物か、同類しかありえない。


 そして、今僕の目の前に立つ女性から滲み出る聖性は、明らかに彼女が『世界の使徒』や『天使』と呼ばれる存在であると告げていた。


 つまり、ヘンリエッタに言った通り僕の姉ということになる。


「本当にごめんなさい! 力加減を間違えてしまったの。……弟が生まれたのは初めてだから、つい興奮してしまって……」


 そういう彼女が本当に申し訳無さそうにしているので、僕は気にしていない旨を伝え、額の血を外套で拭う。……あ、銀仮面吹っ飛んでる。どこに行った? ……オーティスが拾ってくれてるのか。有難い。


「あんまり気にしないで下さい、姉上。……しかし、なるほど。天使が来ていたなら護衛の皆さんがいるのも納得です。無体な事を言ってしまい申し訳ない」

「私が無理を行って身分証の受け渡しに同行させてもらったの。弟を一目見たくて……」


 そう語る彼女。先の言動から、僕のすぐ上の姉ということになるのだろう。……となれば、該当者は1名だ。


「しかし姉上、『聖域の使徒』である貴女がこんな場所に居ても良いのですか? 『教会のある街に魔物よけの加護を与える』のが貴女の使命では?」

「『浄魂の使徒』、あなたが毎分毎秒使命を果たし続けている訳ではないように、私も休息ぐらいはとるのですよ? それに私は使命の関係上、教会から教会へと転移することが可能です。どんな街に滞在して居ても、構わないといえば構わないのです」


 そう言って笑う『聖域の使徒』は、思い出したように手を打つと「そういえば、身分証明書をまだ渡して居ませんでした」と言って、懐から1枚のストラと、身分証として一般的な軽銀の首飾り——鎖には聖職者である事を示すφ型の飾りも付いている——を取り出した。


 ……って待て、今、懐というより胸の谷間から取り出したよね?


「姉上、そういう煽情的な行為は信者に悪影響では? 魂を喰らって力を得る僕と違って姉上は信仰により力を得るのでしょう?」


 僕の頭蓋骨厚さ5ミリの鉄兜を抱き潰す程の馬鹿力の源泉は、『聖域の使徒』がもたらす魔物よけの恩恵に与った人間からの信仰心だ。卑猥な行いで幻滅されたら困るのではなかろうか?


「人間は多少色気のある行動をする相手の方を好意的に見る傾向があるのです。私の体型が大きな乳房と括れた腰、大きな臀部で構成されているのもその辺りを踏まえてのことですから」

「なるほど。その性格もその一環ですかね?」

「ええ。人間、とりわけ男性は『母性』や『優しく美人な姉』に対して憧憬や一種の信仰、或いは集団幻想を抱く傾向にあるようですので。……と、話が逸れました。『浄魂の使徒』、貴方の身分は公的には『神罰執行者』の任を受けた『司教』となります。ストラはその証ですね」

「それはまた結構上の身分を……ありがとうございます姉上」


 ぶっちゃけ最上位である。大司教や枢機卿なんかも『役職』ではあるが『階級』としては司教だし。神罰執行者というのは初耳だが、まぁ語感からして『業の深い奴ブッ殺すマン』を格調高く見せかけた役職だろう。


 ともあれ、これで身分も得た。更に実姉で使徒仲間だが枢機卿にコネもできた。言うことはない。……いや、無いわけでもないか。


「ところで姉上。他にお話があるのでは? それと、僕の可愛い奴隷が怯えてしまっているので先に部屋に戻らせても?」

「そうですね、本題は別にあります。……そこの聖騎士。こちらの奴隷を部屋までお連れしなさい」


 やはりか。いやまぁ僕が言いださなくても勝手にこうなって居ただろうが、気づいているのだからわざわざもったいぶる必要がない。……そもそも『どの街にいても良い』とはいえやはり要所に居るに越したことはないのだ。枢機卿クラスの地位を持ち、人類の守護に大きく寄与する『聖域の使徒』が動くからにはそれなりに重要な本題があるはずである。


 ……というか、彼女はベアハッグの時点で明らかにオーティス達を会話から弾き出す気が満々だった。インパクトある行動で場の支配権を獲得し、ついでに奴隷を威圧。その為だけに頭を割られる身にもなって欲しいが『僕以外の使徒は非人間的思考をして居る』のは前に述べた通りだ。


 いやまぁ僕も使命関連ではかなり人非人的思考だが、それでも常時では無い。しかし姉上を含めた先達の使徒達は……。


 と、僕が考え込んで居る内に、オーティスは女性の聖騎士によって部屋まで送られて行った。これでようやく、本題に入れるという訳だ。


「……姉上、僕相手に無理に人間っぽくしなくても良いですよ。姉弟同士、気楽にいきましょう」

「同意。人格模倣機構停止による負荷の軽減を開始。本題の説明に移行する。『浄魂』、準備を完了した場合は通告を————」

「完了です」


 うん。予想はしてたけど相当機械的だな。だがまぁ、使徒なんて世界の作ったコマなのでその辺りは仕方がない。僕が変なのだ。初代の使徒『光明の使徒』には発話機能すら無かったのだから、これでもかなり進歩して居るとも言える。姉上には人格模倣機構なんてものもあるし。


 と、そんな考えごとをして居る場合じゃ無いか。今は今後の方針を左右する、姉上からのお話を聞くとしよう。


「説明開始。今後教会経由で『浄魂』に任務を命ずる。第1の任務内容は『魔都』の殲滅。発生地は旧グンシル市。魔物の侵攻により疎開が進んだ都市が魔物に制圧されて居る。この問題の解決を命じる」


 ……なんだって?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

不死身の人食い怪物(仮) 黒山 龍 @kamisaki6

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ