第13話 僕、変態武器に出会う

「んー。これ、刃は鍛造だけど柄が鋳造だね。……うん。弾いた時の音が変。何処かに泡が出来てる。旦那さん、これはやめとこう?」

「あっ、はい」


 意外すぎるオーティスの才能に驚きを隠せない僕が今いるのは、この街1番の鍛冶屋という噂の『鍛冶屋 青の刃』。そこで陳列されていた中でもお値段が手頃だった戦斧を評したのが、先のオーティスの台詞である。


 その言葉を聞いていたのは、僕以外にもう一人。この店の主人である『グランツ翁』だ。


「はっはっは、いやぁなるほど。犯罪奴隷の中身は見た目によらねぇとは聞くが、大した目利きだ。あとでそれを作った弟子を叱っとかなきゃあならんな。……それに、奴隷だけじゃなく主人のアンタも只者じゃあねぇらしい」

「いや、僕は全然普通ですから」

「普通の奴は店にある大斧をあるだけ抱えてきて『どれが良いかな』なんて言わねえよ。つぅか、持てるアンタがおかしいんだ」

「あー」


 確かに、あるだけ小脇に抱えて持ってきたら店主が目を剥いていたような?


「……まぁ、グランツ翁、僕はちょっと力持ちなだけなので気にしないで下さい」

「いや、無理があるぞ兄ちゃん……まぁ、そんな力馬鹿なら、良い武器があるにはある。……かなりのイロモノだがな」

「イロモノ……?」

「俺の作品じゃあなく、俺の爺様が手に入れたもんでな。相当な業物だが、あんまり変わった武器なんで買い手がつかねぇまま展示品扱いだ。……ほれ、アレだよ。壁の上の方に掛かってるだろ、『大鎌』が」


 そう言ってグランツ翁が指差した壁。無数の刀剣が掛けられたその壁の最上部には、なるほど確かに『大鎌』と言っても良さそうな武器がある。……が。


「……いや、あれ、大鎌なの? 『ショーテル』とか『ハルペー』じゃなくて?」


 どう見ても、刃の形状がヤバい。長柄武器というか、槍の柄が付いた大剣と言うべき長大な刃渡りの両刃の剣の先端が鎌状に湾曲しているのだ。シルエットは確かに大鎌だが、これは鎌と呼んで良いのだろうか。両刃だし。それにそもそも大きい。成人男性二人分ぐらいはあるんじゃないかと思われる。その長大な長さの半分が刃なのだから、狂っていると言って差し支えないだろう。


 というか、大剣と大鎌の融合武器だとしても、大剣部分も緩やかなS字を描いており、異形というほかない。農具用の大鎌と同様の持ち方ができるようにか、柄の端に持ち手がつけられ十字になっているのも特徴的だ。一応石突きもあり、杖のように持ったり立てかけたり出来るらしい。


「確かにハルペーにもショーテルにも似てはいるが……究極的に言えばアレは武器なのは確かだし刃物なのも確かだが、分類不能の異形武器だ。一応シルエットが鎌だから大鎌って呼んでっけどな」

「なるほど」

「材質は概ね鍛造鉄だが、正確には合金製。元の合金が恐ろしく高強度な上に強化魔術が施され、更には魔道具化済み。『血を啜って再生する』とかいうふざけた能力がある。まぁ正確には周囲の鉄を吸収して再生するらしいが、血を浴びて切れ味が増すなんてふざけた刃物はそいつぐらいだろうさ」

「ご主人様、これは掘り出し物よ!」

「はいはい、ヘンリエッタならそういうと思ってたよ」


 ヘンリエッタ、好きそうだもんね。こういう『夢見がちな男の子が日記に書いて将来見つけて死にたくなる奴』みたいなアイテム。


「形がアレなんで鞘は無いんだが、魔道具だけあって特殊な加工がしてあってな。普段は刃の上に周囲の鉄を取り込んだ『覆い』が被さってなまくらになるが、魔力を流せば弾け飛んで刃が剥けるぜ」

「なるほど。製作者は馬鹿か変態か気狂いかな?」

「いや兄ちゃん、その全部じゃねぇか?」

「違いない」


 だが、まぁ、確かに超先端重心の大剣か巨大な槍と考えれば、振り回した時の破壊力には期待できそうだ。一度素振りをしたいとグランツ老に申し出て、脚立を借りた僕はその異形のを手に取った。


 店の裏手に回れば、薪の山。ここを使って良いとのことなので、周囲に気をつけて軽く振り回してみる。魔力は流さない。物を切る気も無いしね。


 袈裟切り、逆袈裟、突き、払い、抜き胴と言った剣や槍の動き。付け根のハンドルを使った鎌の動き。付け根を持って遠心力に任せて振り回す戦斧の動き。……異形のくせに、なるほどどうして悪くない。総金属製故に恐ろしい重量だが、それ即ち破壊力。僕の怪力なら振り回されずに振り回せる。使い勝手的には変則系のハルバードというべきか。


 そしてこの武器、かなり良い具合にしなる。先端が超重量になった槍とも言えるので当然だが、柄に細工でもあるのかもしれない。


「グランツ翁、これおいくらですかね」

「どうせお前以外には使えんし売れんさ。お前が払いたい金額を置いてけ」


 お、なんかかっこいい台詞だ。職人っぽい。……だが悲しいかな、これに値段をつけろと言われても困る。僕は傭兵を食ったので剣の手入れや剣術はある程度出来るし、一般的な武器の相場も知っている。目利きも粗悪品を掴む事はない程度には出来る。


 だが、この怪物的な武器の値段はさっぱりだ。なので、僕よりしっかり目利きの出来る人に頼むことにした。



「オーティス、幾らが良いかな」

「うーん。……金貨10枚かな?」

「なるほど。あるかな……? ……あったあった。じゃあ金貨10枚で買います」


 オーティスを信用しているので、僕は迷わず金貨10枚をグランツ老に支払う。が、そんな大金をポンと出すのは、グランツ翁を不安にさせる行為だったらしい。


「……金の出所が気になるが、汚い金じゃねえだろうな?」

「いやいや、盗賊やら傭兵崩れを倒した時の戦利品とか、隣町のアルクメネの町長さんからお礼にもらった金貨とかですよ。心配しないでください」

「なるほど盗賊狩りとは剛毅だな。まぁあんたの馬鹿力なら納得だ」


 そう言って「疑ってすまねぇな」と詫びるグランツ翁。それに僕は気にしていない旨を伝えてから、大鎌を受け取って肩に担ぐ。今は刃が無いとはいえ誰かに当たると危ないのではとも思ったが、長さがあるので担げば誰にも刃は当たらない。高ささえ気にしていれば安全だ。


 ま、代わりに僕の後ろを歩く人の頭上に巨大な刃が浮かぶ事になるが。……タチの悪い断頭台かな?


 そして、そんな僕を見てヘンリエッタは御満悦。ヤバい外套、ヤバい仮面、そしてヤバい武器を手に入れたことで僕の外見が『御伽噺の死神』に近づいたのが嬉しいのだろう。




 で、店を辞して気付いたのだが、副次効果として人混みを非常に歩き易くなった。誰も近寄らないからだ。……まぁ、僕以外がこんな武器担いでたら僕でも避ける。落下事故が怖いし。


「旦那さん、御伽噺の天使様みたいだね!」

「ああ、信仰心で海を割ったって奴かな? 確かに人の海を割ってるけども。……どっちかっていうと魔王とかじゃない?」

「そうかな? ……ご主人様、カッコいい。……お姉ちゃん、こういうの好きだよねぇ」


 ヘンリエッタ、割と筋金入りかもしれない。いやまぁ、悪いことではないんだろうけどね。


「ま、とりあえず武器も買えたし、教会の用事も済んだし、宿に戻ろうか」

「ご褒美だー! ……ご褒美だわー!」

「ヘンリエッタ、照れるくらいならオーティスの真似しなきゃいいのに」

「だってご主人様、オーティスみたいな感じが好きなのかなって」

「ヘンリエッタも好きだよ? オーティスは可愛がる感じだけど、ヘンリエッタは友人っぽい感じでさ」


 精神年齢に差がある姉弟が同じ身体で異なるアピールをしてくるという現状は、僕の理性に揺さぶりをかけ、二人で一人の彼らを愛するまでに至らせている。


 ……しかし、僕の容姿を死神に寄せる理由を考えていたヘンリエッタといい、武器の見極めをこなしたオーティスといい、この二人の本質は恐らく『学習能力と適応能力が非常に高い』ことにありそうだ。娼婦や男娼の才能も、幼少期からの薫陶をしっかりと吸収する事で得たものなのだろう。


 英雄の才と言ってもいい逸材だ。世の中、大体のことは物覚えが良くて機転が効けばどうにでもなる。


「二人が僕の奴隷になってくれて本当に良かったよ」


 僕は心からそう言って、彼らの頭を優しく撫でる。褒美として彼らが望むのは性愛だが、まだ日は高く時間もある。


「……よし、オーティス、ヘンリエッタ。今日は美味しいものを食べに行こう。二人にはご褒美をあげないとね」

「わー! 旦那さん、俺、肉が食べたい! ご主人様、私は甘いものが良いわ」

「はいはい。じゃあ観光の続きと行こうか」


 この街で身分証その他諸々の準備を終えれば本格的に旅暮らしになる。出立前の景気付けとしてちょっと羽目を外してもいいだろう。……盗賊の貯金は使い切ったとはいえ、傭兵ブッ殺した時のお金はまだ余裕があるし。


 さて、そうと決まれば楽しまねば。

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