蝉の声



「ちょっとの間、入院させよかと思って」

 優子さんが言った。

 昼食の時だった。

「そんなに悪いんですか」

「まあ、生まれた時からのもんやから、そんなに心配することでもないんやけど。最近、発作の間隔が近いから」

 優子さんは、そう言ってから、慰めを含んだ声で続けた。

「あの子は今まで、家よりも病院の方が長いみたいなもんやし、うちもあの子も慣れたことやねんけどね」

 惨めなぬくもりを帯びた微笑みに、僕は顔を歪めそうになって、なんとか止めた。

 案外、入院すれば由梨花ちゃんの病はすぐに落ち着きそうに思われた。恋の激しさに引きずられて病も燃え上がるように、僕には感じられるからだ。恋心とは生命である。生命とは恋心である。病とともに生まれ落ちた由梨花ちゃんは、普通の少女が恋を知って綺麗になるのと同じように、激しく崩れていくのだろう。

 不意に、由梨花ちゃんが初恋を忘れて、少女でなくなるのを思った。生命のひたむきな光が消えて、その代わりに幸福になる。僕ではない誰かの子を孕み、腹を膨らませる。その姿が脳裏を過って、僕はぞっとした。

 荒涼たる予感から目を逸らすように、どことなく視線を漂わせた。

 紗代ちゃんは、由梨花ちゃんの入院の話を聞きながら、黙々と食事を続けていた。

 僕は、窓の向こうの庭へ、目を移した。

 夏の陽ざしが照りつけて、光と影が判然と凝固していた。風がなく、花は造花のように、無愛想だった。世界が静止したようだった。

 廃墟のようなむなしい庭を、僕は、ぼうっと眺めた。

 そういえば、もう蝉が鳴いていないことに、ふと気がついた。


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