夜、由梨花ちゃんが来るにも、僕が彼女を訪ねるにもまだ早い時間に、部屋の戸が叩かれた。

 誰かと思えば、紗代ちゃんだった。

 彼女が夜に僕の部屋へ来るのも、また、戸を叩いてから入るのも、はじめてのことだった。

「どうしたの」

 乾いた気持ちで、僕は聞いた。

「いや、別になんもないねんけどな」

 紗代ちゃんはとりとめのない口ぶりで答えた。その様子の弱々しさが、僕を虚しくさせた。

 彼女は、僕の傍らに座った。

 身を寄せて媚びてくるようなことはなかったが、その気配はあった。

「なに、それ」

 紗代ちゃんは座るなり、卓の上に目をつけて言った。

「なにって、酒だよ」

「ふうん。なんで?」

「なんで、か。飲まないと寝れないから」

「飲んだら寝れるん?」

「うん」

 彼女は、少し黙りこんで、それから、

「うちも、一口ちょうだい」

 と呟いた。

 僕は、もはや失望も薄く、なかば投げやりな思いで、杯を彼女に渡した。

 紗代ちゃんは杯を持つと、徳利を手に取って、自分で酒を注いだ。

「ふうん。あんまりおいしないな」

 彼女はそう言いながらも、すぐに一杯を飲み干した。そして、休みなく二杯飲んだ。

 ほどなくして酔いが見えた。爽やかな顔立ちがゆるんで、赤らんできた。

 上機嫌に破顔しながら、彼女は僕の腿に手を置いて言った。

「なあなあ、なにしてあそぼか」

「えらく酔ってるね。もう寝なさい」

 僕は無感動に言った。

 すると紗代ちゃんは、笑みを保ちながら、むっとしたような表情を演じて、

「まあ、あなた。私をお捨てになるねっ」

 と、おどけて見せた。

 僕はその無鉄砲にも、なにか鬱陶しい媚態を感じて、辛うじて微笑みだけは浮かべながら黙っていた。

 すると紗代ちゃんはげらげら笑って、おもむろに立ち上がった。

「ええよ、ほんなら、うちがええもん見せたるです」

 彼女は手を挙げて選手宣誓のようにそう言い、なにをするのかと見ていると、盆踊りをはじめた。土くさい舞だから、かなしみのないいつもの紗代ちゃんが舞えば、崇高であったろう。しかし、今の彼女では醜かった。野生の力がなかった。

 酔いで足元がふらつき、そのたびに短い髪が上下に揺れた。

 乱れた姿が、窓に映って、夜空に溶けていた。


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