夕陽の赤の激しさが暑かった。

 田園に愛に燃えるように色づき、蝉が太陽を惜しむように鳴きしきる。

 走り回り転んで足を挫いた紗代ちゃんを、ねだられるがままに抱っこしてやって畦道を歩く。僕の首に回された彼女の腕、腹に巻き付く足、密着する胸と胸、すべてが熱に漲っている。一つの火の塊を抱くようだ。肌に感じる汗の濡れは、僕の汗か紗代ちゃんの汗か。濡れた肌がぴったり吸い付き合って、彼女の身体と僕の身体が溶け混じりそうである。

「ごめんな、兄ちゃん」

 紗代ちゃんが、どこか楽しげに、

「うちとしたことが、どんくさいわあ」

「いいよ。子どもは遊びまわって怪我するもんだ」

「大人みたいなことゆって」

 紗代ちゃんはころころと笑って、

「でも、良かったわ」

「良かった? なにが」

「だって、兄ちゃんにこうやって、抱っこしてもろて。抱っこなんか赤ちゃんの時しかしらんもん」

 紗代ちゃんの腕と足の巻き付く力が、強くなった。

 優子さんの腕は、病弱な由梨花ちゃんばかりを、抱いてきたのだろうか。

 僕は、力を強めてもそれでも風のように軽い紗代ちゃんの身体と、彼女の言葉に滲む喜びの爽やかなのに、心が明朗に弾むようで、

「なにが良かっただ。人に抱かせておいて」

 と強く言い、大きく笑った。

 紗代ちゃんも、僕の肩に乗せていた顔を、触れそうなほど僕の顔のすぐ前に寄せてきて、八重歯をのぞかせた。

「毎日怪我しよっかな」

「ふん、いつまでも抱いてくれると思うなよ」

「怪我がうちの仕事やねんから、抱っこが兄ちゃんの仕事やで」

「過密労働だと退職しちゃいます」

 僕が言うと、紗代ちゃんが僕の鼻の頭をあまく噛んだ。

「いて」

「社長に逆らった罰です」

 彼女はそう言い、残虐な輝きに満ちた笑みを湛える。

「紗代ちゃんが社長? 子どもなのに」

「当たり前やんか。今のうちと兄ちゃん見てみいや。どっちがえらいんよ」

「僕は運転手か」

「ううん。馬車のお馬さん」

 僕がおどけて、馬の鳴き声を真似ると、紗代ちゃんは高い笑い声を散らした。

 そしてふと、抱き着く体勢にも疲れたのか首を伸ばすように反らして、空を見上げたまま動かなくなった。

「どうしたの?」

「見て、兄ちゃん」

「見てって、なにを」

「上、空」

 僕はすっと頭を上げた。

 ムクドリの大群が音もなく空を滑っている。翼ははためいているのに、高さのせいか清らかな静けさだ。羽は血が噴き出すように夕陽に染まっている。それが頭上をすうっと過ぎていく。

 ぼうっと彼らが過ぎていくのを眺めていると、空の片隅が、暗い青に染まりつつあるのに気づいた。僕は、紗代ちゃんを抱く腕に、力を入れ直して、

「さあ、早く帰ろう。優子さんが心配する」

 と、でこぼこの道をまた歩き出した。


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