最終話 ヒマワリのせい


 ~ 七月二十日(金) 穂咲と俺 ~


   ヒマワリの花言葉 あこがれ



 暑い暑い、学校からの帰り道。

 ロッカーの荷物を小脇に抱えているせいで。

 一段と暑さが身に染みます。


 そんな俺のお隣りを歩くのは。

 暑さとお化けが大の苦手、藍川あいかわ穂咲ほさき


 俺に荷物を押し付けたにも関わらず。

 サハラ砂漠を横断中のオオサンショウウオみたいな顔をしていますけど。


 高校に入って一年半。

 俺たちの距離は、ずっといっしょ。


 すぐそばなのに、すごく遠くて。

 安心できるのに、すごく不安で。


 生まれたころには存在していなかったもの。

 いつからか、俺たちの間にできたもの。


 ふらふらと歩く俺たちの。

 肩と肩とを隔てるもの。



 それは、十五センチという空間。



 シャープペン一本分。

 消しゴムなら四個分。


 穂咲の手よりは短くて。


 そして。


 ……穂咲の頭に揺れる巨大なヒマワリの、半分くらいのサイズなのです。



「でかいのです。さすがに今日のはどうかと思うのです」

「茎も長くて、一日中、気をつかったの」


 気をつかうならば。

 終業式の間は抜いておけばよかったのに。


 校長先生のあいさつの。

 締めの言葉として、呼び出しを食らうなんて。


「お話のオチに使われた点に関しては、文句を言うべきだったのでは?」

「そんなことはしないの。校長先生にだって、夏休みを気持ちよく迎えさせてあげたいの」

「……校長先生は、夏休みなんか無いのではないでしょうか?」


 うそでしょって顔を向けなさんな。

 先生方の夏休み、せいぜい三日くらいでしょ?


 世間知らずの常識知らず。

 高校二年生だというのに、この体たらく。


 とは言え、こいつの方が大人だと思うことが沢山あった。

 そんな一学期になりました。



 宇佐美さんと日向さん。

 父ちゃんと母ちゃん。

 なんだか、身の回りのいざこざは丸く収まったけれど。


 俺は自分で解決することも出来ず。

 かっこ悪い姿をさらすことになりました。


「……さすがに、呆れましたかね」

「なにがなの?」

「日向さん達とか、俺んちのこととか。なんにも解決できなくて、頭を抱えるばかりでしたから」

「全然呆れてないの。ずっと嬉しかったの」


 そう言って、俺を見つめる優しい笑顔に。

 ドキリとはしましたけれど。


「君が嬉しくなる要素、どこにもないでしょうに」

「ううん? あるの。懐かしくて、幸せだったの」

「懐かしい? …………ええと、昔同じようなことあったっけ?」


 暑さで締まりのない穂咲の笑顔が。

 俺の質問に、こくりと頷きます。


「パパもね、あたしと道久君がケンカすると、おんなじ顔で困ってたの」

「ああ、なるほど。……ええと、そんなにおじさんに似ていましたか?」

「うん。あたしだけ助けて欲しくてしがみついても、道久君にも可哀そうにって感じの目を向けて。パパはみんなに優しい人なんだなって思ったものなの」


 ああ、そのパターンは、何となく覚えてる。

 穂咲とケンカになると、こいつは泣きながらおじさんの元に走って。


 でも、何も言われないのにぴたっと泣き止んで。

 そして俺の元に戻ってきて、何事もなかったようにまた遊ぶんだ。


「……そうか。穂咲、そんなふうに思ってたんだ」

「そうなの。優しいの」


 穂咲の優しさは。

 おじさんがくれたもの。


 俺とのケンカで流した涙が、優しいおじさんに触れるとカチンと固まって。

 それが少しずつたまってできた結晶が、ずっと君の胸に残っていて。

 いつでも幸せと優しさをくれるんだね。


 ……そして。

 優しいおじさんの姿を。

 俺の姿に重ねていたということは……。


 不意に涼しい北からの風が。

 軽い色に染めた、ゆるふわのロング髪を靡かせて。


 その髪を耳にかける仕草と共に。

 夏の日差しが、真っ白な君の頬を赤く染め上げます。


 生まれてから今日という日まで、ずっと隣を歩く妖精が。

 俺に向けて、ふわっと微笑んで。


「……優しいの。素敵なの」

「お、おう」


 返事に窮する言葉をかけながら。

 柔らかなハンカチで、俺の汗をぽんぽんと拭き始めます。


 十五センチよりも近い距離。

 慣れていない距離で、俺の目を見つめながら。


「……優しいの」

「も、もういいですって」

「ほんとに優しいの」

「どうにかなってしまいそうですので……」

「あたしが」

「お願いだからもうやめ…………はい?」


 夏の妖精さん。

 とぼけた顔して。

 急に変なことを言い出しましたけど。


「なんで優しいのが君になった?」

「だって、いつもあたしが優しいの。素敵なの」

「おじさんが、ではなく?」

「なんで? だって道久君とケンカになって、パパに助けてってしがみついても、道久君を叱ってもくれない役立たずなの。だから仕方なく、あたしが折れてたの」

「優しい思い出が台無しっ!」


 呆れた!

 俺の中では、優しさのバトンという素敵な思い出話が完成していたのに。

 真実は、どうしようもないものでした。


 ……そして。


「道久君に、そんなパパの姿を重ねて見ていたの」

「最悪だっ!」



 いつも穂咲が見上げていたおじさん。

 羨ましくて、そんな姿に憧れていたのです。


 だから似るのも当然で。

 情けない姿すらそっくりになってしまったとは。


 ……でも、どうしてでしょう。

 君の嬉しそうな笑顔を見ていたら。


 なんだか、頼りないと言われたことが。


 嬉しく感じるのでした。



「…………最悪なの」

「やっぱ嬉しくねーーーーー!」






「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 13冊目!


 おしまい☀




 ……

 …………

 ………………



「困った道久君なの。紳士には程遠いの」


 もう勘弁してください。

 俺だってへこんでいるのです。


 ケンカをスマートに仲裁できなかったこと。

 あと、物理の十二点。


 確かに紳士とは程遠いのです。



 とは言え。

 へこんでばかりの俺ではありません。

 これから始まる夏休み。

 自己研鑽の予定はばっちりなのです。


 まずは一週間。

 苦手な理系教科を中心に勉強しつつ。

 webで、スマートな大人の対応というものを学ぼうと思っています。


 カンナさんには、一週間後からバイトすると言っておきましたし。

 立派な紳士を目指して。

 有意義な一週間を過ごすことに…………。


「紳士は、休まず仕事するの」

「へ? ……君の中の紳士像、ちょっとおかしいのです」

「おかしくないの。だから道久君を立派な紳士にするために明日からバイト入れておいたの」

「なんで勝手にそういう事するのです!? 君がすぐバイトしたいのに無理やり付き合わせないでください!」

「なに言ってるの? あたしは土日は休むの。この暑いのに休まず仕事とか、ちょっとどうかしてるの」

「……どうかしているのは、穂咲の方です」




「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌

 13.5冊目!


 2018年7月23日(月)からスタート!


 この暑いのに、休まず仕事するとかどうかしていますので、予告編も無しです!


 どうぞお楽しみに!





「紳士は、休まず仕事するの」



 ……………………。



 気が向いたら早めにスタート!

 でも、あんまり期待しないでね?


「紳士は、休ま」


 ど、どうぞお楽しみに!!!!!


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「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 13冊目☂ 如月 仁成 @hitomi_aki

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