メロウのせい
~ 七月十二日(木) 宇佐美さんと日向さん ~
メロウの花言葉 恋の予感
初の深夜ドラマが見れなかったと。
机を五十センチほど離して、不満をあらわにするのは
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、信じられないほど複雑に編んで、なんと編みかご状にして。
その中にメロウの鉢をひとつ据えています。
ネメシアの一種で、上半分の花びらがピンク。
下半分が白という不思議なメロウのお花。
実に綺麗なのですが、ちょびっと値が張ります。
……ですので、今日の鉢植えはそのまんま売れて欲しいらしく。
鉢に値札が付いており。
いえ、鉢にと言いますか、穂咲のおでこに値札が付いており。
すれ違う人がぎょっとして振り返るために気が気でなりません。
さて、そんな穂咲についてばかりでなく。
昨日の一件も、試験の成績も。
そして家庭事情についても頭が痛い俺ですが。
こいつはこいつで、悩み事を抱えている様子。
友達の心の機微には敏感な、穂咲の悩み事。
それは。
「あたしは穂咲と流行りのスポットで遊びたいっしょ!」
「あたしは穂咲と美術館めぐりしたいんだ」
「レイナは、なんにも分かってないっしょ! 穂咲は賑やかで元気なとこが好きっしょ!」
「日向こそ分かってない。穂咲は自分がまだ見たことのない芸術と出会うことが一番楽しいんだ」
登校中に、一緒になった日向さん。
健治君が最近かっこ悪いと愚痴を零しつつ、鞄を持ったまま俺たちの席までついて来て。
おしゃべりをしていたところに、後から登校してきた宇佐美さんも混ざり。
そして経緯は忘れてしまいましたが、十六日の海の日に、どこかへ遊びに行こうという話になったのですけれど。
気づけば二人はいつものようにケンカをし始め。
穂咲はしょぼんと俯いてしまうのです。
「……ちょっとストップ。なんで二人はいつもそうなのさ」
「秋山は黙ってるっしょ! これは穂咲のためっしょ!」
「日向の言う通りだ。秋山は黙ってろ」
「すごい既視感。宇佐美さんをまるまると太らせて、日向さんにメガネをかけさせてもいいですか?」
「ふざけるな」
「ふざけんなっしょ」
何となく、前々から思っていたことなのですが。
家の外と中。
まるきり同じ状況なのです。
ケンカをしている当人たちは。
視野がとっても狭くなって。
周りの人たちがどんな気持ちでいるのかなんて、考えもしないのでしょう。
……もっとも。
俺は不快になって、この場に居づらいと感じているところを。
この優しさの塊は、二人が幸せになるにはどうしたらよいか。
それだけを考えているのでしょうね。
器の大きさと言いますか。
穂咲の方が、俺よりも大人なのだということをよく理解している俺としては。
……それに気付かないふりをしている俺としては。
こういう時に、焦りと不安が沸き上がってきてしまうのです。
――そんな穂咲さん。
いつものしょぼくれムードを振り払い。
今日は、どうしたものかと考えて、腕組みを始めたのですけれど。
首をかくんかくんと振り子のようにさせていたかと思うと。
何か良い手を思い付いたらしく。
ぽふっと手の平をグーで叩きながら。
延々と続く、二人の口論に待ったをかけました。
「作戦タイムなの!」
「解決方法思い付いたんじゃないんかい! ……でも、タイムをとったところで俺にも作戦は無いよ?」
「…………道久君が思い付かないんじゃ、もう打つ手がないの」
「なんという丸投げ。……では、おばさんに聞いてみるのはどうでしょう?」
俺たち二人がなんの問答をしているのか気付いていない二人は。
携帯をいじる穂咲を、随分といぶかしんで見つめていますが。
そんな重苦しい空気のまま、待つこと数分。
おばさんからの返事を見た穂咲は、ぱあっと笑顔を浮かべて。
「レイナちゃん! 千歳ちゃん! みんなで海に行くの!」
……なにやら突拍子もない事を言い出しました。
「なんで海っしょ? あたしはいいけど……」
「あたしも構わないけど。どうして海なの?」
「あのね? ママがパパとケンカした時、海に行ったんだって。そしたら、準備も荷物運びもご飯も飲み物も、パパがぜーんぶやってくれるから、嬉しくなっちゃったんだって。だから、ありがとうって気持ちになって、仲直りしたんだって」
へえ、そんなことがあったんだ。
俺たちが生まれる前の話だよね。
とっても、おじさんとおばさんらしいエピソード。
ほっこり幸せではあるのですけれど。
もちろん、この二人は眉根が寄ったままなのです。
「いやいやいや! 穂咲、それじゃ説明になってないっしょ!」
「確かに分からないな。急に何の話なんだ?」
やれやれ、仕方ないですね。
「……穂咲は、ケンカばかりしているお二人を仲直りさせたいのです」
俺の言葉に、うぐっと声を上げた宇佐美さんと日向さん。
そんな二人に、穂咲がぎこちない笑顔と共に両手を差し伸べますが。
その手を取ることもせず。
この二人は、お互いを指差してののしり合うのです。
「あ、あたしは穂咲の為にやってるっしょ! こいつが穂咲の気持ちを考えないから……」
「ふざけるな。あたしこそ穂咲の為に、お前のつまらない意見を否定してたんだ」
「二人とも、穂咲の為にと言いますが、それは自分の為にやってるだけです。ほんとに穂咲の為を思うなら、お互いに言いたいところを認め合って欲しいのです」
「うるさいっしょ、秋山のくせに」
「そうだ黙ってろ、秋山のくせに」
「どんだけ息ぴったりなのです?」
家と同様、俺が口を挟んでも解決には至らなそう。
ここは穂咲へ任せましょう。
そう思って、お隣りへ目を向けると。
「きっと、かいがいしくお世話をすれば仲良くなれるの。だから海へ行くの」
「曖昧なプランですね。…………あれ? そう言えば、どちらがどちらのお世話をするのです?」
おじさんとおばさんならともかく。
この二人じゃ、どっちもお世話をしろと言い出しそうですが。
「あたしと、レイナちゃんと千歳ちゃんがお世話されるの」
「なにかがおかしいことに気付いて下さい」
「……道久君に」
「すべてがおかしいことに気付いて下さい」
呆れました。
それじゃあ三人が俺と仲良しになってしまうだけです。
ただの修羅場です。
この二人も、納得はしていないようですが。
それでも穂咲の思いを無にすることはできないと考えてくれたのでしょうか。
「いいよ。仲直り旅行、付き合うよ」
「秋山が全部やってくれるっしょ?」
……ひとまずは、穂咲の穴だらけプランに乗っかってくれることになりました。
しかし、海に行ったところでどうにかなるのでしょうか。
不安ばかりだった俺ですが。
さっそく小さな仲直りのきっかけが生まれました。
「……帰りに、水着選びに行こうかな」
「だったら付き合うっしょ!」
「ああ、頼む。流行りとかに疎くてね」
「任せるっしょ! レイナのスタイルなら、おすすめがいくつもあるっしょ!」
さっきまでの剣幕はどこへやら。
きゃっきゃとはしゃぐ二人に、俺も思わず笑顔が零れます。
そんなふやけた顔を穂咲へ向けてみれば。
……どういう訳か。
こいつはイカ飯のように膨れて俺へスミを噴き付けるのです。
「……道久君、鼻の下が伸びてるの」
「え? ……ええっ!? 違いますよ!」
慌てて否定してみても。
確かにタイミングが悪かった。
「秋山、あたし達の水着姿を想像してたっしょ!?」
「女子トークに混ざるな変態。ちょっと立って、三歩離れろ」
「……この辺?」
「そこじゃ聞こえるっしょ。もっと向こうっしょ」
「…………この辺?」
「いや、まだだ。あと五歩バック」
「そして扉を閉めると良いっしょ」
おい。
「……ここ、俺の定位置なのですが」
宇佐美さんと日向さん。
二人が笑って、ハイタッチすると。
穂咲が、ぱあっと笑顔になったので。
俺は久しぶりに、清々しい気持ちで廊下へ出ました。
……ただし。
そこには、随分と不機嫌そうにした顔見知りが。
俺とすれ違いに教室へ入ろうとしていましたけど。
「……何をやっているんだ貴様は。ホームルームを始めるぞ」
「お構いなく」
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