ユッカのせい


 ~ 七月十三日(金) 六本木君と渡さん ~


   ユッカの花言葉 颯爽とした



 本日は、左方向からの日差しが真っすぐ俺に照り付けます。

 それもそのはず。


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、すとんと落とした女の子。

 藍川あいかわ穂咲ほさきの頭の上には何も挿さっていないのです。


 それがなぜかと言うと。


 …………いえ。

 ちょっと思い出してみたのですが。

 きっと夢だったのでしょう。


 だって、まさか頭に三メートルにも及ぶユッカの木を乗せて。

 それを針金と髪でしっかり固定していたなんて。


 さすがリュウゼツランの仲間。

 高い高いユッカのおかげで史上最高の身長になった穂咲の頭には。

 風船のような真っ白なお花が鈴生りで咲いており。


 そんな状態でふらふらと歩きながら。

 なんとか駅までたどり着いたものの。


 駅員さん八人がかりで取り押さえられて。

 ユッカを頭から取り外されるなんて。


「……腕がチクチクします」

「ロード君! 木を脇に抱えて歩いたのだから当然なのだよ!」

「やっぱり夢じゃなくて現実でしたか、教授」


 …………現在。

 穂咲の倍くらいも高さのあるユッカは。

 昇降口の傘立てに立っています。



「やっぱりあれ、お前らが持って来たのか」

「駅まで運んだのは穂咲ですが、後は俺一人で抱えてきたのです」

「どこかに置いてきちゃえばよかったのに」

「そうはいかないの。ママが、あたしの背もこれくらい大きくなりますようにって植えてくれたものなの」

「……あんな重たいの乗っけてたら、余計縮んじまうだろ」

「確かにそうですね。今日の教授は小さく見えるのです」


 もっともその理由は。

 机にででんと置かれた大きな桶のせいだと思われるのですが。


 ごはんの入った桶と比較すると。

 教授はおろか、その向こうに腰かけた六本木君と渡さんまで小柄に見えてしまいます。



 ……その二人の、肩の距離。

 微妙で特別な、十五センチという距離感が。

 お互いの仲の良さと、意識してしまう心模様がいやという程に伝わってきて。


 最近の二人を見ていると。

 俺までドキドキしてしまうのです。



「ではロード君! こいつでご飯を扇ぎたまえ!」

「了解です教授」

「おお、夫婦で初めての共同作業だな」

「うるさいのです六本木君」

「こんなこと、この二人ならしょっちゅうやってるわよ」

「そうでもないの。道久君は滅多に手伝わないの」


 パタパタとうちわで扇ぐ俺のすぐ横。

 教授との距離も十五センチ。


 今日はクラスの皆へ振舞おうと。

 張り切ってちらしずしをこさえる教授ですが。


 楽しそうに、よいしょよいしょとご飯をかき混ぜている姿を見ているうちに。


 俺まで楽しくなって。

 でも、俺だけドキドキとしていて。


 嬉しいのに悔しい。

 複雑な心境なのです。



 ……そんなことを、ぼーっと考えていたせいでしょうか。

 教授が正面に回った事にも気付かずに扇いだものだから。


「ひやぅ!」


 スカートの裾を押さえた教授が俺をにらんでいるのですが。

 どうやら、うちわの風でひらりとさせたらしいのですけど。


「ご安心を。まったく見えていませんので」

「見えないギリギリを狙ってるの。しょうがない道久君なの」

「人を変態みたく言わないでください」

「ふとももちらリズムなの。……ちらしずしだけに」


 どうしようもないダジャレを言いながら。

 渡さんを自分の立っていた位置へ無理やり立たせていますけど。


「……教授? それは何の真似です?」

「あたしは、香澄ちゃんふとももを見たいの」

「見せないわよ。…………ちょっと穂咲。しゃがみ込まないでよ!」


 当然のようにスカートの裾を押さえ付ける渡さんなのですが。

 それをこの人、構いもせずに。


「では実験開始なのだよロード君! いざ! 吹けよ神風!」

「吹きません。なに言ってんのさ」

「じゃあ、六本木君がやるの! いざ! 呼べよ級長津彦命しなつひこのみこと!」

「よしきた」


 即答した六本木君。

 俺からうちわを取ると。

 それで教授の頭をぺしぺしと叩き始めました。


「……痛いの、級長津彦命しなつひこのみこと君」

「ちょっとは頭が冷えるだろ」


 俺は思わず、渡さんと顔を見合わせて笑ったのですが。

 偶然その時。

 渡さんがくるりと振り向いたところへ。

 六本木君が送る風が、うまい具合に吹き込んで。


 随分と大きくスカートが捲りあがり。

 教授が慌ててその裾を引っ張ってガードしました。


「これはちらリズムじゃないの! もろリズムになっちゃうの!」

「俺をにらむんじゃねえよ藍川! 見えてねえしワザとじゃねえ!」

「……あら? 隼人、狙ってたの?」

「ちげえよ! 偶然だって!」

「偶然、見えたの?」

「見えてねえ!」


 ありゃりゃ。

 六本木君には災難なことで。

 でも、助けてはあげません。

 わざわざ火事に突っ込んだら大変です。


 ……だって。


 実は、穂咲が押さえる前。

 何かが見えた気がするのです。


 これは絶対にバレてはいけません。

 騒ぎに巻き込まれないように。

 気配を消して、やり過ごしの一手です。


「隼人は屋上で立ってなさい!」

「この蒸し暑い中!? 中華まんか!」

「……じゃあ、道久君も一緒に立ってるの」


 へ?


「なんでさ教授? 俺だって小籠包にされるのは嫌なのですが?」

「え? 理由、言っていいの?」


 …………こいつ。

 気づいていやがりましたか。


 でも、小首を傾げる渡さんにだけはバレてはいけません。

 小籠包が真っ二つにされてしまいます。


 俺は可能な限りかっこよく、颯爽と、紳士の身のこなしで。

 六本木君の腕を引いて屋上へ向かいました。



「……やっぱり紳士には程遠いの」


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