ニワゼキショウのせい


 ~ 七月五日(木) 美穂さんとお兄さん ~


   ニワゼキショウの花言葉 豊富



「お兄さん。どうしてテスト期間中にこんなことになっているんですか?」

「知りたいか?」

「是非」


 ちょっとうつろな、大人びた目で窓を見やり。

 早くも梅雨明けとなった青空をじっと見つめるお兄さんが言う理由とやらは。


「…………面白そうだったから」

「やめてください。大概こういうのは俺のせいにされるんで」


 教室内に張り巡らされた竹、竹、竹。

 最寄りの水道からホースで水を引いて。

 排水も窓から一階まで雨樋を通す徹底ぶり。


 この冬から、校舎の拡張工事をしている工務店の従業員であるお兄さんは、俺や穂咲とも仲がいいので。


 時たまお昼時にお弁当と面白いネタを持ってクラスへやって来て、一緒にご飯を食べることがあるのですが。



 今日のは、少々やり過ぎなのです。



 明日はテストの最終日。

 だから、もうあと一日だけ集中力を維持しなければいけないのに。


「こんな事されたら集中力がぷっつり切れます。ご覧ください、クラスの皆のはしゃぎっぷり」

「そんなこと言ったら失礼なの。お兄さんの心尽くしなの」


 そうたしなめてくるのは。

 教科書を菜箸でめくりながらそうめんを湯がく、藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日はツーサイドアップにして。

 その結わえ目に、ニワゼキショウを一輪ずつ挿しています。


 美しくハサミで切りそろえたような、水晶型の花びらを持つ純白のお花は。

 七月を迎えて道端で見かけなくなったので。

 これが今年の見納めになりそうです。

 

「皆さん勉強はいいのでしょうか? ずいぶんな人数が残っていますけど」

「こんな楽しそうなイベント、参加しない手はないだろ」

「あたし、流しそうめん初めて!」


 紙の器に麺つゆを張って。

 今や遅しと箸を構える皆さんですが。


 いくら大量に買ってきたからと言っても。

 このそうめん、俺の昼飯なのです。

 ちょっとは加減して食べてね?


「道久君も手伝うの。机に置いた具を運ぶの」

「へいへい」


 穂咲に突っ込みたいですが。

 茹で上がった麺をよいしょと運んでいる最中なのでやめておきます。


 でも、具ってなにさ。

 薬味の間違いでしょう?


 ネギ、ミョウガ、大葉、ゴマ。

 変わったところでウズラを生のまま割り入れても美味しいよね。


 あれこれ想像しながら穂咲の席へ向かい、銀のバットを手にしてみれば。


「……ほんとに具でしたか」


 ソーセージ、はんぺん、揚げ団子。

 変わったところで固ゆでになったウズラも美味しそう。


 これが流れてくるの?

 確かに面白そうではありますけど。


「ですが、これだけは却下です」


 俺は蓋のように置かれた目玉焼きを二つ、歩きながら胃に流し込みます。

 こんなの流したら、一瞬で目詰まりです。


「ようし! じゃあ始めるぞ~」


 俺の到着も待たずにお兄さんが開会宣言をすると。

 待ってましたとばかりに歓声が上がります。


 まあ、しばらくは下流の我々の元に麺は届かないでしょう。


 俺は慌てることなく、河口付近に陣取った穂咲よりさらに下。

 取りこぼしの麺をさらって食べるべく。

 ザルの所にしゃがみ込みました。



 上流では、大はしゃぎする皆さんの笑顔。

 あんまり楽しそうに、美味しい美味しいと連呼なさるので。

 まだ俺は一口も食べていないというのに。

 なんだか微笑ましくて。

 嬉しくなってきました。


 それにしても、お兄さんはお仕事の合間を縫って。

 休憩時間、のんびりしたいところでしょうに。

 こうして、俺たちに楽しい気持ちを提供して下さって。


 なんだか、穂咲のおじさんみたいなのです。


「……お兄さん、ありがとうございます」

「よせよ、別に感謝されるようなもんじゃない。俺が楽しいからやってるだけだ」

「最近、お昼時に来てくれないからお忙しいのかなって思ってたので。素敵なサプライズでした」

「ああ、ここんとこさ、美穂ちゃんが朝から弁当持って来てくれるんだよ」

「え? 美穂さんが? ……それはそれは」


 俺が意味を察してニヤニヤした顔を向けても。

 涼しい表情で受け流すお兄さんは、やはり大人なのです。


「…………赤い麺が来ないの」

「それにひきかえ、君は子供みたいなことを言いますね」

「最近のマイブーム、金ぴかの麺も来ないの」

「何が練り込んであるのでしょう。……そもそも、湯がいた麺にそんなの無かったでしょ?」


 穂咲は俺の顔を見ながら、ちゅるちゅるとそうめんをすすると。

 こくりと頷きます。


 しかしほんと最近、金ぴか金ぴかとうるさいですが。

 金ぴかの麺なんて食欲失いますよ。


「金色の麺の中に、赤いのが混ざってると綺麗なの」

「なにそれ絶対食べたくない。……それ、ほんとに綺麗か?」

「…………さあ?」

「自分で言っといてなんなのさ。小さい頃の刷り込みかなんか?」

「そんなの見た覚えがないの」


 いつものように、意味の分からないことをつぶやきながら。

 のんびりペースで麺をすくっては、ちゅるちゅると食べていますけど。


 ……あれ?

 ちょっと待って。


 君、こっちを見ながらどうやってすくってるの?


 穂咲の運動神経で、そんな器用な真似ができる訳はない。

 そう思いながら、視線を竹に落としてみれば。

 まあ驚くほどにぴったりとはまった茶こしが沢山の麺をキャッチしていました。


「なんなの? 君は天才なの?」

「…………そんなに褒められても、道久君にあげられるものは無いの」

「麺をよこしなさいよこのおバカ」

「我が領土の特産品は、そうそう簡単に渡せないの。紳士的に、三べん回ってワンと鳴いたらちょっとは考えてあげるの」

「紳士はそんな卑屈な真似するわけないワン」

「鳴き声だけじゃダメなの。……あー! 取っちゃイヤなの!」


 川と領土と戦争。

 人類の歴史、その縮図を体感です。

 なるほど、こういうメカニズムで戦争が勃発するのですね。


 俺は穂咲王の領土から大量に麺をかっさらって。

 ギャーギャーうるさい敵国を尻目に戦利品を味わおうと思ったのですが。


 ……やれやれ。

 ついていないのです。


「……穂咲の麺つゆ、もう薄くなってるだろ。俺のと交換してあげましょう」

「ほんと? むう、そういう事ならさっきの奇襲攻撃は不問に処すの」


 ろくに水を切らずに麺を入れるせいで、元の量よりかさの増した穂咲のお椀と俺のものをトレードするなり。

 この王様は、みんなの賑やかさを上回るほど大はしゃぎし始めるのです。


「赤い麺が入ってたのー! あたり~!!!」


 ぱあっと笑顔を浮かべるマスコット。

 その姿を、みんながにこやかに見ています。


 幸せな風景。

 麺つゆの代償としてはまずまずなのです。


「この偶然の幸せをおすそ分けなの。茶こしブロックを解放するの」

「おお、それはありがたい。では、王様の温情を噛み締めつついただくことにまてまてまて! 一気にフルオープンしたらダメ!」


 バカの王様が加減も無しに茶こしを外したせいで。

 たまっていた麺が塊で転がってきましたけど。


「土石流!?」


 慌ててお箸でブロックしたものの。

 このお箸、ちょっとでも動かしたらすべての麺がザルへ落っこちます。


 いえ、ザルにキャッチさせれば済む話なのですけれど。

 どういう訳か、一度止めた麺を流すのはいけない事のような気がしてしまい。


「お、王様? ちょっとこれ、手伝って欲しいのですけど!」


 救済を求めてみたものの。

 王様ってば、赤い麺を見せびらかすために海外出張中。


 しかも、後から後から麺が流れてくるせいで。

 いよいよ水が竹から溢れ始めてしまいました。


「ええい! くそう!」


 最後の手段。

 口からお出迎え。


 つゆ無しで、しかも塊でいただくそうめんは。


「い、意外と飲み込むのに抵抗がある!」


 どうしてなのか、喉がこれを食べ物だと認識してくれず、口の中にたまる一方。


 それでも強引に飲み込んで。

 顔をびしゃびしゃにしながら再びお出迎え。


 なんとか人心地付いて、残った麺をお椀へよそっていると。

 いつ帰国なさったのか。

 王様が、呆れ切った顔で俺を見下ろします。


「……犬食いなんて、紳士じゃないの」


 いえ。

 今の状況では仕方ないでしょう。


 それに犬だって、紳士的な子もいるのです。


 俺は襟を正して、できる限りジェントルに反論しました。



「ワン!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る