シモツケのせい


~ 七月四日(水) ゴルフボールとカップ ~


   シモツケの花言葉 努力



 以前から思っていたことなのですけれど。

 俺にとって、現在行われている物理の試験は宿敵なようなものらしく。


 どれだけ準備を万端に整えていても、こうして邪魔だてされるのです


「ぐう」


 白の、ピンクのお花が群れ咲くシモツケが。

 つむじのあたりにお団子にされたゆるふわロング髪に植えられているのですが。


「ぐう」


 その花瓶であるところの藍川あいかわ穂咲ほさきが。

 いびきをかいて寝ています。



 ……繰り返し言いますが。

 今は、物理の試験中です。



「ぐう」



 さて、困りました。

 どうやって、声を上げずにこいつを起こしましょう。


 試験監督は担任の先生ですし。

 この人にばれたら、それこそ試験を無視して廊下に立たされかねません。


 ……仕方ない。

 タイムロスに目をつぶり。

 俺は、不確実ながらも安全な手段をとってみることにしました。



 ぷちっ。

 ぴんっ。


 ころころころ。



 …………OB。



 ぷちっ。

 ぴんっ。


 ころころころ。



 …………筆箱という名のバンカー。



 これは難しい。

 消しゴム製のゴルフボールが尽きる前に。

 グリーンに乗せることはできるでしょうか。



 ぷちっ。

 ぴんっ。


 ころころころ。


 ぷちっ。

 ぴんっ。


 ころころころ。



 …………時間は刻々と進み。

 いよいよゴルフボールもあとわずかというところで。



 ぷちっ。

 ぴんっ。


 すぽっ。



「ぶふっ!? ごほっ! ごっほごほ!」


 慌てて咳でごまかしましたが。

 思わず吹き出す面白さ。


 ゴルフボールがテコボコだから。

 机で、あらぬ方向へバウンドして。

 見事、鼻の穴にホールインワン。


 そのせいで、寝息が面白い音に変わってしまいました。


「……ピッピー。……ピッピー」


 ぶふっ。


 一体どんな詰まり方をしたのやら。

 甲高い音が小さく響きます。


 でも、穂咲さん。

 そんな面白い音が至近距離で鳴っているのですから。


 ……起きろや。



 ぷちっ。

 ぴんっ。


 ころころころ。



 とうとう消しゴム弾、最後の一発。

 これを外すと後がありません。


 むにゃむにゃ幸せそうにゆがむ口を狙って。


 ……えい!


 すぽん。


 ……あ。


 狙い通りではあるのですが。

 今度は口の中にホールインワン。


「べへっ! ぺっ! ぺっ!」


 ……ごめんね?


 でも、ようやく目を覚ましてくれてよかったのです。


 穂咲は鼻から消しゴム球を転がし出しつつ顔をあげて、時計を見ると。

 慌てて答案に向かい始めました。


 やれやれ。

 さて、俺も頑張らないと。


 穂咲がどたばた動いたせいで、先生も俺をにらんでいますし。

 まじめに問題を……、あれっ?


 おお、これは穂咲に感謝なのです。

 改めて答案を見つめたおかげで、計算間違いに気づくことができました。


 一問目、走る女子生徒が持つ運動エネルギーを位置エネルギーに変換する問題。

 答えの桁を一つ間違えてます。


 女の子の体重、490kgって。

 こんな答えを書いたら、また紳士的じゃないと言われるところでした。


 さて、ゼロを消さないと。



 …………あ。



 どうしよう、消しゴムがない。


 シャーペンの消しゴムも、買ったその日に穂咲に取られてしまいましたし。

 かっこ悪いけど、背に腹は代えられません。


 無言のまま手を挙げると、ちょうどこちらを気にしていた先生が反応してくれました。


「どうした、秋山」

「……先生、消しゴムを落としたので拾いたいのですけど」

「席を立つな。俺が拾っ……」


 教卓から近づいてきた先生が。

 絶句なさっていますけど。


「……どれが貴様のだ?」

「どれでもいいです。全部俺のですので」

「言いたいことは山ほどあるが、予備の消しゴムを貸してやる」


 さすがにテスト中ですし。

 お叱りは後回しにして下さったよう。

 感謝なのです。


 でも、俺が先生から手渡された、真新しい消しゴムの封を切ると同時に。


「ぐう」


 ウソでしょ?


 お隣から、再びいびきが聞こえて来たので。

 俺はつい、反射的に。


 ぷちっ。

 ぴんっ。


 ころころころ。


「あ」


 思わず口をついた一文字。


 『あ』のくちをしたまま、恐る恐る顔を上げれば。

 そこにおわすは『あ』の相方。

 『うん』の石像が一体。


「…………それも落とす気か?」



 以前から思っていたことなのですけれど。

 俺にとって、物理の試験は宿敵なようなものでして。


 今回は、廊下で立ったまま試験を受けることになりました。


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