クルマユリのせい


 ~ 七月二日(月) 秋山と先生 ~


   クルマユリの花言葉 多才な人



 試験初日。

 三教科分のテストを終えて、ほとんどの人は帰宅したのですが。


「土日はかなり頑張ったので、自分にご馳走なのだよロード君!」


 未だ教室に残ったまま。

 ご機嫌に、クーラーボックスからなにやら引っ張り出すのは藍川あいかわ穂咲ほさき

 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は五つ編みにして後ろに垂らして。

 頭のてっぺんに、クルマユリが一輪咲いているのですが。


 ……前にもこのパターンありましたけど。

 どうやって挿しているのでしょう?


 クルマユリは、花びらが反りかえるオレンジの百合の花。

 まるでタコさんウインナーみたい。


 そんなことを考えていたら、教授はウインナーを取り出して。

 下半身に包丁をとんとんと二度入れます。


「あれ? 教授、ご馳走じゃないんですか?」


 タコさんウインナーは確かに好きですが。

 ご馳走と呼ぶにはかなり微妙でしょう。


「ノンノンなのだよロード君! 最初からメインディッシュを出すはずはなないのだよ!」

「教授、ノンノンをするときは片手で、しかも指一本です。今の動きは『ここ、カットで』ってやつです」

「そんな屁理屈、これを見てからも言えるのかねロード君!」

「ええ、きっといくらでも言えうおうっ!?」


 教授がいそいそとクーラーボックスから取り出した品を見て。

 俺は慌てて、屁理屈を出そうとする口を両手で押さえます。


「す、ステーキ!?」

「ご馳走なのだよ! そしてここに至るまでの道順も完璧!」


 そう言いながら、教授がバットに並べていくのは。

 タマネギ、ニンジン、ピーマン、アスパラガス。

 ウインナー、はんぺん、イカ、エビ。


「教授、まさかそれは……!」

「もちろんバーベキューなのだよ! さあロード君、教室の後ろに置いてあるバーベキュー台を持ってきたまえ!」

「ああ。あれは教授が持ち込んでいたのですか」

「前にお世話になった、ワンダーフォーゲル愛好会から借りてきたのだよ!」


 誰が運び込んだのかと気にしていながらも。

 テスト初日ということで、みんなスルーしていたバーベキュー台。

 教授の元まで運んで、上に乗っていた段ボールを開いてみれば。


 中から現れたのは、トングに着火剤にライターに。

 そして大量の炭。


「……誰が火をおこすの?」


 当然の質問に、教授は無言で俺を指差しますけど。

 随分といやなお鉢が回ってきたのです。


 ……父ちゃんが言うには。

 これが出来ないと、男としての権威がはく奪されるらしいですし。

 しかも、かっこよくやり遂げたところでまったく評価されないことは体験済み。

 実に面倒極まりないのです。


「秋山、できるの?」

「いやいや、道久にできるわけねえだろ。穂咲ちゃん、フライパンで焼いたほうが無難だぜ?」


 クラスに残って勉強していた六人ほどが寄ってきて。

 炭と俺とを見比べますが。


 まったくできないことについてなら。

 どれだけ言われても怒りもしない俺ですが。

 今まで三度のチャレンジをすべて成功させてきた身としては、ちょっぴりムキになるのです。


「……そこまで言うのでしたら、見事出来たらご喝采」


 俺にしては珍しく、強気なセリフを口にしつつ。

 目を丸くした皆さんをよそに、アミを外して教授に預けると。

 火をつけた着火剤をバーベキュー台に置いて、その上から……。


「なにやってるんだお前?」

「そうやってつけるの?」


 興味津々に見つめる皆さんの前で、炭を両手に一本ずつ握って。

 がりがりこすり合わせて、欠片を着火剤の上にまき散らします。


「パパ直伝なの」


 そうなのです。

 ちょっと面白そうだったから、穂咲は真似してみたいとせがんで泣いて。

 俺は父ちゃんの背中から、火がついているところを黒く塗ったら消えちゃうのにと思いながら、ずっと見ていたんだ。


「お……、炭の欠片が赤くなってきた」

「これの上に、もうちょっと大きな破片を乗っけていくのです」

「秋山、意外と多才よね」

「……こいつの要求に、いちいち応えねばなりませんので」


 やさしー!

 などとはやす皆さんですが。


 そうではないのです。

 単に、できないと後が怖いからです。


「……そろそろいいでしょう。では教授、実験を開始してください」

「うむ! ご苦労! 材料はたくさん持ってきたから、みんなも食べるといい!」


 俺が紙皿と焼き肉のたれをみんなに渡す間に。

 教授はアミの上に、次々と食材を並べていきます。


 野菜にウインナー。

 海鮮も、じゅうっとおいしそうな音を立てて。


 にわかに始まったバーベキュー大会に、みんな笑顔で大騒ぎなのです。


「おいしい! 楽しい!」

「うん! 学校に残ってて正解だった!」


 外は雨だというのに。

 ここにはお日様みたいな笑顔がいくつも咲いていて。


 でも、そんな皆さんのはしゃぐ声が。

 ちょっと落ち着き始めました。

 

 ……テスト期間中に気を抜いたせいでしょうか。

 皆さん、思い出したように疲労の色が顔ににじむのです。


「しまった。おなかがいっぱいになったら眠くなってきたわ」

「俺は、集中力が切れたな。ぼーっとする」


 さもありなん。

 俺もさっきから眠くて眠くて。


 それに、ちょっと頭も痛いのです。

 気のせいか、視界も白くぼやけて…………?


「では、いよいよメインディッシュ! この、特売サーロインを……」

「うわあ! まてまてまて! 窓、閉めっぱなしだった!」


 気付けば真っ白に煙った教室の窓を慌てて開いて。

 そしてドアを開けながら、みんなに向けて声を上げます。


「みんな、外に出て! 早く!」


 俺の声に、なんとか反応してくれたようで。

 みんなはふらふらとドアから廊下に出てきました。


「危うく大量殺人をおこすところでした……」


 額に浮かんだ脂汗を拭いつつ、俺は素早く次の行動へ移ります。

 それは当然、火の始末です。


「ロード君! 何をどたばた騒いでいるのかね? まあいい! それではいよいよメーンイベント!!」


 じゅわっと音を立てる牛肉がそのおいしさを白煙に乗せて廊下へ運ぶ。


 ……でも、こんな騒ぎが。

 この人の耳に入らない訳はありません。


 だから俺は、迅速に、確実に。

 消火のために走ったのです。


『テステス。……あー、秋山道久。至急職員し……、早かったな』


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る