ディモルフォセカのせい


 ~ 六月二十九日(金) 宇佐美さんと日向さん ~


   ディモルフォセカの花言葉 誠実



 テストは来週から始まってしまうというのに。

 勉強がはかどっていない様子の藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を。

 勉強の邪魔にならないようにと、頭のてっぺんでお団子にしているのですが。


 そのお団子を。

 キンセンカの仲間、色とりどりのディモルフォセカで埋め尽くしてしまうと。


 君はともかく。

 周りの皆さんにとって勉強の邪魔なのです。



 さて、そんな穂咲自身も勉強に集中していないのですが。

 その原因コンビが。

 本日も教育方針でもめているようなのです。


 船頭多くして船山に登る。

 相反する二人の意見、どちらを聞いたら良いのやら。


「こいつの意見は聞くな。お昼は、ささっと作って勉強だ」

「こんなの無視してじっくり作ると良いっしょ! お昼休みくらい休憩っしょ!」


 しかも、二人ともケンカ腰なので。

 穂咲はしょんぼりとしてしまうのです。


日向ひゅうが、さっきからうるさい。ちょっとあっちに行け」

「レイナの方がうるさいっしょ! あっちに行くっしょ!」


 うーん、困ったのです。

 二人とも、穂咲の為にやってくれているのですが。

 いつもケンカばかり。


 とくに穂咲がお昼ご飯を作る件になると。

 毎日酷いののしり合いをするのです。


 まったくもって本末転倒。

 穂咲は料理にも取り掛かれず、俯いたままなのです。


 もし、俺がケンカの当事者ならば。

 自分がいなくなることを選びますけど。


 こうして第三者の立場になると、良く分かります。

 一番、この胸の痛い場所からいなくなって欲しい人は。

 この人なのです。


 机に置いたペットボトルのお茶を一気飲み。

 もったいないですけど、他にいい手が思いつきません。


「げぷ。……穂咲、水道の水でいいから汲んできて」

「偉そうに。何様なんだ秋山」

「そうっしょ! 自分で行くっしょ!」


 怒りの矛先を俺に向けた二人をよそに。

 穂咲は、ほっとした表情を浮かべると。


「しょうがない道久君なの。ペットボトル貸すの」


 そそくさと席を立って。

 廊下へ出て行きました。


 ……二人とも、穂咲が大好きなので。

 二人とも、優しい人なので。


 さすがに気付いてくれたよう。


 穂咲の後姿を目で追うと。

 ちょっと反省とばかりに、同時に下唇を噛んで俯いて。


 そして、まるで鏡が間にあるように。

 同時に上目遣いで見つめ合い。

 かと思えば、俺にくるっと顔を向けて。

 その目に険を宿します、


「秋山のくせに」

「秋山のくせに」

「息ぴったり。ほんとは仲良しなの?」


 やれやれ。

 でも、共通の悪者が出来ると、気持ちは楽になるでしょう。

 最近教わったことなのです。

 ……渓流のような、爽やかな先輩に。


「二人に、たった一つだけお願いがあります、聞いてはもらえないでしょうか」

「一つだけなら」

「一つだけなら」

「……穂咲のためというのは分かるのですが、その穂咲が辛そうなのです。仲直りしてください」


 俺の言葉に、二人揃ってむすっとなさっていますけど。

 でも、同時にちょこっとだけ頷いてくれました。


「秋山のくせに」

「秋山のくせに」

「……早速もう一つお願いがあります。それ、やめて欲しいのです」

「やだ」

「やだ」

「ほんとは仲良しなの?」


 呆れますけど、悪役を買って出たので我慢しましょう。

 そしてこの二人なら、善後策を編み出してくれるでしょう。


「……なら、凝った料理を三人で作ろう。穂咲も楽しいだろうし、それなら早く作れるだろうし」

「いいアイデアっしょ!」

「何のお話なの?」


 ちょうど戻ってきた穂咲が、仲良く話している二人の様子にぱあっと微笑むと。

 穂咲甘やかし隊の二人も、揃って笑顔になりました。


「あたしたち三人で、お昼ご飯作ろうって話」

「そうそう、みんなで作るっしょ!」

「……道久君に?」


 あ。

 そうなるね。


 きっちきちまで水を詰めたペットボトルを俺の席に置いて。

 自分の席に腰かけた穂咲が。

 こちらを見つめてきますけど。


「初めて見ましたよ、君のそこまで冷たい目」

「…………鼻の下が伸びてるの。ラノベ主人公気分?」

「ハーレムなんてとんでもない。むしろ針の筵です」


 いえ、針どころじゃなくて。

 君の目からジャベリンみたいなものが出て俺を貫いているのですけど。

 なにか別の案を出さないと大変です。


「えっと、三人で作ったのを、三人で食べればいいのではないでしょうか」

「……あたし、お弁当あるんだけど」

「じゃあ。俺は宇佐美さんの弁当をいただくから」


 これならハーレムじゃないから穂咲も怒るまい。

 我ながらいい提案をしたと思っていたのですが。


 どういう訳か、宇佐美うさみさんはちょっと頬を赤くして。

 似合わないことに、モジモジし始めたのですが。


 なに?


「…………あたし、自分で作ったんだけど」

「げ」

「ハーレムじゃなくて、レイナちゃん狙いなの?」

「違うから! 宇佐美さんからもなんとか言っ……、顔、あかっ!?」


 ほんと似合わないのですが。

 なんなのさ。


「あ、赤くなんてない。それより、穂咲がご飯を作る意味をお前は分かってない」

「そうっしょ! 秋山にたべさせたいっしょ!」

「そう?」


 俺が穂咲に聞くと。


「……そうでもないの」


 冷たく言い放つと。

 ふいっと顔を逸らします。


 これは、怒っているのかな。

 でも、どうして怒ったのか、いまいちわからないのです。


「ええと、穂咲はこう言っているのですが」

「面倒な上に最低だな、秋山」

「もう面倒っしょ! みんなで作って、みんなの弁当シェアするっしょ! あたしもお弁当の修行中だから、ダメ出しして欲しいっしょ!」

「……あたしたちは毒見役か?」

「失礼っしょ!」


 へえ、日向さんも手作りなんだ。


 でも、それならなおのこと。

 俺がそんなの食べたら、また穂咲がハーレムだなんだと言い出します。

 考えただけでも背筋が凍るのです。


「じゃあそれでいいな、みんな」

「決定っしょ!」


 強引に可決しようとする二人ですが。

 穂咲が怖いので、却下です。


「俺、二人のお弁当食べるの、ちょっと怖いのです。遠慮しときます」


 うん、誠実。

 これなら穂咲も怒らない事でしょう。



 …………あれ?



 予想外。

 なんですか、君の冷たい怒り顔。


 しかも、宇佐美さんも日向さんも。

 江戸の敵を発見した長崎県民のような顔になりましたけど。


 あれれ?


「……この最低男」

「最悪っしょ! どういう意味っしょ?」

「あれ? 俺、なんかおかしなこと言ったか、穂咲?」

「立ってるの」


 あれれれれ?

 さっぱり分からん。


 でも、廊下へ向かう俺の悪口で盛り上がりながら。

 三人が料理を始めたので良しとしましょうか。



 ……会長さんのように、スマートにはできないものですね。


 あと、俺はお昼抜きですか。

 そんなコンディションで午後の授業を受けるのですか。



 いよいよ、試験が心配になってきました。


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