捨て石が生き残る秘訣

「おい! 何ボーっとしてやがる、ギュールス! ここもういつ魔族が来てもおかしくはないんだぜ?! どんなにボロい装備してたって、捨て石のつもりなら役に立つもんなんだよ。棒立ちになってねぇで奇襲に備えて構えてろ! モール、お前の索敵能力は抜群だからな。アテにしてるぜ?」


 ギュールスのいる部隊は、国軍のいくつかの部隊が到着するまでその場所を確保する役目を持っていた。

 現場は、両側に高い崖の壁がそびえ立っている細い山道。彼らの後方にはちょっとした広場。

 魔族の群れは彼らの前方の細い通り道からやってくる見通しがついていた。

 崖の上から襲撃するにはあまりにも高すぎる。翼を有する種族なら襲い掛かることは出来るだろう。しかし距離があるため、敵を感知する能力が高い者がいれば、それはもう奇襲ではなく、逆に返り討ちに遭う。

 間違いなく彼らが向いている前の方以外に魔族が攻めてくる方向はない。


「わかってるって。でもチャートル、魔族の感知ならあたしよりギュールスの方が向いてんじゃね? 混族だし」

「違ぇねぇや。だがな、俺達の全滅もぜってぇ避けなきゃならねぇんだとよ。俺達が国軍の攻勢の足掛かりになるってんだからよ。ここを確保できなきゃ撤退しろ、だかんな。そん時の方が役に立つってもんよ。なぁ、ギュールス」 


 八人編成の冒険者で編成された部隊のリーダー、人馬族のチャートルからこの部隊の撤退に際し、刺し違えてでも足止めをしておけと言う命令を暗に出されたギュールス。


 あぁ、またか。

 これで何度目だろう。

 今度こそ一生を終えられるのかな。


 そんなことをギュールスは考える。

 平穏な生活を続けたかった。

 風習が、慣例がそれを許さなかった。


「だってお前、混族だからな」


 その一言がすべての理由だった。

 その理由に納得できなかったギュールスは、何とか納得できるその根拠を聞いて回り、探し求めた。


「だってお前、混族だからな」


 その探し求めた答えも、ただ一言だけだった。

 いくら納得できなくても、周りがそうだと決めつける。

 森の村でノーム達と一緒に暮らした楽しい日々が消えたその日から、生きる希望も消え、絶望が生まれ、それが増えていった。

 そんな中で数少ないギュールスのためにかけられた言葉の一つが、何度も何度も耳の中でよみがえる。


 この世の中は、自分が生きるに適さない。


 無理矢理そう決めつけるが、自らその生を終える行動をとることが出来ない。

 自分の思いで生きることは世の中の風習が許さない。

 自分の思いで命を絶つことは、自分の本能が許さない。


 幸か不幸か、不幸か幸か、冒険者という職に就く。

 しかしそれまで同様、ギュールスに付けられた肩書としての冒険者の名目は他の者とは違い、使い捨て、捨て石という意味を持っていた。


 しかしその意味通りに冒険者としての生活を送ることは、その本能の執念が許さなかった。

 冒険者として得たわずかな報酬は、常に空腹で苦しんでいても飢えを凌ぐためには使わない。

 それよりも生き延びるための知恵と工夫に費やすことを、その執念によって選ばせられた。

 まるで自分ではない自分がいるような、あるいはこんな世の中に声なき声で抗議するような、そんな姿勢の表れなのか。


 ギュールスはチャートルが言うように棒立ちになっていたわけではない。

 かと言って、役に立つかどうかも分からない武器を手にしているわけでもない。


 チームのメンバー達が、それ以上前に出ることはない通り道の両端、つまり崖の壁沿いに一定間隔で細工を施していた。


 言われたことは、足止めをしろということと、全滅するなという二点。

 しかしこのチームのメンバーは更に一つ決めつけていたことがあった。


 ギュールスは見捨てろ。


 そのようなことを言われても、ずっと言われ続け思われ続けていたギュールスにはそれで悲しむ涙は出ない。


「チャートル、ちょっとこれヤバい。もう撤収しないと。魔族の軍勢、うちらの五倍くらいでやってくるよ。骨の連中かな?」


「骨? スケルトンか。あいつらは足が遅いから今から撤退すりゃ大丈夫ってことか。よし、ギュールス、足止めしろよ? 全員撤退! 急げ!」


 チャートルからの号令は全員撤退。

 普通に考えればギュールスも数に入る。しかし足止めを命じられた彼は全員のうちに入っていなかった。


 こっちは八人。四十体くらいで押し寄せてくるのか。けど一人残してこの場から去る。

 残るのは一人……いや、石なら一個か?


 ギュールスはそんな自虐な思いを持ちながら、喜怒哀楽が抜け落ちた顔をチャートルに向けて頷くことしかできない。

 そのまま撤退して小さくなっていく七人の背中をただ見つめているだけ。

 ギュールスは後ろに下がり、広場の中央に着く前にその足を止める。

 前方に見えるのは直進の細い山道。

 はるか前にかすかに黒い影が見える。


「進軍の速さは遅めだな。……餌食になってもらおうか。失敗したら地獄行き。成功したら生き地獄、か」


 だが間違いなく生き地獄行きだと確信する。

 次第に影が大きくなり、その影に一つ一つ区切りが見える。その区切られた一つ一つの形が明確になり、どんな姿かも目に見え始める。


 ギュールスが仕掛けた一番手前の位置に、軍勢の戦闘が差し掛かる。


「ほい、生き地獄行き決定」


 仕掛けを作動させた瞬間、爆音とともに熱い風がギュールスに襲い掛かる。

 その中に魔族からの攻撃はない。


 通り道の崖が崩れ、魔族全てを圧し潰す。

 業火と暴風の呪符の札二枚一組で崖の下の方に張り付けていた。

 二枚の組み合わせで爆発が起きる。

 チャートルから怒鳴られながらも、黙々とその仕掛けを続けていた。


 しかしもそもそと瓦礫が動き、スケルトンが何体か現れる。


「……ヨ、ヨクモヤリオッ……」


「うるせぇ」


 仕掛けは一回分ではなかった。

 二度目の爆発。

 再度ギュールスは爆風を浴びる。

 風が収まった後、その場で胡坐をかく。


「広場は維持しろって言ってたけど、まぁ……維持成功だよなぁ……」


 スケルトンの生き残りがいるとまずい。

 彼らの動きは鈍いため、ギュールスはその瓦礫の山を長時間監視する。

 座る姿勢を変えたり横になったり、時々転寝までしてしまう。

 二時間後、彼らの復活はないと判断してその場を去ることにする。


「国軍、ここにいつ来るのか聞いてなかったな……国軍は俺どころかチーム全員捨て石にするつもりだったんかねぇ」


 溜息をつきながらその場を目に焼き付けてから、ギュールスは立ち去る。


 捨て石にされたギュールスは、こうしてまた一つ、生き残ってしまった。

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