捨て石が、再度捨て石となるまでに
山に挟まれた道を辿り、魔物討伐対策本部のあるオワサワール王国の首都ライザラールに一人で戻るギュールス。
徒歩で三時間以上かかる道のり。
ここに来るときは、動物として区分されている竜がけん引する竜車に乗って、戦場の予定となる地点まで移動した。
撤退時も当然それに乗って帰ったのだろう。
ギュールスはというと、背後を襲われる心配のない帰り道を、重い気持ちを抱えながら夕日を浴びつつ帰途に着く。
何度も繰り返された、帰還後の手続きの本部受付でのやり取り。
「ギュールス=ボールドね。混族だよね、そんな青い体じゃ間違えようがないや。エルフと……オークか? その鼻とたれ目が特徴的だもんな。あー、まぁいいや。あとは……」
「部隊長はあの人で……」
「あの人の部隊のメンバーはっと……。ないね、ない。ギュールス=ボールドでしょ? 名前、書かれてないねぇ」
初めてその返事を聞いた時は呆然とした。
自分は今まで何をしていたのかと、自分の行動の記憶をわざわざたどる必要があった。
「あの人の指揮下で一緒に行動したんですが……」
「書かれてないもんはないんだよ。でも出撃リストには載ってるから、参戦登録手当は出るね。その分の伝票は出るからそれは会計に出して手当を受け取れ」
カウンターを叩きつけるように伝票を出す受付。
そのまま会計に移り伝票を提出すると、言葉もなく額面通りの報酬がトレイの上に出される。
出撃前は激励された。
「足止めを頼む。全員無事に帰還出来たら間違いなく殊勲賞ものだ。頼むぞ」
部隊長からそう声をかけられ、単身で何とか足止めをさせ、いくつかの他の部隊が駆け付け自陣防衛完了。
部隊長の後を追い、本部に戻ってからそんな対応をされた。
部隊は帰還と同時に解散する仕組みになっている。
だから帰還後はその隊員と一緒に町中で行動をとることはほとんどない。
ギュールスは部隊長を探しに酒場に行く。
「た、隊長。ギュールスです。戻ってきたらメンバー表に自分の名前がなくて、手当が……」
「あ? 誰だお前? 混族のやつなんざ知り合いでも何でもねぇよ。不気味なツラしやがって。こっちにくんな!」
腹を足で蹴飛ばされ、ギュールスは地べたに転がる。
そんなギュールスに目もくれず、仲のいい者同士で酒を飲み続けていた。
「そんでよぉ。俺が単身で獅子奮迅、孤軍奮闘ってやつでな。そしたら国軍の連中が大急ぎでやってきてよぉ」
「大殊勲じゃねえか。当然奢りだよな?」
「食うもんも奢りでいいよな? な?」
「受け取ってから足りねぇもんは補充済みだから、何も心配するこたぁねぇよ。飲め飲め! ……何だオメェ、まだいたのか? とっととこっからいなくなれ! 目障りなんだよ!」
ギュールスは罵声を受け、酒場から急いで立ち去った。
捨て石ばかりではなく、手柄を挙げた実感はなかったがその手柄も横取りされていた。
その人物から、編成から出撃、撤退までギュールスを侮蔑する言い方で『混族』と言われたことがなかった。
「……身ぐるみ剥がれたわけじゃない。登録の手当ては……ここにある」
その金の使い道は栄養補給などではなく、苦手な魔法や魔術の効果を発揮する道具の代金になった。
「……本部に帰ったら、また同じ繰り返しだよな。分かっちゃいるけど、戻るしかないんだよな。だって俺……」
沈んで消えそうな夕日に向かって歩みを進めるギュールス。
やがて彼の前方から馬の駆け足の音が近づいて来る。
国軍の兵士の一人らしく、鎧に王家の紋章が入っている。
「そこの者、どこから来た!」
「この先の広場があるところからです」
馬上から声をかけられたギュールスは、そのまま答える。
「……混族か。貴様はここで何をしている」
「えっと、チャートル=ナバーという者が体調をしている部隊に所属して、魔族の軍勢が来るから広場を維持しろと」
兵士は少し思案している。
「現状はどうなっている?」
「崖崩れを起こして魔族の軍勢約四十程を圧し潰しました。その後ずっとそこで見張ってましたが、完全に鎮圧したのを確認しました。ですがその先の山道は瓦礫の山によって封鎖してしまいました。私は本部に戻る途中です」
「ふむ、ご苦労。帰還していいぞ。……しかし混族ねぇ……」
兵士はそう言いながら、広場の方に馬を足早に出す。
その兵士の最後の一言にも動じなくなってしまったギュールスは、再び王都に向かって力なく歩き出す。
更にその大分先に、国軍の部隊三つほどが待機していた。
少し頭を下げ、道の端に身を寄せてすれ違う。
「おい、貴様は……傭兵部隊だな? 広場から引き返してきたのか?」
その隊長らしき人物からも声をかけられるギュールス。
「は、はい。先ほど早馬の兵の方からも声をかけられました」
「ふむ。……何だ、混族か。父親はオークか?」
「……私には、分かりません」
隊長はじめ、そのやり取りを耳にした兵士たちは全員笑う。
「で、貴様はそこで何をしていた?」
「魔族が広場に侵入する前に足止めしてました」
「身内相手に戦ってたか」
「……私は、孤児です」
笑いものにしようとする目的の質問であることは分かっていたギュールスは、隊長からの問いに力なく答える。
「その結果はどうなった」
ギュールスは先の兵に答えた内容そのままに報告をする。
「以上です」
「ふむ。まぁご苦労。これから帰還するのか?」
「はい」
「ふむ。仲間からも見捨てられたか」
再び兵士たちは笑う。しかしこの時は隊長は笑ってはいなかった。
仲間、とは、傭兵部隊の仲間なのか、混族として魔族のことを指しているのか。
「全滅は避けるように、と部隊長は言われたらしいので、この身がその結果どうあろうともまずは足止めを、と」
「だが貴様は混族だな。魔族がまだ残っているのを庇っているという可能性もある。先の撤退した部隊との矛盾もないし、まぁいずれ早馬の報告待ちだな。帰ってよいぞ」
ギュールスは無言のまま頷くとまた王都に足を向ける。
国軍兵士たちの奇異の視線を浴びながら部隊とすれ違い、次第に暗くなるその道をただただ歩く。
王都に到着し、本部の受付に向かう。
そこではやはりギュールスの予想通りの対応。
参戦登録の手当てを受け取り、まずはまともに対応してくれない道具屋に入る。
呪符や薬品など、使った分に蓄える分も加えて買いこむ。
確認のため酒場の方に出向く。
その通りまで聞こえる大声がいくつもあった。
「俺が仲間と一緒にあの広場で魔物に立ち向かってよぉ……」
そんな聞き覚えのある声が、そんな言葉を紡いでギュールスの耳に入る。
酒場に入らなくても十分だ。
また功績を積んだ名前一覧から外されたことを実感し、町中を流れるきれいな水が流れる小川に立ち寄って、空腹を紛らわすために水を飲む。
そして今夜の泊まる、ほぼ無料の粗悪な宿替わりの小屋に行く。
こうしてギュールスの一日が、誰からも知られることなく終わり、次の日を迎える。
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