冒険者ギュールス=ボールド その回想 1

「おい、ギュールス。分かってんだろうな! 予想外の襲撃が来たら自分の身を捨ててでも俺達を守るんだぞ!」


 大量の魔族の襲撃に襲われたオワサワール皇国。

 国軍はもちろんのこと、冒険者達も傭兵として強制的に加入させられるほどの危機に陥った。


 魔族との戦争で国軍傭兵部隊の一つに放り込まれたギュールス=ボールドも、魔法は使えるものの戦士として登録されている。彼は、多くの人から羨望の的となるエルフ種である。しかし彼の顔は、エルフよりも魔族の中の種族の一つに似て、鼻先はやや上に上がり、目尻は下がっている。エルフには程遠い顔つきである。唯一エルフ種と言えるのは、耳の先が尖っていることくらい。

 そして皮膚の色は、この世界の自然界では滅多に存在しない青。

 空、海や湖などの広い水域、岩石の一部、火花の一部でしか存在しない。生き物となると、この世界の住民達の一部の体毛の一部と瞳の色にしか現れない。

 全身青で覆われた者は、この国ばかりではなく、この世界において古来から忌み嫌われてきた存在である。


 ギュールスの父親は誰かはっきりしないが魔族であることは明らかである。母親は正気を失い短命で一生を終えた、この世界の住民の一種族であるエルフだった。


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 彼女がとある森に一人で散歩に出かけ行方不明となった。

 そこにはやはりこの世界の住民の種族であるノームの一族の一つが住み着いており彼女とも仲のいい顔見知り。

 そんな彼らも彼女をすぐには見つけられず、彼らが発見したのは約一か月後。正気を失った彼女のお腹に赤ちゃんがいることは誰の目にも見て取れた。


「この娘も気の毒に……。この娘の家族に知らせねばなるまいて」


 ノーム達は彼女の家族に連絡をするも、即断絶となった。

 連絡の内容から、混種を身ごもったことを察知したらしい。


「……一目見て確認だけでもしたい。だが魔族の手によって被害を受けたということは……。もう我が娘は娘ではない……。お前たちの気持ちは分かる。だが……娘も既に正気を失っていると書かれている。家族の顔を誰一人として覚えていまい……」


 家長は断腸の思いでそのノームの一族との連絡を絶った。

 看病してもその甲斐はない。魔族に襲われたそんな彼女を引き取っても、家族ごと、いや、一族ごとエルフの種族から追放されるかもしれないと考えてのことだった。


「向こうの家から何も連絡が来ん。誰かが来るまでワシらが看てやらねばなるまい」


 彼女のおなかの赤ちゃんは魔族との混種であることははっきりと分かる。普通ならば赤ちゃんがお腹の中にいる間に天に召される処置を施すのであるが、ノームの一族には混種という概念はない。

 まるで身内の面倒を見るかの如く彼女の世話をし、赤ちゃんの出産を手伝った。

 赤ちゃんは無事に生まれたものの、母親となったエルフは一度も正気に戻らないまま出産と同時に命を落とす。遺体となっても彼女は両親の元には帰ることは出来なかった。


 混族として生きながら葬られるはずの赤ちゃんは、そんな概念のないノームの者達によってギュールス=ボールドと名付けられ、平穏に健やかに育てられた。


 しかしその森もただで済むはずがない。何の気なしに遊びに行ったエルフが魔族に襲われた現場の森だ。

 ということは、その森は魔族の行動範囲内にあり、ノームの住む村も狙われるのは時間の問題であった。

 案の定、十数年後、その村のノーム達は魔族に襲われ滅ぼされた。

 その村で一人だけ生き残ったのは、混族の少年ギュールス。魔族はノーム族に狙いを絞ったため、違う種族は見逃したと思われる。

 命拾い出来たことは必ずしも幸いとは限らない。放浪する先々で、ノーム達の様に温かく迎え入れてくれるところなどなかった。


「なんでみんな、僕をいじめるんだろう……ノームのおじいさんたち、あんなにやさしかったのにな……」


 森が襲われた日から、ギュールスにはあのようなのどかな、和やかな日々は来ることがなかった。

 毎日悲しい思いをしていた。泣きべそをかかない日もなかった。縋る大人もいなかった。

 それでも、生きるという本能に従って生きていくしかなかった。

 ノーム達から得た知識を基に、通る道沿いに存在する草や水などを見て飲食できる物を選別しながら生き延びさすらい続けた。


 さ迷い歩いて約半年。オワサワール皇国首都、ニュールにまでたどり着く。

 そこではさらに迫害に遭う。げっそりと痩せ、その形相もたとえ青くなくても気味の悪い顔つきになっていたから。しかし皇国の田舎の方から魔族が押し寄せてくるその危機で混族追放どころではなくなった。


 まだ子供のギュールスは、それでもそれなりに知恵を働かせ、食事と宿がついている学校、いわゆる寄宿舎に孤児枠として入所することに成功した。

 その学校は、冒険者養成所。卒業生はまだ大人には程遠いが、新人の冒険者としてそれなりに生計を立てられる。

 早く独り立ちするためにも、ギュールスにとっては都合の良い施設であった。

 子供同士でも仲間外れや爪はじきは存在した。

 ましてや周りは、混族と呼ばれる種族はどんな物かという知識も入っている子供達である。

 給食の分量を横取りされたり、教材をなくされたり壊されたりもした。

 それでも、少なくとも放浪時代の野草や泥水を濾した水を飲むよりも恵まれた食事の環境ではあった。

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