第4話氷の城

「我々ケルデンの町の民はここのケルデン湖でかつて毎年季節になると魚を獲って売る事で潤っていたのだ。」


町の長、クラウシが食事を終えたフロールヴに話をしようとする。「聞いてくれんか?」という懇願と彼の疲労と悲哀の混ざった顔はフロールヴを椅子に座らせるままにしておくには十分な効果があった。


「あんた方の魚は前に食った事があるよ。焼いて香辛料を掛けると上手かったもんだ。ある日からぱったりと食えなくなったのは残念だったが・・・」


「ある日さっきの巨人族共、あいつらの頭目のグレンデルが突然ここを襲ってきたんだ。見た事も無いような規模の魔術セイズそれも氷のを使える少女を連れて来てな。それで私達はなす術もなかった。我々は自分達の身の安全と引き換えにこの町を奴らの拠点として使う事を許してしまった。それ以来我々は奴らの言いなりなんだ。」


一旦口を閉じるとクラウシは一番近い窓を開けて遠くからも見える半透明の構造物をフロールヴにもわかる様に指さす。


「あそこに氷の城が見えるだろう?」

「ここに度々ちょっかいを出して来た巨人共の話ではケルデン湖の上にその少女一人のセイズで三日三晩作り上げたものらしい。すごいものだがおかげで凍ったケルデン湖に眠る魚は獲れずじまいな上にもう春なのにケルデンは未だに寒いままだ。そのまま貧しくなって余計に奴らのおこぼれにあずからざるを得ない。とんでもない悪循環さ。」


愚痴ともとれる独白を終え、コップに残った質の悪い麦酒を飲み干してからフロールヴの方へ語り掛ける。


「先程の件、助けてくださったのは感謝するがあれはやり過ぎだ。奴らがこの件を知ればすぐに報復を仕掛けて来るだろう。今はまだ食料や酒だけで済んでいるが女達まで要求されたら・・・」

「ではそれは俺が独断でやったから自分達は関係ないのだと言えばいい。それより聞きたい事がある。連中は氷の魔術セイズを使えるといったのだな?それは女だったか?種族はエルフか、それともマンナズか?」

「金髪であんたと同じマンナズの少女だったよ。もしかして知り合いか何かか?」

「深い縁があるとだけ言っておく。」


短い沈黙の後、フロールヴは椅子から腰を上げる。


「町長殿、ご馳走になったな。氷の城での用事が済んだらこの町からさっさと出て行くよ。」


「フロールヴ殿、頼むからこれ以上は揉め事は起こさないでくれ。この寒さではもう争う気力もおきんよ。」



背後から聞こえるクラウシの制止はフロールヴの耳には響いても頭に響かなかった様で歩めた足を止める事もなく店から離れていってしまう。


氷の城に行くまでの道程は難しいものではなかった。元々獲った魚を町ですぐに加工できるように長年整備されてきた道を辿ってケルデン湖までいけばいいのだ。問題はそれまでに巨人達の待ち伏せを想定しなければならない事だろう。

その襲撃を想定していたフロールヴは腰に掛けていた冷たい牙の柄に手を掛けて状態のまま、氷の城まで身の毛を立たせた様な状態でゆっくりと林の間に設置された道路が示すままに歩を進めていたのだった。

整備されている道路が日中なのに巨人どころか通行人が一人もいない事はとても不気味な光景を生み出していた。


「隠れていないで出てきたらどうだ?さっきからずっとこちらを見ているのは分かっているぞ?」

自身に向けられている視線にうんざりしていたフロールヴは視線の主に呼びかけると近くの木の後ろからゆっくりと人影が生えて来た。

巨人達とは違う、猫耳のすました顔の青年がフロールヴの前へと足へと進めていく。


「いや、参った参った。こんなに早く気づかれるとは予想外だったよ。」

猫耳の男は手を腰に当てているがベルトに掛けてあるナイフを抜き気は無い様だ。一方で彼からは隙も感じられない。先ほどの巨人達とは違いフロールヴ同様に場数を踏んでいる者の様だ。

「こんなに早く出て来るのも予想外だろうがな。名は?」


「僕は猫耳フルドラのダノクだ。巨人の傭兵一味の頭目グレンデル様に前金の銀貨20枚で雇われた用心棒よ。」

フルドラのダノクは後ろの尻尾をゆらりと動かしながら質問に答えた。


「俺はマンナズのフロールヴだ。ダノクとやら、それなりに実力をもっていそうなのに銀貨20枚程度で雇われているとは可哀そうだな。」

「そういう君も結構実力がありそうだけどね。」

「おだてたって俺は警戒を解かんぞ。そういうお前も隙を作る気は毛頭ないのだろうが。」


剣の柄から手を放さずダノクを睨むロールヴ。

そしてそれをさりげなく見終えたダノク。


「こわや、こわや。イルムガルドの話は本当だったな。君なら巨人の一人や二人軽く殺しそうだねぇ。」


ダノクを睨む目の主は彼への猜疑心を緩めようとはしていなかった。睨まれた猫耳の男は構わず話を続ける。


「まぁ、巨人の頭目と恐れらているグレンデル様も戦いが起きない限りは羽振りの悪いケチだからなぁ。だからフロールヴ、君を殺せばもう少し稼ぎが増えるのさ。やる前に一つ尋ねたいが何様でわざわざ氷の城まで来たんだ?」


「グレンデルに攫われた女がいる。彼女を助けに来た。」


「うーん、グレンデル様に攫われた女なんてごまんといるんだけどね。もう少し具体的に言って貰わないと困るよ。」


「これ以上お前に言う事があるものか。変に教えてお前達に利用されたら堪らんではないか。」


腕を組んで一考した後ダノクは


「提案があるんだがフロールヴ、僕と手を組まないか?」

と呼びかける。

唐突の提案に対してフロールヴの顔に出た反応にダノクは苦笑いで答える。


「いや、内心グレンデル様にこんな薄給で仕えるのもウンザリしていたんだ。だからグレンデル様がかき集めていた財宝を収めている宝物庫から宝を頂戴したいのさ。君を氷の城まで連れて行ってやろう。女を助ける代わりに君も僕の宝探しに手を貸して欲しい。一人なら難しいが二人ならなんとかなる筈だ。それでどうだ?」


フロールヴがダノクに向けた顔はより強い猜疑心と目の前の安い盗人への軽蔑が混じったものだった。


「ダノクといったな、お前が裏切らないという保証はどこにある?第一お前はまだグレンデルの用心棒だろう。」


ダノクが嫌味を言いたげなしたり顔へと変わっていく。


「疑念はごもっともだが今の君には僕しか頼る相手がいないと思うけどな?それにこの先にはグレンデルの手先が100人程完全武装で待ち構えているよ。今の内に連中をばかした方が色々楽だと思うけどね。で、どうするよ?乗るのか?」


猫耳フルドラの盗人への軽蔑の眼差しはいっそう強くなっていった。

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流離のフロールヴのサガ ル・カレー3b @lecurry3b

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