第3話巨人の頭

凄惨な現場を目の当たりにしたのはケルデンの人々だけではなかった。4人目の巨人イルムガルドは仲間達が町長のクラウシに飯の不味さを抗議してから外に追い出して以降の展開を店内から伺っていた。

目の前で繰り広げられたのは一回り程小さい少年があっと言う間に仲間の巨人達をカラスの餌食にしてしまった。

自分たちを最強と思う程己惚れてはいないつもりだったが、エルフの兵士と戦う為に絶えず鍛えていた自分たちがたかが一人の少年に負けるなどありえないと思う位の自負は持ち合わせていた。


この少年、フロールヴは只者ではない。


その思考に至ったイルムガルドが取った行動は一つ。氷の城に戻る事である。


「くそ!気づいた時にもう逃げやがった。」

クラウシが横で額から出て来る汗を手の甲で拭きながら、こう毒づいて腕を組んでいたフロールヴを横目で見上げる。

「しょうがない、あいつは後で殺すとするか。町長、さっきも言ったように腹がへった。なにか飯はないのか?なるだけ暖かいのが良いな。」


「・・・分かった。先程あの巨人どもが食べるのを拒否したスカウススープがまだ残っているがそれに焼き立てのパンでも付け加えよう。それでよいかな?フロールヴ殿?」


「スカウスか、毒草さえ入ってなければそれでいい。ここ数日乾パンしか食ってなかったからな、そろそろ生ものが喰いたいんだ。」


クラウシが手振りで店の娘に指示すると娘がスカウスの入った鍋とパンをフロールヴの近くのテーブルに置き始めた。


上手そうだと感想を言いながら腰を下ろしたフロールヴは腰のベルトにくっ付けていたポーチから銀製のスプーンとフォークを取り出すと早速スプーンでスカウスをすくって口にするとその動作をまた繰り返す。あっけにとられたクラウシと店の娘に見られるまま、ついにボウルの中身を飲み干してしまう。

「不味い以前の問題だな。そもそも煮込みが足りなさすぎる。」


上の空の様に食事の感想を述べるとクラウシの方へ振り向くとニヤリと唇を動かしながらスープの入っていたボウルをクラウシの目の前に突き付ける。

「クラウシ殿、もう一杯くれ。今度はちゃんと煮込んだ上で、な?」


「氷の城」はケルデンの町の外れにあるケルデン湖の真上に立っていた文字通り氷で出来た半透明の要塞だった。その中にある中央の食堂の大きな食卓の周りに巨人たちが集まって洗練しきれていない酒を倉庫からひっぱり出して飲むほそうとしていた。彼らは略奪の為の遠征を行うにあたって邪魔だった長年の宿敵であるエルフ軍との激しい戦いに勝利したばかりなのだ。酒のさかなの調達の為に先刻前に仲間の巨人を4人、下の町へ放ったのだ。どうせまた哀れな町長のクラウシをいびっているのだろうと考えながら酒に巨人達は下品な笑みを浮かべてまま溺れていた。

テーブルから離れた所で巨人達の頭を務める大男が玉座を模した椅子に腰を下ろして角の盃一杯に注ぎ込まれた麦酒ビールを口に含む。


いい味だ。さすがにエルフ共から奪っただけの事はある。


そんな考えを終えると頭の巨人が空っぽになった盃を右にいた少女に突き出していて顎で合図をした。首を鎖でつながれたその少女は言葉を交わさず盃に黙々と麦酒を注いでいく。鎖でつながれた少女を頭の巨人の左でつっ立っていた猫耳の青年が面白がって眺めていた。


その空気を壊すかの様に食堂の扉が勢いよく開くので巨人の頭も含めてその場にいたものが扉を開けた巨人へと顔を振り向けていた。


「お前ら、・・・頭ぁ!大変だ!仲間が殺されたんだ!」

食堂に乱入してきた仲間の巨人イルムガルドは来るなり行き成りこう喚いたのだ。他の巨人達は事態が分からずどよめき始めた。倒した筈のエルフ軍の連中が部隊を再編して再度この町へ襲撃を繰り返して来たのではないかと彼らが考えていたのも無理はなかった。勝利したとはいえ、巨人達の被害も甚大でこの宴会が終わり次第支配していたケルデンの守りを固めるを気でいた。


「イルムガルド、落ち着いて最初から説明しろ。何があった、誰が殺しをやった?」


「グレンデルのお頭、人間マンナズだ!マンナズのガキが俺達の仲間を殺しやがったんだ!」


人間マンナズと言うその言葉を聞いた巨人達の誰もが驚きを隠せなかった。ミッドガルドにしか生息しないとされる伝説上の種族などこのアルフヘイム妖精界ですら姿を確認できないのだ。


気性の荒い巨人達の中でも普段から冷静な態度を保てるグレンデルですら雷を喰らった様な顔を隠せなかった。右で繋がれていた人間マンナズがこの食堂の中で最も驚いた顔をしていただろう。


「マンナズのガキだと?どんな奴だ?」


「あぁ、最初はフードで頭を覆っていたからよく分からなかったが、赤い髪をした男のガキだったよ、奴を殺そうとした仲間の3人が一瞬で返り討ちにあったんだ!」


「武器はどんなだ?」


「片手剣だ。あんな武器一つで無駄な動きなんて一つもない位に素早い身のこなしで襲って来やがったんだ。本当に一瞬だったんだよ!」


イルムガルドの説明を一言一句に耳を傾けていたグレンデルは酒で緩み切った自身の顔を一瞬で引き締まったものに変えていく。グレンデルだけでなく彼の右の少女も金色の髪を震わせながらまるで今まで押し殺して来たあらゆる感情があふれ出て来たような顔へと変化させていく。

金色の少女のほう食堂にいた全ての巨人達に号令を出す。


「お前ら宴会は中止だ、門を閉めろ!鎧と兜を着用しろ!久しぶりにとんでもねぇ奴がこの氷の城にやって来るかもしれんぞ!急げ急げ!」


「ダノク、いつも通りの手筈で頼むぞ。」


グレンデルに命令された猫耳の男は「了解」とだけ言い残しながら食堂を立ち去った。


指示一つで巨人達は食卓の食べ物を片付けもせず大急ぎで持ち場に着こうと大急ぎで食堂から出ようと足をバタバタと進めた。

そんな急いで行く巨人の一人からポロリと言葉がこぼれ出た。


「お頭の目がマジだ。こりゃ言う通り本当にとんでもねぇ奴かもしれねぇな。」

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