第23話 昭和二十年八月二十二日火曜日 乙
午後三時、八階ワルツ丸商店街を歩きながら、二人は頭をひねった。
「結局、神宮寺を殺したのは誰なんだろうな?」
「全貌が明らかになってみると、一番怪しいのはセミョーノフだね」
「どうして?」
「神宮寺が情報の値段を釣り上げたり、自分の仕出かすことの大きさに怯んで協力を拒んだりして殺されたのかもしれない」
「そうなると、セミョーノフは殺し屋を使ったのかもしれないなあ」
「男爵の話じゃ、最後のほうでは神宮寺とセミョーノフは直接取引していたって話だし、下手人を挙げるのは無理かもしれないね」
「あんなでかい陰謀を叩き潰したのに、肝心の神宮寺殺しが未解決ってのは後味が悪いなあ。どうだろう。まだ手がかりが出てくるかもしれない。もう一度、男爵に会いに行ってみるか?」
「僕、あの人、苦手」
「俺だって苦手だ」
英会話速成法教授塾の前に大八車が止まっていた。二人の少年が有川たちに近づいてきて言った。
「旦那、旦那」少年の片割れが言った。「チェリー五十本入り一缶七十銭でどうだい?」
「いらないよ」有川は手を振った。「どうせ闇タバコだろ」
「いやだなあ、旦那」もう一人が言った。「本物バージニア種、大蔵省は専売局のモノホンですぜ」そう言って缶を開けた。「ほら、匂いが違うでしょ?」
「わかった」有川は探るような目で二人をねめつけた。「これ、盗品だろ?」
「しゃあない。旦那にはかなわねえや。一缶五十銭」
有川は一円札を出した。
「二缶くれ」
その後も大八車で盗品の煙草たくましく売ってまわる少年たちを見ながら、有川はチェリーの丸缶を二つ抱えながら肩をすくめた。
「世に盗人の種は尽きまじ、とは言うけれど、故買屋の数もつきないなあ」
「盗人の数と同じ分だけの故買屋は存在するからね」
「ああ、そう――」
盗人の数だけ故買屋がいる――鮫ヶ淵はどうだ? 盗人だらけなら、当然――
有川は篠宮を見た。篠宮も有川を見た。
「もしかして同じことを考えているのか?」
「ああ。僕らは馬鹿だ。大馬鹿だ」
二人は声を揃えて言った。
「ガソリンなんて運ぶ必要も隠す必要もなかったんだ!」
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