4.望みは叶わず

 腹の立つことに、コンビニの店員のおばさんが「いつもありがとうございます」なんて挨拶しやがった。ここもダメなのかと頭に血が上った。

 帰ってみると、部屋のドアの前に姉が立っていた。俺は怒りに震えた。どうしてこう何もかも期待と反対に進むのだろう。

 姉は部屋に入るなり、大げさに顔をしかめた。一応椅子を勧めなければならない。掃除がなっていない、と表情だけで俺を責めようとする。

「何で来るんだよ」

「様子見に来たのよ。何この部屋! 思ってたよりひどすぎる。せめて髭くらいまともに剃りなさいよ」

 ありきたりな説教を始める姉が心のそこから疎ましい。掃除が必要なことくらいわかっているけれども、今はもっと重要なことがあるのだ。どうしてそんなことから説明しなければならないんだ。

「帰ってくれ。計画が台無しだ」

「計画?」

「俺はこの世界から、社会から忘れ去られたいんだ」

「はあ?」

 何だろうこの無理解な反応は。同じ事を繰り返さなければならないじゃないか。どうしてこう愚かなんだ。

「誰からも覚えられていなくても、生きているってことを証明してやりたいんだ」

「誰に証明すんの?」

「誰ってことはない……ああもう!」

発泡酒の缶を叩きつける。弾んでテーブルの足の所に転がる。

「俺が生きてるってだけで反例になるんだ! 反証されるんだ! なのに、なのにテメーらが邪魔してんだ!」

「意味わかんないけど、私は智信をわすれたりしないよ。何があっても」

「わかんねー奴だな。忘れてほしいって言ってんのに。どうやったら忘れてくれんだよ。皆簡単に俺を忘れたじゃねーか。クラスの連中も、病院の奴らも、教室の奴らも」

「あのね、忘れる人は忘れるかもしれない。でも智信を大切に思っている人はいるの。私とか父さん母さんとか家族は」

 嫌いな表情だ。弟を子ども扱いして、愚にもつかない文句を言う時の、えらく真面目ぶった姉の顔だ。

「そんな世俗的な、手垢がつきまくった、小学生に言うようなキレイゴトで説得できるとでも思ってんのか? 虫唾が走るだけだそんなの! 気持ち悪い。何が家族だ」

「さっきからアンタが何で怒ってんのかさっぱりわからない」


人生何一つうまくいかない。

欲しいと思ったら手に入らない。

いらないと思ったらまとわりつく。


「俺はくじけたりしない。途中で辞めるなんて情けないことはしない。姉貴は俺をわすれてくれりゃいいんだ」

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うまくいかない 文野麗 @lei_fumi_zb8

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